アンビエントに注目が集まる一方で、過去数十年間の日本のエレクトロニック・ミュージックへの関心はここ近年で、ブギー（吉田美奈子）や、ハウス（寺田創一）、テクノ（Shinichi Atobe）にも及んできた。レーベルは現在も日本の貴重な音源のリイシューし続けており、そうした作品の多くはDiscogsで高値で取り引きされている。このトレンドはまだ続いているようだ。

だが、これは“海外から日本を見た場合の話”である。そもそも国内における和モノ＝日本のレコードの再評価は、上述の海外の話よりも以前から存在している。1980年代前半より、漫画家の根本敬や音楽評論家の湯浅学らが廃盤になった歌謡曲の復刻を手掛けた「幻の名盤解放同盟」のほか、詳しくは後述するが1990年代に英国のレア・グルーヴが日本に波及し、国内のレコードやアーティストが再評価された流れもある。こういった日本国内の動きに加えて、先述した海外での和モノレコードのブームを知ってこそ、このムーブメントの全容を理解できるはずだ。

この企画では、日本のレコードを発掘して紹介するディガーやDJ、レーベルオーナー、業界関係者……つまりは“和モノの仕掛け人”たちに取材を重ねることで、このムーブメントの全容に加えて、日本人の視点から見た世界的な“和モノブーム”について、さらに、この世界的な和モノ再評価の流れは、日本のシーンにどんな影響を与えているのかを検証してみた。

日本国内において“和モノ”という言葉は、以前から日本のレコード・コレクターをはじめとした好事家の間で使われていた。だが、この言葉がマニアだけでなくダンスミュージック層のリスナーにまで広く浸透したのは、2015年に刊行されたディスクガイド本『和モノ A to Z Japanese Groove Disc Guide』の存在が大きいだろう。この本の監修者の1人でもあるCHINTAMは、長年レコード・バイヤーとして数多くのレコード・ショップを渡り歩き、現在はソウル、ファンク、ジャズから和モノまでを中心に取り扱う渋谷のレコード店Blow Upのオーナーを務め、国産の音源のみを用いたDJパーティー「GROOVY和物SUMMIT」のレギュラーDJとして活躍するほか、先述した著作タイトルに関した和モノ音源のリイシュー・シリーズ（『和モノ A to Z Presents GROOVY 和モノ SUMMIT』をVICTOR、COLUMBIAからリリース）なども手掛けている。

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20数年にわたって東京のレコ屋界隈を見つめてきた彼は、国内における和モノの変遷を知る上で欠かせない存在。著書からもわかるように、踊れるグルーヴィな和モノを中心に、多彩なジャンルのレコードをシーンに紹介しているが、和モノの音源を知ったきっかけをこう語る。

「1990年代半ばまで、和モノという意識はほぼなかったですね。DJですので若干の和モノは持ってはいましたが、当時はむしろ、日本人アーティストのレコードをプレイする＝御法度っていう暗黙のルールがあったくらいで、そのなかでも受け入れられていたのは1980年代後期から90年初頭にレア・グルーヴが盛り上がってきた頃からです。アメリカン・ソウルのテイストのある音楽として、笠井紀美子とか吉田美奈子の音源が、英国などからコンピレーションに収録され、逆輸入というカタチで入ってきました。

例えば海外に（レコードの）買い付けで行くときは、例えば格好良いドラムブレイクが入っている日本のレコードをプレゼントやトレード用として持っていき、その代わりに向こうのバイヤーに情報を教えてもらったりしていました。でも、まだその頃は和モノ自体にそれほど興味はなかったですね。少し洋楽に飽きてしまっていた瞬間があって、それが1999年位でした。多分、新しい何かを探していたんだと思います。レア・グルーヴの流れからファンキーな日本人の面白い音源はないかとレコードを掘るようになって、当時は値段も破格でしたし、試し買いも沢山出来た状況でした。そうしたら“あれ、これ何かに似ているし、ヤバいじゃん。これアノ曲の日本語カヴァーじゃん”っていうレコードがけっこうあって。新鮮味が多く、クラブ・プレイというより趣味で集めるようになりました」

一言に和モノといっても、その音楽ジャンルは多岐にわたる。CHINTAMのようにレア・グルーヴの流れから、ファンクやディスコ、ソウルなどの和モノのレコードに日本のDJやレコード愛好家たちが注視するようになったが、1950年代～60年代。日本のGS（グループ・サウンズ）やスウィング・ジャズのレコードはそれよりも以前から人気があり、当時からすでにレコードの値段はかなり高騰していた。

CHINTAM曰く“今の和モノブームのひとつの山だった”というのが2000年代前半のこと。先述したレア・グルーヴから派生した和モノ……つまりは日本人のファンクやジャズ・ファンクなどのレコードを、ディガーやDJが探すようになる。当時人気だったのは、しばたはつみ『Singer Lady』（2008年にリイシュー盤がリリース）や、その周辺作品のプロデュースをしていた大野雄二関連の作品……アニメ『ルパン3世』のサントラなど。当時から和モノ＝中古レコードのみならず、後に登場するMule Musiqの河崎氏が和モノを知るきっかけとなった、日本人ジャズのコンピ『SAMURAI-ERA』（井上薫が監修）が発売されたのが1999年、DJ MUROがDJ XXXL名義で和モノレコードのドラムブレイクをミックスしたシリーズ『Nippon Breaks & Beats 1』（2005年発売）など、さまざまな和モノに付随する作品は当時からリリースされていた。

「海外でも和モノのレコードが注目されはじめたと感じたのは2008年くらいです。当時、僕はネットショップでレコードを販売していましたが、海外からわざわざ律儀に漢字でレコードのタイトルリストを送ってくる人もいたりして、著名人だとDimitri From Parisがブギー系の和モノを探していたり、DJ Spinnaはサンプリング・ソースとして“日本のフュージョンのレコードが欲しい”ってリクエストをしてきたこともあります。アーティストやDJが先だって注目し始めて、海外の一般層に知れ渡っていったのは、Discogsに日本人がレコードを流すようになったのと、あと著名なDJのミックスに和モノが使われるようになったのが大きいと思います」

Dimitri From Parisは海外で和モノセットを披露したりもしているが、こういったハス／ディスコ系のDJミックスでは、しばしばグルーヴィーな和モノのレコードがプレイされる機会がある。それに加えてプロデューサーにとってはサンプリング・ソースとしての需用からも、和モノのレコードが着目されていったきっかけになっているのだろう。「海外の視点で見ると和モノ＝レア・グルーヴ」とCHINTAMは指摘するが、実はそういう本人も、英国のレア・グルーヴの流れから和モノのレコードを再発見しているというのは興味深い。

「日本人から見た時の和モノの難しさがあるとすれば、やっぱり歌詞がダイレクトに入ってくるから最初はこっぱずかしいというか、DJもかけづらいというか、そういうところに最初は抵抗を感じたのかもしれないですね。音は完全にブギーなんだけど、それが和モノのレコードだと“え、これで踊っていいの？”みたいなね」

現在ではブギー、ディスコなどの和モノのブームは落ち着き、シティポップはすでに過渡期を迎え、さらには80年代の跳ねたビートのNJS（ニュージャックスィング）やフュージョンなどが注目されている。その理由としては、ブギーやディスコ、ファンクなどの和モノのレコードは掘り尽くされた結果、値段も相応に上がったのに対して、フュージョン系の盤の相場はまだ安いのと、前者とは違う音楽テイストがある。Jay Worthy & The Alchemist『Fantasy Island -夢島-』は、先述した日本のシティポップやフュージョン系のサンプリングのみを用いて制作された作品の一例だ。

「この作品は大橋純子、本多俊之あたりのキラキラした分かりやすい音を使っていたりもするし、あのへんのジャンルって日本独特のメロディや音色使いもあるから、海外の人からみても面白いんだと思います。ブギー系は値段も上がりきっているし、シティポップはすでに出過ぎ感もあります。この10年で和モノの一番分かりやすい部分が一周した感触もありますね。僕として最近面白いと思うのはフュージョンや民謡系。もともとはサンプリング用に買ったりしていたけど、最近になって普通にリスニングとして聴いても、全然踊れる音楽であることに気がついて、しかもメロディとかも日本人にはグッとくる感じもある。まだ値段も安いし、当時のフュージョンって、かなりのタイトル数も多いから掘りがいもあります」

ここまでのCHINTAMの話からは、レア・グルーヴを起点に発生したグルーヴィな和モノのレコードが、どのようにして世界へと広まっていったのか、国内のシーンの変遷について話を聞いた。この流れが現在の日本の和モノブームの“本流”と呼べるだろう。ここで、一旦和モノに関する視点を海外へと移そう。現在では先述したグルーヴィな和モノからニューエイジ、アンビエントまで、日本のさまざまなレコードを海外のレーベルがリイシューしている。ここで紹介するKen Hidaka氏は、海外レーベルと日本のレーベルをつなげるコーディネーターとして働く一方で、Kay Suzuki主宰の再発レーベル、Time Capsuleが出す作品のキュレーションやSalsoul Recordsの再発の監修をはじめ、和モノのブームで海外的知名度を獲得したアーティスト、高田みどりのマネージャー業も営んでいた。彼が和モノの需要の高さを知ったのはおよそ6年前で、その人気の高さに驚いたという。

「高田みどりさんの場合はYouTubeに彼女の『鏡の向こう側』が上がっていて、それが100万回に近かったです。リイシューの前に彼女とは知り合って、2017年にリリースしたあとに再生数も倍くらいに跳ね上がりました。YouTubeにはオフィシャルでなくても、人気の高い希少な和モノ音源の再生回数はすごいことになっていることが多くて、We Release Jazzからリリースされた福居良さんの『Scenery』はYouTubeでも800万回も再生されていたりします」

日高氏はライセンス契約をこぎ着けるだけでなく、作品によっては日本人のライターにライナーノーツを執筆してもらうことで、正しい価値のある情報を載せるように工夫していると言う。「We Release Whatever The Fuck We Wantからリイシューされた高田みどりさんの『鏡の向こう側』は原雅明さんに、Colored Musicの『Colored Music』には、Chee Shimizuさんに書いてもらったものを、英訳して載せました。ちゃんとリアリティのある情報を付加したいと思っています」

「海外レーベルからのリイシューしたいリストは膨大で、似たような作品を多くのレーベルが再発したがっている」と日高氏は言うが、実際にリリースが実現するタイトル数はそれほど多くはない。なぜなら国内のメジャーレーベルはライセンス契約の許諾に時間がかかったり、最終的に許可が下りないことも多々ある。これは日高氏だけでなく、今回取材した全員がそのことを指摘していた。ただ、そのなかでも可能性はあると日高氏は語る。

「ディガーの目線では掘り尽くされていますが、再発に関しては出すべきタイトルがまだリリースされていないものも多いのも事実。笠井紀美子の『バタフライ』はライセンス契約が難しいとされるソニー・ミュージックが権利を持っていましたが、Be With Recordsが数年間交渉してリリースにこぎ着けています。まだまだ多くのタイトルが再発される可能性はありますよ」

このような海外レーベル主導の和モノのリイシューに待ったをかけるのが、国内レーベルのMule Musiqだ。オーナーの河崎俊哉氏は2017年に和モノ専用のサブ・レーベルStudio Muleを立ち上げ、国内のディスコやブギー系の音源をまとめたコンピレーション『Midnight In Tokyo vol.1』を皮切りに、ジャズ・ピアニスト板橋文夫の1982年作『渡良瀬』の再発、また後述するカバー・プロジェクトなど、斬新な視点を持った和モノ音源をリリースしている。河崎氏はStudio Muleを始動させた経緯についてこう語る。

「単純に海外のレーベルに日本の音楽が取られてしまうのはマズいと思ったのが、このサブレーベルをやりはじめた理由です。今、タワーレコードやHMV、国内レコード・レーベルなどの各社が日本人アーティストの再発をしていますが、流通市場が国内に限定される場合が多く、プロモーションもあまりきちんとしていない印象があって。Mule Musiqなら国内のみではなく、欧米に向けても紹介できると思いました。それに、ライセンス契約をして再発盤を出すだけなら誰にでもできることだから、和モノにとってのセカンド・ステップって何だろうって考えると、やっぱりライセンスを取る手間やリスクがあって。それなら僕たちが好きで出したいのに原盤権が取れないものに関しては、丸ごとカバーしちゃえばいいなと。Studio Muleではそのためのカバー・プロジェクトを始めました」

このプロジェクトでは、Kuniyuki Takahashiが楽曲をカバーし、Dip In The Poolの甲田益也子が歌う大貫妙子の”Carnaval”をはじめ、Mariahの”心臓の扉”などをリリース。これらは現在アルバム『BGM』としても発売されたほか、濱瀬元彦が1986年にリリースした『Intaglio』、『Reminiscence』の再レコーディング盤も話題となった。また、カタログ音源の権利を扱っている国内のレーベルとミュージシャンの関係性についてこう指摘する。

「ミュージシャンは自分が作った音楽が再び世に出ることを、嬉しいと捉えることが多いのに、レコード会社の事情でリリースできないというのはどうなのかと思います。音楽はそもそも聴くためのものであって、手に入らないものが聴けることに喜びを感じるリスナーもいますから。ディガーである僕らにとっては、まだ値段が安くて知られていないレコードを、一般の人に知らせていくという流れが理想的でもあると思いますし、和モノの再発はそういう部分に焦点を合わせるべきだと思っています。Studio Muleでリリースしているコンピレーションの収録曲はレアなものもありますが、なかには1000円出せば買えるレコードの音源もあえて入れています」

世界的な和モノの人気に関しても河崎氏は「レア・グルーヴの波が日本に来ているだけ」と、冷静に語る。河崎氏もCHINTAMも英国のレア・グルーヴ経由で日本の音源を再発見していること、さらにはダンス・ミュージックという視点で和モノをピックアップしている点では共通している。それでも河崎氏のフィルターを通すことでMule Musiqらしい和モノのリリースを具現化しており、その点に関しては海外とも国内とも異なる、亜流の路線を築いていると言える。河崎氏は、海外が評価する和モノと、国内で評価される和モノの違いをこのように捉えていた。

「いわゆる日本のニューエイジ～アンビエントの流れって、ヨーロッパの人達が作り出した和モノのトレンドで、日本人が良いと思う和モノっていうと、どちらかといったらライトメロウなレコードが多いと思います。Music from Memoryのようなレーベルが早くから日本の音源に着目し（Kuniyuki TakahashiとDip In The Pool）、そのあたりを発端にいろんな人々がその手の音源を掘り始めたら、けっこう面白いものがいっぱいあるという。そういう意味でもあまりダンス・ミュージック的な視点ではないというのが、欧米の視点で見た和モノのブームなんじゃないかなと思っています。それと、今は12インチのレコードの相場価格が上がっていることもあり、売れるレコードもダンスよりホーム・リスニング系のLPが増えているのも、その流れの一因と言えますね。その点も踏まえて、僕らはそこまで和モノっぽくないし、ニューエイジっぽくもないもの、それでいてダンス・ミュージックの延長線上にある和モノの音源をリリースしています」

このように海外の和モノとも、国内の和モノのトレンドとも一線を画したリリースをする河崎氏。だが、レコード・ディガーとしての考え方はCHINTAM氏とも共通する。そして最後に紹介したいのがChee Shimizuの意見だ。DJ、著名なディガーとして活動する一方でオンラインのレコード・ショップOrganic Musicを運営し、2013年に刊行された著書『obscure sound: 桃源郷的音盤640選』では、その後にMusic From Memoryからリリースされ、同レーベルを世界的に認知させるGigi Masinの作品などを取り上げているだけでなく、横尾忠則、細野春臣の『コチンの月』といった名盤クラスからマニアックな和モノのレコードまでを書内で紹介している。そんな彼が持つ先見的センスは、Music From MemoryやRed Light Recordsといったアムステルダムの音楽関係者であり、レコード・ディガーである人物たちと共有されていた。

「DJをするうちに彼らとは繋がったのですが、次第にお互いがダンスミュージックではない音楽を聴き始めるようになりました。僕らはジャンルを問わず、チルでもないし、かといってダンスでもないレコードをプレイしていて、それを“リスニング”と呼び、そのスタイルの延長線上で掛けられる音源の情報交換をしていました。その頃に僕がDJをするときに日本人のレコードをかけることはありませんでしたが、彼らに「僕らが探しているような音源が日本にもあるはずだから、こっちに持ってきてくれないか？」って言われて、探すようになったのが最初ですね。今からちょうど8年くらい前の話です。その頃は（盟友ディガーの）Dubbyと一緒に、関東近辺のレコード店を回ったりしながら、まだどれも数百円で売っていた頃の日本のアンビエントやニューエイジなどのレコードを買うようになりました。それまでは意識して日本の音楽を聴くことはほとんどなかったのですごく新鮮でしたね。さっき言った“リスニング”の視点でプレイできるレコードもザクザク見つかったので、アムステルダムにお土産に持っていって、彼らが持っていたレコードと交換したりしていました。そういう経緯もあって、日本のアンビエントやニューエイジがヨーロッパのレーベルで注目されるようになったのは、僕やDabbyが日本から持っていったレコードのタイトルがきっかけのひとつになったのではないかと思っています。もちろんそうなるまでにだいぶ時間はかかりました。ただ、自分としては流行らそうと思っていたわけでもなく、ただ海外の音楽仲間と情報やレコードを交換していただけでした」

この発言からも、ヨーロッパのレーベルで日本の過去の電子音楽が注目されたきっかけに、Chee Shimizuの影響が大きかったことが分かる。Shimizuがアムステルダムに持っていったレコードはアンビエントやニューエイジのみならず、シティポップなどのレコードもあったが、アムステルダムの関係者たちが最も反応していたのはMariahのうたかたの日々』だった。Shimizuはその後、日本コロムビア傘下のレーベルBetter Daysの復刻プロジェクトで、Mariahの先述作の再発CDのためのライナーノーツや、同作の楽曲を収録したコンピレーションの監修を手掛けている。また、HMV record shopとともにJAPANISMという再発専門のレーベルを始動させ、Colored Musicのタイトル曲をリエディットした7インチ・シングルや未発表だった2ndアルバム『Individual Beauty』、清水靖晃のソロアルバム『Subliminal』や『Dementos』を復刻するなど、Shimizuらしいバレアリックの視点での和モノの普及に力を注いだ。CHINTAM氏や河崎氏とは異なるShimizuが紹介する和モノは、世界に対して強い影響力を持つことになるが、海外レーベルがリリースする和モノのセレクションに関してはこう言及している。

「例えばOlivier Ducret（レーベルMental Grooveのオーナー）なんて本当に音楽オタクだから、ジャズをはじめいろんなレコードのリイシューをやっていて、いろいろ興味があるなかのひとつに、和モノがあったっていう感覚だと思います。ただ、今流行っている和モノだからっていうのではなく、彼らが持つ“日本の良い音楽”という琴線にひっかかったんだと思います。OlivierやMusic From Memoryのように、過去の良作を紹介しながらも、新しい音楽も同時にリリースしているレーベルの動きは面白いですよね。古いものと新しい音楽がジャンルを超えてリンクしているから、若い世代のフォロワーもいる。こういう流れはこれまでになかったことですから」

Shimizuの言葉に上がったようなレーベルはレコード・ディガー的にも優れた感性を持っている。例を挙げると、Music From Memoryがリリースしているブラジルの電子音楽をコンパイルした『Outro Tempo』と、Dip In The PooやKuniyuki Takahashiの諸作も、同じ感性でセレクトされた同一線上の作品と紐付けることができる。その一方でShimizuが手掛けているJAPANISMやBetter Daysなどの作品は海外からの注目度も高いが、これらのレーベルはあくまで日本国内レーベルであるため「その点にはジレンマがある」と言う。

「僕が手掛けている国内レーベルは基本的に国内のみの流通なので、その盤を海外へ持って行くと一気に値段が跳ね上がってしまう。それなら海外レーベルが別でライセンスを取って世界に流通させたほうが、本当に聞きたい人の手に行き渡りやすいとは思います。中古のレコードで商売している人間が言うのもなんだけど、オリジナルじゃなくて、再発のレコードに短期間でプレミアが付くっていうのはおかしいと思ってしまう。製作サイドはエンドユーザーに対してもっと気を配る必要があるのではないでしょうか」

「和モノのブームがこんなに長く続くとは思っていなかった」と言うShimizuだが、自身で手掛けてきたバレアリック／コズミック視点での和モノの流れに関しては、今は少し冷めた目線で見ていると言う。彼が今興味を持っているのは、歌謡曲や日本の伝統音楽。その理由について「手頃な値段で買えて楽しめるから」と言うが、確かにアンビエント～ニューエイジ系のレコードの値段は一通り高騰してしまった感がある。自分の知らないレコードを求めるディガーにとって、これらのジャンルはあまり興味の持てないものになってしまったのだろう。それに加えて、先述した和モノの復刻を機に、清水靖晃やColored Musicなどのミュージシャンと親交を深めるにつれて、日本の音楽について新たな視点を持つようになったのが、Shimizuが歌謡曲や伝統音楽に興味を持つ発端になったと言う。

「清水靖晃さんが作る音楽を聞いていると、日本の情緒的なものを端々に感じることがあって。日本の音楽には特有の五音音階を用いたものが多くあって、そこに“和”の感覚があるんだと靖晃さんから教えてもらいました。それを知ってからMariahを聴くと、サウンド的には尖ったニューウェイヴですが、メロディや音階に今言った和のニュアンスがあることに気がつきました。それを知った耳で改めていろんな音楽を聴くと、例えば沖縄の音楽や民謡などを聴いたときに、自分がなぜこの音楽に惹かれるのか分かった気がして。今、自分が日本の伝統音楽に興味があるのも、それがきっかけです。それは、懐かしさを求めているわけではなくて、新しい感覚でこういった音楽を聞いてますね」

現在のShimizuが興味を持っていると語る感覚は、Japan Bluesの名でDJとして活動し、NTS Radioでも番組をもつHoward Wiliamsにも近いのかもしれない。彼は日本のポップスやジャズ、ダンス・ミュージックといった海外に影響を受けた日本の音楽のみならず、日本の音楽の核となる伝統音楽までを広義的に紹介している。Shimizuも「Howardさんはかなり前からそういうことをやっているから尊敬しています」と語っていた。

4人の関係者たちの話からは、それぞれの和モノへの入り口こそ違えど、いずれにおいてもDJやレコード・ディガーの視点が生み出したムーブメントであることが理解できる。CHINTAMや河崎氏が言う「和モノは世界にとってのレア・グルーヴ」という発言に加えて、Shimizuは「感覚的には似たところがあるのかなって思います。たぶん違うのは紹介の仕方とアプローチの仕方なだけであって」と言う。

「和モノっていうとらえ方をすると、その人が長年にわたって培った洋楽を聴いたりして培ってきたフィルターを通して、レコードを選んだりしていると思います」と語るCHINTAM。「だから日本人であっても“和モノ”っていう時点で、そのバイアスがかかっている。そこが僕が考える和モノの面白さでもあると思います」

そして日本には、まだ発掘されていない音源が多く存在する。1980年代～1990年代の日本の音楽業界は経済成長的にもバブル期にあたるため、予算をかけてレコーディングされた質の高いレコードが大量にリリースされていた。それ以外にも沖縄でしか流通していなかったレコード、韓国のみで発売した日本人アーティストのレコードなど、触手をひろげれば、まだまだ日の目に当たっていないレコードは多い。この記事に登場したようなレコードを愛するディガーたちが、それぞれのフィルターを通して、新たな和モノが再発見していけば、まだまだ和モノのムーヴメントは持続していくだろう。最後に現在の和モノを取り巻くシーンについて、CHINTAMの言葉でこの記事を締めくくりたい。

「単純に日本の音楽が注目されているのは嬉しいことだし、この流れを一過性のブームで終わらせない努力が必要です。例えば高騰しているレア盤ばかりを再発すれば、当然市場の値崩れも起きるし、買う側のロマンもなくなってしまう。だからレーベルや監修者もどういうタイトルをリリースするのか、レコードショップもどういう盤を扱って、どれくらいの値段つけをするのか、バランスを考えていかないとは思います。やっぱりレコードっていうのは手頃な値段で、買い手が新しい発見をできるのが魅了でもあり、それがレコードをディグする楽しみでもありますから」