「俺はいつも色んなものに手を出してきた。興味のあることがたくさんあるんだよね」Aaron Siegelの事務所から下っていった場所にあるドーナツ店に座り、彼は目を細めて窓の外を眺め、お茶をすすりながらゆっくりと語った。「『俺が好きなことはこれだ』って感じになったことは一度もない。若かった時はスケートボードにハマっていた。本物のスケートボードカルチャーでは、スケートボードしかやらないんだ。スケートボードは好きだったけど、音楽や映画、写真、それに、ビジュアルアートも好きだった。だから自分の時間を振り分けることにした」

今でもSiegelがひとつのことに落ち着くことはない。現在の彼は自分の時間を3つの異なる業務に注いでいる。まずはFit Distributionだ。Planet EからFXHE、そして、Underground Resistanceまで、デトロイトで高い評価を集めるハウス／テクノレーベルと世界中の店舗をつなげるレコード・ディストリビューターである。次に、彼が手掛けるレーベル、Fit Soundがある。同レーベルはこの5年間で、MGUN、Marcellus Pittman、そして、Walt Jといったアメリカ中西部のアーティストによる作品を安定して私たちのもとに届けてきた。そして最近では、Fit Siegel名義による自身の音楽制作がある。もし現状のまま彼が音楽制作を続ければ、残りふたつの業務が後回しになりかねないそうだ。

加えて、他にもこまごまとした業務がある。レフトフィールドな音楽を扱うサブレーベルEst. 83' Recordsや、アンダーグラウンドヒットを記録しているFit Soundの関連商品（テクノイベントで見かける機会が増えているNew Orderを参照したTシャツだ）などだ。Siegelが手掛けるプロジェクトは、約10年間、自身の直感に従って全く知らない物事に飛び込んでいき、その場その場で学びながら歩んできた結果だ。彼は本格的な組織で働いているように見えることがあるが、実際のところ、常にひとりきりで業務に取り組んできた。それはレーベルの標語になっている「Est. 1983（1983年設立）」が示唆していることにも思える（彼は1983年生まれなのだ）。

彼は笑いながら次のように語る。「素晴らしいチームがいれば、もっとたくさんのことをできるのは分かっている。そうするためにどうやればいいのか答えが見つかっていないだけだ。すべてをひとりきりでやって圧倒されそうになることもある。狂気に近いよ。でも俺はそうやって仕事をしてきた」

極めて円熟したSiegelの振る舞いから、彼のたゆまぬエネルギーを想像するのは難しい。私たちが初めて出会ったのは、今年の春に開催されたMovement Festivalの数日前だった。当時の状況について「ものすごくストレスを感じていた」と彼は語ったが、私には完全にリラックスしているように見えた。レコードをトランクケースに入れ、つまようじを口にくわえた彼は、ゆったりとしたペースでその日の業務をこなしていた。一番の業務は、彼の最新12インチ「Carmine（英語サイト）」のレコードを取りに行き、テクノ好きな観光客が街に押し寄せてくる前にレコードショップに持っていくことだった。「デトロイト最後のプレス工場」と称されている小さな事業所Archer Record Pressingで仕上がったばかりのレコードを引き取った次に彼が向かったのは、自身の事務所だった。実はこの場所は元々、彼のアパートだったが、今ではFit SoundとFit Distributionの運営に必要な資材置き場になっている。すなわち、コンピューター、電話、散らばった書類、そして、レコードが詰まった大量の段ボール箱だ。この機会に彼は、私が持っていなかったFit Soundのレコードすべて（8、9枚も）とTシャツ数枚、さらに、レーベルのハット型ニット帽を譲ってくれた。

それから私たちはレコードショップを回った。まずはビンテージと中古のレコードを扱う店として親しまれているDetroit Threadsに行き、その後、地元で愛されているもうひとつの店Submergeに向かった。Submergeは単なるレコードショップではない。デトロイトのテクノ史を記録しているプライベートギャラリーであり、同市のテクノミュージアムとして知られるExhibit 3000を内設しているのだ。そして上階の部屋はUnderground ResistanceとSiegelのスタジオになっている。

「Mikeとは友達なんだ」と彼は説明する。「Mike」とはURの中核メンバーであるMad Mike Banksのことだ。「住んでいたロフトから出ていかなければいけない時があって、Mikeに空いている場所がないか聞いたんだ。そうしたら、彼がここにスタジオを用意してくれて、結局、スタジオに1年くらい住むことになった」

Siegelは実に坦々としており、彼が話す事の重大さを忘れてしまいそうになる。駆け出しのプロデューサーである彼が、Underground Resistanceのスタジオから廊下を挟んだ場所にスタジオを手に入れたのだ。「すごいことだよね」と彼も認める。「初めて建物に入った時、下の階にお茶を飲みにいったら、Model 500が”Clear”のリハーサルをやっているのが聞こえるんだ。JuanもMikeもみんながいてさ。俺は吹き抜けの階段に立ち尽くしてそれを聞きながら、『マジかよ！』って感じだった」

その日の午後、私はBanksと会った。彼はExhibit 3000について、デトロイトテクノの真の歴史を守る方法なのだと語ってくれた。同ミュージアムの取り組みのひとつは、デトロイトテクノがどこからやってきたのかを正しく記録することだ。その一例として、彼は展示用ケースに入った壁掛け写真を指さした。そこに移っていたのは、無邪気な顔をした白人男性たちに対してプレイする若きJeff Millsだった。その男性たちは皆、Millsの手さばきを見ようと首を伸ばしていた。マジックペンで「ミュンヘン、1991年。ドイツのバカどもにレッスンを施すJeff Mills」と手書きされていた。

「あれを見た時、嫌な予感がしたんだ」とBanksが語る。

Banksやデトロイトにいる多くのテクノアーティストは自分の考えをあまり語らないことで有名だ。どうにかしてテクノアーティストになろうとしている若い白人男性の姿に果たして彼らは何を見たのだろうか？　Siegelは肩をすくめて次のように語った。「みんなはMikeに何かしら求めてくるだろ。これまでに何があったのかを理解していれば、なぜ殻に閉じこもって隠し事をする人たちがいるのかを理解できるはずだ。でも、君が冷静になって素直でいられるなら、そして、善意を持ち合わせていられるなら、みんなも冷静になって君に心を打ち明けるだろうね」

この発言はあまりにもシンプルに聞こえるかもしれない。しかし、そこに真実があることの証になっているのは、Siegel自身である。彼は20歳の時、ボストンの映画学校からデトロイトに戻り、ほとんど何の知識も持っていなかったメッセンジャーサービスを始めようと決心した。それ以降、彼はずっと自営業を営んでいる。彼は次のように語る。「メッセンジャーで働いたことなんて一度もなかった。ただ自転車に乗るのが好きだっただけだ。ボストンに住んでいた時にメッセンジャーで働いていた人たちを何人か知っていたから、その人たちに分からないことを聞いて、繁華街で自転車を乗るようにして、役所に行ったり、他の人がやっていることを観察したりした。名刺も作ったし、料金をどうするかを計算したよ。他の州にあるメッセンジャーの会社に電話して料金を尋ねたりもした。それから、繁華街を一軒一軒回っていって、名刺とチラシを撒いたよ。最終的にみんなから電話をもらうようになって、配達できるようになった。突然、プロのメッセンジャーになったんだ。大きな会社みたいに見えるようにするために、Reach VS Speedって名乗るようにした。実際は俺と電話だけだったけどね」

Siegelは当時住んでいたコークタウンのロフトでメッセンジャー業務に勤しんでいた。運営は順調だったが、程なくして彼は他の仕事を始めることになった。「繁華街でOsloっていうクラブを運営している人の手伝いをしたんだ。設営の手伝いをして、その後、入り口の受付もやった」

Siegelはそれほどレイヴに行くタイプの人ではなかった。「レイヴ期の最後を味わったよ」と彼は語る。語り草になっているデトロイトにおけるウェアハウスパーティー時代の話だ。「16歳の時に一度、レイヴに行ったんだ。DJ QBertやGreen Velvetがプレイしていた。ダークでアンダーグラウンドなものが好きだったから、かっこいいなって思ったよ。色んなフロアがあって、地下墓地に人がいたり、建物を巡って上から見下ろしたり、同じトイレに男女が入っていたりしていた。すごいって思ったけど、陳腐な要素も確かにあったし、当時の俺はスケートボードの方にハマっていた」

Osloでの仕事はSiegelのクリエイティブな一面を刺激することになった。彼は高校生の頃からエクスペリメンタルなエレクトロニックミュージックや、彼の食指をくすぐるすべてのクラブミュージックと戯れながら日々を過ごしてきた。Osloで働くようになるまでに21歳になっていた彼は、レコードにますますのめり込むようになっていった。彼は次のように語る。「家賃は150ドル（約17500円）だった。Osloで働きつつ、メッセンジャーの仕事もやって、山のように金を稼いでいたから、その金を使って機材を集めてスタジオ作りを始めたんだ。あとレコードも買い始めた」

まもなくSiegelはパーティーを開催するようになった。その中にはMembers Klubと名付けられたパーティーがあったが、それ以外は一切の名前を付けなかった。彼は次のように語る。「ブランドとかそういったものを築いていくことに興味はなかった。俺が何をやっている人なのか誰も知らなかった。俺はある程度、金に余裕があったから、ただ遊びまわっていただけだし、それが楽しいと思えていた」。彼が初期に招いたゲストは、Legowelt、DMX Krew、DJ Godfatherら、Osloで働いている時に出会ったアーティストだった。「Egyptian Loverも招いたよ。彼がデトロイトでプレイするのは1984年以来だった。単にMySpaceから彼に連絡して『デトロイトにプレイしに来ない？』って聞いたら、彼は『いいね』って感じだった。彼と一緒にDJ Stingrayもブッキングしたよ」

パーティーをオーガナイズすることで彼はブッキングに興味を抱くようになった。Siegelはヨーロッパから招いたアーティストのためにアメリカツアーを企画するようになり、その引き換えに自分のパーティーで安くプレイしてもらうようにした。そしてまたしても彼は、この新たな業務に手探りで潜り込み、経験豊富なプロモーターに、ブッキングしたアーティストに対しいくら払っているのかを尋ね、それをもとに自分のオファーを決めるようになった。

Siegelが招いたゲストの中にSergeがいる。オランダのレーベル兼ディストリビューターであるCloneの主要人物だ。SergeはSiegelに対し、中心的な購入先となるハブが無いため、ヨーロッパではデトロイトのレコードを手に入れるのが難しい、と口にしたらしく、それによりSiegelは考えを巡らすようになった。Siegelは新たに何かを始める準備ができていた。彼は次のように語る。「メッセンジャーを5年間やっていたから、ディストリビューションについて調べてみることにした」

メッセンジャーやMembers Klubの時と全く同じように、SiegelがFit Distributionを始めた時、彼は何をすべきなのか一切分からなかった。しかし、彼はディストリビューションに携わっている人を知っていた。Sergeは自分の知識を彼に教え、Banksも同様にそうした。Siegelは次のように語る。「俺とMikeは24時間営業のレストランで遅い時間に落ち合って、色んなことを話し合った。政治とか哲学とか何でもだ。音楽についてもたくさん話し合った。彼にはたくさん質問をしたよ。『これはどうやるの？　これはどう対処するの？』ってね。仕事のことはもちろん、音楽についても話をした。ミキシングとか音楽に関わるすべてのことをね。朝の6時までレストランに居座り続けていたよ」

ディストリビューターを運営していくだけの知識をすぐに身につけたSiegelは、レーベルからレコードを仕入れて、店舗に対して販売を始めた。「『あのー、これを仕入れたいんですけど。Fitっていう会社です』って感じでやっていた。うちは本物のディストリビューターだよ、って感じでね！　向こうも『もちろん。これがうちの新譜だよ』って感じだった」と彼は笑わずにはいられなかった。

Fitという名前はSiegelの性分に合っていた。彼は次のように説明する。「ふたつのことを同時に意味しているところが気に入っている。『fit』は『絶好調』って意味でポジティブにもなるし、『統合失調症』って意味でネガティブにもなる。俺は気分がしょっちゅう変わるし、両方の感覚になることもあるから、この名前が好きなんだ。しばらくしてから、FitがHondaの車名になっていることを知って、結構へこんだな」

長い時間をかけてSiegelはデトロイトに多くのコネクションを築き上げていた。その中にはMembers KlubやOsloで働いていた時に知り合った人もいたが、多くは彼が街中で知り合ってきた人たちだった。彼は次のように語る。「デトロイトは小さな街だ。近所のパン屋でコーヒーを飲んでいればCarl Craigや
Derrick Mayに出くわすこともあった。俺がレコードを仕入れるようになったのは、大抵、以前から知っていた人たちからだ。Alex（Omar-Sのこと）とは、Rick Wilhiteの家で既に会っていた。そんな感じでKenny（Dixon Jr.）やTheo（Parrish）、Carl Craigとも知り合っていた。そして最終的に彼らのレコードを販売するようになったんだ。とても有機的だったよ」

そしてSiegelは再び一軒一軒回っていくようになった。今回はデトロイトやアメリカ中の街にあるレコードショップが相手だ。Fit Distributionはウェブサイトを立ち上げ、Siegelのネットワークは大幅に拡大した。まもなくして彼はアメリカ産のレコードをヨーロッパのレコードショップに販売するようになった。その逆もまたしかりで、CloneやRunning Back、Sex Tags関連などヨーロッパのレーベルをアメリカの店頭に流通させた。Fitはダンスミュージックにおける国際的なヴァイナルビジネスの要となっていたのだ。

運営は順調に進み、メッセンジャーの仕事を止めるほどまでになり、Siegelは友人にその仕事を譲ることにした。しかし、彼はすぐに何かが欠けていると感じるようになった。「俺はビジネスに関することをやれている。でも、実は俺ってアーティスト寄りな人なんだ」と彼は語る。Fit Distributionは信頼できる商品のみを取り扱っており、Siegelは自分が信じるレコードでなければ売買を行わない。しかし、それでは彼の欲求は満たされなかった。「金勘定にはクリエイティブな要素が一切無い。そこで自分のレーベルを運営しようと思ったんだ」

そして彼が最初に思いついたのがMarcellus Pittmanだった。「彼が手掛けた音楽がとても好きだったから、彼の電話番号を聞いていたんだ。それに、ああいうサウンドはあまり出回ってなかった。その頃、俺はSubmergeに住んでいて、彼が何曲かを俺に聞かせてくれたり、俺のスタジオで制作したりしていた。彼の作品には『うおー！』っていう突発的な瞬間は無くて、もっと流動的なんだ。俺のスタイルもそういう感じだよ」

Fit Soundのサウンドを定めたのはMarcellus Pittmanの「Erase The Pain（英語サイト）」だった。それはダークかつロウ、そしてSiegelの言葉を借りるならば、流動的なサウンドである。彼は同作品に続き、Anthony “Shake” ShakirやWalt J、MGUNといったデトロイトのアーティストに加え、Patrick SjerenやDungeon Acidらスウェーデンのアーティストによる12インチを発表した。2012年、彼はシカゴのベテランMarcus Mixxと共にEPを発表した。そのBサイドにはシンプルにFitとクレジットされている。

Siegelがヴァイナルを発表したのは実はこれが2度目だった。同タイトルよりも1か月前に、Omar-SはSiegelやGunnar Wendel（aka Kassem Mosse）とコラボレーションした「Enter The Fog」をFXHEからリリースしていた。「あの頃、Alexにはすごく助けられた。レコーディング中、ミキシングボードの前に立って、ミックスダウンについてたくさんのことを俺に披露してくれた」とSiegelが語るのは、FXHEとFit Soundから発表されたSiegelにとって初のソロ作品となる「Tonite」だ。

「自分のトラックがあったから『これ、どう思う？』ってAlexに聞いてみたんだ。彼は『いいね。でもシンガーが必要だな』って感じでさ。それでそのトラックで歌ってくれる女の子を見つけた。L'Reneeという名前で、人からオススメされたんだ。彼女に連絡をとって、トラックをプレイして、ボーカルをレコーディングして、トラックを徐々に発展していった。ボーカルを入れるのは俺のアイデアではなくて、完全にAlexのアイデアだった。そして、それが上手くいったんだ」

その頃、Siegelの制作に対するアプローチはますますパーソナルなものになっていた。映画学校時代、彼の映像作品は「ほとんどがテクスチャー重視」で、その要素は彼の音楽にもじわじわと浸透し始めていた。「”Tonite”は音楽的だ。メロディと音楽的な構造がある。でも”Seedbed”のようなトラックもあって・・・」と彼が語るのは、2014年のEP、「Cocomo」のB2に収録されていたトラックだ。「”Seedbed”はさらにテクスチャー重視だ。音楽的というよりも彫刻的といった方が近い」

このトラック以降、彼の発表ペースは遅くなっていき、ここ数年でリリースされたのは5、6枚程度だ。その理由の多くは彼の揺るぎない完ぺき主義志向にある。一部ではディストリビューターとして数々の傑作を扱ってきた結果だと言える。特に新しく加えるものが無ければ、わざわざリリースする必要が無い、という訳だ。

この基準は他のアーティストの音楽に対しても適用されている。2013年、彼はTHUMPに対し次のように語っている。「タイムレスなものを聞きたいんだ。すべてがクラシックになることはない。それは分かっているけど、最低限、プロデューサーは最善を尽くしてオリジナルなアイデアや感情、もしくは、考えを自ら見出す必要がある。そうでなければ、何の意味も無いだろ。本物のリスナーとダンサーを騙すことなんてできやしないんだから」

Siegelが手掛ける音楽のほとんどは、彼の理想にしっかりと応えているが、その中でも、今年の初めに発表された心和らぐアシッドトラック”Carmine”を超えるものは無いだろう。彼は次のように語る。「”Carmine”の大部分は一晩でできた。その後、別のセッションで細かい部分ができあがった」。いつも通り、彼は同トラックについても偉業だとは感じていなかった。「Mikeがトラックを聞いた時、『これはヤバいな』って言ってくれた。でも俺は革新的だとかそんな風には感じなかった」。とはいえ、”Carmine”により、Siegelは独自性と表現性の新たなレベルに到達した。そして同トラックは、彼の完ぺき主義が成果を生んでいることを示してみせた。あるいは、少なくとも成果を生み出し始めている、と言っていいだろう。

彼は次のように語る。「俺たちはまだまだ始まったばかりだと思っている。俺は今でもただ音楽を聞いて、ひとりで行動しているだけさ」