Frequency Responseシリーズのコンセプトは以下の通りである。3人のアーティストになんらかの刺激を与え、その反応として音楽を制作してもらう。「歴史」、「アート」、「映像」の3編から成る特集となり、その課題に対してどういった手法で作品作りを行ったか、毎回本人たちに語ってもらう。このコンセプトをどう解釈するかは、各アーティストに委ねた。唯一のルールは、4週間以内に音楽で返答をして欲しい、ということであった。

Hayward Galleryで行われたCarsten Höllerの展示は、Frequency Responseの企画にピッタリだった。『Decision』と題されたこの展示は、様々な“実験的環境”を通して、訪れた者に決断という行為について考察させる。真っ暗の鉄製のトンネルの入り口を抜け、観覧者は決断をしなくてはいけない場面にたびたび出くわす。天井から落ちて来たこの錠剤を飲むべきか？HöllerのUpside-Down Goggles（ひっくり返りゴーグル）に目を通したら、自分はどういう反応をするだろうか？この蛇は何を食べたのだろう？過去20年間に渡ってHöllerが発表してきた作品同様、『Decision』は体験者に物理的、そして心理的に刺激を与えようとする。

先月、我々はDaniel Avery、Felicita、Forest Swordsの３組を『Decision』に招待した。観光客や夏休みに訪れた子連れの客に混じって、彼らは展示を体験し、どういった音楽を制作するか考えた。

Frequency Responseは、制限なくユニークに、アーティストのクリエイティビティを追究するシリーズである。現代のエレクトロニック・アーティストの複雑なニーズに答えたシステムである、AIAIAIのモジュラー・ヘッドフォンTMA-2 Modularもまた、同じスピリットのもと開発された。

Daniel Avery

現実逃避という概念は昔から面白いなと思っていて、人が生きて行くなかで、どう現実逃避を行うかに興味があった。Höllerの『Decision』の展示会場を歩いていて、すぐにフォーカスしたいものが見つかった。展示スペースは（意図的に）騒がしく、子供たちが走り回っては、親を次のインタラクティブな作品へと引っ張っていたが、他の空間とは雰囲気が違う部屋があった。ここでは、バーチャル・リアリティのヘッドセットを装着した人々が静かに、一列になって座っている。装着した人は、暗い、雪の降る森にテレポートされる。ゆっくりと、彼らは森を歩きはじめる。遠くからこもった音がどことなく聞こえ、意識はこの世界に完全に引き込まれる。静かだが、不安でいっぱいになる。

そのうち体験者の“視界”のピントがぼやけたり、合ったりするが、実際に自分の身に何かが起こるわけではない。ただ、寒い場所にひとりで居るという、落ち着かない状況のみが把握できる。するとそれは突然終わる。ヘッドセットをはずすと、現実世界の強烈さに圧倒させられる。全く予想のできない、とても短い体験だが、順番を待つ人々の列は絶えることがなかった。何が起こるか誰も解っていないが、どこか違う世界へと飛ぶことに期待しているのだ。

このHöllerの作品で得た夢のような感覚を、曲で表現したいと感じた。非現実的で、見知らぬ土地にいる感覚。しかし現実から逃れることができて、どこか心が穏やかになっている状態。展示会場を歩きながらアンビエント・ノイズを録音して、それを重ねて使用することから始めた。最近こういったスタイルの音楽は良く制作していて、いったん方向性が定まったら比較的簡単に出来たよ。

Felicita

展示からの帰路、僕はIsomeric Slides（異性体滑り台）やUpside-Down Gogglesのことだとか、London Eyeのコカコーラのロゴが正しい方向になっているか確かめるため屋根の端まで行ったとき、足が震えたこととかで頭がいっぱいだった。あと、「ボディ・ハッキング」のこととか、精神の中で作られ、伝わり、体験される、目では見えない芸術というものが存在することが可能かどうか、考えていた。そして今度は、Carsten Höllerの展示の体験を音楽に置き換えてみようとし、どちらも目で見るアートではないと結論づけた。絵画を眺めるのと違い、どちらも視覚的にとらえることが本質ではない。滑り台やゴーグルを眺めて楽しむわけではないし、音楽においても、スマホやスピーカーを眺めて楽しむものではない。

あと、mp3について、そして情報を伝達する媒体としてのアートギャラリーについて考察して、Carsten Höllerの展示と同じ音楽ダイナミクスは何だろうと考えてみた。mp3は流動性があり、自由で、移動させることができるが、Hayward Galleryは個体であり動くことはできず、基本的に自由とは言えない。今度は自分のMacBookのフォルダーの中身をチェックしていき、こういった思考に関連するコンセプトで何か作っていないか探してみた。そして「fake serialism」と名付けたフォルダーを開いて、中に入れてあったピアノ作品を聴いてみた。その中の一番気に入ったのをシンセでリメイクし、音を入れ替え、テンポの変化を作り、子供たちが「Thank you! Goodbye!」と叫んでる声を入れてみた（展示には沢山の子供が訪れていた）。

"thanks / bye"で使用した12の対数的メトロノーム・テンポは60から120のオクターブ・テンポになっており、以下の通りである。

60 / 63.5 / 67 / 71 / 75.5 / 80 / 85 / 90 / 101 / 107 / 113.5 / 120

63.5や75.5などの端数のテンポは、セチリジン塩酸塩（一般的な花粉症の薬）を10mg摂取してから、Isomeric Slidesを滑っている感覚と同じ。

Forest Swords

俺はHöllerの過去作を知っていたから、アート作品そのものよりも、その作品にどう人が反応するかに関心があった。俺の個人的な体験よりも、他の人たちの反応を観察して、それを楽曲制作に活かそうとしていた。しかし実際に行ってみると、結局は自分の体験について表現することにしたんだ。人々の反応はあまりにも人それぞれ違いすぎて、それを観察したところで何かを導き出すのは難しいと感じたんだ。展示会場への入り口は、ねじれた、ほぼ暗闇な鉄製の通路で、中にはいくつかの通り道があるんだが、通っているときにはそれには気づかない。後で、他の人と話していたときに初めて気がついたんだ。

展示そのものは凄く良かったんだけど、個人的に一番感じるものがあったのがその通廊だった。この入り口の仕組みは、入る前に人の意識をまっさらな状態にする、とても強力で少し不気味な方法だと思った。それを今後自分のギグやクラブで活かせないかと考えた。今いる世界から別世界へと移動していることを表現する完璧な方法だと思って、それをどうにか活用したかった。そのエリアで録音した音源から、足音とか鉄の音とかを抜き取ってリズムを構築した。そしてそれを元に楽曲を作り上げていったんだ。このトンネルを通ることで俺は、自分が抱く自信や、五感の感性、信頼といったことに関して自問させられた。他のどの作品よりも、これが一番俺を動揺させた。他の作品とは違った形で自分を見つめ直すきっかけとなったし、何日も引きずっていた唯一のことだった。

楽曲の制作に関しては、普段アルバムの制作をするときよりも肩に力を入れずにリラックスして制作できた。Höllerの作品は、自由で、楽しい形で物事を考えさせられるから、その影響で普段とは違う制作の仕方になった。いつもよりも緩く、変に拘り過ぎないで制作ができて、それは確実に展示に行った影響だったよ。

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