Gaunson Houseはノースロンドン・トッテナムの工業地帯の裏通りに位置している。かつてこの建物ではレイブが開催されており、RandomerことRohan Walderも若い頃に通っていた。しかし、今は社会事業を目的として再開発され、カフェやスタジオなど、数多くの若い世代向けのクリエイティブな事業が行われている。そして、Walderもここにスタジオを構えながら、湿った雰囲気と有機的なドラムサウンドが特徴のクラブトラックを制作している。ドラムンベースとダブステップをルーツに持つWalderだが、今はよりスローテンポなトラックを手がけるアーティストとなっており、UK産ブロークンサウンズのひとつとしてヨーロッパテクノと同列で語られることが多い。Hemlock、Clone、L.I.E.Sなどからリリースされている豊かな経験とテクニックが発揮されている彼のサウンドは、中毒的な不条理感を打ち出している。

Walderは、インスピレーションが湧き出てくるのを待つのではなく、色々なテクニックを試し、更には音楽制作をしていることさえも忘れることで楽曲制作のアイディアを得ているが、ハードウェアは試すのは時間がかかりすぎると感じているため、サンプルを執拗までに操作することで − これはパラドクスとも言えるが − 結果的にハードウェアジャムよりも有機的なサウンドを生み出すことに成功している。近年のWalderはこのワークフローと共に本領を発揮しており、CloneのBasement SeriesやDekmantelが新しく立ち上げたUFOなどからリリースされる予定の新作群はその特徴的なサウンドによってこれまで以上に数多くのDJセットに組み込まれることになるだろう。 

まずはGaunson Houseについて教えてください。

ここ一帯の工業ビル群は昔からあった。僕はノースロンドン出身だから、以前から出入りしていたよ。もちろん、昔に比べるとかなり変わったけどね。当時はここで開催されていた違法レイブに通っていたんだ。でも最近はスタジオが沢山用意されていて、アーティストの数も多い。ここに移ってくる前は、色々な場所を使って制作をしていたんだ。自分のフラットのキッチンとかね。でも、あそこは制作環境としては酷かったし、9ヶ月で1曲しかできなかった。酷いサウンドだったよ。隣に住んでいた老人はすごく良い人だったんだけど、逆に気が引けてしまって音量を上げることができなかった。

スタジオも借りていた時もあったんだけど、バイブスが感じられない場所だった。窓がないから光は入ってこないし、防音が施されていなかったから、隣のスタジオにいるドラマーのサウンドが丸聞こえだった。丸1日過ごせる場所じゃなかったね。でも、ここはナイスなカフェやソファがあるから、仲間たちがいつもいるんだよ。だから仕事に来ている感じがあるし、以前よりも制作意欲が増しているんだ。

音楽制作を始めた頃の機材について教えてください。

PCとハイファイステレオとギターだったね。最初はギターから始めたんだ。音楽好きの友だちがいて、彼はドラマーだったから昔はよく一緒にジャムをしていた。彼はJoe名義でHessle Audioからリリースしているよ。たしか彼からFruity Loopsを教えてもらったんだと思う。若い頃の僕はプログラミングに興味を持っていて、自分でゲームを作ったりしていたんだけど、特に上手かったわけじゃなかったから、音楽制作をすることにしたんだ。僕はロンドン出身だし、ジャングルやドラムンベースをいつもラジオで聴いていて、こんなに面白い音楽は他にはないぞって思っていたんだ。今でもその気持ちは変わらないね。特に1997年前後と2000年代初期の作品は素晴らしいと思うよ。それでドラムンベースをFruity Loopsで長年作っていたんだ。

音楽制作に関する技術的な知識を持ち合わせていない状況でどうやって制作をスタートしたのでしょう？

最初はドラムパターンを学ぼうとした。かなり難しかったね。初めてゴーストノートの存在を知った時のことを良く憶えているよ。それ以前はスネアのベロシティは全部同じに揃えていて、なんで良い感じに聴こえないんだろうって思っていたんだ。それで、Roni Size & Reprazentの「Centre of the Storm (feat. Zack de la Rocha)」を聴いた時に、ゴーストノートが沢山入っていることに気付いた。「これなんだ？　どうやるんだ？」って思ったよ。当時の僕にとっては大発見だったね。

でも、面白い話で、結局僕はまたギターに戻ることになったんだ。自分が望むようなエレクトロニックサウンドが作れなかったからさ。それで16歳から18歳にかけてはジャズギターにのめり込んだ。でも、それをなんとかエレクトロニック・ミュージックと組み合わせようとして、ランダムで奇妙なサウンドを生み出そうとしていたよ。基本的には今もその頃と同じ感じで色々試しているんだ。時間をかけて学んでいったから、今はそういう実験から良い結果が生み出せるようになっているけどね。 

音楽理論に興味を持ったのはジャズギターがきっかけだったのでしょうか？　“ランダムで奇妙” や “実験” というあなたの言葉は、対位法やコードの転回を意味しているのでしょうか？

対位法は学んでおきたかったよね。僕は「ポップ」と「非西洋音楽」の音楽を学んだんだよ。当時は18歳だったし、自分が得意な科目だけ選んでいたから対位法は選ばなかった。和音とかに興味はあるけど、そういう知識をエレクトロニック・ミュージックに組み込むのはトリッキーだよね。音楽における伝統的なアイディアは、サウンドデザインやコンピュータ・ミュージックとは相容れない部分があるからさ。

そのような音楽における色々な考え方の間に存在するギャップを、あなたはどうやって埋めようとしているのでしょう？

時間がかかるよね。ジャズコードの面白い展開を作るのはすごく時間がかかる。だから、その代わりに『Bitches Brew』からサンプリングしたって良いのさ。コードの構成音をすべて把握して、それをソフトシンセで再現しようとしても、サンプルの特徴になっているぶつかりあう音やスタジオ感は失われてしまう。たとえば、そのレコーディングがされていたスタジオで、誰かが叩いているベルが鍵盤のサウンドにかぶることがある。そういう微妙な部分がオリジナルのサウンドをエキサイティングなものにしているんだ。

サンプリングという “簡単な” 方法ではなく、自分で頑張って演奏して再現すべきだという人がいますが、この意見は創作活動におけるスピードの重要性を考慮していません。

僕だって、自分の中に存在する「自分ですべて作るべきだ」という声といつも戦っているよ。でも、僕の場合はもっとサンプリングをすべきだっていう結論に落ち着くんだ。なぜなら、その方が楽に音楽を作れるからさ。自分のやり方について悩むことが少なくなる。今日、君がこのスタジオに入ってくる前、僕はパンフルートのサウンドをギター用のエフェクターに通して色々試していたんだ。MIDIでそのサウンド用のメロディを組んでエフェクトをいくつか通してみたんだけど、どうもひとつにまとまらなかった。でも、そのサウンドをオーディオファイルとしてサンプリングしたら上手くいった。これは最近始めた制作手法なんだ。もっと前からやっておくべきだったね。

長年に渡り、あなたのトラックの中心には有機的な生ドラムのサウンドが置かれていますが、これらは自分で叩いているのでしょうか？　それともサンプリングなのでしょうか？

自分で叩いたサウンドは使っていないよ。自分で叩くとタイム感が御粗末だからさ。でも、面白いサウンドになる可能性もあるよね。というのも、そういうズレたパフォーマンスを使って色々試せるからさ。でも、面倒くさがりだからやったことはないね。この自分の怠惰な性格が色々な部分に影響を与えていると思う。たとえば、僕はギターを弾いた方がキーボードを弾くよりも速くメロディが作れるから、ギターにはMIDIピックアップを取り付けてある。いつでも制作に使えるようにね。でも、スタジオの逆側に置いてあって遠いから、まず使わない。

「怠惰」なアーティストは正しいアーティストではないと評価されがちです。サンプリングにおいては特にシビアに評価されます。音源をイチから作るよりも、サウンドを加工して文脈づけていく作業の方が重要だと考えていますか？

エレクトロニック・ミュージックはサウンドをどう扱うかだ。だから、サンプリングをしている人が怠惰だと言うつもりはないよ。サンプラーは基本的にはグラニュラーシンセサイザーだっていうことが忘れられているよね。だから、サンプリングと音声合成（シンセシス）は違うという意見について、個人的にはちょっと違和感を感じているんだ。シンセサイザーっていうのは、純粋な波形を合成していくものだけど、たとえば、ウェーブテーブルシンセは既に作られた波形が用意されているし、既にサンプリングされているとも言えるよね。サンプラーによってはFM機能が備わっているものもあるしさ。

僕が自分を怠惰だなって思うのは、作曲の部分だね。僕は自分のやり方をそこまで意識していない。長年同じやり方を続けているから、考えずに作ってしまっているんだ。これがちょっと厄介なんだよね。今週だって、ひとつの楽曲から抜け出せなくなっていたんだ。これはプロデューサーが抱える共通の問題さ。たとえばハッとするような4小節のループが欲しいと思っているのに、ルーティンから抜け出せなくなってしまう。アイディアをちょっと伸ばしてみるよりも、サウンドをパーフェクトに仕上げる方に力を入れてしまうのさ。それで素晴らしいサウンドに仕上がったぞって思う頃には、もうそのトラックに飽きてしまっていて、進化させるチャンスを逃してしまうんだ。

サンプリングの代わりに自分でドラムを叩くとなれば、作業スピードは更に遅くなりますよね。スピードを重要な要素として捉えていますか？

僕にとってはそうだね。スピードも重要だけど、自分のやっていることについて色々考えなくて良い状態でいるというのもすごく重要だ。このふたつは密接に結びついていると思うよ。大半の人はこの状態の時に最高の音楽が作れていると感じているはずさ。あと、僕は自分の作品をちゃんと意識するために、色々とメモも残しているんだ。読み返すのを忘れてしまう時も多いけど、読み返すとかなり役に立つね。

まずは優れたサンプルを手に入れることから始まると思いますが、それをその後でどうシーケンスにしていくのでしょう？

同じ目標に向けて色々な方法を試してみるのが好きなんだ。ループを選んで、オーディオ波形をAbletonに入れ込む。AbletonにはオーディオをスライスしてMIDIシーケンスに変換できるクールな機能がある。パーカッションループをスライスして、スライスごとにプラグインを追加して、しかも、オートメーションもできるんだ。Kontaktでも同じようなことができるから、今週はAbletonじゃなくてKontaktを使ってスライスして、いつも通りのやり方で制作してみた。結果はかなり違うね。Kontaktのタイムストレッチのアルゴリズムは優秀だし、フォルマントをクレイジーに変化させることができる。これまで聴いたことがなかったサウンドだったね。スライスしたパーカションにオートメーションを書き込めるのは最高さ。

あなたにとってはインスピレーションではなく、そのようなテクニカルなプロセスの方が重要なのでしょうか？

ディスプレイの前に座って「曲を作るぞ」って意気込んで取り組むと大抵失敗に終わるんだ。でも、新しいテクニックを特定のプロセスを踏んで試していくやり方だと曲が作れる。プラグインを特定の使い方をしたり、エフェクターを通したり、その方法は何でも構わない。さっき説明した手法は発見したばかりなんだけど、曲が作れないって悩むことがなくなった。今はパーカッションループを使ってそこからベースラインを作ったりするのを楽しんでいるんだ。EQやリミッターを使って、サブベースの成分だけを取り出すのさ。オリジナルの音源はただのドラムサウンドだけど、そこからランダムで非音楽的なリズムのベースを手に入れることができるんだよ。 

サンプルソースにはサンプルパック、アナログレコード、YouTubeのどれを使っているのでしょうか？

そのすべてを使っているよ。サンプルCDだったり、YouTubeだったり、レコードだったり色々さ。自分のテイストに合うサウンドを選んでいるだけだね。僕が使っているサンプルはそこまでユニークなものじゃないよ。自分が好きな特徴が備わっていれば使うってだけの話だし、そういう特徴が備わっていないサンプルでも、今はそのサンプルを自分の好きなサウンドに変えられるだけの力が僕には備わっている。ゴールを定めてサウンドをエディットしているわけじゃないし、どうなるか見えない中で作業をしているけど、大抵の場合は、サンプルやループをチョップして、そのピッチを変化させるっていう方法で進めているね。

2008年から2010年頃のあなたの音楽はダブステップやドラムンベースに近いものでしたが、当時は今とは違うアプローチで音楽制作をしていたのでしょうか？

今とはソフトウェアが違うけど、それが違いになっているとは思わない。あの頃と同じやり方で音楽を作っているし、単純に好みが変わっただけさ。興味がある音楽しか作れないからね。当時は違ったサウンドとバイブスを取り入れた色々な音楽を作っていたと思う。今でも色んなタイプの音楽を作っているけど、方向性が似た音楽がリリースされているって話さ。

BPMが速い、より複雑な音楽を作っていた数年前の方が制作に時間をかけていましたか？

音楽制作を始めた当初は時間がかかっていたよ。テクニックがなかったからね。でも、BPM170だから作業に時間がかかるわけじゃない。4つ打ち的な、BPMを遅くしたトラックの制作を始めた当時も時間がかかった。そのフォーマットに慣れていなかったからさ。速いテンポのトラックを作る時のクセが遅いテンポのトラックには上手く適用できなかった。自分で満足できるトラックが作れるようになるまでは数ヶ月かかったよ。あとはテンポを変えた頃にCubaseからAbletonに乗り換えたことも時間がかかってしまった要因のひとつだったね。

方向性の変化についてですが、好みの変化の以外にも理由はありましたか？

いや、単純に好みの変化だった。2011年にUntoldに「Obtuse」ってトラックを送ったんだけど、さっきも言ったようにJoeのことを知っていたから、彼がHessle Audioからリリースした後、Hessle Audioのみんなと面識を持つようになったんだ。それでUntoldと出会ったのさ。当時はFWD>>でトラックを交換し合うグループがあって、それがきっかけで「Obtuse」をUntoldに渡した。このトラックは初めて制作したスローなトラックのひとつで、奇妙でジャジーで、メロディは無調でまとまりもなかった。Untoldは気に入ってくれたんだけどね。でも、彼がクラブでプレイするとフロアの反応はいまいちだったんだ。それで、彼がひとつアドバイスをしてくれたんだ。「もっと馬鹿になる必要があるね」って言われたんだよ。これがすごく心に残った。僕は5年前からDJを始めたばかりだし、当時はDJの視点が分かってなかったんだ。でも、これってダンスミュージックの制作にはすごく重要なポイントだよね。当時はクレイジーで複雑なビートに拘りを持っていたし、自分的には十分に踊れると思ってたんだけど、フロアには伝わってないってことを分かっていなかったんだ。Aphex Twinを聴きすぎていたのかもしれないな。

アドバイスをもらった時は素直に有り難いと思えたのでしょうか？　それとも落ち込みましたか？

彼からそのアドバイスをメールでもらったあと、「よし、彼のために最高のバージョンを作って送るぞ。彼が求めているものになるはずだから必ずサインしてくれるはずだ」って思ったんだ。でも、なにしろ自分のスタイルに拘っていたから、結果的にもっと複雑なトラックになってしまった。彼のアドバイスは時間と共に自分の中に徐々に染みこんでいったって感じだね。誰もが好きになるようなシンプルで強烈なトラックを作りたかったんだけど、それまでのやり方が正しいと思っている自分と戦う必要があったんだ。

今はその「馬鹿な部分」が力を発揮しているようですね。

複雑なトラックは今も作っているよ。リリースされる数が少ないってだけさ。最近は、フロアにクールだと思ってもらえるようなシンプルなトラックの中に自分が好きな複雑な感じを組み込む方法を見つけることができたと思う。落としどころを見つけたんだ。最近の僕の音楽は明確なメロディが少なくなってきている。メロディは好きだけど、昔より選り好みしているし、今後はメロディよりもドラムサウンドを重視するようになると思うよ。

言ってしまえば、ドラムが良ければメロディ要素は必要ないと。

それでも何かしらのフックは必要だけどね。フックさえあればOKって思っているから、僕はメロディにパッドを足さないのかもね。最近、ギターを使ってテクノのリズムに合わせた長尺のメロディを作ろうとしたんだけど、どういうわけかチージーに聴こえてしまった。まぁ、チージーじゃないメロディの作り方を知らないだけかも知れないけど。

「Juju」のメロディは面白いですよね。

確かに。でも、あの曲のスケールは憶えてないな。マイナー3rdかフラット2ndだったと思う。あれは、サンプルからMIDIデータに変える代わりに、Abletonの内蔵シーケンサーを使って書いたメロディだね。最近はスタジオテクニックじゃなくて、メロディや和音のバリエーションをどんどん使っていこうって考えているんだ。そういう伝統的な手法でメロディを書く場合は、かなり沢山の変化をつけてメロディを面白くする必要があるから、チャレンジなんだよ。スタジオテクニックを使うと、バリエーションが少なくてもベーシックなメロディでも割と面白いものが作れてしまうんだ。

サンプルはワンショットとロングループのどちらが好みですか？

ロングループをワンショットとして使う時があるよ。連続で鳴らして、テール同士が重なるように使うんだ。異なったピッチが重なると、クールでランダムなリズムになる。それをループさせれば予想外のグルーヴを生み出せるから、クールなんだ。9拍子と7拍子のクロスパターンになったり、4拍子に5拍子が入り込んだりするんだよ。

サンプリングはスピードとピッチの関係を色々と試すには最適ですよね。

そうだね。僕もそこが気に入っているよ。あとは異なるピッチを同時に鳴らすのも面白いね。たとえば、Abletonのサンプラーにボンゴのループを入れてコードを弾くと、同じサンプルが違うスピードで再生される。

同じサンプルが重なると。

そうなんだ。どういうわけかすごく有機的なサウンドになるんだ。

最近のあなたのサウンドは以前よりもサチュレーションを重視しています。ひとつのサウンドに対してサチュレーションをかけるのか、グループに対してサチュレーションをかけるのか、どちらでしょう？　恐らく両方かとは思いますが。

両方だね。Big MuffとBoss Blues Driverをよく使っているよ。2台ずつ繋いでステレオにして、DAWのバス2チャンネルに立ち上げてあるんだ。だからグループでも個別のサウンドも扱えるようになっているんだけど、2ミックスを外部のエフェクトに通せるようにもしてあるんだ。Russian Torrent Versionsの「Crack Lung」の2ミックスはFenderのギターアンプを通した。スピーカーをバイパスして、ダイレクトに繋いだんだけど、初心者向けの真空管モデルでも素晴らしいサウンドになるんだ。低域がしっかりしているから、高域を落ち着かせてくれるんだ。Dillinjaのサウンドを思い出したよ。僕は嫌味がない感じでサウンドを汚す方法を常に探しているんだ。歪んだサウンドは耳が疲れるから、かなりのハードワークになる時が多いね。エフェクターを通して汚した部分もありながら、ソフトウェアで整えた部分もあるようなバランスの取れたサウンドを作ろうとしているんだ。

あなたが持っている数少ないハードウェアのひとつがKorg MS20ですが、これにサンプルを通すこともありますか？

正直に言うとあまり使ってないんだけど、使う時はエフェクターとして使っている。シンセサイザーとして使ったのは1度だけだね。僕には作業が厄介過ぎるんだ。ノブを色々変えても、Undoで戻せないからね。面白い話なんだけど、特定のトラックについてどんなハードウェアを使ったのかって訊かれる時が良くあるんだけど、大抵の場合はそのトラックはハードウェアを一切使っていないんだよ。

最近のプロデューサーたちはトラックに存在感を与えるためにはサチュレーションが重要だと考えていますが、同時にサウンドの分離を良くする必要もあると良く口にしています。各サウンドの分離をよくしながら、温かくまとまりのあるサウンドを生み出すためにどんな工夫をしていますか？

僕は分離させることは避けているんだ。冷たいサウンドに仕上がってしまうからね。当然EQで処理はするけど、そこまで多用してない。

自分の音楽にはマイナスになるという理由で避けている一般的なテクニックは他にもありますか？ 

音楽制作を始めた頃に『The Gird』というドラムンベースのフォーラムを良く参考にしていたんだけど、間違った情報が沢山載っていたから、今振り返ると笑っちゃうね。自分の求めているサウンドを手に入れるための方法は本当に数多く存在するけど、そのフォーラムでは多くの人たちが「これをやるべきだ」と限定していたんだ。帯域別のコンプレッションなどをそこから学んだけど、たいして気にする必要がないことまで吸収していたね。

「EQで帯域を足すのは間違い。削るだけ」なんて言われていたけれど、信じられないよね？　そんなことあるわけないよ。僕の場合は削るよりも足す場合が多い。あとは、「低域じゃないサウンドはすべてハイパスフィルターを通すべき」っていうアドバイスもあった。ハイハットかクラップの200hz以下が重要になってくる時もあるのにね。このアドバイスは、ハイハットやクラップが低域にかぶらなければ、ベースなどの低域のサウンドがラウドに聴こえるってことが言いたいんだろうけど、ハイハットの低域がベースを際立たせる時もあるんだよ。要するに、これは当たり前のことだけど、自分のサウンドをちゃんと聴くべきだね。キックのEQについての解説図を見かけた時もあったね。「キックの芯を太くするためには1kHz周辺に山（EQのカーブ）を作る」なんてことが書いてあったけど、実際に真似てみてもまったく上手くいかなかったから不思議に思ったのを憶えているよ。ミュージック・テクノロジーを教えている人はこういう解説図を使うべきじゃないね。

Untoldの話の中で、フロアに通用するトラックを作るまではかなりの時間がかかったと言っていましたが、「フロアに通用する」というのはダンスミュージックのプロデューサーを目指す多くの人たちのテーマですよね。もちろん、様々な方法があると思いますが、それが掴めるようになった転機はありましたか？

ようやく去年から自分の頭の中で鳴っているサウンドを形にできると思えるようになったんだ。それまではあくまで「近似値」だった。ガツンと鳴らすための方法は少し前から掴んでいるんだけど、他の方法を今でも模索しているんだ。前にも話した通り、ゴールへ辿り着く方法はできるだけ多く知っておいた方が良い。僕から何かアドバイスがあるとすれば、リミッターを使うってことかな。

これもフォーラムなどでは「やってはダメ」と言われる時が多いですよね。

僕もその経験はあるよ。でも、僕は全部にリミッターをかける。しかも、使うリミッターは1台じゃないんだ。Rolandのタンバリンのサウンドからキックを作り出そうとする時もあるんだ。そういう場合は5台のリミッターを使う。リミッターをかけてEQで処理したサウンドにまたリミッターをかけてEQで処理していくって感じさ。リミッターの挙動は入力するサウンドの周波数帯に合わせて変化していくからね。

ガツンと鳴らすためのベストアドバイスは、リミッターとサチュレーションでドラムを歪ませつつ、そのアタック部分を個別に取り出すことだね。リミッターやサチュレーションを通すとサウンドのトランジェントがどんどん失われていくから、アタック成分を失わないようにする必要がある。これには色々な方法があるよ。パラレルコンプレッションもそのひとつだね。FWサウンドをトランジェントの代わりにしているテクニックオタクのドラムンベースプロデューサーたちもいるよ。歪ませてダイナミクスが失われたドラムサウンドのトランジェントにパンチがあるFMサウンドを当てはめていくんだ。

音楽制作を始めた頃にもっと有益な情報が沢山あれば良かったのにと思う時はありますか？

僕が始めた頃は一切情報がなかったから、ドラムトラックを重ねるとか、そういう比較的シンプルなテクニックさえも何年もかけて学んでいった。今は必要以上に沢山のヒントが転がってるよね。「ベストな方法はこれ」みたいな言い方を好む風潮があると思う。でも、ひとつ言えるのは、ひとつの結果を出すためには何百通りもやり方があるってことだよ。コンピュータなら尚更だね。