経済不況が続く今、ヴィンテージシンセへの投資は悪いアイディアではない。毎年貴重なシンセが姿を消しており、製造中止になってから長年が経過しているオリジナルのコンポーネントは日々その価値が高まり続けている。しかし、これは一部の人間だけが知っていることではない。ベルリンではスタジオの盗難事件が増え続けている。彼らはこの都市を流れるシュプレー川をボートで移動し、高額なアナログ機材を備えたスタジオが入っている建物に横付けして、はしごで侵入しているのだ。犯罪者にとっても、コレクターにとっても、このような機材の価値はこれまで以上に高まっており、その勢いが収まる気配はない。若い世代のプロデューサーたちも、アナログを他人の音楽と差をつけてくれる魔法として扱う数多の情報を入手しながら成長を続けている。

アナログシンセのハイプとその逸話は、機材とのインタラクティビティこそがサウンドと自分の間に物理的な関係を築きあげるのだと信じている層によって生み出されたものだ。Peter Van Hoesenもそのひとりであり、Marco Freivogel、Ricardo De Azcuenagaと共にベルリンの下町とも言える人通りの多いHermannplatz付近の建物の中庭に、Handwerk Audioを作った。これはプロデューサーたちに実際に機材に触れてもらう機会を増やすことを目的として作られたものだ。顧客はラップトップや制作途中のトラックだけを持ち込み、購入はもちろん、触る機会さえも中々得られないような希少なシンセ群を使用したセッションが行える。

Roland Jupiter 8やMinimoog Model Dなどの名機中の名機と言われる機材や、Elka SynthexやAlesis Andromedaなどの一風変わった機材まで、そのスタジオに置かれた膨大な数のシンセやドラムマシンを紹介するVan Hoesenの姿からは、彼がいかに機材に対して情熱を持っているのかが明確に伝わってきた。アナログとデジタル両面のテクニックに秀でているVan Hoesenは、過去10年以上に渡り、モダンテクノにおけるベストサウンドデザイナーのひとりに数えられてきた。Yves De MeyとのエクスペリメンタルユニットSendaiもアナログとデジタルの両方を使用しており、その大部分がアナログではあるものの、“ヴィンテージ” という理由だけで使っているわけではない。今回は機材の本質を見極めながら、テクノロジーとシンセの変遷も見てきた彼に、その情熱をビジネスに変えた理由を訊ねてみた。

Handwerk Audioのアイディアはどこから？

Handwerk AudioはMarco Freivogel、Ricardo De Azcuenza、僕の3人の機材コレクションを集めたスタジオなんだ。Marcoと僕は元々スタジオをシェアしていて、セットアップをひとつにまとめて使っていたんだけど、2年前に2人で2時間エレベーターの中に閉じ込められてしまった時があった。それでその時間に色々とスタジオについて話をしていたら、ビジネスのアイディアが生まれて、それがHandwerk Audioに繋がったんだ。だから、今のスタジオのコレクションは、僕たちが持っていた機材をベースに色々足されているって感じだね。

実際にどういうビジネスにしたいのか、ベルリンに何が欠けているのかを把握するまでは結構時間がかかったよ。知っての通り、ベルリンは数多くのミュージシャンが出入りしている都市だし、エレクトロニック・ミュージックのプロデューサーの数は特に多いから、機材に関するアンテナは高い。だから、ある程度の時間と金額をつぎ込めば買えるような機材を揃えても意味がないと思ったんだ。また、新しいシンセも簡単に手に入るから、台数が少なくて高価な、手に入りにくい機材だけに特化するのが良いんじゃないかという結論に落ち着いた。僕たちは子供の頃からシンセサイザーに情熱を注いでいたし、Handwerk Audioは子供の頃からの夢だったとも言えるね。

あなたは昔からシンセサイザーに興味を持っていましたし、アナログからデジタルへ移行したひとつ前の時代も経験しているはずですが、アナログ復興が起きるひとつ前の時代のことを憶えていますか？

ああ。簡略化の時代だったよね。時代の流れには波があるんだよ。1970年代と1980年代は完全にアナログの時代だったけど、徐々にデジタル技術が持ち込まれていって、Yamaha DX7が大ヒットすると、みんなアナログから一気に離れていったんだ。この当時は超安値でアナログが取り引きされていたと思う。Roland Jupiter 8は500ユーロで買えたんじゃないかな。今は6000ユーロだけどね。そのあと、時代はデジタルとソフトウェアの方向に大きく舵を取った。ハードウェア以外でできることが沢山でてきて、世間の期待も大きかった。でも、また徐々に流れが変わっていって、マウスを触るよりも実際に楽器を演奏する方が重要だってことにみんな気が付き始めたのさ。

今はもうひとつの波が起きていて、もっとベーシックな音声合成へ戻ろうという流れがある。それがモジュラーシンセだよ。Eurorackを初めとするモジュラーシステムは、1970年代のテクノロジーに再び光を当てている。一方で、1980年代はポリフォニックシンセの時代だった。パッチングは不可能で、キャラクターが決まっていた機材ばかりだったから、自分の好きなサウンドを出せるモジュラーシンセは隅に追いやられていたんだ。時代の流れは常に変化する。それがエレクトロニック・ミュージックの面白いところだよ。ギターやヴァイオリンではこういうことは起きないけど、エレクトロニック・ミュージックの機材は時代と共に進化して新しい何かを生みだすんだ。

ハウスやテクノのプロデューサーは、たとえばドラムンベースのプロデューサーよりも “オリジナル” とされるヴィンテージアナログマシンを偏重する傾向にあると思いますか？

ないと思う。先日もドラムンベースのプロデューサーがHandwerk Audioに来たしね。だから、ヴィンテージは特定のジャンルに紐付けられていないと思うよ。もちろん、ハウスとテクノのシーンにはアナログやオリジナルに拘る人たちが多い。でも、そこは注意する必要があるよね。重要なのは、自分が求めていることを実現してくれる機材を選ぶことだからさ。個人的にはヴィンテージだからという理由だけで使うのはどうかと思っている。このスタジオはデジタルも揃えているけど、ほとんどがアナログだから、ある意味「テクノ・ハウスの伝統」と言えるかも知れない。でも、僕たちがこのスタジオに機材を置いているのは、みんなに触ってもらいたいからで、そこが一番の理由じゃないんだ。ヒップホップのプロデューサーだって、テクノのプロデューサーと同じくらい、ここの機材を有意義に使ってもらえると思うよ。

実際、クラシックとされるテクノトラックの多くはDX100と安価なロンプラーで制作されていますよね。

僕が言いたいのはまさにそこなんだ。みんなそれぞれやり方があると思うけど、自分の制作方法や思考に合った機材を見つけるのが大事なんだ。僕はここに置いてある機材をそれぞれ違った形で使っている。それぞれの機材を理解することは重要だよ。なぜなら、それぞれ特徴があって、優れている部分も異なるからね。このスタジオの顧客は置いてある機材を自分たちのセッションに利用することができるわけだけど、特定のサウンドを求めているのであれば、まずは「どのサウンドが自分の求めているものに一番近いのか？」って考えるべきだね。Jupiter 8を使いたいと思っていても、実際はAndromedaやMoogの方が自分の求めているサウンドに近い可能性がある。僕たちはその手助けをしたいと思っているんだ。たとえば、Elka Synthexのようなレジェンドと言われる機材を使いたいという人は多いけど、それよりもSH-101のような比較的安価な機材の方が良い仕事をする場合があるってことさ。

このビジネスについてはどの程度自信を持っていたのでしょう？

機材の大半は僕たちが所有しているものだから、失敗しても大損にならないことは分かっていたし、諸経費の面ではラッキーだったね。アナログ機材は投資としては間違っていないから、そこはアドバンテージだと思う。ここに置いてある機材は長年に渡って製造されていないし、1年に数台は壊れて姿を消しているから、代わりのきかない存在として、年々コレクターアイテムとしての価値が高まっているんだ。でも、ラッキーなことにスタジオの経営は上手く行っているし、今は売買や価値について心配する必要がないね。ビジネスを始めるにあたって、下調べを入念に行ったわけじゃないけど、ツアー中に他のプロデューサーにこのアイディアを話したら、みんな気に入ってくれた。それで実際にやってみようって話になったんだ。みんなからの反応は良いし、リピーターもいるから上々だね。需要と供給が一致しているってことなんだと思う。

顧客はトッププロデューサーが多いですか？　若手のプロデューサーもいますか？

色んなタイプがいるよ。個人名を羅列するつもりはないけど、Paula Temple、Fred P、Jimmy Edgar、Machinedrumなどが利用してくれている。キャリアをスタートさせたばかりの人たちもいるよ。去年の夏は、シンセについての知識が豊富で情熱的なフランス出身の若手2人がやってきた。猛暑だったけど、4日間スタジオを借りてジャムをしていたね。本当に色んなタイプのアーティストが利用している。顧客をトッププロデューサーに限定するつもりはないんだ。これからのプロデューサーや、ハードウェアに触れる機会がなかったプロデューサーのガイド役を担うのは楽しいしね。

このように誰でも利用できるオープンなスタジオは他にもあるのでしょうか？

ベルリンではここ以外にないと思うけど、ハンブルクには似たようなスタジオがあるし、オランダにもSonar Trafficと呼ばれるスタジオがある。基本的に外貸しをしているスタジオはミックスダウン用だから、設備はミキシングコンソールとアウトボードがメインだけど、僕たちのスタジオはシンセサイザーのレコーディングに特化している。レコーディングのサウンドクオリティを高めるためにかなりの投資をしたよ。すべての機材がCVやMIDIで同期しているし、AudientのプリアンプとLynx Aurora AD/DAコンバータを経由して出力している。DAWだけ持ってくれば、すべての機材とMIDIで同期できるんだ。

トラックのソフトシンセのパートをこのスタジオでアナログシンセに置き換えるプロデューサーが多いのでしょうか？

一概にそうとは言えない。それぞれ利用方法が違うからね。半分ほど完成したプロジェクトをラップトップに入れてやってきて、ソフトウェアのパートをアナログに置き換える人もいれば、新しいパートやフレーズをアナログで追加する人もいる。自分のアイディアにピタリとくるようなサウンドを探す人もいるし、過去に利用したことがある人や数日間連続で利用する人なら、何のアイディアもなしにひたすらジャムをする。Fred Pは素晴らしいジャムをしていたね。彼が色々なパートを次々と重ねていく様子は最高だったよ。あとは、僕たちが立ち会う必要がない人もいれば、僕たちが軽くガイドをして8時間後に戻ってくると、ハッピーな顔をしている人もいるよ。 

スタジオの機材ですが、まずはElka Synthexを見ていきましょう。これはJean Michel Jarreがレーザーハープで使用したシンセですよね？

そうだよ。素晴らしいシンセだよね。独特なキャラクターで、まさにイタリア製って感じだよ。スタジオの中では比較的有名なシンセのひとつで、万能タイプだけど、Jupiter 8ほどじゃないね。Synthexはドラマティックでエモーショナルなパートに向いているんだ。艶やかなストリングスや、Boards of Canadaみたいな輪郭がぼやけたマイナーキーのメロディが欲しい場合はSynthexが最適だね。シーケンサーが内蔵されていて、リズミカルなクロスモジュレーションにも強い。だから、柔らかいストリングスを生み出せると同時に、奇妙なベルサウンドや一風変わったノイズも生み出せるんだ。エンベロープを操作すれば、メロディとパーカッションの中間のようなリズミカルなサウンドも生み出せるね。

僕が知る限り、Synthexは最後に作られたイタリア製シンセのひとつだよ。Elkaは元々オルガンメーカーとしてスタートして、シンセが流行った1980年代にシンセの製造にも手を広げたんだ。彼らは最近クラウドファンディングでSynthexを再製造するプロジェクトを立ち上げたけど、失敗に終わったね。オリジナルのコンポーネントの再現は非常に難しい。彼らは可能だと言っていたけど、オリジナルの再現は不可能だと思う。

Roland System 100も置かれていますね。

Roland System 100はセミモジュラーシンセで、キーボード付きシンセのModel 101とエキスパンダーのModel 102がベースになっている。Model 102は拡張シンセだね。あとはシーケンサーのModel 104も置いてある。実はオーディオミキサーのModel 103もあるんだけど、これはまだ入手できていないんだ。Model 103はModel 104と同じサイズで、このふたつをModel 101を挟むように設置するとコンプリートなんだ。このミキサーにはスプリングリバーブが内蔵されていて、ユニークなサウンドだ。先週、日本からとんでもない値段で出品されているのを見かけたから手に入れたいと思ったんだけど、僕たちは値段に上限を設定しているんだ。そのModel 103の出品者はよく見かける出品者だった。僕は人生の半分をeBayに注いできたし、出品者たちのことは良く知っている。誰が何を扱っているか分かっているのさ。彼は日本人で高評価の出品者だから、機材に問題がないのは分かっていたんだけど、さすがに値段が高すぎた。

機材の多くは日本で購入したものですか？

ひとつもないんだ。でも、日本へ行くたびに2～3店舗巡っているよ。メインはFive Gとえちごやだね。えちごやはタワーレコードの近所にある。この2店舗には必ず顔を出す。面白い機材を扱っているからね。日本は機材の扱いが丁寧で、保存状態が良いんだ。レコードもそうだね。日本で中古レコードを買うと、ビニールに入っているし、新品そのものさ。中古市場としては非常に優秀だと思うよ。

問題は、System 100のような機材を日本で買ってもヨーロッパまで送らなければならないってことさ。2年ほど前に日本からJupiter 6を持ち帰ろうと思ったんだ。良心的な値段だったし、状態も良かったからね。Jupiter 6はサイズが大きいから、かなり複雑な配送手続きをしたかったんだけど、店側が助けてくれなかったんだ。彼らは面倒くさがったわけじゃなくて、配送のリスクが高いって判断したのさ。彼らは日本人だし、僕がトラブルに巻き込まれるのを嫌がった。それで断られたんだ。

PPG Wave 2.3に話を移しましょう。スタジオの中では数少ないデジタル機材のひとつですね。

そうだね。これはデジタルを中心に作られている機材だから、他の機材とは一線を画している。長年欲しいと思っていた機材で、僕はいつもこの機材をチェックしているんだ。スタジオに置いてあるPPG Wave 2.3は修理にかなりの時間がかかったけど、今は完動するよ。ウェーブテーブルを使う機材だからかなり変わっているし、LFOで色々とサウンドを変化させることができる。オールドスクールなテンキーでプログラミングするから操作はかなり難しいけど、他には出せないユニークなサウンドだね。

このシンセも個性豊かだね。ご覧の通り、このスタジオにはJuno 106やJuno 60を置いていないけど、別に嫌っているわけじゃないんだ。ただ、一般的じゃないユニークな機材を集めたいと思っていたのさ。PPGはその好例だよ。来た人は「何これ？」って言うし、サウンドを聴いたあとは数時間いじっているよ。

PPGのあとはWaldorfがウェーブテーブルを使い続けています。

Woldorfの創始者Wolfgang Palmがウェーブテーブルを開発したんだ。その彼がWoldorfを始める前に経営していたのがPPGさ。だから、PPGのあとも彼はWoldorfの数々のシンセにデジタルチップを組み込んだんだ。そのひとつがWoldorf Waveだ。究極のウェーブテーブルシンセと言えるね。PPGよりもユーザーフレンドリーだし、スタジオに置きたいなと思っているんだけど、中々手に入らない。WoldorfにはMicrowaveやMicrowave XTもあるけど、Waveがオリジナルだね。現在彼はiOS用のアプリを開発している。時代の変遷の中でウェーブテーブルに拘り続けているのは素晴らしいと思うね。

シンセのパイオニアの中には、数十年間に渡ってシーンに残り続けてきた人たちがいます。

このシーンの素晴らしい特徴のひとつだと思うよ。パイオニアたちはシンセに情熱を注いできたんだ。シンセは彼らの人生だし、これからもそうだろうね。Tom Oberheimは今も現役だし、Dave Smithもシーンのトップを走り続けている。僕は彼らの気持ちが分かるような気がするんだ。TVでシンセサイザーを初めて見た瞬間に僕はのめり込んだからね。その気持ちは今も変わっていないよ。

次はARP Quadraを見ていきましょう。このシンセは音源部が4つのセクションに分かれているのが特徴ですよね？

ベース、ポリ、ストリングス、リードの4つのセクションに分かれていて、それぞれが微妙にオーバーラップしているんだ。これも僕が長年欲しいと思っていた機材のひとつで、Handwerk Studioをスタートさせる前に購入したんだ。再調整済みの1台をポーランド人から購入した。1970年代後半に製造されたMIDI以前の機材で、僕の情報が間違っていなければ、GenesisのTony Banksが使っていた。ベースとリードはボルテージコントロールしか備わっていないから、基本的には手弾きになるんだけど、僕は手弾きが好きだからこのシンセには思い入れがあるんだ。フェイズシフターもすごくユニークで他では聴けないサウンドだよ。すごく変わった機材だね。あと、これはARP製に共通していることだけど、作りが脆弱だ。

僕たちが取り引きしている修理屋は米国製の機材を持ち込むとうんざりした顔をして、「だから言っただろ！」って言うんだよ。日本製の機材の時はにっこり笑顔ですぐに直すって言ってくれるんだけどね。ARPは時代を先取りし過ぎていたから、コンポーネントが不安定だったんじゃないかな。とにかく壊れやすいんだ。

ARPはQuadraのリリース後まもなくして倒産しましたね。

詳しいことは知らないけど、経営が下手だったらしいね。でも、彼らの機材はユニークだよ。Quadraは豊かなストリングスで有名だけど、ベースも素晴らしい。Sendaiのトラックでも使ったし、エクスペリメンタルなサウンドにも対応できるんだ。

Sequential Circuits Prophet 600やRoland JX8Pのような機材はダークホース的な位置づけで考えていますか？　共に人気はそこまで高くないですが、安価で手に入りますし、そのポテンシャルに驚く人も多いですよね。

JX8Pは特にそうだね。僕も15年ほど使っているよ。Alpha Junoと一緒にベルギーからベルリンへ運んできた機材なんだ。たしかに、Prophet 600とJX8Pは過小評価されているよね。Dave Smithの最近の機材には何の文句もないけど、Prophet 600で用が足りちゃうんだ。

Alesis Andromedaも知名度が低い機材のひとつです。

Andromedaは最近手に入れた機材のひとつなんだ。置いてある機材の大半はヴィンテージだけど、これは比較的新しいから、その意味でユニークだね。アナログ機材の製造が止まる直前の時代に製造されていたポリシンセで、世に出るタイミングが遅すぎたんだと思う。当時はもう誰もアナログシンセに興味を持っていなかったし、ビジネス的には完全な失敗作だった。プログラムも簡単じゃないしね。

モジュレーションのマトリクスがかなり複雑ですよね。

理解するまでは数日かかったよ。今はシステムを理解できたし、直感的な機材じゃないことも分かっている。でも、このモジュレーションを完ぺきに使いこなせるようになれば、ワイルドで奇妙なサウンドが生み出せるようになるよ。フィルターも2基搭載されているし、ローパス＆バンドパスみたいに分けて組み合わせることが可能なんだ。フィルターが2基備わっている機材はレアだよ。

エンベロープのループも可能ですよね。

あとはアルペジエイターとシーケンサーも内蔵されているんだ。シーケンサーはまだ試せていないね。僕は音源として使用しているけど、とんでもなくパワフルな機材だよ。なにせエンベロープ3基とLFO2基が備わっているからね。

アナログシンセですが、解像度の高いデジタル的なサウンドが特徴的です。

そうだよね。艶があるというか。トランス系のプロデューサーに人気だったと思うよ。アナログだけどすごく洗練されていて、クリーンで効果的なサウンドが詰まっているから、トランスには最適だよね。トランスは分厚くてパワフルなユニゾンを重ねていくからさ。Andromedaはそういうサウンドが得意なんだ。

Andromedaが失敗したあと、アナログシンセはしばらくシーンから遠ざかりましたが、最近は小型化に成功して比較的安価で手に入るようになり、復活を果たしています。これを踏まえると、5000ユーロ超えが当たり前だった巨大なアナログポリシンセの時代は終わったと思いますか？

英国にModalっていうメーカーがあるんだけど、そこは巨大なアナログポリシンセを製造しているんだ。あとは、Dave SmithとTom Oberheimの新しいポリシンセもサイズと価格は昔ほどじゃないけど、フロントパネルのレイアウトは昔と同じだよね。だから、1980年代や1990年代初期のような人気は獲得しないと思うけど、消えることはないんじゃないかな。Andromedaがリリースされたのは1990年代中頃だっけ？

2001年頃だったと思います。

2001年にあんな機材を開発しようなんてまず思わないよね（笑）。

実際、AlesisはAndromedaをリリースした年に倒産しています。

米国のシンセメーカーが数多く倒産しているのは興味深い話だよね。素晴らしい機材を開発していたのに、マーケティングやタイミングで失敗していたんだ。今振り返ってみると、自殺行為に近い。MoogやSequential Circuitsのような大手でさえも問題を抱えていたし、生き残れなかったメーカーの数は山ほどある。一方で、1980年代にシンセを製造していた日本のメーカーは今でも残っているし、好調だよね。 

YamahaやRolandがハイエンドなシンセにすべてをつぎ込んでいなかったことがその理由だと思いますか？

もちろん。研究開発費に余裕がある大企業だからね。たとえば、Yamahaは機材で失敗してもバイクなどで回収できるけど、APRは、Alan Pearlmanがシンセを開発したいという気持ちで立ち上げたシンセに特化した企業だった。新しい製品を生み出すためにはかなりの研究開発費が必要になるし、製品が失敗すれば死活問題になったのさ。Synthexも同じだね。研究開発費にどれだけかかったのかは分からないけどね。Elkaは中小企業じゃなかったけれど、セーフティネットが大きかったYamahaのような企業と比較すると規模は小さかった。

モジュラー市場では企業のスケール差がより明確に表れていますね。Rolandが進出している一方で、ひとりで製作している人もいます。

Rolandの進出は、DIYでモジュラーを作ってきた小規模なメーカーに対する彼らからの感謝の気持ちだと思うんだ。彼らにとって、RolandのEurorack進出ほど嬉しいことはないと思うよ。

Handwerk Audioは「完成」を目指しているスタジオという意味で、モジュラーシンセのコンセプトの対極に位置しているように思えます。

顧客には満足して帰ってもらいたいから、そこは当然考えていたよ。でも、色々と試し続けることも可能なんだ。実際、僕がそうだしね！　このスタジオではシンセサイザーの世界に長時間自分を漂わせることが可能なのさ。僕も長時間のレコーディングをしたよ。4時間後ノンストップでレコーディングしたんだ。まだ聴き直すことさえできていないよ。すべての機材がすぐに扱えるように結線されているし、望んでいるサウンドがすぐに出せるようにワークフローも整備されている。モジュラーだと、どんなサウンドになるか分からないよね。

次に手に入れたい機材は？ 

Oberheim Matrix 12だね。去年手に入れるチャンスに恵まれたんだけど、間抜けなことにそのチャンスを逃してしまったんだ。高すぎるって思ったんだよ。あれは手痛いミスだったね。あとは、Sequential Circuit Prophet 5も欲しい。

近年、Dave SmithはProphetを冠したシンセを数多くリリースしていますが、オリジナルが欲しい理由は？

僕たちはProphet 5の特定のモデルを探しているんだ。中々見つけられなくてね。もちろん、高価な機材だけど、法外な金額を払うつもりはない。適正と思える値段で手に入れたいんだ。ここに置いてある機材の価格を教えたら、適正価格だと思わないはずだけどね。僕たちには上限があるんだけど、特別な機材だし、ある程度は出しても良いと思っているんだ。僕はスタジオオーナーだけど、コレクターでもあるからね。

ARP 2600も欲しいけど、キーボード付きの完動品だと1万ユーロは見なくちゃいけない。でも、プログラミングがかなり独特だし、このスタジオに置いてもあまり使ってもらえないかなと思っているんだ。DX7を置いていないのはそれが理由だよ。素晴らしいシンセだけど、多くの人にとってプログラミングが難し過ぎる。たしかに、メニューの切り替えはそんなに難しくないという人もいるだろうし、今はソフトウェアのパッチエディタもあるけど、実際に手で触れることが楽器を演奏するってことだからね。ソフトウェアでも素晴らしいことが色々できるけど、サウンドとフィジカルに繋がれるかどうかが重要なんだ。

Sendaiのトラック群で聴けるような、つんのめるリズムやシャッフルの時間的変化を担っている機材はどれでしょうか？　ハードウェアですか？　それともMIDIを駆使した結果なのでしょうか？ 

クロックディバイダのFlame Clockworkを使えばできるよ。これは元々、このスタジオの下にある僕のスタジオに置いてあったんだけど、最近こっちに持ってきたんだ。これは3つのリズムを出力するんだけど、個々のタイミングを自由に変化させることができる。Sendaiの数曲で使っているよ。あとはコンピュータ上でパラメータを細かくエディットして変化させている。ひとつずつ入力するから骨が折れるけど、自分の望む形にはできるよね。

アナログシンセのサウンドをコンピュータに取り込むコンバータについても触れておきましょう。コンバータのテクノロジーはここ数年で大きく進化しましたね。

その通りだね。僕たちはLynx Auroraを使っているんだ。これも僕のスタジオにあったんだけど、最初は色々と調べたよ。これを買った当時は、丁度Universal AudioがApolloをリリースした頃で、Lynxよりも安価だったし、DSPのプラグインサポートもあったから、候補のひとつだったんだ。でも、Tobias Freundのスタジオに行った時に、彼がAuroraのデモを披露してくれた。コンバータを通して808のキックドラムをレコーディングして、それからオリジナルの808を別チャンネルに立ち上げて、2チャンネルのブラインドテストをしたんだ。何回か切り替えるとどちらがオリジナルか僕には判断できなかった。

808のサウンドは17歳の時から知っていたし、それまでのサウンドカードだと、コンバートされたサウンドとオリジナルの差がすぐに分かった。だから、Lynxは凄いと思って買ったのさ。結果的に僕のミックスは良くなったし、すべてが簡単になった。でも、このスタジオをスタートする時は改めて考えたよ。もっと高価な製品もあったからね。でも、ある一定の価格帯を超えると、良く分からない部分に投資することになるんだ。

Handwerk Audioはミックスダウン用のスタジオではないので、ミックスダウンは顧客が個人で行う作業になります。デジタル上でアナログサウンドをミックスする際に注意すべき点はありますか？

顧客には、このスタジオはレコーディングスタジオだし、レコーディング中はミックスでどうなるかについて考えすぎないようにって伝えているよ。このスタジオで一番重要なのは、使えるサウンドをできるだけ数多くレコーディングすることなんだ。もちろん、アナログサウンドを手に入れたからってそれで最高のサウンドが手に入るわけじゃない。ちゃんとミックスしないと酷いサウンドになるけどね。 

アナログサウンドはあまりいじらないことが大事だね。アナログサウンドはミックスの中でスペースを取るから、サウンドを詰め込みすぎないことが肝になってくるけど、全体のミックス作業は楽になるはずだよ。デジタルサウンドを扱う場合は基本的に足し算のミックスになるけど、アナログサウンドは引き算のミックスになる。僕の場合も、周波数を足すよりは削っている。足し算はデジタルの作業になるし、必ず何かを犠牲にしてしまうからね。とはいえ、音楽によるんだけど。

たとえば、Sendaiのトラックのいくつかはデジタルツールがなければ実現していなかったよ。でも、アナログとデジタルの差が大きく表出してしまう部分がいくつかある。たとえば、デジタル機材やプラグインで高音をプレイすると、本来は聴こえるべきじゃない、アンチエイリアスっぽい人工的なサウンドが聴こえるんだ。フィルターにレゾナンスを追加した時も同じだね。リアルじゃないって思えるサウンドが追加される。一方、アナログの高域はシルクのように滑らかなサウンドなんだ。

アナログ機材に触れる機会に恵まれない人たちの多くが、YouTube上のHD版ノシンセデモからサンプリングして、Abletonで使っています。パラメータは操作できませんが、その代わりに「本物」のサウンドを無料で手に入れているんです。 

本当？

これはHandwerk Audioとは正反対の考え方ですよね。

なんか複雑な気分だな。どうしてそんなことをするんだろう。エレクトロニック・ミュージックが面白いのは、自分のサウンドをいちから作れるところにあるんだ。もちろん、これは個人的な考えだけど、自分だけのサウンドを作り出すっていうのは、この音楽に不可欠な要素だよ。

ですが、インターネットとクラックのDAWだけで面白い音楽を作っているアーティストもいます。サウンドそのものより、サウンドをどう扱うのか、それをどう文脈づけるのかが重要だという考え方です。

たしかに、サンプルを面白く使ったり、レコーディングされた作品をウェーブテーブルとして使ったりするだけで面白いことが沢山できるよね。でも、サウンドクオリティが良いほど、選択肢が増えると思う。無料プラグインですら、クオリティはかなり良いのに、なんでそういうサンプリングをするんだろう？　良いサウンドだからサンプリングしているんじゃなくて、面倒くさがっているだけじゃないかな。

プロセスよりも結果や利便性を重視しているプロデューサーがいるということではないでしょうか？

まぁね。そのやり方で上手くいってるなら、それはそれで構わないけど、エレクトロニック・ミュージックにおける “作業量” の問題は、また別のトピックだね。

世間がアナログ機材にどの程度の価値を見出しているのかについては疑わしい部分もありますが、結局は「本物かどうか」よりも、そこに情熱があるかどうかが重要になってくるかと。

重要なのは、僕たちがシンセファンだということと、このスタジオは商業施設だけど、無償の愛で成り立っているってことさ。それが根底にあるんだ。僕たちは機材マニアだけど、できる限りプロフェッショナルにやろうとしているんだ。

このスタジオが強い信念と音楽のアイディアによって生み出されたものだというのは間違いない事実だね。楽器を使った音楽制作は本当に楽しい。コーディングでも素晴らしい音楽は作れるし、リスペクトしているけど、僕はそういうタイプじゃない。僕にはフィジカルな関係を築ける楽器が必要なんだ。11歳の時から音楽の勉強と楽器の演奏を学んできたし、今でも楽器を弾くからね。あと、機材にはそこに関わった人たちの存在を感じられるんだ。このスタジオの機材を触れば、作った人たちの考えが理解できる。大量生産された機材でも、パーソナルな何かを感じ取れるんだ。それを使って既存のサウンドとは関係ない、ワイルドで素晴らしい何かを生み出していくｰこれが面白いんだよ。