現在の音楽制作に欠かせないものとなった音響機器。複雑な設定が可能なソフトウェアから、操作性と直観性に優れたハードウェアまで、様々な機材が発表され、音作りの可能性は無限大と言えるまでの広がりを見せている。理論や経験をもとに、もしくは、感性の赴くままに機材と戯れながら自らのサウンドを模索していく作業は、制作の醍醐味であると同時に、ときとして、非常に困難を伴うものでもある。膨大な数の選択肢を前に何をすべきなのか途方に暮れてしまうこともあるだろう。しかし、明確なビジョンを持ち続けている限り、活路は必ず見出される。Don Williamsが主催するレーベルMojubaの専属アーティストとして、極めて豊潤なムードを伴うディープハウスを発表してきたSTEREOCiTIことKen Sumitaniもまた、自身が理想とする確固たるイメージを持ちながら様々な模索を繰り返し、ときに葛藤しながら制作を行ってきたプロデューサーだ。1996年に東京で絶大な人気を誇ったクラブManiac LoveでDJとしてのキャリアをスタートし、都内を中心にDJとしてのセンスとスキルを磨いた彼は、2008年にプロデューサーとしてデビューしてから現在に至るまでに、ドイツのPanorama BarやTresor、フランスのBatofarといった世界中のクラブで数々の名演を繰り広げ、その経験を制作にフィードバックさせてきた。ギターやベース、パーカッションを自ら演奏するだけでなく、ソフトウェアからハードウェアにまで渡る多様な機材を使用する彼の意識は、ミックスダウンやマスタリング、さらには、オーディオケーブルにまで及び、その探求心は留まることを知らない。先日発表されたセカンドアルバム『Lost Land』では新たな制作アプローチにより今まで以上に多様性と躍動感に溢れる新境地を見出した他、制作活動に並行して良質なオーディオケーブルを提供する炭谷電線を立ち上げるなど精力的に活動を続けるSumitani。現在ベルリンを拠点に活動する彼が見つめる音楽とはどのようなものなのだろうか？

2008年にスペインのDubbymannが手掛けるレーベルDeep Explorerからデビューして以来、Sumitaniのサウンドは大きな変化を遂げてきた。「元々ギタープレイヤーだったから、コード・プログレッションやメロディもギターで考えることが多かったし、今よりも有機的なグルーヴを好んでいた」と彼が振り返る当時の作品では、エレクトリックピアノやギターといった楽器演奏がリードパートとしてハウシーなトラックの全面に押し出されていた。「まだ何もかもが手探りだった」状態から現在に通ずる音数を抑えたミニマルな方向性が徐々に確立されていくのは、その翌年、彼が専属アーティストとして関係を築いていくことになる独レーベルMojubaからEP「Early Light」を発表したときのことだ。表現したいことをよりシンプルかつ明快にするよう心がけたという同EPを皮切りにMojubaから1年に1枚のペースで作品を積み重ねていく中、「制作で学んだことが蓄積されて、それまで出来なかったことがすこしずつ出来るようになっていった」とSumitaniが語るように、そこには確かな手ごたえがあったようだ。

そして2012年のファーストアルバム『Kawasaki』にて、その成果はひとつの形として結実した。それまでの叙情的でムーディーな音楽性を引き継ぎながら、ビートやベースが存在感を増した同アルバムによって、Sumitaniの音楽はひとつの完成形を見たかに思われたが、同時期を境に彼の楽曲は自身の成長を反映するかのように多様なスタイルを見せていく。同年、東京で日本オシロサービスを共催するDenの”Moon In Van Nuys”をリミックスした際、Sumitaniはエレクトロを崩した意欲的なビートに取り組み、その翌年にはMono Village名義として、ボーカルを大胆にフィーチャーした”Set You Free”を収めた「Fixation」を発表した。Mono Villageを「オールドスクールなスタイルをやっていく名義として考えていた」というSumitaniだが、2014年のベルリン移住を機に、彼は音との向き合い方を考え直すことになった。

「日本のクラブとベルリンのクラブでは、聞いていて気持ちいい音のタイプが違うんだ」とSumitaniは語る。「ヨーロッパの方がミニマルな音に合う鳴り方をしている。日本の空気では濁ってしまう帯域がこっちでは活き活きと抜けてくるし、ひとつひとつの音がはっきり聞こえるから、シンプルで少ない音数のトラックにじっくりハマれるんだ。逆に音数が多いと少しうるさく聞こえる傾向にある。これはシステムの違いからくるものではないよ。おそらく電圧や空気感の影響じゃないかと思う。日本の音はどちらかというとウェットで少し滲む印象があるんだ」

Stereociti Kawasaki

屋内外、大バコ、小バコといった会場環境によって映える音楽が違うように、クラブでの出音の違いも当然ながらその場に適する音楽の在り方に影響を与える。サウンドエンジニアリングを独学で習得してきたSumitaniはそのことを肌で感じ取っていた。これまで極めて豊かなムードを楽曲に落とし込んできたSumitaniにとって、ベルリンという環境は決して彼が築いてきた音楽を否定するものではなく、むしろ、彼が求めるサウンドの純度を高める好機となったようだ。「シンプルな作りの曲であっても、ワンループや曲の空気感にムードが漂っている曲がある。制作する際、そういうムードを曲に残したいと思っているけれど、でもその曲自体が自分の感情を反映したものじゃなくてもいいのかなって思うようになったんだ。自分の内面から出てくるようなソウルフルなものからは少し離れて、実験過程で偶発的に産まれたサウンドをアイデアソースにしたり、以前よりもメカニカルな手法をよく試したりするようになった。フラットな視点で、より自分の理想に近いトラックを作る事に集中している」

こうした意識の変化に加えて、Sumitaniはそれまでソフトウェアで処理する過程が多かった制作スタイルから、引き続きPCを使いつつも制作過程はハードウェア主体のセットアップに変わっていった。その理由について彼は次のように語る。「サウンドの質感の面もあるし、制作するときの楽しさという面もある。ただシンプルにハードウェアが好きで、自分が好きなものを少しずつ集めている。思い入れのある機材から出る音を使いたいんだ」

意識と制作の両面におけるSumitaniの変化は、2014年のベルリン移住期に制作が開始されたセカンドアルバム『Lost Land』に投影されることになった。同作には”DWDP”や”Revision III”といった非4つ打ちトラックが収録された他、トラックごとに異なるラフな感覚を活かしたグルーヴなど、これまで以上に多様性を増した楽曲が打ち出された。「新しい環境で、実験の過程から産まれた曲が大半を占めている。さまざまな点で日本にいた時とは違う手段を取ってみたんだ。日本にいる時はミックスダウンをかなり細かくやっていて評価も受けていたんだけど、今回はレコーディングやミキシングにおいても勢いや不完全さを残したんだ。楽曲にとって最小限必要なことだけに集中して、手を加え過ぎないようにした」

これまでに築き上げてきた制作手法から距離を置き、全く異なるアプローチが試みられた背景には、環境に合わせて柔軟に対応していくSumitaniらしい理由があった。「ベルリンでは部屋の天井が高いし、納得いく程のスタジオアコースティックを得るにはまだ時間がかかると思ったから、そのへんのことをひとまず諦めたんだ。でもそういう意識の変化から、音楽をエディットし過ぎるのではなく、ハードウェアを使ってその場で卓をコントロールしながらミキシングして、音楽の熱があるうちにレコーディングするというやり方になった」

Sumitani曰く、『Lost Land』は12インチ2枚と7インチ1枚というパッケージで発表される予定だったようだ。「ひとつのアルバムとしての世界観は薄く、むしろ3枚組のEPと言ったほうがいいかもしれない」と自ら認めるように、彼はアルバム作品として見たときの同作の仕上がりに自覚的だった。「さっきも言ったように、収録曲はすべて新しい環境下で実験した結果生まれてきたものなんだ。でもこのプロセスは今後音楽を続けていくためにどうしても通過しなければならなかった。評価を得た『Kawasaki』の路線とは大きく異なる『Lost Land』を作り終えた後、自分が音楽にどう向き合うべきか明確になって、さらに次へと進める確信を得た。『Kawasaki』を作った頃と比べて、今はプライベートな面で自分も環境も大きく変わってしまった。もう『Kawasaki』は作れないと思ったんだ。だから新しい世界を探していた。『Lost Land』は名前の通りそんな過程で生まれたものなんだけど、いざ作り終えてみると、『Kawasaki』で表現していた感情を再び抱くようになった。少し複雑な心中で作られたアルバムである事は確かだから、それがアルバム全体から滲み出ているかもしれない」

しかしながら、こうした感情面の向こう側でSumitaniは制作者として明確なビジョンを維持している。愚直なまでの職人気質ともいえる彼のサウンドに対するこだわりは、最近手に入れたというオープンリールからもうかがい知ることができる。「曲を作る際の重要点のひとつに質感があって、どうすれば自分の求める質感になるのかを今でも色々と試している。ナチュラルなハードウェアの歪みやマシンノイズが好きなんだ。音質的に自分が求めるものを手に入れるために模索している。オープンリールもそのひとつだ。次はドルビーAシステムを追加することに興味がある。僕はプロデューサーである前にDJであるわけだけれど、いまだに自分が本当にプレイしたいと思う曲は作れていないんだ」

Sumitaniの飽くなき探求心は音楽機材の配線に使用するオーディオケーブルにも及んでいる。水道管が汚れていれば、蛇口から出てくる水が澱んでしまうように、音声シグナルの通り道となるケーブル次第でノイズの量や音の質感が変化する。彼は自らを特別なマニアであるわけではないとしているが、適切なケーブルを自ら探し出して加工するという行動を実際に起こす人は決して多くないだろう。裏を返せば、こうしたこだわりは彼にとって自然発生的なものであり、取り立てて引き合いに出すことではないのかもしれない。良質なケーブルを気軽に楽しんでもらうことを目的として立ち上げられた炭谷電線に関する彼の発言も非常に謙虚なものだった。「日本にいた頃はエンジニア的なことに傾倒していたから、ケーブルや電源周りなどにも気を配っていた。ラインケーブルはなるべくノイズが少なくて音質の素直なもの、そして丈夫なものがいい。ヨーロッパではまともなケーブルが高いことを知っていたから、信頼できるケーブルを現実的な価格で提供できたら、みんなが安いけどすぐに断線して音も悪いケーブルを買わなくて済むでしょう？」。彼が制作するケーブルは既にクチコミベースで広く評判を呼んでいる。先日、彼がブラジルにブッキングされた際、リオデジャネイロにスタジオを構える友人のところへも炭谷電線のケーブルが納品されたばかりだ。

ベルリンに移住して2年。揺らぐことのない理想像を抱き、試行錯誤を繰り返しながら制作を行ってきたSumitaniの意識は現在さらに研ぎ澄まされてきているようだ。プロデューサーであると当時にDJとして活動してきた彼には双方の視点と感性が培われている。そのふたつの要素が交差する領域を模索しようとしている姿勢が今後の彼を導いていこうとしている。「自分が作る曲は自分がDJとしてプレイしたい曲とは少し違っていたから、最近はそのふたつを近づけたいと思っている。そのためには制作者としてではなくDJとしての視点から自分の曲を見つめ直すことが必要なんだ。今まではライブセットをやろうと考えていなかったけど、フロアで表現したいことを自分が作る曲にもっと反映させられるようになれば、ライブセットを通じて自分の中にあるふたつの感性を同時に打ち出せるかもしれない。それは自分が目指す音楽表現のひとつなんだ」。これまでに多様な経験の中で進化／深化を繰り返してきたSumitaniはその表現の高みに達したとしても、そこで足取りを止めたりしないだろう。彼はその高みから新たな展望を見出すのだから。