錆びついた金属のように軋むハット。スキップするかのように跳ねるスネア。ディープに響くベースに、雑味たっぷりのザラついたシンセ。肉声の断片や鳥の求愛の歌が時折現れては彩りを添える。Leon Vynehallの音楽は、埃や手垢にまみれながらも魅力が劣化しないレコードのような、なんともアナログで人間味のある輝きを放つ。

イギリスはブライトンのシーンで活動を開始したLeon Vynehallは、2012年にWell Rounded Housing Projectから「Mauve」EPを発表して以来、ManMakeMusic、Aus Music、Royal Oak、Rush Hourといった人気レーベルからシングル／EPをリリースし、着実にキャリアを積んできた。ダンスフロアを着火させるハウス・グルーヴを得意としながらも、彼のトラックには共通して心に訴えかける繊細さや物語性というものがあり、そのソウルフルなサウンドのひとつの集大成となったのが、2014年に3024から届けられた話題作「Music For The Uninvited」であった。

アルバムとして認識されることが多いものの、本人はダブルEP（あるいはミニLP）と呼んでいる同作は、子供のときに母親が車の中でかけていたヒップホップやファンク、エレクトロなどのカセットテープをインスピレーション源として組み立てられており、暖かいシンセ・コードやカセット・ノイズに溢れた楽曲たちは、フロアの人々の身体を動かすと同時に、琴線に触れる力を持っていた。

2016年にRunning Backからリリースされたセカンド・ダブルEP（やはりアルバムと呼ぶのを本人が拒んだ）の「Rojus (Designed to Dance)」は、極楽鳥の求愛ダンスとダンスフロアでの男女の駆け引きに類似性を見出したことから生まれたコンセプチュアルな作品であった。クラブで明かす一晩を音だけで表現することがテーマであったため、よりストレートなダンストラックが揃っているが、絶妙な音の抜き差しや丁寧な展開作りなど、随所で冴えたセンスが光っている。

その少し前にRush Hourからリリースされた「Midnight On Rainbow Road」の12インチ・シングルでは、少し異なるLeonの一面が明かされていた。この曲はGerd Jansonによるコンピレーション『Musik For Autobahns』に提供されたものであり、深夜の高速道路を駆け抜ける爽快感を表現した美しいナンバー。キックドラムを使わないことで、低空飛行を続けるような疾走感を持たせているが、メロディーには感傷的にさせられてしまう哀愁が漂う。明け方のDJセットで使えば、踊りながら涙する人がフロアにいてもおかしくないだろう。

2015年のRed Bull Music Academyのインタビューでは、Leon Vynehallは「自分のことをハウス・ミュージシャンだと思っていない。ただのミュージシャンだと思っているよ」と言っていたが、サンプリングや楽器演奏を組み合わせて生み出される彼のトラックたちは、確かにただDJが人を踊らせるために使うツール以上のニュアンスや深みを持つ。

そしてDJとしても、ハウスに留まらない幅広い選曲で世界各地のフロアを魅了している。XLR8RやFACTに提供したミックスや、今年のEssential Mix of the YearにノミネートされたBBC Radio 1でのプレイ、またはBoiler Roomとのインタビュー／ミックスショウを聴けば、彼がいかにファンクからディスコ、ヒップホップ、ガラージ、レゲエまでを違和感なく繋げる折衷主義的なアプローチが得意かわかるだろう。ちなみに、Ninja Tuneのラジオ番組Solid Steelのために制作したミックスは、自身が作った未発表のヒップホップ・ビートのみで構成されるという驚きの内容であり、この路線でアルバムが出せるほどのクオリティであった。

作品を出すごとにパーソナルな一面を少しずつさらけ出しているLeon Vynehallだが、メディアへの露出を好まず、SNSの更新頻度は低く、ネット上で読めるインタビュー記事は少ない。日本語で読める彼の言葉は皆無である。その事実を変えるべく、風邪をひいてダウンしているところに無理を言ってインタビューを試みたところ、Leon Vynehallに少しだけ心を開いてもらうことに成功した。彼は2017年1月8日、東京Contactへ出演することが決まっている。

Leon Vynehallというのはアーティスト名であり、本名は公表されていません。また、あなたは覆面アーティストではないものの、あまりスポットライトに当たることを好まないようです。それはプライバシーを守ろうという気持ちから来ているのだと思いますか？

プライバシーを守ろうという気持ちではないんだ。もちろん、プライバシーは保ちたいが、どちらかというと、自分のことを語るのが好きじゃないからなんだ。不必要な行為だとすら思うことがある。他の人についてだったり、自分のアイディアについてならいくらでも喋るが、自分自身のことになると、とたんに居心地が悪くなる。自分のアイディアだとか、考えを伝えたり、気持ちを吐き出す上で、音楽はとても特別なツールだと思ってる。かつてDavid Lynchがこのようなことを言っていた。「長い時間をかけて映画を作ったのに、今度は映画について語れと言われる。映画そのものが語りなのに」

ブライトンで行われているAka Aka Roarというパーティーで2010年にDJデビューをしたことが活動のスタートだったそうですね。これはどういったパーティーですか？そのときの様子を教えてください。

最高だったよ。あそこで仕事したこと、DJしたこと、そしてパーティーしたことは僕の人生のなかでも指折りに大切な想い出だ。あそこで大事な友情を築き、かけがえのない経験をした。しかも、最高に楽しい思いをしながらね。Akaは金儲けを目的としたパーティーではないんだ。あの頃、たいていの夜はギリギリ赤字にならないくらいの売り上げだったよ。僕の友人のPaulos、NickとBenがパーティーをスタートしたとき、彼らは毎回、客が600人来るか、または6人しか来ないかわからないままパーティーを開催していた。ただ、大好きなDJをゲストに呼んでイベントをやりたいという気持ちだけでやっていたんだ。あの頃、丁度Hessle AudioやHyperdubといったレーベルがロンドン以外でも人気になり始めていた。James Blakeが初のDJセットをプレイしたのは、月曜の夜、あのパーティーでだったんだ。Mickey PearceがまだShortstuff名義だったときにDJしに来たし、Pearson SoundはまだRamadanmanだったし、Deadboyが“U Cheated”を出したばかりだった。あのときのクラブ・ミュージックは活気があって、新鮮で、新しいアイディアがどんどん生まれていた。僕は良く遊びに行って、それを全て吸収していたんだ。

そういった活動初期のDJではどういったレコードをかけていたのですか？

自分の出番はたいてい早い時間帯のウォーミングアップ・セットか、人が減っていく深い夜の時間帯のどっちかだったから、時間とオーディエンスによって、Daniel Kobialkaの“Blue Spirals”からPlanetary Assault Systemsの“Rip The Cut”まで、色々かけていたよ。そういった時間にDJをやらせてもらうことで色々なプレイの仕方を学んだし、6、7時間以上のロングセットとかは凄く勉強になった。

DJを始めた当初から、自分のトラックを作ろうという気持ちがあったのですか？

自分の音楽をプロデュースすることはDJよりも先にやっていたことなんだ。僕は自分のことをDJよりも第一にミュージシャンだと思っている。DJ活動は、クラブ用に音楽を作るようになったあと、それをどう“パフォーマンス“すればいいかわからなかったから、あるいはパフォーマンスしたくなかったから始めたことだったんだ。それ以前からもバンドで作曲なんかをしていたが、それは共同制作だった。自分の曲を作るようになったのは2010年くらいからだね。

あなたは元々ハードコア系のバンドでドラムなどを演奏していたそうですね。クラブ向けの音楽を作ろうと思ったきっかけは何でした？

15歳くらいのときにギター音楽に飽きたんだ。そのときLCD Soundsystemがデビュー・アルバムを出して、ダンス・パンク・シーンが盛り上がってた。あれは面白かった。それから65daysofstatic、Errorsや¡Forward, Russia!とかレフトフィールドなバンドもどんどんでてきて、凄くハマったんだ。それからApex TwinやFlying Lotusに出会って、Warpの過去作を遡るようになって。ポスト・ダブステップという言葉をよく耳にするようになった頃に、僕もプロデューサーとして活動するようになった。あとは知っての通りさ。

2014年のRAのインタビュー（英語版）で、DJ DongaことAshley Marloweのドラム演奏に衝撃を受けたと言っていましたね。Ashley MarloweはあなたのデビューEPを発表したレーベル、Well Roundedの主宰者でもあります。彼にはどういった影響を受けましたか？

Ashは僕にとってヒーローなんだ。ミュージシャン、テイストメイカー、そしてDJとしての彼の凄さを知らない人は多いが、彼のことを知っている人は皆彼をとてもリスペクトしている。この記事を読んでる人には是非彼について勉強してもらいたい。彼の時代はまだ来ていないと思っているんだ。現在のトップDJたちのラインナップに彼を入れてみてほしい。絶対、他のDJを圧倒するプレイをすると思う。間違いない。僕が彼に受けた影響は、音楽に留まらないんだ。

彼と最初に知り合ったのはブライトンのノース・レーヌでだった。彼のフィアンセが僕の友人と同じジュエリー・ショップで働いていたんだ。そこで彼と知り合って、話をしてみたら、お互い昔Tunbridge Wells Forumによく行っていたという共通点があることを知った。ケントにある小さなヴェニューで、そこで子供のころよくバンドの演奏を見に行ったり、自分でライブをやったりしていた。Ashとはその後も連絡を取り合って、彼のDJを見に行くようになった。あとAshはレコード屋で働いていたから、よく店に行って音楽について教えてもらったんだ。どんなに金に困っていても、店に行ったときには必ず何か買って帰っていたね。彼の音楽の好みはとてつもなく洗練されていて、なおかつ幅広いんだ。毎回、ポスト・パンクのレア曲とか、オブスキュアなミュジーク・コンクレート、あるいは最新のハウス・トラックについて学んだ。そして音楽を作ったり、リリースしたり、DJを始めようとしたとき、Ashはすごく面倒を見てくれたんだ。彼のことを今後も語り続けて、世界の人々にもっと知ってもらおうと思っている。いくら感謝しても足りないぐらい、ありがたい先輩だ。

[註：Leonが読者に見てもらいたいと、Ashley Marloweのドキュメンタリー短編動画を教えてくれた。全編英語だが興味がある方は是非]

彼のWell Roundedというレーベルはブライトンのシーンにとって、そしてあなたにとってどんなレーベルですか？

ブライトンに住んでて、アンダーグラウンド・ダンス・ミュージックが好きだったり、作ってる人だったら、皆Well Roundedを知っているし、たいていファンだ。Ashは当時も今も面白い音楽をリリースしているし、ヴァイナルにプレスするだけの価値がある音楽だと思ったら、無名のアーティストでもリスクを背負って出そうとする人だ。彼のサポートがきっかけでどんどんビッグになっていった人たちはたくさんいる。Deadboy、Hodge、Julio Bashmore、xxxyなんて皆、Well Roundedや関連レーベルから作品を出してから売れたんだ。彼ほど音楽に対してアツイ情熱を持っている人は他に知らないよ。

Leonの音楽の特徴のひとつがドラムの作り込みだと思います。生感のある打ち込み方であったり、ドラム音の処理の仕方であったり。グルーヴを作り込むときの自分なりのルールやポリシーみたいなものはありますか？

パーカッシヴなグルーヴがあるトラックでも、ビートレスな楽曲でも同じなんだけど、僕はグリッドに沿って音を置くようなやり方で作曲はできないんだ。母の影響で、黄金時代のヒップホップとか昔のファンクやソウルを子供の頃にたくさん聴いたことが理由じゃないかと思う。しかしそれ以外では、特にルールみたいなものはないんだ。全て直感任せさ。自分が聴きたいものをただ形にしている。

感情を想起させるメロディーや雰囲気を作ることにも長けていると感じます。それもやはりソウルやファンクを聴いて育ったからでしょうか？

特に意識していることではないんだ。ただ、自分がいいなと思ったことをやっているだけのこと。メロディーは好きだが、あまり深く考えて作り込むことはしないようにしてるんだ。自然にできあがるものってあるし、なぜなのかは謎のままでもいいんじゃないかなって。僕はそれでいいんだ。

2012年以来、制作環境は変わりましたか？

機材をどんどん増やしているから、どんどんと複雑なセットアップになっているとは思うよ。昔と比べたらアウトボード、シンセ、あと変わった楽器が増えてる。あと最近ヴィンテージのアナログ・コンソールを導入したんだ。しかし、ツールは変わっても作曲の仕方は変わってない。曲を作るのは作り手であって、機材じゃない。機材を買うことに夢中になりすぎる人たちって結構いると思うんだ。僕も以前はそうだった。特にスランプに陥ったときはね。新しい機材は、新しいアイディアを育む可能性はあるけれど、結局そのアイディアはミュージシャン本人の中から生まれるものだ。僕は今でもレコードを買ってサンプリングしている。それが何よりも楽しいんだ。

サンプリング・ネタはどうやって見つけることが多いですか？

リサイクル・ショップのレコード売り場や専門店でも掘るし、YouTubeでも自分のスマホの録音でも、テレビからもネタを引っ張ってくる。何を使うかは重要じゃないんだ。もちろん、なるべく音質が良いものを選んでるけど、ネタが良くて、それを使って何かが作れるなら、音質もそんなに重要じゃない。あとで直せるしね。

DJとしては、自分のことをディガーだと思っていますか？誰も持っていないレアなレコードを掘り当てることに喜びを感じますか？それともレコードのレア度はそんなに気にしないほうですか？

レアだから探しに行く、ということはしないかな。もしあまり多くの人が持っていないものだったら、そりゃDJやコレクターとしては武器になることは間違いないけど、でも古くてレアな曲でも聴いた時にまったくなんとも思わない曲だってある。それよりも僕はレコ屋に行って店員と話して、先週出たリリースのオススメを聞くことのほうが楽しい。まずはDongaのところに行く。あと、ロンドンの都心にいるときはPhonicaのNickという人によく会いに行くね。そのレコードが何枚の限定盤なのか、あるいはいくらで取り引きされているのかを執拗に気にする人たちもいるけど、僕は違うんだ。僕にとっては、それを聴いたときにどういう気持ちになるか、それだけさ。

「Music for the Uninvited」のヒットには驚きましたか？また、「Rojus」を制作しているときはそれがプレッシャーになることは無かったですか？

ハウスやテクノ外のメディアやオーディエンスからも良い反応があったのは驚いたよ。予想を上回る多くの人々があの作品を好んでくれて、とても嬉しかった。それは間違いない。しかし2枚目はコンセプトがまったく違う作品だったから、アプローチも全然違った。自分で勝手にちょっとプレッシャーを感じていたのはあったかもしれないけど、考えすぎないようにしたよ。じゃないといつまでたっても完成しないからね。

「Music for the Uninvited」と「Rojus」はアルバムではないとあなたは幾度となく言ってきました。Leonにとって、アルバムとはどういうものですか？

この質問はよくされるんだが、本音を言うと、わからないんだ。なぜそう思うのかはいまいち説明できなんだが、とにかくそれらはアルバムではないと感じたんだ…。

Boiler Roomのインタビューを見るかぎり、どうやらPhilip Glassは憧れの存在のようですね。氏の“Mad Rush”を自分の葬式で流してほしいとも、あなたは違うインタビューで発言していました。Philip Glassのどういうところに憧れますか？

20世紀後半を代表する偉大なる作曲家だと思う。彼はとてつもなく面白い人物だと思うんだ。彼の音楽には本当に感動させられる。彼が謙虚な姿勢で表現するアイディア、哲学、原動力に、彼の曲と同じくらい魅了される。そしてメロディーやリズムを聴けばすぐに彼だとわかる。それは、本当に尊敬することなんだ。映画でもアートでも文学でも音楽でも、その人なりの個性がある人に憧れるんだ。

サウンド面で影響を受けた人としては、Aphex Twin、DJ Shadow、Mr. Scruff、Aimといった名前を過去のインタビューで挙げていましたが、DJで影響を受けた人はいますか？

朝８時にFabricでLevon Vincentを見たときは、衝撃を受けたよ。ロングミックスが素晴らしいし、活気があって、リズミカルで、ちょうどいいくらいの緊迫感があった。フロアの人たちを完全に手玉に取っていた。あと、ロンドンで最初にプレイしたとき、Actressと共演したことがある。彼の選曲には感心させられた。予想を裏切る選曲で客をハラハラさせていた。あと、友人に才能のあるDJがたくさんいるからとても恵まれていると思うよ。彼らと海外に渡ったり共演したりできて光栄だ。

日本人アーティストやDJで好きな人はいますか？

過去40年におけるオルタナティブ・ミュージック史上、最も才能に溢れる日本人と言えば細野晴臣だと思うが、きっと多くの人が同意してくれるんじゃないかな。坂本龍一もそのうちのひとりだと思うね。最近のプロデューサーで言うと、Takuya Matsumotoかな。Meda Furyから出した作品が大好きだ。特に“NY NY”が気に入って、DJするたびに毎回かけていた時期が結構続いたよ。