ナイメーエンのことを耳にする機会はあまりないかもしれない。しかし、小規模な街ではあるものの、この場所にはオランダ屈指の良好な音楽シーンが広がっている。アムステルダムのように世界的な注目を集めているわけでもなければ、デンハーグやロッテルダムのように脈々とダンスミュージックの歴史が受け継がれているわけでもないが、ナイメーエンには間違いなく人々を惹きつける”何か”が備わっている。ワール川沿いにある州都アーネムの南隣に位置するナイメーエンはオランダでも特に古い歴史を持つ街だ。15,000人を超える学生が生活しており、街のナイトライフは活況を呈している。数多くのプロモーター、フェスティバル、会場があらゆるテイストの音楽を提供しており、小規模ながらダブステップやディスコ、そして、ドラム&ベースも聞くことができる。”あらゆるテイストの音楽”とは言ったが、唯一欠けているものがある。エレクトロだ。ナイメーエンの外れでFerdi Maksによって2010年から運営されているレーベルShipwrecがメインに扱っているサウンドも、このエレクトロである。

オランダ南部のブレダ出身であるMaksはナイメーエンに住んで8年になる。彼は音楽シーンが目的でこの街に引っ越したわけではなく、当初は全く知り合いがいなかったそうだ。しかし、気の合う仲間を見つけるのにそれほど時間はかからなかったという。今月上旬、Maksと会ってインタビューをしたときには、彼の仲間も数人同席することになった。そのうちのひとりDarko Esserは、ふたつのレーベルWolfskuilとBalansの運営やDJ活動に並行して、15年にわたりDoornroosjeのエレクトロニックミュージック・プログラムを統括している人物だ。70年代から運営の続くDoornroosjeはナイメーエンで最も有名なイベント会場で、多くの人気バンドがこの場所でパフォーマンスを繰り広げてきた。さらに同会場はオランダ最長寿パーティーPlanet Roseの開催場所でもあり、Maksはサウンドエンジニアとして2009年から2015年まで同パーティーに携わっていた。

Esserの他にCamiel Masselinkも同席していた。今回の特集記事にあたってミックスを提供してくれた彼は、Shipwrec傘下のレーベルとして今秋に始動するGalateaからトラックを発表予定だ。さらに、Galateaの運営を手掛けることになっているAlex Jansenもインタビューに参加した。Jansenはナイメーエン拠点のグループARC#のメンバーであり、ShipwrecのメインサブレーベルであるDeep Sound Channelから2013年にデビューを飾っている。かつてShipwrecはレコード店を手掛けており、彼はMaksの補佐役として運営に携わっていた。当時の店は、80年代から操業している音楽総合店Waaghalsの片隅にあった。

そのため、今回の集合場所としてWaaghalsが選ばれたのも納得だった。Maksがインタビューに遅刻していたので、彼を待つ間、筆者は同店の3階にあるエレクトロニックミュージックの売り場を見てみることにした。ロックやメタルの他、ビンテージ・ヴァイナルやCDがフロアの大半を占めており、それに比べるとエレクトロニックミュージックの売り場はかなりこぢんまりとしていた。前述したShipwrecの店舗運営はそれほど長く続かず、約2年で幕を下ろしたそうだが、こうしたことは、現行のダンスミュージックを収めたヴァイナルの需要がナイメーエンに無いという意味なのだろうか？ Maksは次のように答えている。「店を運営して生計を立てるのは単純に無理だったってことさ。それに時間がいくらあっても足りない。自分の時間がすべて取られてしまう。月に1、2回ではあるけどDoornroosjeでも働いていたし、子供もいた。内装やインテリア、大工仕事も自分でやっていたよ」。彼の業務はこれだけではない。さらにここへレーベル運営や、映画の雑用仕事、HerrFer名義でのDJ活動も加わる。

Shipwrecは、「質の高いエレクトロニックミュージック」をヴァイナルでリリースしたいというMaksの欲求から誕生し、とりわけ、彼の好んでいた「奇妙なエレクトロ」にフォーカスしていくことになった。同レーベルはドイツのベテランアーティストMaarten Van Der Vleuten（MVDV）のシングルを皮切りにスタート。Joy Division ”She’s Lost Control”を作り変えたIDMエレクトロに加え、アナログ機材によるトラック2曲（MVDVが以前所属していたApolloやR&Sの路線を受け継いだトラックと、ざらついた漆黒のトラック）が収録された。その後に発表されたのはFunckarmaによる、ぬかるむアブストラクト・ベースミュージックだ。彼もオランダで称賛を集めているレフトフィールド・アーティストであり、そのサウンドはRephlexがDMZのパーティーを発見したかのような、ある意味、異様なものだった。続いて「音の彫刻家」と称されるアーティストJulien Mierによる、泡立つグリッチ音と突発的なブロークンビーツを擁した異質なトラックがリリースされた。同タイトルは当時のレーベルがサポートする音楽の幅広さを示すものとなり、以降、Shipwrecは現在知られているような聞き心地のいい（それでいて特異な）エレクトロやテクノ、そして、アシッドサウンドを扱うようになっていった。

2年目を迎えたShipwrecからはIndividualism、Inofaith、Ard Bit、AstroPoserといった新たな才能たちによるEPがリリースされた。その多くは、Maksの関わっていたPlanet Roseがきっかけとなって生まれたそうだ。一方で、レーベル通算10枚目となるリリースにあたってはオールドスクールなエレクトロがフィーチャーされた。DMX KrewのEd Uptonによる「Cosmic Awakening」がリリースされたのだ。同作をきっかけに生まれた彼とレーベルとの関係は現在に至るまで続いている。Maksがレーベル初のアルバムを依頼したのもUptonだった。そのアルバム『Shape Shifting Shaman』ではDMX Krew名義のもとUptonが繰り出すサイケデリックなディスコアレンジを聞くことができる。もちろん、この名義ならではの冗談めいたサウンドだ。同作以降、シリアスなアルバムも発表され、Ai RecordsのPlant43、シアトルのプロデューサー214、Bunker RecordsのThe ExalticsらがShipwrecのエレクトロ・サウンドの雛形を多方面に拡張していった。

2013年までに相当数のタイトルを含むレーベル・ディスコグラフィーを形成したMaksはDeep Sound Channelを立ち上げ、よりピュアなテクノを発表していくようになった。2016年、このサブレーベルから10枚目のリリースを飾ったのは地元アーティストTom Liemだ。じわじわと哀愁を綴じ込めていくトラックを制作した彼は、同サブレーベルの第一段を発表したARC#のメンバーだった。ARC#には彼の他にAlex Jansen、Steven Siwalett、ESHUのふたり、Ivano Tetelepta、そして、Roger Gerressen（現在はARC#を離脱している）が所属していた。これまでにMilton Bradley、Mike Parker、Dasha Rush、Albert Van Abbeといった高く評価されているテクノアーティストらのEPや、Conforceの別名義Silent Harbourによる濃霧のようなダブテクノ・アルバムがDeep Sound Channelからリリースされている。

Shipwrecから奔放にリリースされる多様なサウンドに対し、Deep Sound Channelの方向性は比較的安定していると言える。同じことは、Shipwrecが「クラブにエレクトロを」届けるためにトラックの機能性を強調したという片面プレスシリーズにも当てはまる。このシリーズではAnthony RotherとDelta Funktionenによる疾走感溢れるダンスチューンがこれまでに発表されており、214によるリリースも控えている。楽曲のプレスされていない面にはシルクスクリーンのアートワークが施され、華麗なコレクターズ・アイテムとしてもDJツールとしても楽しめるという、実にShipwrecらしい試みとなっている。

筆者がナイメーエンを巡った際、MaksはShipwrecのチーフデザイナーであり、Another Dayに携わるYorick De Vriesのところへ連れて行ってくれた。ふたりが出会ったのは、Another Dayの現拠点であり、Shipwrecが発足当初の3年間に事務所を構えていたParaplufabriekだった。この場所は工場用の古い建物で、ナイメーエンの中央駅の隣にある。もともと不法居住されていた建物を共同スペースとして改装し、タトゥー・アーティストやワイン専門家など、ナイメーエンに暮らす様々な住民たちによって管理運営されている。

Shipwrecの島をモチーフにした陽気なロゴをデザインしたのはDe Vriesだ。レーベル発足当初のスリーヴデザイン十数枚を手掛けた彼は、Shipwrecが1年目を終えるタイミングで、1冊の本をレーベルと共同制作している。これは自分のデザインをカタログにするという意味も込めて自ら立ち上げた企画だった。De Vriesは次のように語る。「Shipwrecを特別なものだと思っていた。一緒に頑張って仕事をしてきたと感じていたから、俺も何かやりたくなって、レーベル初期の歴史みたいなものをまとめ上げようと思ったんだ」。その本には、彼のポートフォリオのほとんどを占める奇妙な静物画や模型のアレンジメントに加えて、複雑に入り組んだ実験的タイポグラフィーやお蔵入りになったアイデアなどが掲載された。そこから伝わってくるのは、Shipwrecのシングル盤カバーデザインにDe Vriesが相当な時間と労力を費やしていることだ。ポスターとしても使えるスリーヴやレーザーカットした外装の他、暗闇で発光する塗料が用いられており、卓越したデザインの宝庫とでも言える仕上がりになっている。「こういうのがあるから制作は楽しいんだ。本当に没頭しちゃうよ」とDe Vriesは語る。

それからというもの、レーベルはMehdi Rouchicheのようなデザイナーにもアートワークを依頼するようになった。彼はCrème Organization、Bunker Records、Motorwolfとの仕事で知られるフリーハンド・イラストレーターだ。今年初めにリリースされたUmweltによるEP「State Of Matter」のカバーをデザインしたのも彼である。Ekman、Galaxian、Datassetteなど、アーティストの中には自分でカバーデザインを行う者もいる。「ShipwrecとDeep Sound Channelが大きくなるにつれ、できるだけ多くの人を絡めるようにしている。そうやって自分たちと一緒に制作物や好きなものを提示すれば、みんなのためになるでしょ」とMaksは語る。

Maks曰く、彼は純粋に自分が好む音楽に従ってレーベルの方向性を決めているそうだ。「本当に素晴らしい音楽には、本当に熱狂してしまう。そうそう、ちょうど今それが問題になっているんだ。というのも、素晴らしいデモが多すぎて困っているんだよ」と冗談っぽく説明する彼は、その音源をすべてリリースしたいと考えている。この記事を執筆中、Shipwrecからは今年だけで6枚目となるEPが、そしてDeep Sound Channelからは今年4枚目となるEPがリリースされている。いくつかのレーベルが一生をかけてリリースするタイトルよりも多い数だ。「今年はタイトル数を2倍以上にしたい。多くの音楽が眠ったままになってしまわないようにね」

これは、ハウスミュージックにフォーカスしたもうひとつのサブレーベルGaleteaが今年誕生することになった理由のひとつでもある。Jansenは2年がかりで同サブレーベルのファーストEPの準備を進めてきた。このEPはレーベルサンプラーになる予定で、ナイメーエンのアーティストであるCamiel Masselinkと、まだ大学に通っているという若手二人組に加え、イスタンブールのアーティストふたりをフィーチャーしている。Maksとは異なり、JansenはGaleteaから急いで大量のリリースをしようとしておらず、まず1枚目の様子を見届けたいと考えている。他にもShipwrecは今年の4月からデジタル限定のリリースを拡張している。その狙いは無名アーティストの音楽をリリースする手軽なプラットフォームを提供することだ。既に3枚のアルバムがデジタル限定で発表されている。

一方、Doornroosjeで行われるShipwrecのイベントの計画も進行中だ。Maksは再びEsserとPlanet Roseと手を組み、The Exaltics、Chris Moss Acid、Ralf Gerritse、Bintusなどレーベルを代表するアーティストを迎えたイベントAcid Specialを6月18日に開催する。2014年にDeep Sound ChannelからEP「Ostinati」をリリースしたAlbert Van AbbeがDatasmok名義でパフォーマンスを行う他、地元で非常に人気のあるAcid Junkiesも出演予定となっており、昔ながらのナイメーエンらしいイベントになるとのことだ。しかし、この場所でエレクトロのパーティーは通常どのような扱いを受けているのだろうか？ Esserは次のように語る。「作品という点で言えば、エレクトロシーンはずっと安定しているよ。でも一般的なオーディエンスに向けてエレクトロのパーティーをプロモーションしていくのは難しい。去年、Stingrayを呼んだんだけど、少し時期尚早だった。パーティーには150人くらい来て、楽しんでもらえたけど、もっと多くの人がやってきてくれると俺は思っていたんだ」。このため、6月のイベントはエレクトロがメインであるにも関わらず、アシッドのイベントとして告知されることになった。

どうやら純粋なエレクトロのパーティーが多くの人を惹きつけたことはこれまで無かったようだ。Maksが地元ブレダで同系統のパーティーを開催していたときでさえ、来場者数は100～200人だったという。彼は「この手のパーティーが大きなシーンになったことは一度もない。デンハーグのパーティーも小規模だったし、I-Fは出演したイベントになぜか誰も遊びに来なかったって言っていたよ」と語る。こうした状況にも関わらず、ヴァイナル市場では確実にエレクトロの需要がある。そして、それを活かした運営が行ってきたのがShipwrecなのだ。

筆者はナイメーエンを後にするとき、再びこの場所へ戻ってきたいと思うようになっていた。今回、最も感銘を受けたのは、どんな人同士にも真の仲間意識が感じられたことだ。Maks、Esser、Masselink、そして、Jansenが口を揃えてナイメーエンの特徴だと言っていたのも、この仲間意識だ。この場所でエレクトロニックミュージックに携わろうとする人はジャンルの違いを超えて互いにつながり合うことを知り、小規模ながらも多様性のあるシーンを生み出しているのだ。Jansenの次の言葉をもって本稿を締めくくることにしたい。「数か月間、ベルリンに住んでいたんだ。すごく楽しかったけど、ナイメーエンには・・・、この場所には上手く説明できない”何か”がある。デトロイトのアーティストやベルリンの人は『こういうサウンドは俺たちの街でも流れているよ』って言うかもしれない。でも、ほんの小さなものではあるけど独自の感覚がナイメーエンにはあるんだ」

Shipwrec LOTM mix
The Valley And The MountainからCoco Bryceまで、Camielがお届けするShipwrecサウンド

Download: mix

(right click + save link as)

Filesize: 139.4MB
Length: 58:04

The Valley And The Mountain – Chasing Magnetic Particles
214 – Mind Racer featuring Kenneth Roman
Composite Profuse – 30 Foot Wave (upcoming)
Quadratschultz – Der Rasende Roland (upcoming)
214 – I See What You Did There (upcoming)
Illektrolab – Dreaming Electric (upcoming)
Coco Bryce – Mononom (Mesak Remix) (upcoming)
Ekman – Sharada
Delta Functionen – A New Planet
Lost Trax – Flatliner
The Exaltics – Gone
Versalife – Shine Eye
Jauzas The Shining – Nothingness (upcoming)
FAH – Come Join Us (upcoming)
Galaxian X Stingray313 – Graphene
The Exaltics – No Way Back
Coco Bryce – Dark Dub (FFF Remix) (upcoming)