エレクトロニック・ミュージックには、特に制作の面において、実体の見えないミステリアスさが昔からある。ハウスやテクノの曲を聞いても、楽器を演奏しているバンド・メンバーや、ステージに立っているポップ・スターが思い浮かぶことはなく、ただ音が聞こえるだけだ。制作する様子をスタジオで見たのでない限り、アーティストが実際に何をやってそういった音を鳴らしたのか、確信を持って言うことはできない。こういったミステリーの要素が面白い、と捉えることは可能だ。「マジックのトリックが解ってしまうと、つまらなくなる」と、Daft PunkのThomas BangalterはPitchforkのインタビューで語っていた。「タネをバラしてしまうと、とたんにワクワク感と純粋さが失われてしまうんだ」

だが、その”タネ“が制作手法だけでなく制作者にまで関わってくることがある。どうやって作ったか、だけに及ばず、誰が作ったか、という部分もイリュージョンの一部になっている場合だ。困ったことに、このイリュージョンはエレクトロニック・ミュージック界ではさほど珍しくない。さすがに具体的な数字で表すことはできないが（こういったことをオープンに話す人はあまりいない）、この傾向は“アンダーグラウンド”の世界でも見受けられる。つまり、ここRAでもカバーしている、インディペンデントで有名ではないアーティストにさえも言えることなのである。ゴーストライターを雇って全てを一から作らせている人は少ないであろうが、アーティストが他の人を雇って自分のアイディアを形にしてもらい、その貢献度をあまりはっきりとさせない（場合によっては全くクレジットしない）ことは良くあることだ。結果、実際に行った作業よりも多く手がけたような見せ方をするアーティストは少なくなく、中には実際にはできないこともできるかのように提示している人もいる。それは全て、一般のリスナーにはわからないことだ。

これについて、たいした問題ではないと感じる人も多い。今回この記事を執筆するにあたって、スタジオ・エンジニアとして働くDJ/プロデューサーのMatthew Stylesに話を聞いた。スタジオ・エンジニアという言葉は、昔はバンドがレコーディングをする間、ミキシング・デスクを操作する人を指していた。エレクトロニック・ミュージックの世界では通常、マスタリングやミキシングなど、クリエイティブではないテクニカルな部分を担当する人のことを指す。

本来は、クライアントがエンジニアにほぼ完成したトラックを渡し、エンジニアはその曲が可能な限り良く聞こえるように微調整を加える、というのが理想だ。しかし実際には、エンジニアはそれ以上にクリエイティブな面で貢献をすることがある。例えば、アレンジメント（トラックの中で起こることの順序）に変更を加えるなど。クライアントがステムやサンプル素材を渡し、あとはエンジニアに任せてしまうという場合もある。そういった場合にはエンジニアの横に座り、指示や感想を提供するのが通常だが、そうじゃないケースもあるそうだ。

Stylesに言わせると、エンジニアリングと作曲には明確な違いがある。彼が言うには、彼や彼のようなエンジニアがやる仕事はテクニカルなことであり、クリエイティブなことには手を出さない。しかし彼が実際にやっていることの中には、一般的に共同プロデュースだと考えられていることも含まれる。

「受け取る音楽の50%は、そのままで十分いける出来だ」と彼は言う。「しかしもっとプロダクション的なことをやって欲しいと言う人もいる。アイディアはあるが、それを実現させる時間や技術がないのだと言う。“ああしてくれ、こうしてくれ”と言われ、それをなるべく実現させてあげるんだ」 

そう聞くと、さほど問題ではないと感じる人も多いかもしれない。しかしその事実が意味することを考えてみよう。例として、DJ Aによるトラック1と、DJ Bによるトラック2があるとする。DJ Aは現在28歳であり、16歳のころからトラックを作ってきた。彼女の作るトラックは長いこと人に聞かせられないレベルであったが、徐々に質が上がっていき、最終的に販売に値するトラック1を完成することができた。

DJ Bも28歳だが、音楽制作に関してはちょっと興味がある程度であった。彼にはいくつか温めているアイディアがあり、去年のDJのギャラで600ユーロを貯めた。そして彼は友人の助けを借りて、トラック2を制作した。彼の友人は、時間と金を費やしてスタジオ環境を整え、制作技術も習得した人物だ。しかし彼らはデュオではなく、DJ Bは友人にギャラを払い、楽曲をソロ名義でリリースした。

一見、この2曲には大きな違いはないが、アーティストの信頼性という側面で全く異なる。技術や能力でいうと、DJ BはDJ Aの足元にも及ばないが、ふたりは同レベルのアーティストとして見られるだろう。むしろ、DJ Bの楽曲はDJ Aの曲よりも質が高くなるだろう。トラック1はあくまで若いアーティストの成長過程の最新の作品でしかないが、トラック2は、少なくとも部分的には、ベテランの慣れた手つきによって形作られているのだ。DJ Aのほうが才能があるが、曲を聞くだけでは真逆の評価になってしまう。

DJ Bはなぜこのような手段をとったのか？多くの場合、アーティストは曲を可能な限り良くしたいと思い、自分よりも経験のある人と一緒に共同制作をすることは自然なことと考える。もうひとつの大きな要因としては、DJ/プロデューサーのジレンマがある。大半のDJは自作曲がないとギグのオファーが来ないが、DJとプロデュースでは必要となるスキルが全く違う。片方に特出した技術を持ち、もう片方は素人レベル（あるいは全く興味がない）という人は珍しくない。しかし他に何か特別なステータスがない限り（レーベルのオーナーであるとか、著名クラブのレジデントDJであるなど）、オリジナル曲がないとブッキングが殺到する状態になることは難しい。であるがゆえ、多くのDJにとって作品をリリースすることは、ギグをゲットする上で必要な活動なのだ。

例え安定したキャリアを積んでいるDJであっても、これは同じだ。ブッキングを受け続けるには、ある程度シーンの中で一定の存在感をキープする必要があり、そのためには音楽をリリースする必要がある。しかし毎週末世界をツアーしているDJであったら、制作に費やせる時間は一週間の中でもせいぜい2日ほどであり、才能のあるアーティストであってもそれは良い音楽を作るモードに入るには短すぎる時間枠だろう。それほどスケジュールが忙しくなくても、創作意欲というものは気まぐれであり、何年も湧かないときだってある。しかし新作は常に求められる。多くのレーベルは最低でも1年に1枚のEPを、2、3年に一度はアルバムをリリースしたがる。そのため、例え経験豊富のプロデューサーであっても、誰かと一緒に制作をすることは十分にありえる選択肢なのだ。

しかしながら、こういった要因はリスナーが勝手に想像している、アーティストが音楽を作る原動力、というものを完全に無視している。その原動力とは、「アーティストにはアイディアがあり、音楽を作りたいという願望があるから」である。しかし、あまり考えたくないことかもしれないが、エレクトロニック・ミュージックは、例えアンダーグラウンドであっても、結局はビジネスなのだ。アーティストには払わなくてはいけない家賃があり、養っている家族がいる。もちろん、私は音楽などアートを創作することを生業にしていないため、他人事のようにどうとでも言える立場であることは自覚している。

それでもやはり、ダンス・ミュージックにおいて制作者の正体が曖昧なことが多いという事実に、私は不安を抱く。お金を払って誰かと共同制作をしたことを隠すということは、無害な嘘とは言いがたい。ファンを欺く行為であり、シーンの実態が歪んで伝わる。そして作品を評価する立場として、これまで賞賛を与えすぎていた、あるいはもっと賞賛するべきであったプロデューサーがいたかもしれないと考えると、何も思わずにはいられない。

そして何より、こういった習慣は不透明な環境を作り、不信へと繋がる。「～～は自分で曲を作っていないらしい」といった噂話が聞こえてくるたびに辟易する。何しろ、どんなDJやプロデューサーであっても、そういった可能性はあるからだ。その上、少なくとも個人的な経験から言うと、こういった噂話は女性アーティストがターゲットになっていることが怪しいほどに多い。Stylesは、妻であるDinkyの制作を彼が行っていると良く誤解されると言っていた。

前述したようなケースであっても、細かく検証していったら全く問題のない場合ももちろんあるだろう。エンジニアリング、コラボレーション、そしてゴーストライティングといったことにおいて、グレーゾーンなどいくらでもある。しかしどういう見方をしようと、例えそれが部分的であろうと、実際にはやっていないクリエイティブ・ワークをあたかも自分でやったかのように見せるのは、盗用と同等だ。作品作りに真面目に取り組む、インディペンデントなアーティストのコミュニティの間で、許容されるべき行為ではないと声を大にして言いたい。