ニューロンは原子レベルの混沌の中でかき乱れ、サウンドは空気中で粒子へと分裂していく。顕微鏡越しに見る音符は意味不明の形骸に過ぎず、取り除かれ、解剖され、再構築されるのを待っている。そんな研究室を思わせるアントワープのスタジオに座っているYves De Meyの姿が容易に思い浮かぶ。彼の耳はほんの少しの変化や生命の微かな気配さえも感じ取る。

De Meyによる最新アルバムの1曲目"Prelament"をリラックスした状態で聞いても、部屋には重苦しい空気が流れる。同トラックの末端部では炭酸の気泡のように音が鳴っている一方、中心部では静かな状態が保たれ、弱まることのない共鳴とフィートバックが塊となって存在している。このトラックはゆっくりと構築されていく。原子以下の小さなサウンドから巨大なサウンドまでが使われており、大胆なサウンドへと繊細に変化していく。アルバムの幕を開ける壮麗なアレンジだ。

『Drawn With Shadow Pens』は"サウンドを操作する"という一点のみにアプローチした作品だ。飾り気のない質素なタイプのアルバムで、サウンドが無の状態から滲み出ているような印象を受ける。各トラックに記録されているのは、リアルタイムでひとつの楽器を演奏するひとりの人物だ。意識を働かせ、音に反応し、トラックの緩急を決定する様子があたかも伝わってくるようだ。ノブを回し、ケーブルをパッチングし、ひとつずつモジュラーシンセをコントロールする動作も感じ取ることができる。サウンドがひとつのパターンへと落ち着くことは一度もなく、そのような気配を感じさせる要素すら存在しない。De Meyは濃密に創り上げたサウンドの塊を次々と重ね合わせ、身体に直接訴える圧倒的なものを生み出している。

「あらゆるスタイルを気にせずに制作したアルバムだ」とスタジオ内に座ったDe Meyは語る。「基本的にアルバムの収録曲はどれもひとつのサウンドからできている。3、4日かけて縫い合わせたひとつながりのサウンドだと思ってもらいたい。トラック、作品、楽曲。これを何と呼ぶのかは分からないけど、ひとつのサウンドをつなぎ合わせただけのものがどれだけ知覚を刺激するのかを試してみることに興味があった」

日中、サウンドデザイナーとして働くDe Meyは、アナログ、デジタル、そして、その中間に位置する膨大な数の制作手段を利用可能な状況が足枷になると思っていた。かつて彼の楽曲は完結した印象を抱かせることなく、絶え間なく複雑に展開していくものだった。彼は思い浮かんだメロディを忘れてしまう前に形にするため、眠れない夜を過ごすことがあった。そのストレスや、日中の仕事と子育ての合間を縫って制作していた状況により、彼には変化が求められた。より瞬間的なもの、つまり、オーディエンスよりも、まずは自分自身で衝撃を受けるものが彼には必要だったのだ。解決策はシンプルだった。「早い決断。早い作業。考え過ぎないようにして、もっと自分の直感を信じればいい」。現代社会の大部分を構成するおびただしい量の情報から何日もかけて自分の欲しいものを探している人なら、彼の意見に共感できるだろう。

Yves De Mey:

「自分の意識に余裕がある分だけ、より快適に感じられる」とDe Meyは語る。「理屈っぽくなり過ぎたり、考え過ぎたりし始めると、未完成のアイデアがミックスナッツみたいに溜まっていく。そうすると正常な意識状態を保てなくなる。意識をすっきりさせておくんだ。すっきりとね」

『Drawn With Shadow Pens』はテクノ作品というよりも、機械的なサウンドに取り組んだ作品であり、機械仕立てのテクスチャーや電気の細かなきらめきに満ちている。テクノの要素がより顕著に表れているのはDe Meyによるクラブにフォーカスした名義Grey Branchesや、Peter Van HoesenとのプロジェクトSendaiだ。De Meyの作品ではどれも、馴染みのあるリズムが未知なる領域へと這うように展開していく。彼は日本のフェスティバルLabyrinthでの体験を熱っぽく語る。同フェスティバルでは、そうした異端なテクノを提示することが意味を成し、一般的な基準に沿っていなくても問題にならないのだという。しかし、そのような体験をすることは稀だそうだ。

「テクノは音楽の進化的スタイルだと思われているけど、実際はそうではないことが多い。単にみんなの求めるものを与えているだけだ。クラブに行けば、みんなは特定の流れに沿って楽しんで踊る。でも週末にクラブへ行く人の多くは、それほど驚きを求めていないような気がする。そうすると、すごく保守的で、ある意味、とてもアカデミックになる。楽しむためには特定の決まり事に沿わなければならなくなるんだ。もちろん、僕もクラブミュージックを聞いてきたし、僕が好きな音楽の95%はリズミカルなものだ。だから僕が作る音楽にはダンスミュージックからの影響が常に残っていると思う。もしかしたら、僕がやっているこ¥とは、ダンスミュージックの歴史から取り残されてきたものなのかもしれない」

ダンスミュージックのマナーに沿いながら、驚きや興奮をもたらすことを忘れていないアーティストの例として、De MeyはLee GambleやMark Fellなどを挙げる。現在のFellは特にそうだと言えるだろう。彼はSensate Focus名義のもと、探求的で知的興奮に満ちた視点を遊び心のあるダンサブルなリズムに組み合わせながら、ハウスミュージックのクリシェを改めて取り入れている。

De MeyはFellについて次のように語る。「彼は本当にクリエイティブなアーティストとして、自分の音楽の機能性を考えている。でもそれは、これまでを振り返る歴史的視点によるもので、『どうやったらみんなを楽しませられるか？』という実践的視点によるものではない。『自分にとってどんな意味がある？どうやったら自分を楽しませられる？』という視点なんだ。この自分自身を楽しませるという点を『これはどれだけ実験的でやりがいがあるんだ？哲学的にどれだけ自分を進化させられるんだ？』と置き換えてもいい。最終的に、みんながどう思うかを意識するかしないかってことなのかもしれない。たぶん、そうだと思う。オーディエンスや一般的な機能性に関係なく音楽を制作すれば、より素晴らしいアーティストになっていくんだと思う」

De MeyがVan Hoesenと共にSendaiとして制作する音楽の中には、各自のキャリア最高傑作として位置づけられるものがある。それはふたりの意識が真に融合したものであり、細部まで作り込まれた広大なサウンドスケープに対するDe Meyの聴覚と、Van Hoesenによるテクノの勢いが混ぜ合わされたものだ。ふたりが一緒に音楽を作り始めてから約10年になる。同プロジェクトは大量のリリースを重ねてきたわけではないが、ライブセットを毎回変化させたり、De Meyの自宅があるアントワープとVan Hoesenが拠点にするベルリンの間でトラックをやり取りしたりするなど、多忙な活動を続けている。De Mey曰く、2014年にセルフレーベルArchives Intérieuresから発表したSendaiの最新アルバム『A Smaller Divide』以降、ふたりは次の段階に進んでおり、同プロジェクトの根本的要素と今後の可能性について話し合っているのだという。

「Peterと僕の間だけで機能する環境を構築しようと考えているんだ。みんなの望むものとかスタイルとか関係なく僕たちが作業できるリアルな仕組みをね」と彼は説明する。「今は、スタジオで僕らが行っていることをステージ上でも簡単に実現するにはどうすればいいかということを話し合っている段階だ。それと同時に、10年近く作り続けてきた音楽とは違うものをどうやって作っていくのかということも考えている。それによって僕たちの音楽がどのように変化するのか？引き続きエレクトロニックミュージックを作り続けるのか？エレクトロニックミュージックの制作は僕らにとって重要なのか？そもそも音楽制作は僕らにとって重要なのか？そういうことを話し合っている。もしかしたらギターやドラムセットを使うようになるかもしれない、分からないけど。だからすごく楽しくてエキサイティングだし、複雑で色んな要素が含まれているんだ。次の5年間、Sendaiが同じことをやり続けているとは思わない。それは絶対にない」

Sendaiはライブショウやミックスで長い時間をかけることにますますフォーカスするようになっている。彼らがElectronic Explorationsに提供したミックスは3時間に及ぶ他、ライブショウも2時間以上に渡ることが多い。De Mey曰く、長い時間のセットを組むことでふたりの音楽を制作する過程が今まで以上に自由に感じられるのだそうだ。彼はそのハイライトとして、昨年10月にアムステルダムで行われたフェスティバルADEでのセットを挙げる。

「自分の持ち時間が長いと分かっていると、作業工程の強度が劇的に変化する」と彼は語る。「集中する程度が全く違う。少なくとも僕たちにとっては、つぎ込むエネルギーが変わってくる。あのセットは今までで一番楽しかった。突然、自分の演奏している音楽に大きな広がりと余裕が生まれたように感じられたんだ。ライブ中、次の展開をどうするのかということで頭がいっぱいになってしまうのではなく、何が起こっているのかをきちんと聴く時間を持てたのが良かった。シンプルな言い方になってしまうけど、ただ焦らずに自分のペースでプレイした」

この説明は『Drawn With Shadow Pens』にも等しく当てはまるかもしれない。焦らず、ゆっくりと時間をかけることを促す同アルバムは、決まった聞き方を拒絶し、意識を集中することを求めてくる。収録曲は分かりやすい展開を避けていることが多く、何も変化していないように感じられるほどだが、一見、静謐としたサウンドの表面に耳を傾けると、そのサウンドがたくさんの小さな要素から構成されており、人知を超えたレベルで互いにつながり合ってうごめいていることが分かる。

『Drawn With Shadow Pens』の少ない展開と複雑さは、De Meyの優先順位の変化を反映している。若かったときの彼は色んなことに次々と着手し、何に対しても難しく考えないでいることができた。しかし、家族、仕事、生活などを抱える現在の彼は、スタジオで過ごすわずかな時間を大事にしなければならない。相応の集中力とエネルギーを制作中の音楽に費やして、精巧に入り組んだ魅力とダイナミズムの強度を掴み取る術を見出すかどうかは彼次第だ。そして、彼はその作業を非常に得意としている。

Yves De Mey:

彼は次のように語る。「今、僕は43歳なんだけど、クラブミュージックとか、この手のエレクトロニックミュージックではどちらかというと年を取っている方だ。僕の関わるものの中では制作がますます重要になってきていると思う。再びコンポーザーとして活動するために、アーティストとして挑戦することを自分自身に課している。それはオーディエンスのためではなく、自分自身のためにやっているんだ。何て言えばいいかな。年寄りDJとしてではなく、Karlheinz Stockhausenのようにコンポーザーとして死を迎えたい。65歳でUSBスティックを使ってDJをしながらステージ上で心臓発作を起こすようなことにはなりたくない。むしろ、自分が演奏しているか、誰かが僕の音楽を演奏しているコンサートホールで死にたい。それが僕の望むものだ」

しかし、コンポーザーであることとプロデューサーであることは、今日においてどのような違いがあるのだろうか？そもそもコンポーザーであるとはどういうことなのだろうか？

「たぶん、さらに少ない枚数しかレコードが売れなくなるってことじゃないかな」と彼は笑う。「僕の考えるコンポーザーのイメージはとてもはっきりとしているんだ。70歳になったとき、僕は自分のスタジオに座っている。子供は既に家を出ていて僕だけしかいない。そこで僕は誰かに演奏してもらえるような、美しく複雑な作品を考えている。たぶん、コンポーザーというのはそういうものだと思う」