熱心なエレクトロニック・ミュージックのファンであればMinimal Waveの名前を一度は聞いたことがあるはずだ。独自の選択眼で1980年代を中心としたシンセ・ミュージックやニューウェイブの過去音源を再発掘、現在にその魅力を伝える優良レーベル、Minimal Wave。そのレーベル・オーナーであるVeronica Vasickaは、East Village Radioにて先述したようなマニアックなアーティストを紹介するラジオ番組、Minimal Waveを運営するほか、同名のオンライン・マガジンに加えて、2005年にはレーベルをスタートさせる。Minimal Waveはコアなエレクトロニック・ミュージックのファンやコレクターを中心に支持を増やすが、レフト・フィールドなヒップホップ・レーベルの老舗であるStones Throwがディストリビュートを手掛けた2010年リリースのコンピレーション『The Minimal Wave Tapes』をきっかけに、より幅広いリスナーに存在をアピールしていく。Veronicaは自らが発掘し、プロデュースを手掛けた音楽を総じて「Minimal Wave」と呼んでおり、レーベルはもちろん、オンライン・マガジンやラジオというさまざまな媒体を通して、Minimal Waveというリバイバルを起こしており、近年のインダストリアルやシンセ・ミュージック再評価という流れにも多大な影響を及ぼしている。レーベルの個性について、また近年のエレクトロニック・ミュージックと同レーベルの関係性についても聞いた。

Minimal Waveが持つ過去のミニマルなシンセ・ミュージックやニューウェイブの復刻というコンセプトはユニークだと思います。若い頃のあなたはどんな風にして音楽と触れていましたか？

ニューヨーク・シティで育った私は、兄のAIWAのラジカセで、彼の持っていたニューウェイブのカセットを子供の頃よく聴いていた。あとラジオも聴いていて、そうやって1980年代のエレクトロニック・ミュージックと出会ったの。ラジオでかかっているお気に入りの曲でミックステープをよく作ったわ。ティーンエイジャーになると、いろいろな音楽を自分で探して聴くようになった。自分の音楽の趣味が形成された重要な時期だったわ。当時、私はカセットクラブの会員で、お気に入りのバンドと近いテイストのカセットが毎月数本送られてきていた。あと、放課後に地元のレコード屋さんでバイトをして、夜になると家をこっそり抜け出してダウンタウンのクラブに踊リに行ったり、ライブにもたくさん行った。ニューヨーク・シティという場所に居たおかげで、私は普通の人よりも若いうちから斬新でアンダーグラウンドな音楽に触れることができた。私たちにとって街全体が遊び場だったわ。

あなたが興味を持った音楽が現在のものよりも、過去のものの発掘であった理由は何だと思いますか？

そうね。単純に、古いアナログシンセやドラムマシンの音が好きっていうことかな。こういったアーティストのDIY精神が凄く好きで、親近感が湧いたの。子供の頃から私は物づくりが好きで、こういう音楽に興味を持ったのもそういった流れで、とても自然なことだった。

以前、あなたは過去のヨーロッパのポスト・パンクなどのチャートを調べながら知識を深めていったそうですね。今のあなたにとって良質なアーティストを知る情報源は何ですか？

長年研究を重ねることで、私はたくさんのバンドに関する情報や音楽を収集することができた。今はまだリリースできていない音楽が大量にある状態よ。古いファンジンとか、80年代／90年代のカセット・コンピレーションを集めるのが好きで、そういう物から興味深いことを知ることが多い。ひとつの情報源に頼るっていうことはないわね。今は、すでに仕事をしたことがあるアーティストたちのアーカイヴをさらに深く掘り下げているところよ。

Minimal Waveのサイトを見ると、各作品ごとに丁寧な解説が付いていること、さらにはForumサイトでの意見交換が印象的です。Minimal Waveはただ良質な音源をリリースするだけではなく、その音源の背景についても紹介しようとする意図を感じます。

まさにそうね。サイトはもともとこういう1980年代のアンダーグラウンド・エレクトロニック・ミュージックの情報源になるものとして立ち上げたの。勉強になって、さらに交流の場になるものにしたかった。以前は、世界中にこういう音楽のコレクターがいて、そういった人達が緩いネットワークを形成していたわ。以前のサイトにはマップがあって、サイトの会員になるとそのマップ上に住んでいる場所が表示され、皆がどこにいるか分かるようになっていた。でも、こういう知名度の低い音楽がブログやYouTubeにアップされて、ネット上で簡単に検索できるようになると、コミュニティーっぽさが薄れてきたわ。当初のMinimal Waveは情報源と、情報交換の場として作り上げたもので、レーベル運営は二の次だったの。

インターネットの発展により当初のMinimal Waveであった「情報交換の場」として機能は薄れていったようですが、テクノロジーがさらに進化した現在、Minimal Waveはレーベルとしてメディアとして、どういう存在を目指していますか？

そうね、2004年の6月にドメイン名を取得したとき（当初のURLはminimal-wave.orgだった）、情報交換の場として考えていた。でもすぐにそれは変化していったわ。80年代のミニマル・シンセやコールド・ウェイヴ・ミュージックの研究と、2時間のラジオ番組を私は毎週やっていて、こういう音楽はちゃんとリイシューされるべきだと感じた。リリース第一弾だったOppenheimer Analysisの12インチのリリースは、サイトを立ち上げたすぐ後、2005年のことだった。凄く良い反応があって、レコードもすぐに売り切れた。それ以来、広く聴かれていないエレクトロニック・ミュージックを発掘し、Minimal Waveを通して世に出すことをメインに活動してきたわ。そして、若手だったり、同じ志のアーティストによる新作を姉妹レーベルCititraxからリリースしている。

Minimal Waveでリリースする作品に関してはどんな選定基準を持っていますか？

私の選定基準は、その音楽に時が経っても色褪せない魅力があるかどうかということ。良質な音楽は本質的にいつまでも楽しめるものだわ。1980年代に作られた音楽であろうと最近のものであろうと、心がこもっていてユニークじゃないといけない。これまで作品をリリースしてきたバンドは、ただ自己表現を目的にやっていたミュージシャンが大半で、商品として売ることを考えていなかった場合が多い。ただ、友人に配るためにカセットを少量作っていたような人たちなの。

あなたが現在、注目しているシーンやアーティストについて教えてください。

特に注目しているシーンなどはないけど、ミニマル・ウェイブやポスト・パンクに何らかの形で影響されて、そういった要素を取り入れて作品を作っているアーティストはすごく好きだわ。Silent Servant、Broken English Club、Amato、Tzusing、An-i、Further Reductionsなど、私のレーベルCititraxで出したことがあるアーティストなどね。彼らが最近作っている音楽にはすごくインスパイアされるわ。

Minimal Waveからリリースされる作品のマスタリングはあなたが手掛けていますね。特にこの時期のシンセ・ミュージックは音質が良くなかったりもしますが、Minimal Waveからリリースされる音源には、そういうチープさが感じられません。マスタリングに関してはどんなプロセスを経ているのですか？

マスタリングのプロセスは作品ごとに違うわ。まずは音源がカセット・テープなのか、1/4インチや1/2インチのテープ、DATなのかといったソースによってプロセスも異なるわね。それぞれのバンドは違った方法でレコーディングを行っているから、すべてに共通する手法は特にないわ。

アートワークに一貫してモノトーンのものが多く、ECMのようなクールさがあります。アートワークのコンセプトはどんなイメージを持っていますか？

アートワークは音楽に合わせているんだけど、特にモノトーンを意識していいるつもりはないし、音楽の延長上にある物だと思っているわ。その音楽がもしアートだったらどう見えるかを考えて、そこからアイディアを膨らませていく。単純に、バンドの姿を印象的に写した写真を使うときもあるわよ。私は以前、フォトグラファーとして働いていたこともあるし、グラフィック・デザインやタイポグラフィーはずっと前から好きだった。自分でレイアウトを学んで、アーティストの音楽を聴きながらアートワークを自分でデザインするようになったの。

In Aeternam Valeなどはテクノのフィールドでも高い評価を受けています。現在はインダストリアルの再評価を始め、エレクトロニック・ミュージックにおいても90年代回帰の流れがありますが、こういった現在の潮流をどう感じていますか？

素晴らしいと思うわ。In Aeternam Valeみたいなアーティストが音楽活動をやり直す良いきっかけになってるからね。トレンドについて言うと、2回目の流行は1回目とは同じにならないと思う。たいていの場合はとあるバンドの新しい情報が発見されたか、古いアーカイヴ音源が発掘されたとかで、そういうリバイバル的な流れは面白いと思う。まだ音楽が本質的に素直だった、昔の時代から学ぼうとするミュージシャンは多いから、それを今の時代に甦らせそうとしているのだと思う。最近はあまりにも多くの音楽が生産されているし、その大半がバーチャルの世界にしか存在していないから、シーンの活気をキープすることは、以前よりも難しくなったと思う。あと、現在は機材をセッティングしたり、テープに録音する必要がなくなったぶん、音楽を制作するのはとても簡単になっている。ミュージシャンもそうでない人も、シンセサイザーやドラムマシンを使うことなく、ラップトップだけで音楽を作ることができる時代になった。スタイルに関して言うと、80年代後半のEBMやハードなインダストリアル・サウンドの要素が、良い形で最近のダンス・ミュージックに取り入れられているわね。

Veronica Vasicka

ハードウェアを用いたサウンドが増える昨今、Minimal Waveがリリースする過去のシンセ・ミュージックは、DJやミュージシャンにとってのインスピレーションの源になっていると思います。そういう意味でもレーベルの存在意義が高まっているようにも感じますが、実感はありますか？

ええ、そうね。RolandやKorgみたいな老舗がシンセサイザーの名機の新バージョンを発表しているのも、それを助長しているし、面白い時代だと思うわ。私のやっていることが、ハードウェアを使って音楽を作る流れのインスピレーションの一部になっているのなら光栄よ。最終的にラップトップで音楽を作ることにしたとしても、アーティストとしてハードウェアという制作プロセスを経験するのは重要なことだと思っているわ。

Minimal WaveからはTomo AkikawabayaやSympathy Nervousといった日本人のアーティストもリリースしています。これはどんな経緯でリリースにいたったのですか？

Sympathy Nervousは、何年も前にドイツのコレクターを通じて知ったの。すぐに彼の音楽に惚れたわ。彼には簡素なWEBサイトがあったから、そのサイトを通して彼にコンタクトした。そして彼に、古い、未発表のオープンリール・テープの音源を徐々にデジタル化してもらって、FTPを介して私に送ってもらってリリースの準備を進めた。それから数ヶ月間連絡が途絶えてしまった。ちょうど大震災があった直後のことね。私は最悪の事態を覚悟していたし、とても恐ろしい時期だった。ようやく連絡がとれて分かったのは、Yosi（新沼好文）の自宅とテルミンの制作スタジオが津波の被害にあったという事実。彼にすべてを教えてもらったわ。その時、彼にとって初のMinimal Waveからのリリースとなる『Automaticism』はチャリティ・アルバムにして、被災した彼の体験談をライナー・ノーツにすることに決めた。最終的に感動的な作品となったし、意義のあるリリースだったわ。この作品の収益を彼の新しいスタジオの建設に充てて、彼はとても喜んでいた。Tomo Akikawabayaの音楽も、ずいぶん前に聴いてすぐに好きになったわ。何年か彼にコンタクトを試みたんだけど成果がなくて、諦めていた。去年、ようやくニューヨーク・シティの友人と彼の話になって、チャンスを手に入れることができたの。Nao Katafuchiという人に話を通してもらって、このレジェンドにリリースを提案した。すると、TomoにMinimal Waveを前から追っていたこと、そしてこのレーベルから自分の作品が出ることを想像していたことを言われた。彼と繋がることは不可能だと思っていたから驚いたわ。Naoに通訳をお願いして、曲を決めて、アートワークのアイディアにOKをもらったあとでリリース・プランを立てたの。

Stones ThrowのPodcastで公開されているあなたのミックスでは、遠藤賢司の曲をプレイしていましたが、好きな日本人のアーティストは誰ですか？

ひとりには絞れないけど、Yellow Magic Orchestraや坂本龍一、高橋幸宏のソロ作品、Logic System、Jullan、そしてVanity Recordsからリリースしていたオブスキュアなアーティストは昔から好きよ。最近の音楽で言うと、Nisennenmondaiがやっていることは凄いと思うわ。

Veronica Vasickaは9月5日に東京AIRにて開催されるRAのイベントに出演します。