レーベルという形態であろうと、アーティストの集団であろうと、テクノやハウスにおいてはグループとしての確固たるアイデンティティの確立こそが成功につながる。ベルリン在住のスペイン人／イタリア人の合計6人のグループで構成されるSlow Lifeにとって、彼ら自身を定義する要素はその音楽性のみにとどまらず、彼らのライフスタイルも大きな位置を占めているという。彼らは音楽をはじめとしたあらゆることに関して、常にレイドバックして落ち着いたアプローチを終始貫いている。彼らがレーベルとしてのSlow Lifeを立ち上げする以前から、彼らは自分たち自身ののんびりとした気楽な態度をわかりやすく自虐的に表現するための言葉として、「スローライフ」という言い回しを多用していたそうだ。ここ数年、プロフェッショナル・ビジネス化が進みPR戦略の重要性ばかりが注目されるダンスミュージック業界においては、新たに参入したニューカマーたちは自分の居場所を確立するため必死に立ち回ることを要求される。そうした状況とは無縁とも言える彼らのアティチュードは、だからこそ一際存在感を増している。

Slow Lifeと同様、積極的なメディア露出を避けるアクトは昨今少なくない。自然発生的かつ有機的に成長したグループやレーベルは、PR露出やソーシャルメディアの力などに頼ることなく熱心な本物のファン層を得ることができるのだ。Slow Lifeはまさにこのケースにあてはまる。ベルリンのClub Der VisionäreやHoppetosseの夜を数回でも覗きに行ってみれば、そこにはいつだっておなじみの常連たちの顔ぶれが並んでいることに気付くはずだ。Slow Lifeがこれまでリリースした5枚のカタログはすでに全て完売したが、それは純粋にこうした常連たちからの口コミの評判によって成し遂げられたものだ。Slow Lifeに所属する3人のDJのうちの1人、DJ Treeはこう切り出す。「人々に無理やり何かを押し付けるような真似はしたくないんだ。それが本当に良い物だったら、自然に育って届くべきところへ種子を運んでいってくれるのさ。文字通りスローライフ的、って言ったらよいのかな。ゆっくりやればいいのさ」

Slow Lifeクルーは現在3人のDJ（Laurine、Cecillio、DJ Tree）と1人のプロデューサー（S.Moreira）、そして1人のグラフィック・デザイナー（Santi Uribe）の合計5人で活動している。共にイタリア人であるLaurineとDJ Treeは2010年にロンドンで出会った後、ベルリンへと活動の場を移した（Laurineに初めて古いハウスやテクノを教えたのはDJ Treeで、とりわけ彼女のハートを捉えた1曲はDJ Assassinの"Face In The Crowd"だったという）。ベルリンへ移ったLaurineとDJ Treeは、やがてS.Moreira、Cecilio、P.Villalba（Slow Lifeの立ち上げに参加したプロデューサー）という3人のスペイン人と出会う。幾度かディナーやクラビングを共にし、音楽を共有することで彼らの友情は急速に芽生えていった。彼らの活動の基盤を支え、彼らが共有している価値はこの友情関係である。彼らはそのオープンで親密なリスペクトに支えられた関係を指し、自分たちのことを単なるグループと言うよりは「ファミリー」と呼ぶことを好んでいる。

「まさしく僕らはファミリーと言って差し支えない関係なんだ」と語るのはS.Moreira（作品をリリースする際はS.Moreira名義を名乗っているが、フルネームはSergio Moreira）。「彼らはそのトラックが本当に良くない限り『ああ、良いトラックだね』なんて決して言わない。こういう裏表のない感想を述べてくれる仲間の存在はありがたいよ。他人にトラックを聴かせたとき、本当はそこまで良いとは思っていないくせに『いいトラックじゃん』なんて無難なことを言ってやりすごそうとする人間はけっこう多いから、なおさらね」

Moreiraが創る音楽は、Slow Lifeにおけるアイデンティティの根幹を成している。2013年暮れにスタートしたこのレーベルは、これまで合計18曲のトラックをリリースしてきたが、実にそのうち16曲をMoreiraがプロデュースしている（共作も含む）。しかも、そのトラック群のほとんどは他のSlow Lifeメンバーたちのレコード・コレクションに影響されて作られたものだ。彼がこれまでリリースしてきたトラックは、ごく大まかに言えばディープハウスというカテゴリーに属するものとはいえ、それらは2016年現在のディープハウスの流行とはほとんどかけ離れたものになっている。Moreiraが創るサウンドにおいて影響の大部分を占めているのは、PeacefrogやGuidance Recordingsといった10年以上も昔のハウス・レーベルの諸作品だ。そこには現代の最新型ディープハウス・トレンドとの共通点はほとんどない。ファンキーなスウィング感を持った彼のトラックは、荒削りなビーツと豊かなパッド、ダイナミックなベースラインで構成されている。

「みんなと出会う前の僕は、ちょっとした迷子状態だったんだよね」と、Moreiraはベルリンに来て最初の1年間の頃を思い出す。「そんなとき、彼らに出会ってようやく自分が本当に好きだと思える音楽に巡り会えたんだ。こういう古いディープハウスを聴きはじめた当初、僕は『こんな音楽はこれまで聴いたことがなかったぞ』って思った。2011年とか2012年のことだったと思うんだけど、実は彼らが僕に聴かせてくれたのは遥か昔の90年代に作られた音楽ばかりだったんだよね。どうしてもっと早くこの音楽に出会わなかったんだろう、って思ったものさ」

いっぽう、彼以外のSlow Lifeクルーたちは平凡なハウス／テクノ・ファンとは言えない。彼らは名の知れたレコード・ディガーであり、そのコレクションは数々のオブスキュアなサウンドで埋め尽くされている。Club Der VisionäreやHoppetosseといったヴェニューのシーンと結びつき、Slow LifeクルーはBinhやNicolas LutzといったDJたちと共にベルリンへ新しい風を吹き込んだ。このシーンの全貌をはっきりと定義付けることは難しいが、ほぼ共通している基本的な特徴が3つある。それは、レコード・ディグに情熱を傾けること、ヴァイナルでプレイすること、そしてロングセットでのDJを行うことだ。この新しい潮流に属するDJたちは90年代〜00年代のハウスやテクノ、エレクトロを横断し、そのシーンをヨーロッパ全体にまで広めている。イタリア人DJのFrancesco Del Gardaがこのシーンの重要な中心人物のひとりだが、UKにもAndrew James Gustav、GwenanそしてBruno SchmidtといったDJたちが同様のアティチュードのもと精力的に活動している。もちろん、このシーンに属するDJたちのほとんど（その全てではないにせよ）が重要な影響源として名前を挙げるのがPerlonのボス、Zipである。その卓越したスムーズなミックスはもとより、Zip独自のディープな選曲眼は常にリスペクトの対象となっている。

この新たな波はまだ生まれたばかりといってよく、彼らは音楽を発見するためのツールとしてインターネット（具体的に言えばDiscogs）を活用している。Slow Lifeクルーは特定のレコードや未知のレーベルと巡り会うための場（彼らが言うところの「ブラインド・リスニング」）としてレコードショップのリアル店舗が依然として重要である事実を認めつつ、より深いディグの追求のためのリソースとしてインターネットの存在を重視している。「これまで聴いたことのない音楽に巡り会うための場所として、レコードショップは今でも重要だ」と語るはCecilio。「でも、僕らにとっての主な情報源はやはりDiscogsさ」

「最近、中古レコードショップに行くと、良いレコードはほとんど売れてしまって店に残っていないことが多いの。今ではレコードをディグする人も増えちゃってるけど、ショップは常に新しい在庫を補充できるとは限らないのよね。現在の中古レコードショップはだいたいにおいてそんな状況だから、手に入れられるレコードは『悪くはないけど、内容はそこそこ』みたいなものが多いわね。そういうレコードは長い間売れ残っている場合が多いし」と語るのはクルーの紅一点女性DJであるLaurine。

「その人がどんなスタイルが好きかにもよると思うけどね」とDJ Treeが意見を挟む。「僕らが好きなタイプの音楽をディグするための場所という意味では、ベルリンのレコードショップは今や必ずしもベストの場所とは言えないかもしれないけど、僕らとまた違う好みを持った人ならベルリンでも数多く収穫できるはずだよ」

オンラインでのディグは、コンピューターに疎いDJたちに対して差を付けることができる。Discogsが有するデータベースはほぼ無限であり、その検索方法には無数のアプローチが存在する。Laurineがそうしているように、アーティストやレーベルのリンクを果てしなく辿り、ほとんど偏執的に膨大な作品群をリサーチしながら新たな発見をして、さらに関連するアーティストたちを繫げていくことができるのだ。Laurineは「ある時、300個ぐらいのタブを一度に開いていたらコンピューターがクラッシュしたことがあるの。それ以来、一度に開くタブの数は30個ぐらいに抑えるようにしているわ」と言って笑う。

いっぽう、Cecilioの場合はLaurineとはまた違うアプローチをとる。彼は、Discogsに参加しているユーザーの広大なネットワークを利用するのだ。多くのユーザーはDiscogsのアカウントページでその所有コレクションを公開しているので、自分と好みの近いユーザーを発見することは新たな音楽の発見へと繋がる。「Discogsの活用法にはさまざまな方法があって、それがこのサイトの素晴らしいところでもあるんだ。たとえば、ある時どうしても必要なサンプルがあったんだけど、そのレコードを所有しているある女の子にメッセージを送って、そのレコードを録音して送ってほしいと頼んだこともある。また、ユーザーのレーティング傾向やコメントの内容などをチェックすることもある。どうやってその情報にたどり着けたか思い出せなくなるときもあるくらいだよ」とCecilioは語る。

Cecilioは、他のクルーにも増してDiscogsへの依存度は高いようだ。というのも、ヨガ修行中の身である彼はレコードショップが一軒も存在しないスペイン南部の田舎に住んでいるからだ（「信じられないかもしれないけど、Cecilio宛のたくさんの荷物がなぜかベルリンにいる私の部屋に届けられるのよ」とLaurineは言う）。彼がスペインに戻りそこへ住むようになってから2年が経つが、それ以来彼にとってインターネットは以前にも増して重要なものとなり、他のクルーと離れていることで彼はより深く自分だけのディグを追求するようになっている。「僕はギグのためにベルリンへ行く機会は多いんだけど、その度に他のクルーのみんなと同じレベルでプレイしなきゃいけない。だからこそ、より多くの労力をディグに捧げているのさ。ちょっと手が空いて暇ができれば、いつだってインターネットでレコードを探しているよ」とCecilioは語る。

彼らはグループとしてプッシュしたいサウンドを明確に定義している。それは、崩れたラフなビーツとパッド、そして一定のディープさだ。したがって、彼らがディグする対象となるレコードはおのずとそうしたサウンドに絞られる。第二に、彼らはまだディスカバーされていない音楽に価値を置いているので、大多数の人々が探しているような人気の高いレアなレコードはさほど求めていない。実際のところ、彼らが発見して喜ぶようなレコードは、大抵の場合ほんの数ユーロも出せば買えるものばかりだ。かといって、彼らは素性がすぐに分かるようなレコードを決してパーティでかけないというわけではない。それでも、他のDJたちがどんなものをプレイしているかについては今でも注意を払っている。同じシーンに属するDJがすでにプレイしたレコードはなるべくかけないようにしたいというポリシーがあるからだ。最近Hoppetosseで行われたSlow LifeのショウケースではLaurine、Cecillio、DJ Treeの3人がDJとしてプレイしたが、彼らがプレイしたレコードで比較的有名なものといえばUnderground Resistanceの"Hardlife"ぐらいなものだった。あとは、ほとんどその存在を誰も知らないようなレコード — アトモスフェリックで重厚なパッドに包まれ、ファットなブロークン・ビーツと心地よいグルーヴを持ったハウスやテクノ、エレクトロ — ばかりであった。

Slow Lifeクルーは決して有名で人気のあるトラックを避けているわけではない。ただ単に、そうしたトラックを他のDJたちと同じようにプレイすることを嫌っているだけなのだろう。「自分らしさが大事なんだと思うわ。人気のあるトラックのリプレス盤もいくつか持ってはいるけど、まだ自分のDJでプレイしたことはないの。いろんな場所で耳にするトラックだから、自分自身がちょっと聴き飽きちゃってるって理由もあるけれど。もしかしたら、5年くらい経ってみんなが忘れたころにプレイするかもね」とLaurineは言う。

「僕も2年前に買ったリプレス物のレコードが1枚あるけど、まだシールドも切っていない状態で放置してあるよ。今度の土曜日にでもかけてみようかな」と言って、DJ Treeは不敵に笑う。

彼らがレコードを巡って話をするとき、そこにはまったく気取りめいたものは存在しない。そこにあるのは情熱だけだ。彼らは互いにジョークを言い、からかい合いながら終始笑いを共有している。ヴァイナルは、彼らにとって生活の大きな部分を占めている。彼らは大量のレコードを買っては売り、プレイするというサイクルを繰り返しながら、それ以外のほとんどの時間はディグに捧げている（実際、Laurineはレコードがぎっしり詰まったIKEAの棚をベッドがわりにしている）。こうした彼らのようなディグのスタイルは、Discogsのような存在があってこそ成立するものだ。Discogsはそれまで閉鎖的であったヴァイナル・トレードの市場を広く一般に解放した。無数の熱心なコレクターたちはDiscogsのマーケットプレイスを利用しながらレコードを売り買いし、要らなくなったレアで高価なレコードを売った利益でさらにたくさんのレコードを買い集め続ける。Slow Lifeのクルーは、こうしたDiscogsでの取引とは別に、ベルリンのLibertineクルーと共同でフリーマーケットを定期的に開催しており、バーなどのスペースを借りてレコードを売ったりもしている。

プロデューサーのMoreira（彼は元ドラマーでもある）は他のクルーのようなレコード・ディグ中心の生活をしているわけではないが、同様の情熱をトラック制作に注いでいる。彼は、平日の間は1日あたり10時間以上はスタジオにこもりきりの生活を続けている。その成果として、彼のトラックは非常にしっかりと成熟したサウンドを獲得しているのだ。そのトラック群は、トリッピーさと機能性を共存させた見事なバランスを有している。また、緻密に練り込まれたリズム、そしてメロディ性を伴ったSergioのトラックは、現代的で繊細なサウンドに没頭している他のプロデューサー勢とは一線を画している。現代のモダン・ディープハウスではクリーンで淀みの無いパーカッションが主体となっているが、"We All Are Fra! "や"Changing Habits"、"Breaking Rhythms"といった彼の作品群で聴かれる歪んだリズムは、DialやSmallvilleといったモダン・ディープハウスの代表的レーベルのサウンドとは大きくかけ離れている。

Sergioは語る。「僕はブレイクビーツが好きだし、パッドやヴォイスサンプルを使うのも好きなんだ。だから、僕のトラックにはそれらの要素がごった煮になっているってわけさ。僕は、常にトラック毎に違うアプローチで作業を始めるようにしている。まずドラムから組み始めて、そこにパッドやベースなどを載せていくのが一般的な手順だと思うけど、それだと他人と似たようなトラックの仕上がりになってしまうんだ。だからこそ、僕はいつも違う方法で制作に取りかかるようにしている。良いサンプルを見つけたり、新しいシンセを買って気持ちいいパッドの音色ができたら、それらを軸に展開を考えてみたりね。常に新しいアプローチを試みることで、それまで予想もつかなかった場所へ繋がる未知のドアが開けるんだ」

こうしたSergioのプロデューサーとしての飽くなき向上心は、他のクルーたちの偏執的ともいえるディグとDJスキルへの献身と不可分に融合し、グループとしてのSlow Lifeの絆をより強固なものにしている。そして、友情という基盤に支えられた音楽的な志向の共通性は、ことさら強いものになる。その絆の強さは、Slow Lifeのレーベルナイトに出掛けてみれば一目瞭然で理解できるはずだ。DJ Tree、Laurine、Cecilioの3人は常にDJブースに張り付き、代わる代わるレコードをプレイし終始笑顔を保ちながらフロアーにいる友人を見つけては手を振ったりしている。SergioやSanti、P.Villalbaも大抵DJブースの周辺にいる。彼らはブースの中にいるDJたちに時折何かを話しかけハイファイブを交わしている。彼らの笑顔はやがてパーティ全体に伝染していく。そう、彼らのプレイする音楽や、彼らがリリースしているトラックとちょうど同じように。Laurineはこう言い放つ。「わたしたちのショウケースへ遊びにくれば、そこにはたくさんの良い音楽と笑顔があるの。わたしたちが楽しんでいれば、そこには自然にエネルギーが生まれるってことかしら。この感じ、あなたもわかるでしょ？」

S. Moreira, P. Villalba, DJ Tree, Santi Uribe, Laurine, Cecilio

Slow Life mix for RA
Laurine、Cecilio、DJ Treeの3人がSlow Lifeならではの中毒性の高いサウンドを1時間のミックスに凝縮。

F - Volume 2 Untitled
Spacetime Continuum - Beveled Edge (Remix)
Spacer - It's A Nano World
Sonic Insomniac - MH 23.11.01
Spacetime Continuum - Swing Fantasy (Strange Attractor Mix)
Phusion - Blue Tektra (Restless Soul Peak Time Mix)
Titonton Duvante - Avenues
A² - Knotted
S. Moreira - As High As It Can Go
Stasis - Disco 4000 (Witness The Future)
SW. - Reminder Part Two
Untitled - Untitled Edit
Nu Era - Mono Concentrate