アメリカのテクノ・アーティストの多くにとって、デトロイトやシカゴを含むミッドウエスト（中西部）地方のレイヴ・シーンは、喩えるなら宇宙の起源と言われるビッグバン、あるいは音楽史を変えたと語り継がれている伝説のSex Pistolsのライブのようなものであった。つまり、爆発的なほんの一瞬のことであったが、その後何年にも渡って余波が続いている、重要な事象である。ミシガン州出身のPatrick Russellは10代の時にこの奇妙で魅惑的な地下世界に出会い、その時の体験が彼のその後の人生を大きく左右した。退屈な日常とは乖離された、汗が染み込み、ストロボの灯りに照らされたダンスフロア。そのダンスフロアで出会った音楽は、彼の人生の根幹となり、彼のキャリアを築いた。そのダンスフロアで知り合ったかけがえのない仲間たちとは、その後幾度となくDJブースをシェアした。当時のパーティーの雰囲気を現代に蘇らせているデトロイトのパーティー、No Way Backの中心メンバーもそのなかに含まれる。そしてそのダンスフロアで彼は、単純にかけるべきレコードを、かけるべきかけ方で、かけるべき時にかけることで、DJは一生忘れない想い出を人々に提供することができることを知った。それは今も彼が自身のDJプレイを通して、若いオーディエンスに提供しようとしていることである。

長年の友人でありDJパートナーでもあるMike ServitoやDerek Plaslaikoらと共に、Russellはそのうちデトロイトからブルックリンへと拠点を移した。今年の7月、馬鹿げたほど高い気温を記録したとある日に、彼にブルックリンでインタビューをしたとき、彼は自身のキャリアにおいてひとつのターニングポイントに直面していた。DJ活動を始めたときから、それが世間でどれだけ流行ってなかろうが関係なく、彼は自身が愛する音楽のみをかけるという揺るぎない信念を抱いていた。その強固なスタンスは尊敬に値するが、同時に、彼の仕事が安定とは無縁であることを意味した。だがようやく、彼の努力は報われ始めている。No Way Backは世界的に注目を集めており、彼は最近The Bunker New YorkのレジデントDJに選ばれた。2015年9月には日本のLabyrinthに出演したが、それは彼にとって北米以外で初めての海外ギグであった（今年も彼は出演しており、Peter Van Hoesenとのオープン・セットと、2日目のクロージングのノンダンス・セットをプレイした）。ヨーロッパからのギグ・オファーも来ている。窓の外の強烈な暑さを遮断した、涼しくて暗い自宅のリビングで、彼は自身のDJ歴、レコードとの自分なりの向き合い方、そして自分らしさを曲げないことの重要さについて、語ってくれた。

Interdimensional Transmissionsのサイトで、BMGはあなたのことを「ミッドウエストの失われた時代」の数少ない生存者であると言っていました。それがどういう意味だかわかりますか？

ああ、よくわかるよ。ミッドウエストの典型的なスタイルってものがあるんだ。ミッドウエストのレイヴ・シーンは、いろいろな小さな都市とのコネクションによって成り立っていたという意味でユニークだった。ある種のネットワークができていて、人は街から街へ車で行き来していた。まずシカゴのDJとデトロイトのDJがいたけど、あとミネアポリス、マディソン、ミルウォーキーといった、ハードなアシッドがよくかかった場所もあった。こういったエリアが全て繋がってるんだ。僕はそういった様々なシーンに影響を受けたよ。アシッド・シーンには、Richie Hawtinというフィルターを通って足を踏み入れた。彼はミッドウエストの典型的なレイヴDJだと思う。几帳面で丁寧で、盛り上げ上手だけど、客をトリップさせることだってできた。初期にかなり刺激を受けたDJのひとりだ。

興味深いことに、あなたと同世代のデトロイト・レイヴァーに話を聞くと、Hawtinの名前が必ずと言っていいほど挙がります。特にNo Way Backクルーの間では。彼や彼のパーティーは、どうやらとても影響力があったようですね？

ああ、そう思うよ。しかし僕が最初に影響を受けたDJは彼ではないかな。インスピレーションをもらったDJは他にもたくさんいるんだ。イリーガル・パーティーに通うようになる前は、ポンティアックにあったIndustryというクラブに行っていて、そこでMike HuckabyやD-Wynnを見たんだ。影響を受けたDJは彼らが最初だった。そのとき僕はすでにDJをやっていたんだが、テクノやハウスにフォーカスしていなかった。友達と一緒にただ好きな曲をかけていたんだ。しかしIndustryに通うようになり、彼らがハウスとテクノを滑らかに混ぜてガンガン盛り上げているのを聴いて、魅了されちゃって。気がついたらそっちにのめり込んでいた。ずっと立って彼らを凝視していたよ。そうやって学んだね。

それから、他のDJにも影響を受けるようになった。例えばDan Bell。彼は当時DBX名義での活動でヒーロー的存在だった。デトロイトの誰も知らないようなトラックを彼はかけるんだ。 Marcus Mixxとかね。デトロイトでは知られてないヘンなサウンドを求めて、彼はよくシカゴに行っていた。僕はデトロイト・テクノは知っていたし、UKモノもチェックしていた。Aphex Twin、IDMとかね。その辺は詳しかったが、それもDanのセットを聴いてからなんだ。彼のプレイを聴いてから様々なスタイルを混ぜるようになった。それからだ、Richie Hawtinを知ったのは。そして彼のDJなどを通して、次第にアシッドだとか、もっとヘンな音楽にハマっていったんだ。

Hawtinは盛り上げ上手であり、トリップさせるのも得意だったとさっき言っていましたが、No Way Backにも同じことが言えますよね。ノリノリなパーティーの半面もあれば、トリッピーで異世界へと旅立つような側面もあるイベントだと思います。

そうだね。しかしNo Way Backを始めたとき、そういうことをイメージしていた訳ではないと思う。当初4人で始めたパーティーだった。BMG、Carlos Souffront、Derek Plaslaikoと僕だ。もともとはちょっと古き良き時代のパーティーというか、原点回帰することが目的だった。大きなサウンド・システムで、デコレーションもして。当時流行ってたミニマルのシーンからちょっと距離を置いて違うことをしたかったんだ。しかし、意識はしてなかったんだが、そのうちどんどんヘヴィーでトリッピーな音楽を重視するようになっていった。

それが、Brendan (BMG) が言っていたミッドウエストのレイヴDJ像の根底にあるものなのだと思います？

ああ、多分彼が言おうとしていたのはそんなことなんじゃないかな。

僕自身は気がつかなかったことなんですが、UKの友人に言われたのが、デトロイトのDJはよくアシッドをかける、ということです。デトロイトのレイヴ・シーンにおいてアシッドがこれほど重要だったのはなぜだと思いますか？

いくつか理由があると思う。まず、少なくとも僕がデトロイトでパーティーに行き出した頃は、実際にアシッドをキメてる人たちがたくさんいた。むしろ皆それしかやってなかったよ。MDMAなんてやってる人はいなかった。シカゴとか他の都市のレイヴとは根本的に違う空気とか考え方が最初からあったんだ。

そして、Brendanも僕も昔から言ってることなんだが、デトロイトでは「アシッド」って必ずしも303サウンドとは限らないんだ。僕らにとっては、過激でサイケで強烈なサウンド全般に広く使われていたワードだった。

DJを始めたのは友人の影響であり、最初はハウス・パーティーでDJをしていたそうですね。どういった経緯があったのですか？あと、何歳くらいでした？

16、17歳くらいかな。知り合いの家で、母親がいないときにパーティーをやってたんだ。僕はデトロイトの北にある小さな町で育った。友人のPhilはターンテーブル、CDプレイヤー、そしてカセットデッキを1台ずつ安物のミキサーに繋げてDJしていた。２枚のレコードとかCDを同時にかけることはできなくて、レコードかCDかカセットで交互に曲をかけるしかなかった。パーティーを完全にコントロールする彼を見ていて、凄く格好良いことをしているなって思ったんだ。すると彼は、僕がDJに向いてそうだと言って、DJをやらせてくれるようになったんだ。

Philにはニューヨークに住んでる姉がいて、彼は彼女に会いに行ったとき、NASAのレイヴに遊びに行っていた。92年ぐらいのことかな。戻ってくると、彼がそこで聴いた音楽について教えてくれるんだ。その話を聞くのがすごく面白かった。そのときすでに自分でもそういった所でかかってる音楽にハマりだしていたんだ。そのとき買ったテクノのレコードはJoey Beltram の「Energy Flash」とか、Aphex Twin、『Artificial Intelligence』のコンピとかそんな辺りだろう。デトロイト・テクノに関しては、PhilにURの『Revolution For Change』のCDをもらうまで知らなかったんだ。それを聴いてから、デトロイトに行って自分でこういう音楽を探すようになった。

テクノにのめり込む前は、ハウス・パーティーでどんな音楽をかけていたのですか？

色々なヘンな音楽。初期のUKブリープっぽいやつとか、Deee-Lite、初期のハウスとかも。Meat Beat Manifesto、Renegade Soundwave、とにかくワケのわからないものをごちゃ混ぜにした感じだね。

当時、どうやってレコードの情報を集めていたんですか？

DJが何のレコードをかけているのか、ラベルを見るんだ。僕は熱心だった。小さなメモ帳を携帯してラベルの情報を常にメモしていたね。シカゴのレコードは、例えばSteve Poindexterの"Work That Motherfucker"なんかはデトロイトでもよくかかっていたが、例えばオランダとか、あまり知られてない場所のレコードだったら足で探さないとなかった。レコード屋で注文してもらったりしてね。じゃないと手に入らなかったんだ。

ご自身のことをディガーだと考えていますか？

ああ、そうだと思ってるよ。特にDJを始めた頃なんて、日々ディグに明け暮れた。90年代半ばから後半まで、個人的な理由でシカゴによく行っていたんだ。月に1度か2度は行っていた。シカゴに行ったときはGramaphoneに行って、山積みにしたレコードを1枚1枚試聴した。96年か97年くらいにTheo Parrishがプレイしているのを聴いてから、ディープなディスコとかにもハマりだしてしまって、とにかくディグしまくったね。デトロイト中のレコード屋に行ったし、郊外にまで車で行って、箱を漁った。試聴ができない店では、ギャンブルだ。できる場所では可能な限り試聴して、買える限り買った。当時、ディグって言ったら手や膝が埃だらけになるまで何時間もレコードを漁ることを意味したんだ。

本来の意味でのディグ（掘る）ですね。

ああ。ディグることが大好きだった。まだディグったことがない街に行ったときは、デトロイトでは手に入らないレコードに出会えないかと、レコード屋に足を踏み入れる瞬間のことを考えただけで、ワクワクしたもんだ。

レコードを探すという行為になぜそれほど興奮するのだと思います？

理由は人によって違うだろうね。すでに欲しい曲があって、それを求める人もいる。僕も常に欲しいものリストがあったけど、しかしそれよりも、知らなかった曲に偶然出逢うことが何よりも目的だった。特にハウスやテクノだと、90年代とか2000年代前半にリリースされた曲全てをリアルタイムにチェックしていくのは困難だった。ずっと聴かずにいた曲がたくさんあるんだ。だから後になって遡って、聴き逃したものを聴くのはすごく楽しい。そういった発見という喜びがある。

そして、まだまだ聴いたことがない曲がある、という喜びもありますね。

間違いない。もちろん、最近ではその部分は変わりつつあるけどね。古い曲がどんどんリイシューされるし、Bandcampなどデジタルで手に入れる方法も増えて、こういった音楽を入手することはどんどん簡単になっている。

最近はどうやってディグをしていますか？

主にネットでだね。ここ4、5年で変わった。ニューヨークに引っ越したときも、最初は頻繁にレコ屋に行っていたよ。A1とか。今は昔ほど行かなくなった。

Discogsと、その前に流行ったeBayがもたらした弊害は、どのレコードがレアかっていう情報が共有されてしまったがために値段が馬鹿高くなってしまったこと。A1とかでも、壁に欲しいレコードがかけてあると50ドルとかになっていたりする。そういうのはうんざりするね。

DiscogsやeBayが流行る以前は、レアなレコードが他のレコードと同じ価格で売られていたのですね？

そうなんだ。それを見つけるのが楽しみだった。もちろん、たまたま探しているものが運良く見つかる確率なんて低かったろうけど、2ドルとか5ドルとかでレアなものが転がっていたりした。Gerald DonaldのGlass Domain名義の未開封盤が25セントで売られているのを発見したことがあるよ。そういうことにワクワクするんだ。

ニューヨークに引っ越してからは、そういった経験を本当にしなくなった。デトロイトにいたときは楽しかったね。Record Timeなんて、閉店間際の頃でも良いものがたくさんあって信じられなかったよ。レコード・コレクションの大放出なんかがあるんだ。2000年か2001年ぐらいだったと思うけど、80年代、90年代のデトロイトのハウスやテクノ・シーンに深く関わっていたDuane Bradleyというラジオ・パーソナリティが亡くなって、Desirable Discsという大きなレコード屋で彼のレコードが全部売りだされたんだ。フロアがひとつまるごと彼のレコードになっていて、全て2ドルだ。Prescription、Alleviatedのオリジナル・プレス、Robert Owens、Larry Heard、Clarence Gとかあって、もう笑っちゃうくらいさ。きっと2フィートくらいの山を持って帰ったんじゃないかな。3、4日間通って、端から端まで全部チェックした。その数日間で数百ドルは使っただろうね。

Discogsで興奮することはありますか？

あるね。Discogsは好きなんだ。とても貴重なツールだと思うし、情報収集にもよく使ってる。そしてもちろん、レコードを買うときにも使うよ。何しろ、求めてるレコードを誰かがその場で売ってるんだ。ちょっと高くても、1年間ぐらいずっと探し廻って半額くらいで発見するよりも、ポチッと買って家にすぐ届く便利さを考えたら、その値段を払う価値があると思ってしまう。それに、Discogsには初期から貢献していた。初期のときにいくつかレコードの情報を提出したよ。（Mike）Servitoもだ。たしか、Liaisons Dangereusesのファースト・アルバム、Alleviatedのファースト、Mystery Of Loveのオリジナルとかの情報を記入した気がする。未だにそのレコードを売ってくれないかってDiscogsでメッセージをもらうんだ。

レコードはよく売るほうですか？

僕のレコード・コレクションを見たら、予想していたよりも少なくて驚くと思うよ。「これだけ？」ってよく言われるんだ。無駄なものは省いて、コンパクトにした。生活していくなかで失くしてしまったというレコードもあるけど、基本的には、いつまでも飽きない、自分にとって大事なレコードだけ手元に置くことにしてるんだ。それほど気に入っていないレコードをなんとなくDJでかけるのは嫌いなんだ。キープするレコードはすごく慎重に選ぶ。しばらくキープしても使い倒したと思ったら、他のレコードとトレードする。大事なレコードはずっとコレクションに入ってる。常にコレクションを磨いて、無駄を省いているんだ。

現在、何枚ぐらいレコードを所有していますか？

まったくわからないね。そうだな、3千枚とかかな。

それはたしかに、何十年も収集している人とは思えない数字ですね。

Theo Parrishのレコードを全て持っていた時期もあるよ。Larry Heardのレコードもコンプリートしていた。彼らのレコードは今もたくさん持っているけど、今ではヴァイナルでDJするときにかけないようなレコード、あまりレアじゃないレコード、あるいはデジタル化した音源を自宅のハイファイ・オーディオで聴くことで満足できるようなレコードは手元に置いておく必要はないと思っている。

レコードは全てデジタル化するようにしているのですか？

ここ数年でデジタルに移行するようになった。それまでずっとヴァイナル・オンリーでDJしていたし、ヴァイナル至上主義者だったとも言える。2010年にTraktorを導入したんだが、レコードを持って移動したくなくなったんだ。たとえシカゴのギグでもね。

それはレコードを保管したいという気持ちからでしたか？

実はそうなんだ。Derek Plaslaikoに勧められたことだった。彼に「レアなレコードを持ち運んでいて危ないぜ。これをやってみたら？」と言われた。最初にデジタルでDJしたのは、RAのポッドキャストのためのミックス録りだったよ。ダウンロードしてみて、レコードをデジタル化して試してみたんだ。主に、レコードを大事に保管したいからやったことだね。レコードの消耗が怖いというよりは、何かが起きてレコードを失って、200ドルとか300ドルで同じレコードを購入しなきゃいけないハメになることを避けたかった。レコードの値段って馬鹿馬鹿しいぐらい高かったりするから。

あなたがDerekと一緒にどこかのレイヴで撮った若いときの写真を見かけました。そういった長年の友情はあなたのDJにどういった影響を与えて来ましたか？

まぁ、間違いなく、僕のDJキャリアに色々な面で影響を与えてきたね。Derekとはスピーカーの前で最初に喋った。彼はいつだって、パーティーのとき僕のとなりで大盛り上がりで踊ってるやつだった。それから仲良くなった。僕はすでにデトロイトとかイースト・ランシング、ミシガン州のあちこちのレイヴでDJしていた。彼もDJを始めた頃で、色々な情報をシェアするようになったんだ。好みが合った。Carlos Souffrontとも、同じくらいに出会った。彼と仲良くなって音楽について語りあったことは、僕のDJ活動に影響を与えた重要な経験さ。

Carlosと僕は、The WorksのパーティーFamilyが再スタートしたときにレジデントになった。それから数年間、僕と彼は良きライバルとして、どちらがよりクレイジーな曲をかけられるか競い合った。すごく面白かったよ。Matthew Dearとか、ゲストが誰であれ僕らは常にそういったプレイをした。僕らはふたりとも、「常に自分らしくプレイする。まわりがそれに合わせればいい」っていう態度をとっていた。何言われようが気にしなかった。あの頃、世界でプレイすることなんて考えていなかったし、そのときの気分のままプレイしていた。デトロイトで誰も聴いてないようなMike Inkのイカれたレコードをかけたり。Carlosは、意図していたかどうかはわからないけど、常に僕をプッシュしてくれた。彼にずっとインスピレーションをもらっていたよ。

ミックスのテクニックについてお聞きします。普段どういった繋ぎ方をしていますか？

繋ぐときはたいてい、次にかける曲のEQを全部一旦下げて、ひとつの音を少しずつ上げて前の曲と混ぜ始める。それから徐々に他の音も上げていくんだ。それから、ツマミをふたつぐらい一気に下げて、しばらくしたら同時にふたつのツマミを上げる、とかね。今かかってる曲に、次の曲のいち部分を重ねて、しばらくそのままにするのが好きなんだ。そうすることで次の曲に移行したとき、「それは前の曲の音だと思ってた！」みたいに驚かせることができる。だからこっそりと音を重ねて、徐々に繋いでいく。EQをいじりながら。EQが全部完全に上がってる状態で次の曲を繋げたことがあるかどうかわからないよ。僕はとにかくそうしないんだ。

一番重要視していることは、可能な限り多くの曲を用意しておくのはもちろんだが、大好きな曲、聴き込んだ曲のみに絞ること。僕は複雑な作りであまりDJ向けじゃない曲を好んでかけることが多い。例えばAphex Twinとか。しかし、ちゃんと曲を聴き込んでいれば、良いかけかたとか繋げ方、そういったことが自然とできるから問題ないんだ。

つまり、曲の展開をしっかり覚えることと、直感に頼ること、その両方ですね？

まさにそう。聴き込んでいて、展開が頭に入っていれば、半分寝ぼけてても繋げられる。EQとか繋ぎのテクニックとか、頭で考えなくとも自然とできてしまうし、良く聴こえる。何回も聴いた曲は、喋りかけてくれるんだ。「ぼくは前半にかけたほうがいい」、「わたしは後半にかけて」、「俺はシメに相応しいぜ」って曲が教えてくれるのさ。

最近手に入れたばかりの曲だったり、あまり聴き込んでいない曲をDJがかけているときは、かけ方でわかってしまうと思う。トラック自体はすごく良いかもしれないが、繋ぎ方に魂がこもってない。僕の場合、「あのときの繋ぎ、駄目だったな」って思うときは、あまり当てはまらない所に曲を繋げてしまったとき。全体の物語のなかでその曲がどこに当てはまるのか、ちゃんと掴まないといけないんだ。

どうやって曲を聴き込んでいますか？

曲を繋げないで、そのまま通して聴くことだね。新しく手に入れた曲は何回も何回も聴く。Bandcampで購入するとスマホのアプリに曲がダウンロードされるから、それを飛行機のなかとかで何回も聴いて、その曲のなかで起きること全てを把握するんだ。

興味深いです。そうやってじっくり聴き込むDJは意外と少ないのではないでしょうか。特にダンスミュージックにおいては。

あと、リリースされる音楽の多くは、良いんだけど、しばらくDJセットで使ったら他の曲と交換してしまうような、そういうトラックが多い。適当な場繋ぎの曲、っていうほど悪くはないけど、長年お世話になるほどでもない、みたいな。それはさっき言っていた、手元にレコードを置きすぎない考え方ともリンクするんだが、全てをとっておこうとするんじゃなくて、本当に好きな曲にフォーカスするようにしているんだ。それは必ずしも良いことではないのかもしれないけどね。僕はDJをするとき、ほぼ毎回1曲はAphex Twin、Mike Ink、Jeff Millsのトラックをかけている。彼らの音楽が素晴らしすぎて、大好きだから、DJで1曲もかけないのはむしろ罪なんじゃないかと思ってしまう。

今、興味深いことに触れた気がします。飛行機のなかで、スマホでこういったトラックを聴いているということは、あなたは普通にこういった音楽を好きで聴いているということだと思うんです。ギグの準備として聴く場合は、ギグで使えるかどうか、というリトマス試験的な視点のみで聴いてしまうことが多いですし、個人的には、道を歩いているとき、ずっとイヤホンでクラブ・ミュージックを聴いていたいとは思いません。

そうだね。アトモスフェリックなダブテクノもたくさん聴くし、ニューヨークにインスパイアされたハウスも聴く。あと現行のアシッド・ライン・ハウスも聴く。しかし本当に気に入らないとかけないんだ。ただの自分の好みの問題なんだが。自分が若かった頃にした体験を今の若者にもしてもらいたいという気持ちがある。90年代にデトロイトのパーティーで素晴らしい曲を聴いて衝撃を受けたときの想い出は、20年経った今も鮮明に覚えている。その当時聴いた曲でも、先週リリースされたばかりの新曲でもいいんだけど、もしかけるなら、そういった経験を人に提供することができる、と思えるくらいパワフルな曲じゃないと駄目なんだ。「あのときのあの曲、ヤバかった…」って思いながら家に帰ってもらえるように。その体験を提供することができれば、自分の任務は完了したように思う。なにしろ昔は、週末にパーティーに行ったら、その次の週の木曜日になっても、「あのときのあのトラック、イケてたなぁ」って僕は考えていたよ。

それが、こういった音楽シーンの自然な世代交代なのかもしれないですね。若いときはパーティーで人生が変わるほどの体験をしますが、ずっと通っているとそのうちそういう体験も稀になります。すると今度、人によっては、DJを始めたりパーティーのオーガナイズをやるほうに回り、下の世代に同じような体験をしてもらいたいと思うようになります。

ああ、そうだね。僕はこれまで、何度もDJを辞めようと思ったことがある。カネに困ったときとか、なかなかブッキングされなかったとき。デトロイトからニューヨークに引っ越す前とかね。しかし辞めたとして、他に何ができる？結局僕はすぐに舞い戻ってしまい、認めざるを得なかったんだ…

DJしか自分にはないことを？

そうだ（笑）。誤解しないでくれよ、僕はこの仕事が大好きさ。しかしまぁ、DJの仕事で飯を食べていくっていうのは…簡単ではない。だがここ数年でずいぶんと楽になったから、恵まれていると思う。

その話をしましょう。2015年のLabyrinthが初の海外ギグだったのですよね？

正解。その前にカナダはあったけど、北米以外では初。

そしてその後にはBerghainに出演しました。世界的に活躍するDJになったのは、まだ最近のことなんですね。

最近だね。何年も前、世界を廻るDJになりたいと思っていた時期があったが、なかなか実現しなかった。人生において色々あったし、もとから誰とでも仲良くなってネットワークが広げられる人、っていうわけでもなかったからね。それが悩みだったんだけど。自分がかける音楽も、流行ってなくても好きな音楽しかかけないって決めていた。ミニマルが主流だったデトロイトで、僕はHieroglyphic Beingが大好きで、過激なアシッドっぽい曲ばかりかけていた。しかしこれだけ長いことずっと自分のかけたい音楽をかけてきて、今その努力が報われているのは最高な気持ちだよ。去年、LabyrinthのオーガナイズをしているRussが連絡をくれた。僕は我を忘れて喜んだ。なにしろ、ようやく認められた気がしたんだ。僕は僕なりのやり方でやった。妥協しないで、クソみたいなテックハウスをかけないで、自分らしくない音楽を取り入れたりしないでやり続けた結果、自分らしいプレイをして欲しいとブッキングしてくれたんだ。

Labyrinthでプレイしたとき、自分の出番の直前、実はちょっと不安だった。するとDonato Dozzyが肩に手をのせて「やりたいようにやりなよ」って言ってくれた。「ああ」と僕は言って、そうした。RussやDozzy、オーディエンスからもとても良い反応をもらえた。それから少しずつ、ギグが増えてきた。とてつもない達成感がある。なにしろ、さっきも言ったとおり、辞めようかと何度も思ってきた。SNSとかで自分をプロモーションする元気とか自信もないし、そうやって自分を売ることが得意じゃない。SNSでセルフプロモーションを行って、たくさんフォロワーがいる人はそれが自然とできる人だ。僕は、自分の何かを変えないとそういうことはできないんだ。

昔と比べたらマシになったと思うが、ずっと内向的なんだ。ニューヨークに引っ越したことで大きく変わった。The BunkerのBryanとかと知り合って、レジデントをやらせてもらえて。ニューヨークのあちこちでギグをやるようになって。だが一番僕を変えたのは、ニューヨークの人々のアチチュードだったと思う。ニューヨークでは、皆自分でチャンスを捕まえようと必死だ。デトロイトでは、ちょっと一歩引いて構えて、「用があるなら俺のところに来い」っていう態度だ。ニューヨークでは、自分から前に出ていかないと取り残される。その考え方が少しだけ、僕にも身についたおかげで、一歩踏み出すことができたんじゃないかな。ようやく。

デトロイトをそういう風に表現するのは興味深いです。多くの街では、レイヴ文化には社交的な雰囲気がつきものですが、デトロイトのシーンには内省的で、少し現実逃避な側面があると思っていました。デトロイトのDJにインタビューをすると、誰もが1回はSF映画の話をします。例えばCarl Craigは『Terminator』の話ばかりしていました。そのことについて聞くと、「デトロイトで子供時代を過ごすには、想像力が必要なんだ」と言っていました。

まさにそう。僕にとって、パーティーは現実とは思えない世界だった。90年代の前半にパーティーに行きだしたころ、クラブ・ミュージックが半年ごとくらいに変化していた。新曲と半年前の曲を聴き比べると、全く違うんだ。目まぐるしい速さで変化していて、常に新しいものが出てきている気がした。そしてテレビでもラジオでもエレクトロニック・ミュージックなんてかかっていない。だから何だか、週末にだけ足を踏み入れることができて、それ以外のときは跡形もなく消えてしまう幻の世界みたいな、そんな気がしたんだ。自分を引っ叩いて、夢を見ていないか確認したくなるくらい、非現実的だった。

あと、僕は田舎育ちだった。実家はとうもろこし畑に囲まれていた。高い建物なんてないし、ずっと先まで地平線が伸びているような場所だ。そして静か。夜、クラブ・ミュージックを聴いて、パーティーに行きたいなってずっと考えていたもんだ。Haçiendaとか、UKのレイヴとか、デトロイトに行って時間を忘れたかった。だから僕にとっては、そうだね、想像力と現実逃避はパーティーと切っても切れない関係だった。