Matthew Stylesはレコードショップ、ディストリビューター、レーベルの相互関係から音楽そのものの細部に至るまで、誰よりもダンスミュージックに精通している。彼は長い時間をかけてハウス／テクノのトップアーティストのためのミックスダウンやマスタリングなどに付随する細かいディテールが求められる各種作業や、複数のレーベルの運営方法などをマスターしてきた。また、周波数帯やデシベルなどの専門用語も熟知している一方、他の熟練エンジニアとは異なり「音楽を生み出す」苦労も理解し、Ostgut Ton、Running Back、Visionquestなどのレーベルでプロデューサー、リミキサーとしても活動している。そんな彼は、ここ10年ほどレギュラーDJを務めているPanorama Barのホーム、ベルリンで、妻のDinky、2人の幼い息子と共に暮らしている。

その暮らしが営まれている自宅にある子供用のフェンスと音が鳴るおもちゃ類を避けながら向かった先に、Matthew StylesとDinkyのホームスタジオがある。以前2人はテンペルホフにある巨大なターミナルビルの中でスタジオをシェアしており、そのスタジオはクラシックシンセやモダンなシンセ、ドラムマシン、アウトボードなどで埋め尽くされていたが、新しいホームスタジオはより扱いやすいセットアップにダウンサイズされており、Matthew Stylesはここで制作、ミキシング、マスタリングをこなしながら、デイケアセンターを行き来している。トラック制作の気まぐれな性質について敏感でありながらも、エンジニアリングの技術的な難しさと業界で働くことの現実も理解している彼の視点はしっかりと落ち着いている。無駄な幻想を持ち合わせていない彼は、トラックを打ち響かせる “ダークアート” に集中できているのだ。

あなたはダンスミュージック業界を様々な角度から見てきました。

レーベルマネージャーとして初めて関わったレーベルは、Derrick Carterのレーベルだった。当時はBritish Telecom（BT：英国の通信企業）のソフトウェアシステムの仕事をしていたんだけど、もう少しお金が必要だったから、彼らの銀行口座やロイヤリティなどの管理を手伝っていたんだ。150人のアーティストを抱えるレーベルの口座管理を年に2度も行うのは大変だったね。それで、この仕事がきっかけになって、Crosstown Rebels、そしてDamian Lazarusと一緒に仕事をするようになった。Damianは僕がノウハウを持っていることを知っていたから、自分のレーベルで同じ仕事をして欲しかったのさ。

レベールボスの多くはA&Rが上手だし、リリースのスケジュールの組み方も上手い。でも、カタログが10枚程度で収まる2年間はそれだけでやっていけるけど、カタログが50枚、100枚に増えて、アルバムやコンピレーションも抱えるようになると、マネージメントが悪夢になっていく。

今は、Gerd JansenのRunning Backを手伝っているんだ。息子が生まれたあとに始めた。自宅で息子の面倒を見る時間が増えて、スタジオに入る時間が少なくなることを知っていたからね。だから、息子が生まれて数ヶ月後に手伝うようになったのさ。僕にはディストリビューターで働いた経験もあるよ。

この業界の裏方業務に存在する問題は、立場によってそれぞれ考え方が異なるっていう部分だね。全員が違った方向に進みたいと思っているんだ。たとえば、レコードショップで働いていれば、ディストリビューターが毎週電話をよこして、20枚の新作を買ってくれと言ってくる。でも、レコードショップは1週間分の予算をつぎ込める枚数を知っているし、自分の店の顧客がどんなレコードを求めているかも知っている。そして、請求書も支払わなければならない。そのような状況で彼らはレコードを買い取るわけだけど、一度仕入れたら売れなくても仕入れ代はディストリビューターに支払わなければならない。一方、ディストリビューターはなるべく多くの枚数を売りたい。でも、その中の何枚かはどう売るべきなのか理解できていない。なぜなら、自分たちが理解できていない音楽だからさ。そして、今度はレーベルがいる。彼らはプレスしたすべての枚数をすべて売りさばきたいから、「あのレコードやこのレコードは○○枚売れたけど、なんで僕たちのレコードは同じ枚数売れないんだ？」なんて言ってくる。僕はこういう世界を知っている。Beatportで3年間レーベルマネージャーを務めたからね。大変な仕事だよ。あの頃は約1000のレーベルを抱えていた。でも、僕は気がついた。たとえBeatportのフロントページに置いても、たとえRicardo Villalobosのリミックスだったとしても、世間が買いたいと思わない限り売れない作品が多いってことにね。世間はSteve Angelloのレコードが欲しいのさ。Baby FordのトラックよりもSteve Angelloのトラックが欲しい人の方が多いんだよ。

そのような経験をしたことで、業界に過度な期待をしなくなりましたか？　あなたは自分を “アーティスト” と考えているプロデューサーよりもロマンチストではないのでは？

この業界に長く身を置いていれば、ロマンティックな考えを持つのは難しくなるよね。今でも、Daft PunkやMasters At Workのトラック制作の方法について夢見ている18歳の頃の感覚が残っていればなと思う時があるよ。でも、現場の視点を得たことで逆に集中できるようになったと思う。僕は自分がどういう音楽をやりたいのかについて具体的なアイディアを持っているし、マリファナをたっぷりと吸いながらトラックを制作しているわけでもない。昔はトラックを仕上げることができなかったけど、今は自分の頭の中のイメージ通りのビートやベースラインを作り出せるようになっている。

トラックを仕上げることができなかった理由は？

自信が持てていなかったのが大きかったと思う。Dinkyと出会った頃、彼女には「良いトラックなのになんで仕上げないの？」って言われたよ。良い結果が残せそうなジャムセッションやアイディアがあっても「アレンジはどうしたら良いんだろう？　ミキシングはどうしたら良いんだろう？」って思ってしまっていた。でも、今はアレンジさえ上手くいけば、ミックスはほとんど勝手に進んでいく感じだよ。

妻は僕のインスピレーションなんだ。僕たちは同い年だったし、お互いにMPCを使っていた。出会った当時、彼女はニューヨーク、僕はロンドンに住んでいて、彼女はアルバムを制作していたけれど、僕はと言えば、ただビートを作っているだけで、どこにも向かっていなかった。彼女は常に良いアイディアをちゃんと形に仕上げている。だからこそ沢山のアルバムをリリースできているんだよ。

良いミックスを得るためのアレンジの重要性についてもう少し詳しく教えてもらえますか？　パートをミックスに入れるタイミングや、各種要素の展開的、サウンド的な関係性が大事ということですか？

その通り。あとはミックスからパートを削除することも同じくらい重要だよ。たとえば、あるメロディがあって、それを支えるコードを入れようとすると、お互いに邪魔をしてしまうことがあるよね。そういう場合は、そのどちらかを削除すべきなんだ。あとは、少し間を開けるようなちょっとした小技も効果的だ。1/4小節分サウンドを消して、それから展開を付けていくのは非常に効果的だよね。まさに小技なんだけど、こういうちょっとした部分がサウンドや要素の追加・削除の可能性を広げてくれるし、それが大きな変化を生んでいく。ずっと前に、友人が「上達したかったら、より大きなステージに行くために必要なすべてのトリックを学ばないといけない」と言っていたんだけど、僕はこの考え方が好きなんだ。アレンジはどうしても後回しになりがちだけど、実際はかなり面白いよ。AUXチャンネルを立ち上げて、沢山のエフェクトを使ってレコーディングする。そうやってレコーディングしたサウンドをカットすれば、展開を付けるのに使えるサウンドが沢山揃うことになる。

アレンジを学ぶのは良いことだと思うよ。プロデューサーはあまりそこに気を配っていないような感じもあるけど。シンプルなトラックに耳を傾けて、どうやって変化が加えられているかを確認するんだ。昔は･･･　まぁ、今も何人かいると思うけど、プロのアレンジャーがいた。たとえば、Quincy Jonesとかさ。ポップミュージックには、アレンジャー、ミキサー、ソングライターが別々に存在している。エレクトロニック・ミュージックの場合は自分でそれらを学ばなければならない時が多いけど。

スタジオにはテルミンが置いてありますが、制作で使用しているのでしょうか？

Dinkyの方がよく演奏しているよ。でもクールな楽器だよね。スケールさえ見いだせば、それで準備OKだからね。あとはただ演奏すればいいのさ。Eventide H8000を通して演奏すれば、完全に新しいパッドやアトモスフェリックサウンドが得られるよ。僕が最初にH3000で試して、そのあとでDinkyがDSP4000で試して、それからH8000に変えたんだ。H8000用のリモートコントローラ（編注：Eve/Net）もある。これを使う方が簡単なんだけど、基本的にはプログラミングをしないようにしているんだ。とはいえ、数年間モジュラーシンセにのめり込んだけどね。16Uほど持っていたよ。

僕たち夫婦でRoland 606、707、727、808、909を持っていた。これらに共通する素晴らしい機能はトリガーだね。でも、909は高額で取引されているけど、最高のドラムマシンじゃない。キックは角張っているし、ハイハットとクラップは良いと思うけど･･･　他のサウンドもまぁ普通さ。だから909に大金をつぎ込むなら、代わりにE-MU SP1200かAKAI MPC3000を買うね。この2台はもっと柔軟だし、素晴らしい機材だよ。

モジュラーシンセはトラックを補完するために使用していたのでしょうか？　それともモジュラーシンセだけでトラックを制作していたのでしょうか？

それを説明する前に言っておきたいのは、今のスタジオは前のスタジオの1/3ほどのスペースだってことだね。それまではTobias.とスタジオをシェアしていたんだ。

テンペルホフですね？

そうそう。あそこはすべてが揃っている素晴らしいスタジオだった。さっきも言ったRolandのドラムマシン一式、Vermona、Rhodes、Elysiaのコンプレッサー、そしてモジュラーがあった。でも多すぎたんだ。だから、今のスタジオに移る時に沢山の機材を処分したんだけど、気分は最高だね。というのも、隅々まで知り尽くしている機材が数台あるだけだからさ。機材が多すぎれば集中できないのさ。話を戻すけど、モジュラーでは自走するパッチを組むのにのめり込んでいた。自分でパッチを操作することには一切興味がなかった。パッチを組んだ後、勝手にサウンドが変化していく様子を1時間ほどレコーディングしていた。かなり良いパッチが組めていたと思う。でも、同期が問題だった。一度止めてからスタートさせると、完全に違う内容になってしまったんだ。LFOを同期させていて、マスタークロックをクロックディバイダーでリトリガーしてLFOを同期させていたんだけど、なにかおかしくなってしまってさ。Onur Özerと一緒にレコーディングした内容はかなり良かったんだけど、その大半は50秒程度の長さしかない。途中からクロックが乱れてパッチが台無しになってしまったんだ。

モジュラーの世界ではクリシェですよね。多くの時間を注いでパッチを組んで、それをレコーディングしても、結局1曲も仕上がらない･･･。

まぁね。でも、もちろん、使えそうなレコーディングもあるよ。Ricardo（Villalobos）もレコーディングは無駄にはならないって言っているしさ。ちゃんとレコーディングできている限り問題ない。で、話は変わるけど、そのスタジオはTobias、Max Loderbauer、Mathew Jonsonのスタジオと一緒だった。それで僕は2年間そこで過ごしたあと、他人のミックスを担当し始めたんだ。その理由のひとつは彼らから、特にTobias.から、本当に多くのことを学べたからさ。

何を学んだのでしょう？

遠近法でサウンドを聴くことや、様々な技術的な知識だよ。たとえば、スタジオスペースのキャリブレーションのやり方やミックスのセットアップなんかだね。僕はPro Toolsを使っていて、当時もそれなりのサウンドに仕上げることができていたけれど、ミキシングデスク、ハードウェアなど、すべてのキャリブレーションをしたんだ。ラップトップで作業をしている人たちに共通して見られる間違いは、彼らはアナログの音量レベルで作業していないことに気付いていないってことだ。ラップトップではdBではなくてデジタル用のdBFSが使われている。

DAWの0dBは、ミキシングデスクの0dBとは違いますよね。

そうなんだ。DAWの大半では、レベルメーターを見ても何が起きているのかよく分からない。でも、少なくとも、Pro Toolsのレベルメーターは、dBFSがアナログのdBにどれだけ乗せてあるのかが確認できる。僕は自分のシステムをすべてキャリブレーションしたから、今はPro Toolsのオーディオ出力をハードウェアに入力して、それをまたデジタルに戻しても、過入力ではなく、最適なレベルで戻すことができている。マスタリングでない限り、メーターをフルスケールで使うことはないね。ヘッドルームに余裕があるほど、サウンドは良い。もっとオープンな余裕のあるサウンドになる。それに、ミックス前後の違いも少なくなると感じているんだ。

Pro Tools、特にHDシステムについてひとつ言っておきたいのは、これはもうサポート外だからある意味終わってしまった製品だっていうことだね。でも、僕は最新だから、リリースされたばかりだからという理由だけで新しいバージョンに移行する必要はないと思っているんだ。これはちゃんと動くし素晴らしいしね。数多くのヒット作品がこのシステムでミックスされているし、レイテンシーは完全にゼロだ。アウトボードを通しても、パーフェクトに戻ってくる。その代わり、僕は最新のプラグインを見逃しているのかも知れない。でも、それが何になるっていうんだい？　おそらく、インターネット上で「マストアイテム！」とか「このプラグインはあなたの音楽生活を変えます」って謳っているだけだよね。たまに「このUniversal Audioのヴィンテージプラグインは再発された実機よりも良いのかも」なんて思うときもあるけど、手は出さないよ。僕にはこの素晴らしいシステムがあるからラッキーだ。でも、ラップトップしか持っていなかったら、おそらくその流れに乗っていただろうね。あとは、スタジオスペースの鳴りを良くすることも学んだ。どんなシンセサイザーやプラグインよりも制作環境の方が重要だからね。

もうひとつ学んだ重要なことは、音響の重要性をちゃんと考えるってことだね。レベルメーターと組み合わせながらスペースの鳴りをしっかりと意識したことで、僕の作業にはとてもポジティブな影響が生まれたよ。こういう基本を学んだあと、自分のミックスがすごく上手くいくようになった。それで、Tobias.が一緒に仕事をしないかと誘ってくれたんだ。彼はクライアントを抱えすぎていたのさ。それで、僕に仕事を回してくれるようになった。そしてスタジオを出たあと、ある意味独立したんだよ。ここ数年は数多くのミックスを手がけているよ。

受け取るトラックによく見られるミスにはどんなものがありますか？

オーバーレベルだね。本当に多いよ。これが一番目立つミスだね。だから、僕はトラックを受け取ったら、それをインポートして、すべてのレベルを下げる。あとは、サウンドトリートメントがされていない環境で作ったトラックだってこともすぐに分かるね。高域が消えているトラックや、低域が足りないか、もしくは多すぎるトラックは多いよ。30hzから50hzが足りないトラックもよくあるね。この周波数帯域がトラックに丸みを与えてくれるんだ。この周波数帯域を使った、高い倍音を含んだよく動くフィジカルなベースラインは、他の部分とぶつかり過ぎていなければナイトクラブで機能する。バランスの問題だけど、たまにサブベースが足りない時があるね。

僕はサウンドをクリーンにしたいと思う反面、少し汚したいとも思うんだ。ナイトクラブではサチュレーションやディストーションが上手く機能するんだよ。どのDJも酔っ払うとDJミキサーのレベルをレッドに突っ込むようになるけど、あれは歪ませるのが気持ちいいっていうのもあるんだ。「歪んでるじゃないか」って言う人もいるけど、どういうわけか上手く機能するのさ。酔っ払っている時のハイハットのザラッとした感じは気持ち良いからね。

あなたがミックスを手がけているアーティストは経験不足ではありませんし、新人でもありません。それでもなぜ彼らはあなたのような人物にミックスをオファーするのでしょうか？

僕も彼らがオファーしてくれることに驚いているよ。でも、僕もこの前リリースした2枚のEPの制作中に、誰かにミックスをしてもらいたいと思った瞬間があった。細部に囚われすぎて全体を見ることができなくなってしまう時があるんだ。また、ツアーで忙しいアーティストなら、ゆっくりと座って細かい部分に耳を傾ける時間もない。これは良くある話だよね。多くのアーティストが他人にミックスを任せたいと思っているんだよ。

自分ですべてをやらないといけないっていうプレッシャーはダンスミュージック特有のものだ。でも、僕は、コラボレーションは素敵なことだと思っている。B-52’sのレコードのクレジットを見れば、あらゆる作業に色んな人が関わっているのが分かる。アートワーク、デザイン、スタジオ、ミックス、アレンジなんかにね。僕はコラボレーションをした方が何か素晴らしいものを生み出せるチャンスは広がると思っているんだ。ひとりですべてをやらなければならないっていうアイディアについては、もう一度考え直す必要があると思う。2人の子供を持つ父親になって良かった点は、インターネットでそういう不安なアイディアに触れなくて済んでいるってことだ。僕は自分の人生だけに関わって、自分のやりたいようにやればいいんだ。

マスタリングエンジニアとして、制作時のマスタリングについて何かアドバイスを送ることはありますか？

基本的には何も言わないし、やりたいようにやってもらうよ。それが間違っていれば、ちゃんと伝えるけどね。でも、解釈できる余裕は残しておくよ。基本的にエンジニアっていう人間は、トラックがなんとなく形になっているかどうかが判断できる。そのあとでただそれを仕上げていくだけさ。自分で制作したトラックにカットしなければならない帯域がいくつか含まれてしまう時もあるかも知れないけど、制作中にそこを考えすぎてしまうと、迷路に迷い込んでしまう。Ostgutの12インチのマスタリングをしていた時も、どうしたら良いか分からない中低域の周波数があった。成分が多すぎるのかどうか自分では判断できなかったし、どの周波数が問題を起こしているのかも分からなかった。そういう時は、誰かに来てもらって、やってもらう方が良いね。あと、マスタリングエンジニアの中にはリミッターをかけすぎるタイプがいるけど、あれは世間がアグレッシブなサウンドを求めているっていうのも理由のひとつさ。

世間が大音量を求めていることも、最近のトラックに影響を与えていますよね。パーカッションはレイヤーリングやコンプレッションをするべきだという意見も多いですが、あなたはシンプルで優れたシングルサウンドを使う方が好きですか？

キックは良い鳴りを1トラック用意したい。位相の問題もあるし、僕はあまり手を加えないね。位相の問題、特にキックとベースの関係における位相の問題が、僕をレイヤーリングから遠ざけている理由さ。今の僕は、他のレコードからのサンプルだろうと、自分が機材を使って生み出した物であろうと、正しいキックを選択できるようになっている。せいぜいそれをGoldbabyのサンプルに重ねるくらいかな。クラップは別だ。厚みが欲しいと思っても、レイヤーを重ねすぎてしまえば、周波数帯が重なって扱いにくくなってしまう。僕はUrei 1176のようなアウトボードを使ってパラレルプロセッシングをするのが好きなんだ。オリジナルサウンドにコンプレッサーを通したサウンドを薄くミックスするのさ。

ダンスミュージックのトラックは本質的に大きな流れの一部としてプレイされるために存在します。ですので、一定の水準に達していないトラックは悪目立ちをしてしまうか、無視されるかのどちらかです。これもレイヤーリングとアグレッシブなマスタリングが流行している理由のひとつだと思いますか？

そうだね。でも、世間は他のトラックと揃っていない、よりおとなしい形でも音楽を表現できることに気付き始めていると思う。僕も常にトラックを聴きながら「これを潰さないで大きく聴かせる方法はないかな？」と考えているよ。でも、ダンスミュージックのトラックだけを聴いたり、ダンスミュージックだけを自分のミックスの比較対象にしたりすることで、自分の耳の聴き方が固定されてしまう時もある。だから、リミッターがハードにかかっていないタイプの音楽を聴くのは良いことだと思うよ。僕は上手くミックスされている昔の音楽を良く参考にしている。たとえば、Minnie Ripertonを聴けば、自分のトラックがいかに狭くて窮屈なものなのかが分かると思うよ。
 
僕にとっては、そういうレコードを聴くことがダンスミュージックのミックスをする助けになっているんだ。なぜなら、ミックスの可能性が分かるからね。ミックスからキックを抜き出して、1970年代や1980年代のサウンドと比較すれば、まだまだ自分のサウンドにやれることがあることに気付く時は多い。キックの存在感が強すぎて、他のサウンドを消してしまっているんじゃないか、とかね。もちろん、ダンスミュージックは巨大なサウンドシステムで鳴らすためのものけどさ。僕もMinnie RipertonのレコードがFunktion-Oneでどう鳴るかなんて想像できないよ。

レイヤーリングのトピックの中で位相の話が出ましたが、位相の問題はどうやって気付けるのでしょうか？

低域に関しては、隙間がないかを探すんだ。低域の位相を逆にすれば、ひとつのまとまったサウンドか、「芯がなくなった」と感じてしまうサウンドのいずれかになるんだ。スネアのようなサウンドの場合は、位相に問題があれば、いきなりワイドで奇妙な、芯のないサウンドになってしまう。僕はたいていの場合、リズムトラックはモノでミックスするけどね。少なくともキックとスネアはね。

あなたの作品は基本的にタイトでドライですが、アマチュアプロデューサーの作品はウェット過ぎると思いますか？　ウェットなトラックはヘッドフォンで聴く分には気持ち良いですが、スピーカーで鳴らすと不明瞭に聴こえますね。

そうだね。ミックスダウンについては多くの友人からアドバイスを求められる。ラップトップで音楽を制作している人は、やり過ぎてしまう傾向が強い。空間系エフェクトだけじゃなくて、すべての面においてね。幸運なことに僕は素晴らしいアウトボード類を所有しているけど、808のキックのようなサウンドにコンプレッサーをかける必要は一切ない。かけるのはエンベロープを変えたい時だけだよ。実際に聴こえるサウンドのバランスを調整するよりも、頭の中で勝手に作り上げた問題を解決することに夢中になってしまう人が多いよね。

Osugutの作品に関しては、ほとんど何もかけていない。EQは多少いじってあるけど、コンプレッサーはほとんどかけてないよ。「Metro」で何かレイヤーリングをしたかどうかちょっと今見てみるけど（Pro Toolsのプロジェクトをチェックする）･･･　いや、何もしていないね。そのままだ。基本的にはDave Smith ProphetとRoland TR-8だけだよ。でも、パラレルプロセッシングをしている。ドラムをパラレルプロセッシングすれば、レイヤーリングと同じ効果が生まれるんだけど、位相の問題を心配する必要がないんだ。 

そのようなミックスバランスは見つけにくいものだと思います。経験によって見つけられるようになるのでしょうか？　それともしっかりとリスニングすることで見つけられるようになるのでしょうか？

見つけにくいものなんだって割り切るしかないよね。僕だって自分に疑問を感じてしまうことはあるよ。でも、色々と悩まないようにしている。「ちゃんと聴けてるかな？　僕の耳は大丈夫なのかな？」とあれこれ心配するようなメンタルになってしまっては駄目なんだ。とにかく進み続けるしかない。なんとなく正しい方向に進んでいる時に、立ち止まって考えすぎてしまったり、自分の耳を試したり、別のトラックを聴いたりしてしまうと、「もっと良いトラックに仕上げられるんじゃないか？」と考えるようになる。でも、それはただのまやかしの場合が多い。マスタリングから戻ってきたトラックを聴いて、初めて「自分のミックスは悪くなかったんだ」とか気づけるようになるんだ。

他人のトラックのマスタリングに関してはかなり自信を持っているけど、同時に不安も感じている。僕は技術的な部分をすべて知っているわけではないからね。このスタジオの音響もばらつきがある。でも、作業は問題ない。直感に頼っているんだ。あと、僕は他のエンジニアとは違って、月に何回かDJをしているしね。だから、自分がミキシングやマスタリングを担当したトラックを現場で試せる。その中のいくつかが、そのひと晩のベストサウンドで鳴ることもあるよ。