WeTransferがBreaking Throughをサポート。Powderのエクスクルーシヴ・トラックをダウンロードしよう

アーティストとしての表現の探求と、いわゆる雇われの身としての日常勤務との間で生活のバランスを保ちながら過ごしたアーティストは少なくない。思いつく例だと偉大な詩人、T.S. Eliot.は、8年間ロンドンの銀行でフルタイムの勤務をしながら創作活動を続けた。Eliotの友人でもある小説家のAldous Huxleyが銀行を訪れた時に、地下で”列をなして並んだデスクに、他の銀行員に紛れて並んで座っている”友人を見かけたと記している。こういった話は幾多あるが、想起されるイメージは不思議と普遍的だ。Eliotが長い日を終えた後、家に帰り小さな書斎でロウソクの灯りで詩を書いた…心地よい情景が浮かぶ。

Powderとして、音楽の活動を続けるMoko Shibataも、この昼夜の二元生活を独自の方法で続けるアーティストの一人だ。Powderについて検索するとそのほとんどが彼女の二重生活について言及しているが、これは、彼女の情報が余りに少ない事に加え、2015年にESP InstituteよりリリースされたEP「Highly」のインフォノートに記載された遊び心あふれる物語の存在が大きい。ESP Instituteのファウンダー、Andrew Hoggeは、Mokoの楽曲制作のプロセスを”精密機器を扱う退屈な会社により消費される日々”に対する”毎日の悪魔祓い”だと解説していた。

筆者が東京でMokoと話をした時、率直に日頃の仕事について話してくれた。「日常業務と音楽の制作の業務にそれぞれ相乗効果があればいいんだけど、私の場合は、ただ睡眠時間が少なくなるだけ」と、笑いを含みながら「超平凡な場所」と表現するMokoの勤務先は精密機械を取り扱う会社で、新宿のコマーシャルエリアにたたずむ超高層ビル内の43階に位置する。窓無しの部屋がMokoの所属する部署のオフィスだ。社員全てが同じ制服を着用し、職場のBGMとしてキーボードをタイプする音と電話の受け答えをする声が入り混じる。

彼女の勤務時間は長く、朝早くからだいたい21時までが勤務時間だ。「勤務時間が終わる前になると疲れはてている」ものの、「急いで家に帰り、食事を急いですませ、”ミニスタジオ”に入る」という。彼女のスタジオのセッティングは、シンセサイザーとリズムマシンが2つずつ、ターンテーブル、レコードとラップトップ。レコードラックは中古屋で買った本棚をカスタムしたお手製のもので、水色にペイントされている。窓の外には空き地が広がっていて（東京では珍しい光景である）、以前はケヤキの木が窓の前に重なっていたそうだ。「この景色が好きだからカーテンは付けてなかったんだけど、最近切り倒されて、新しいビルを建て始めたみたい。」

Powderとしての活動は、ある種働くMokoにとって現実逃避の手段でもある。今日までに、3枚のレコードをソロ名義で発表している。前述した「Highly」に加えてSling & SamoのレーベルBorn Freeから、2015年にEP「Spray」を、そして、最近 EP「Afrorgan」をリリースした。彼女のトラックは印象的なフレーズや豊かなメロディーを持ちながら、ダンスフロアでの機能性も併せ持つ。

Mokoの作る音楽は広義には、「ハウス」とされるかもしれないが、これまでリリースされた3枚のEPで、既に幅広いムードやトーンを行き来している。「Spray」ではツール的でグッとおさえた感じー ”Alien”はテクノのダンスフロアをくすぐるのにピッタリだったし、”Kiwi Blue”やタイトル曲の”Spray”はシンプルな進行のトラックの中で聴いたことのないようなサンプル使いが見られた。そして「Highly」は柔らかで、落ち着いた印象。”Busy Port”や”Humid Wind”はトロピカルなダンスチューン。"Lost Of Light”にはMoko自身の激しく加工された声（自分の声はあまり好きじゃないとも）が使われた。しかし、どうしても、筆者自身が一番耳を惹かれたのはタイトル曲の”Highly”だ。洗練された優しいアンビエント音楽でありながら、例えば80sジャパニーズ・アンビエントサウンドのレコードからは決して聴こえてこないような質感を含んでいる。”Highly”は正に仕事終わりのしばしの休憩を楽しむための音楽に思えてならない。

Mokoの職場で、彼女がミュージシャンであることを知っている同僚はいない。しかし実は、彼女が黙々と活動をしてきたために、近しい友人や家族以上の輪の外に彼女がプロデューサーやDJをしているという事を知っている者は、そもそも余りいないのだが。Mokoは同じ会社で5年勤めているが、今でも一番若い社員である、と同時に今でもデータ入力やお茶汲みといった仕事を変わらず引き受けているということになる。彼女の1日の救いは、手製のオニギリとヘッドフォンを持って中庭で過ごす昼食の時間だけだ。「ピースフルタイム」と呼ぶこの時間は、主に前夜にスタジオで作成したデモを聴く時間となっている。

Mokoと待ち合わせたINS studioは、極端に低い天井も、駐車場のリノベーションと聞くと納得するスタイリッシュなスタジオ/オフィスだ。前述したように、パーティする時間が限られてしまう彼女は東京のクラブシーンと密にコネクトした存在では無いものの、このINSにて、これまでに数回、5ive(Cos/Mes)、Andry、そして#richardtourとして知られるMaster Zumiといった仲間達とともにイベントを開催している。このイベントは笑いに欠ける”シリアスな"イベントの形式をとらない。Powderの楽曲群がもつ独自性と遊び心は、そのままパーティに見てとる事ができる。未だ2回のみの開催だが、更に1夜ごとのクオリティを高めていく予定だ。

最初のイベントは2015年9月、PowderがDJとして参加した、バンクーバーのコレクティブ、Mood Hutとのパーティだった。当時の日本では局地的にのみ知られていたMood Hutのクルーについて、Jack J、Liam B、Neo Image、Cloudfaceといったメンバー達が、それぞれなぜ特別なのかを解説したカラフルなパンフレットを配布したものをフライヤーとし、2016年3月に行われた2回目の"コンサート"と題されたパーティではPowderはライヴセットで参加。再訪していたCloudfaceと共演し、フライヤーは小さなスナップケースに入ったワタとパーティ詳細が記載された紙が同封され、会場では、PowderとCloudfaceのスプリットのライブカセットが配られた。

その夜は、ビジュアル・インスタレーションとして参加していたBaku Hashimotoにより、INS全体のコンピューター、照明がハッキングされた”ゴースト・オフィス”を再現し、怪しく彩られた。次のイベントは”11.25 Musical Ear Massage" と既に題されており、“hyper deep, super spiritual, ultra healing and extra meditating”なイベントになる予定のこと。「皆の目が覚めるような」パーティになるそうだ。

DJが専売特許では無いと謙遜する彼女だが、オンラインでミックスを聴く事は可能だ。オーストラリアのラジオショーNoise In My HeadやJuno Plusにて、Brian EnoからJon Hassellの傑作アルバム『Fourth World Vol. 1: Possible Musics 』、さらにはJean Michel Jarreからスレたディープハウス、調子の外れたエレクトロニック、モダンなピアノ楽曲から不思議なジャパニーズ・ポップスまで、彼女独特の音楽的興味の幅を聴く事ができる。これら2つのミックスを視覚的にも特別なものとして記憶に残した楽しいアートワークは、彼女の最も信頼の置くise hirotoによるもの。他にはオーストラリアのファッションブランドP.A.M. に提供した、彼女の未発表曲をまとめたセットがある。INS studioでレコーディングされた濃厚な内容で彼女の持つ未発表ストックの出来の良さに感心したものの、彼女にとっては、あくまで未発表曲の束であるそうで、そのほとんどが、日の目を浴びさせる事もなく、ひっそりとそのまま保管される予定だ。

Mokoは5年前に東京に移り住み、5ive、AndryやMaster Zumiといった仲間に出会うが、それまでは長崎で生まれ育った。長崎に住みながら、同じ音楽的興味を持つ仲間を見つける事は難しく（当時はNo Waveに凝っていたそうだ）、車で2時間かけて福岡にショーを見に行く事もあったようだ。「バンドを始めたかったんだけど、誰も周りにいなかった」ため、「自分一人で作れる」ダンスミュージックの制作を始めた。長崎に住んでいた時はテクノと呼べるようなサウンドが多かったが、少しずつハウスや他の要素が入り混じるようになる。

彼女が、レーベルBorn Freeを立ち上げた一人であるSamo DJことSamo Forsbergに会ったのは、東京でDJをしに来ていたSamoに自身のデモ渡した時の事だ。デモを受け取ったSamoはすぐに彼女の音楽に夢中になる。「一聴して、すごく非ヨーロッパ人の音楽という感じ」を受けたと彼は言う。「彼女の音楽は聴く者の空想を掻き立て、加えて何回でも繰り返し聴けるトラックに仕上げられている」。そして2015年、MokoはSling & Samo、5ive そしてChidaらと共にストックホルムのパーティにDJで参加し、異なるジャンルのアーティスト同士が助け合い、パーティにSamoやその他ゲストを見に来ている垣根の無いストックホルムのシーン同士の密接さに驚いたそうだ。

Mokoは現在アルバムを制作しているようで、今の所、”Highly”で聴かれたような、リラクゼーションサウンドの更なる追求となりそうだ。「コンセプチャルにしつつ、Powderのキャラクターを確かに感じるものにしたい」。現在、ベルリン、ロンドン、ウィーン、ポズナン、モスクワ、バンクーバーなどの都市を含むツアーの準備をしており、それに合わせて仕事の休暇を調整している。フルタイムのミュージシャンとして活動したいと言うものの、そのような生活ができる事を「想像できない」と彼女は笑う。しばらくは、43階の窓なしのオフィスに向かい、毎夜ひっそりと音楽制作…という二重生活が続きそうだ。