素晴らしいシングルトラックは、人々を踊らせ続け、歓声をもあげさせる。そして、ベッドルームが居場所だったプロデューサーを瞬時にして華々しいステージに押し上げることもある。しかし、多くのプロデューサーが今もスタジオで時間を過ごしていることに気づいてほしい。だからこそ不朽の魅力を持つアーティストアルバムが生まれるのだ。プロデューサーにとって「私が作る音楽はこれだ。でも私は他にも色んな音楽を作っている」と言えるフォーマットがアルバムだ。彼らが生み出す特徴的なサウンドには、発展や拡張、もしくは、新たな領域を開拓したり、以前の領域に回帰したりする可能性が秘められている。リスナーにとって、アルバムはアーティストの創造空間に潜り込み、彼らの新たな一面を見つけることができるチャンスとなる。仮にお気に入りのトラックが1、2曲しか見つからなくても、素晴らしいアルバムであれば全体を通じて楽しみたくなるものだ。聴くという体験はその他の体験と同様、その直前と直後が重要なのだ。

それは以下のアルバムすべてに当てはまる。色鮮やかなシンセポップ、聞いたことの無いノイズ、エレクトロニックジャズから、宇宙を駆けるテクノ、魂を震わせるバラード、電子レンジで溶けたようなグライムまで、Top 20 albums of 2015はこれまでで最も多様な内容かもしれない。しかし、ここに掲載されたアルバムすべてに共通しているのは、「伝える何かを持っている」ということ、そして、他の誰でもないその人だけのやり方でそれを表現していることだ。

- 20.
  "Beefdes"
- Vilod
  Safe In Harbour
  Perlon
  
  Ricardo Villalobosは常に実験的一面を持ち続けてきた。そして、その実験的一面をMax Loderbauerのように表現する者は存在しない。ECMのリミックス、そしてヒップホップに手を出したPerlonからの作品を経て、ふたりが共通美学をさらに深く掘り下げた『Safe In Harbour』は、いびつなリズムと極めて豊かな質感を含むサウンドによる美しくシュールなアルバムだ。そして同時に『Safe In Harbour』はハッキリとした方向性を示していないにも関わらず、自分たちにしか成し得ないグルーヴにこだわり、自分たちがいいと思うものを制作している、旧知の友人ふたりによる作品であることがハッキリと伝わってくる。
- 19.
  "Let Me In"
- Visionist
  Safe
  PAN
  
  Louis Carnellは必ずしもグライムの定義に収まるとは限らない。ファーストアルバムにおいて、彼の音楽はグライムの枠組みを取り払い、全く新しいものへと変化した。必要最低限にまで削ぎ落し、何も無い空間に放置され漂う半透明のシンセと実体を持たない声を添えたサウンドはVisionistならではのものだ。パニック発作の軌跡を辿るために制作された『Safe』だが攻撃的になることはほとんどなく、Carnellは興味心をそそるものと不安感を煽るものに注視し、拡散したグライムから生まれる、非常に魅惑的な作品を生み出した。
- 18.
  "Augmented"
- Matrixxman
  Homesick
  Ghostly International
  
  今年、サンフランシスコのCharles McCloud Duffは、テクノがどれほど陽気な音楽になり得るのかを教えてくれた。彼はこの世に出回るあらゆるタイプのエレクトロニックミュージックに手を出してきたカメレオンのようなプロデューサーだ。Matrixxman名義のファーストアルバム『Homesick』は冷たい未来を覗き込む窓のような印象ながら、同時に奇妙な親しみが感じられた。暖かくも冷たく、明るくも殺伐とした同作は独自の音楽領域を見出した。
- 17.
  "TSV WB"
- Zenker Brothers
  Immersion
  Ilian Tape
  
  Ilian Tapeは10年近く素晴らしいテクノをリリースし続けているが、最高傑作がやって来たのは今年の2月だった。同優良レーベルのサウンドと同じく、DarioとMarcoによるZenker兄弟が制作した『Immersion』は、この世で唯一無二のサウンドになるように組み合わせた濃密な空気と轟くブレイクビーツによるアルバムだ。”Cornel 21”の激しく揺れ動くディストピアから、”TSV WB”における陶酔感のある躍動まで、同作は絶頂期にあるテクノアーティストふたりを捉えている。
- 16.
  "Outside In"
- Linkwood
  Expressions
  Firecracker Recordings
  
  完全にアナログなハウスLPが毎年発表されることはない。Linkwoodによる『Expressions』はジャジーなコード、シカゴスタイルのベースライン、漂うシンセによる内向的な世界観により、アナログ作品としての必要条件を満たした。ヘッドフォンで孤独に音楽を聞く人、プロのDJ、そして、シンセオタクといった人たちに向けられた同作の制作に、Nick Mooreは7年もの月日を費やすことになった。その理由として彼は「生活」を挙げている。『Expressions』では、人間が体験するありとあらゆる事象がキーボードとドラムマシーンを通じて作品に落とし込まれている。だからこそ、同作はこんなにも素晴らしいのだろう。
- 15.
  "Ride"
- Gaussian Curve
  Clouds
  Music From Memory
  
  Jonny NashはJuno Plusに対し次のように語っている。「この作品は俺たちがまるで関わっていないような感じだ。ただスッと出てきたんだ」。Nash、Marco Sterk（aka Young Marco）、そして、ベテランアーティストのGigi Masonがアムステルダムにて思いつきでレコーディングした、極めて控えめに表現されたアルバム『Clouds』について語った言葉だ。奇妙な発言に感じるかもしれないが、それは真実だと思う。ピアノ、キーボード、ギターが霧のように浮遊する38分間の同アルバムがこれほど病みつきになる理由は、まさに彼が語るこの無作為な性質のために他ならない。
- 14.
  "Refugio"
- Anthony Naples
  Body Pill
  Text Records
  
  『Body Pill』では、ほとんど素材を用いず、多くを語れることが証明された。30分にも満たない作品ながら、同作はここに掲載されているどのアルバムにも負けない壮大さがある。なぜなら、このニューヨーク拠点のアーティストのプロダクションスタイルは、今までにも増して壮麗で、自身に満ちたものになっている。彼の作品は尺が短いが、ミキシングの幅は広く、近年のブルックリンサウンドとして知られるラフな音色のダンスミュージックよりも極めて情景豊かなサウンドを実現している。
- 13.
  "La Basse et les Shakers"
- Domenique Dumont
  Comme Ça
  Antinote
  
  夏の夕べ、カクテルを片手にゆっくりと紐解かれる極上の光景を『Comme Ça』は想起させる。日没に向けて流れる時間を彩るサウンドトラックとして特別にデザインされているかのように感じられ、前半に収録された遊び心のあるアップビートなポップが、気怠い魅力が漂うBサイドへと誘っている。完全に無名の存在としてAntinoteにやって来たDomenique Dumontだが（彼は『Comme Ça』以外に作品を発表していない）、彼のデビュー作は混じりっ気無しの音楽逃避行となっている。
- 12.
  Repossession Sequence
- Oneohtrix Point Never
  Garden Of Delete
  Warp Records
  
  『Garden Of Delete』は、Daniel Lopatinによるニューエイジ・シンセシスにポップとグランジが融合し、これでもかと多くの要素が詰め込まれた、怪物級のアルバムだ。同作誕生の背景には、Ezra（ニキビ面のエイリアン）とのコラボレーションが含まれるが、Nine Inch NailsやSoundgardenのために開かれるアリーナにLopatinが自分の機材を引きずって持っていくような世界では、真実と虚構、そして、高尚と低俗の境目が極めて不明瞭になっていると感じられる。『Garden Of Delete』では、シンセ映像作家としての一面や、それと同等に人をからかう一面を持ったLopatinが披露されている。そんな彼は現在世界を手中に収めようとしている。
- 11.
  "Sora Ni Mau Maboshi"
- Mariah
  Utakata No Hibi
  Palto Flats
  
  つい最近まで、Mariahによる1983年のアルバム『Utakata No Hibi』を見かけることができたのは、コネのあるディガーのレコード棚くらいだった。日本のメジャーレーベルから音楽をライセンスするのは難しいことで有名で、同作が再発される可能性は限りなくゼロに近いと思われていたのだが、今年、Palto Flatsが見事にその困難を乗り越えた。80年代のスタジオの輝きに包まれたニューウェーブと日本のフォークが音楽的にぶつかり合う驚愕の『Utakata No Hibi』は、2015年最も人々を魅了した大発掘作品だった。
- 10.
  "The World"
- Hunee
  Hunch Music
  Rush Hour Recordings
  
  Hun Choiは応援したくなる存在だ。素晴らしいDJ、Rush Hourの定番アーティスト、そして、誰が見てもナイスガイ。そんな彼の評判を聞いて、長期間かけて制作されたファーストアルバム『Hunch Music』をチェックした人がいるかもしれない。しかし、その音楽を聞けばそうした評判は関係ないことが分かる。間違いなくハウスでありながら、独特の内省性、サイケデリック、そして繊細さを伴うこの傑作は、これまでの彼の作品の素晴らしい部分を取り入れ、大きくレベルアップしている。DJ pollで彼が高ランクに位置したことと相まって、同作は既に賞賛されているキャリアのエキサイティングな新章を開くことになった。
- 9.
  "Nondo Original Mix"
- DJ Sotofett
  Drippin' For A Tripp (Tripp-A-Dubb-Mix)
  Honest Jon's Records
  
  DJ Sotofettは完全に自分だけの音楽世界を持ち合わせている。彼の多岐に渡る音楽性は、木漏れ日に揺れ、どこかブッとんでいる。その世界をこれまでで最も広範に巡ったアルバム『Drippin' For A Tripp (Tripp-A-Dubb-Mix)』が今年到着した。彼にとってHonest Jon’sから初となるフルレンクスアルバムだ。鳥の鳴き声、ギター、コズミックなインタールードを詰め込み、アンビエント、バレアリック、トライバル、グルーヴが一体となった同作は、1月にリリースされていながらその時から既に今年を代表する1枚になることは明らかだった。
- 8.
- Boof
  The Hydrangeas Whisper
  Running Back
  
  Maurice Fultonの最新アルバムは、「ワイルドな多様性」と形容しても、もの足りないぐらいだ。謎の多いプロデューサーである彼は同作の前半だけで、霧がかったアンビエンス、壮麗なギターサウンド、直球テクノ、即興ディスコなど、数多くの要素を詰め込み、後半にかけて、こうした互いに相容れないスタイルをひとつのトラックに叩き込んだ。『The Hydrangeas Whisper』は徹底的な対比と絶え間なく襲い掛かってくる強烈なサウンドによるアルバムだ。しかし同時に愛らしく表現されており、素晴らしく大胆で盛り上がり必至の音楽だ。痛々しいくらい素晴らしい作品だと言うこともできる。
- 7.
  "Sea Calls Me Home"
- Julia Holter
  Have You In My Wilderness
  Domino
  
  2013年の『Loud City Song』には、ベッドルームでの巧妙な実験期を経て自らの殻を破って登場してきたJulia Holterのサウンドが収録されていた。一方、『Have You In My Wilderness』では、カリフォルニアのミュージシャンである彼女が開花している様子がうかがえる。同作で中心に躍り出た彼女の声が、優雅なオーケストラアレンジの中で輝いている。”Feel You”や”Sea Calls Me Home”など、これまでで最もキャッチーな楽曲も収録されているが、何よりもまずHolterを聞きたいと思わさせてくれる親密さは引き続き保たれている。
- 6.
  "Renee Sleeping"
- Suzanne Kraft
  Talk From Home
  Melody As Truth
  
  今年の傑作ポッドキャストと共に公開されたインタビューで、Diego HerreraはSuzanne Kraft名義として2枚目となるLP『Talk From Home』を「驚くほど早く」レコーディングしたと認めていた。心和らぐギターリフと物憂げなメロディの間を、バレアリック諸島の夏に訪れる切迫感と共に惰行していく同作を聞いて、そんなことを思い浮かべる人がいるだろうか？ ”Flatiron”の柔らかな音色や、”Talk From Home”における正確で華麗なシンセなど、万人受けするエモーションが染み込んだ作品となっている。
- 5.
- Björk
  Vulnicura
  One Little Indian
  
  ここ何年かにおけるBjörkのベストアルバムとなった『Vulnicura』にて、彼女は失恋という最も使い古された題材をテーマにして、これまで隠れていた一面を浮かび上がらせる作品を生み出した。脳裏に残るほど美しいダイレクトな9つの楽曲を通じて、長年連れ添ってきたパートナーMatthew Barneyとの別れについて深く掘り起こしてみせた。Björkの声は剥き出しのまま前面や中央に置かれている。「バラバラになった私の心」といった陳腐な悲哀表現は新鮮な反響を呼び起こし、時として受け入れ難くもあった。その背後ではArcaとThe Haxan Cloakがストリングスで洗い流したような厳かなアレンジメントを形成するのに一役買っており、Björkの悲痛と救済の舞台を用意した。
- 4.
  "I Met You On BC Ferries"
- LNRDCROY
  Much Less Normal
  Firecracker Recordings
  
  18ヶ月をかけて様々なフォーマットで発表されてきた同作だが、まだまだ聞き足りない。LNRDCROYのファーストアルバムは、じわじわと盛り上げていく音楽の典型だ。最もアップビートなトラックですらゆっくりと解き放たれ、ビンテージドラムマシンのサウンドと、うなだれたリードシンセをひとつひとつじっくりとリスナーに味わわせている。哀愁漂うアンビエントから柔らかなテクノへゆらゆらと移行していく『Much Less Normal』は、ダンスミュージックに対する見事にリラックスしたアプローチにより、台頭しているバンクーバーサウンドを克明に記録した決定的な作品となった。
- 3.
  "Guantanamo"
- Jlin
  Dark Energy
  Planet Mu
  
  Jinが2015年に『Dark Energy』で放ったようなサウンドは、それ以前に存在していなかった。インディアナのゲーリー出身の彼女は、フットワークにおける激しい808使いを軸にしてファーストアルバムを制作したようだが、同時に彼女は10年の歴史を持つこの音楽の枠組みを破壊し、亀裂をこじ開け、異物をねじ込み、その四肢を感電させた。このプロセスから生まれたものを、恐ろしいとか、暴力的だとか、スリリングだと呼ぶこともできるだろう。とりわけ、”Guantanamo”と”Infrared (Bagua)”はその好例として挙げられる。しかし、混沌に隠れるようにして、Jlinのサウンドには華麗な正確さも存在している。作中で用いられている『Mortal Kombat』のサンプルネタは決して偶然などではない。『Dark Energy』はまさに完ぺきな勝利なのだ。
- 2.
  "Anti-Corporate Music"
- Levon Vincent
  Levon Vincent
  Novel Sound
  
  Levon Vincentほど魂のこもったプロデューサーは他にいない。彼の音楽にはカタルシスを喚起する空気が漂っている。彼はそうすることにより、複雑で痛ましくさえある自身の一面を世界に対して提示しているのだ。それが最も当てはまっているのが彼のファーストアルバムだ。ヴァイナル4枚組の同作には、瑞々しい色彩とくすんだ褐色、美しさといつまでも残る余韻、質素さと雄大さが交互に訪れる。トラックリストからはこの世を去った彼の愛猫や、自身のタトゥー、ベルリンの路上にたむろする中毒者が思い起こされる一方で、灰色のメロディと摩耗したビートは言葉で表すことができない澱んだ真実を表現している。
- 1.
  "Silhouettes (I, II & III)"

Floating Points
Elaenia
Pluto

最初、Floating Pointsの『Elaenia』を若干迫力に欠いていると感じさせたのは、最終的に同作を今年のAlbum Of The Yearに輝かせた要因と同じだった。Sam Shepherdが微細な表現を行うアーティストであることは分かっていた。2009年の”Vacuum Boogie”や2014年の”Nuits Sonores”など、彼が作るクラブトラックは音楽的に豊かでありながら、リスナーに気付かれないような、良質なサウンドシステムを設置したダンスフロアでこそ最大限の効果を発揮するものが多かった。同時に彼は繊細なダウンテンポトラックも数多く制作していた他、Fatimaによる壮大なソウル作品『Yellow Memories』の制作において大きな役割を果たしたり、控えめながらも感情をかき立てる表現を実現した16人編成バンドFloating Points Ensembleを率いたりもしていた。しかしそれでもなお、『Elaenia』からはどこか手の届かない正体不明の魅力が感じられた。

しかし、時間をかけて同作はゆっくりと正体を明らかにしていった。それはまずちょっとした瞬間を通じて始まった。"Silhouettes (I, II & III)"で使われている柔らかなボーカルのハーモニーと洗い流すようなストリングスだっただろうか。”For Mamish”での電子楽器と生楽器による相互演奏、もしくは、眩いシンセバラードと連動するトラック” Argenté”でフィルターが開かれる場面だったかもしれない。最初、大したことないと思っていたものが、とてつもないものに変化したのだ。完全にFloating Points独自の表現力が、美しく新しい言語として生まれ変わり、ジャズフュージョン、アンビエント、クラシック、ハウスなど、彼がこれまでの人生で受けてきた影響が43分間の傑作として融合していた。『Elaenia』が解き放たれていくに従い、すべての音楽領域におけるShepherdの人並み外れた深みが伝わってくる。Shepherdは自身の技巧を磨き上げ、ビジョンを明確にしながら、5年の月日をかけて同作を完成させたらしい。アーティストとリスナー、どちらの視点においても、『Elaenia』の鍵を握っているのはどうやら時間であるようだ。

このPollはRAスタッフとコントリビューターの投票により決定しています。