Peder Mannerfeltと筆者は松並木と薄い黄色の住宅が立ち並ぶ不気味に静かな郊外を歩きながら、ストックホルム南部にある彼のスタジオに向かった。我々が辿り着いたのは再開発の兆しが見える荒廃した工業地域で、オーガニック食品を扱うスーパーマーケット群がさびれた工場跡地の中で好位置を奪い合っている。Mannerfeltは筆者に複数の部屋が存在するスタジオをひと通り見せた後、このエリアも世界各国の似たようなエリアと同じで、サブカルチャーとして栄えた日々を流用しようとするデベロッパーたちに狙われていることを認めた。Mannerfeltはこのスタジオに10年間留まりながら、このエリアと同じく最近変化を遂げている自身のサウンドを磨き続けてきた。2012年にEmptysetのPaul PurgasがMannerfeltの未完成のデモを聴き、そのままでリリースするように説得したあと、スウェーデン出身のこのアーティストは一気に多作時代へと突入した。Mannerfeltは細かい技術的な部分に振り回されるのを止め、自分に対する疑念を打ち払うことに成功すると、どれも素晴らしいが大きく内容が異なる3枚のアルバムをリリース（その最新作が『Controlling Body』）。これらのアルバム群はパワフルでミニマルなエレクトロニック・ミュージックに深く根差しているが、天賦の才を備えたMannerfeltは、他のアーティストたちの画一的なダークなサウンドとは一味違う色彩を加えることに成功している。

ソロワークが新たなピークを迎えつつある中、Mannerfeltはエンジニア、プロデューサー、プレイヤーとしてバンド活動にも長く携わっており、かつてはRoll The Diceに所属していた他、Murlyn Studiosに務めていた経験も持つ。MannerfeltはこのスタジオでUSの音楽産業がスウェーデンのポッププロデューサーたちを重用する様子をつぶさに観察してきた（ちなみに、彼はBritney Spearsの「Toxic」にクレジットされている）。また、エンジニア兼プロデューサーとしてFever RayとBlonde Redheadの作品にも関わってきた彼は、そのダンスミュージックへの拘りをJoy OrbisonとWill Bankheadが運営するHinge Fingerからの12インチとしても表現する予定だ。Mannerfeltは技術とクリエイティブを人が羨むほど見事に組み合わせているが、直観や勢いは知識や技術を上回るという信念を持っており、その経験則を捨てようと努力している。彼がこの冷静な視点を得るまでは長い時間がかかったが、その甲斐はあった。

いつここに移ったのでしょう？

2006年の夏だから、今から10年前だね。当時は空き家状態のウェアハウスだったから、スタジオとしてリフォームしたんだ。このエリアはストックホルム市内ではあまり評判が良くないんだけど、最近は開発が急速に進んでいる。1990年代はレイブが盛んに開催されていたエリアなんだけど、古い建物が壊され、その跡地にアパートが建てられているよ。

よくある話ですね。

そうだね。個性も歴史もあるエリアだったのに、ありきたりなエリアに姿を変えつつあるのはちょっと寂しいけど、ストックホルムは住宅不足だからね。そういうことさ。

ストックホルムでスタジオを持つのはかなりお金がかかるのではないですか？

ストックホルムに住むこと自体、お金がかかるし、結局は適正価格の物件を見つけられるかどうかの問題だよね。

若い頃はバンドをやっていて、それから今のような個人制作へと移行したのでしょうか？

そうだよ。若い頃はバンドにいて、そこのドラマーがPro Toolsを持っていたんだ。それで高校時代からいじり始めたんだけど、高校卒業後は兵役に就かなければならなかった。今はもうその制度はないけど、当時は多くの人たちがそうしなければならなかった。だから僕も海軍で1年間軍人生活を送ったんだ。僕の人生の中で、あれほど退屈で無意味な時間はなかったね。退役後はヒット曲を生み出していることで有名な音楽制作スタジオ、Murlyn Studiosのインターンとして働き始めた。雑用係さ。

そのスタジオはメジャーレーベルがクライアントだったのでしょうか？

Britney Spearsなんかを扱っていたよ。

Britney Spearsの曲にあなたの名前がクレジットされているという話を聞きましたが？

誰かが深夜までDATテープをダビングしなければならなかった。それで「僕がやるから、クレジットしてくれよ」って言ったのさ。

面白いトリビアですね。

曲が仕上がっていくのを見るのは楽しかったよ。Bloodshy & Avantがプロデューサーだったんだけど、彼らが「Toxic」のようなトラックを制作したり、ストリングスをレコーディングしたりする間、僕は雑用係としてセットアップなんかを担当していたんだ。

なぜUSのメジャーレーベルはスウェーデンのプロデューサーを多用していたのでしょう？

スウェーデン人は音楽に関してそこまで「革新的」ではないんだ。Klara Lewisは別だけどね。でも、僕たちはパーフェクトに仕上げることが得意なんだよ。もちろん、USのメジャーレーベルとの政治関係も深く関わっているし、彼らの操り人形になっている人たちが多いっていうのもあるけど、締め切りはちゃんと守るし、人件費もかからない。USの音楽産業はとにかく巨大だから、ひとつのプロジェクトに15人のエンジニアが関わるけど、僕たちに頼めばひとりで済むのさ。

スタジオで学んだことで強く印象に残っているものはありますか？

ヴォーカルのコンピング（複数のテイクから良い部分を抜き出してつなぎ合わせること）は素晴らしいと思ったね。スタジオではまずヴォーカルを40テイク録って、すべてを精査する。そのあとで使えるフレーズを組み合わせて仕上げていくんだ。僕は彼らがそうやってフレーズを並べていく作業を傍から眺めていた。ほとんど変わらない大量のフレーズを波形に振り回されることなく聴き分けていくのはある意味特殊な能力だと思う。

音楽制作よりもエンジニアリングの技術を重視していた時期はありますか？　それとも常にそのふたつのバランスを取っていたのでしょうか？

技術は目的を達成するための手段っていう位置づけだった。僕は長年エレクトロニック・ミュージックの制作方法を学びたいと思っていたけど、どうすれば良いのかが分からなかった。僕の仲間はみんなギターを弾いていたし、メタルやパンクが好きだったからね。

エレクトロニック・ミュージックの制作に必要な情報はどうやって集めたのでしょう？

かなり苦労したよ。15年前は情報がほとんどなかったからね。ミュージックショップへ行って、「Logicの使い方を教えて欲しいんだけど」なんて言えるような時代じゃなかったからさ。

今はむしろ逆ですよね。プロデューサーたちが情報過多でまひ状態になってしまうことも良くあります。

おかしな話だよね。特に意識して考えたことはなかったけど、今はそれが一般的な問題になっているみたいだ。違う世代の人たちは僕たちとは完全に異なる方法で情報を入手していて、それが彼らの音楽制作に影響を与えている。今の人たちは制作をスタートさせる前に、パーフェクトなキックを生み出すことに四苦八苦しているよね。Abletonで働いているスタッフでさえ、これは由々しき問題だと感じているんだ。でも、これは男性ならではの問題なのかも知れない。男性はあらゆる技術を学んで、実際に制作を始める前に準備万端にしておきたいって考えがちだ。女性の方が音楽ありきで考えているのかも知れないな。

あなたにも同じ経験がありますか？

5年前からようやく技術的な部分を意識しなくなったんだ。若い頃はとにかく技術を身に付けたいと思っていたし、苛立ちを感じていた。

苛立ちを感じていた理由は？

疑念だね。自分に自信が持てなかった。自信が持てないとトラックを完成まで持っていけなくなるし、「新しいコンバータを買って、96kHzでレコーディングしないとダメだ」って思うようになる。でも、最後には「構うもんか。YouTubeからサンプルを頂戴してメインフックにしてやろう」って思うようになった。この考え方も最近のクリシェと言えるけど、パーフェクトに仕上げることよりも音楽そのものに主眼が置かれているよね。Fruity Loopsでトラックを制作しているUKのプロデューサーたちを見てごらんよ。彼らは無料のサンプルパックを使っているのに、彼らがネタバレしない限り、僕たちがそれに気づくことはない。その方法で素晴らしいサウンドを生み出しているんだ。テクノが生まれた経緯もそうだよね。オリジネイターたちは安価のドラムマシンを見つけて、何も考えずにそれでトラックを制作していたんだ。最近のプロデューサーたちは、707をカセットテープにレコーディングしていた当時のバイブスをとにかく完ぺきな形で手に入れようと四苦八苦しているのさ。

ビッグスタジオを去ったあとは？

自宅で色々試しながら音楽制作を続けていたけど、どれもただの試行錯誤に過ぎなかったし、酷い内容だった。その頃に、Henrik Von Siversと出会ったんだ。僕たちはもっと音楽制作を学びたいと思っていた。彼は僕ほど技術的な知識は持ち合わせていなかったけど、作曲家としては優秀だったから、色々と意見交換をしたし、やがてDJも一緒にやるようになった。それで、10年前に2人でスタジオを建てたのさ。どういうわけか、Henrikと一緒にいると自分の音楽に自信が持てた。そのあと、僕たちは音楽的に別々の道を歩むことにして、HenrikはUSへ渡った。僕はその頃からずっとテクノを作ろうとしていたんだけど、素材をどんどん重ねてしまっていたから、どのトラックも音数が多過ぎて落ち着きがなかったんだけど、EmptysetのPaul Purgasに僕のトラックを聴かせることになったんだ。それで、僕の中ではイントロに過ぎなかった未完成のトラックを聴かせると、彼に「ちょっと待てよ。これってもう完成しているじゃないか」と言われたのさ。それで、そのデモを大量に持ち帰った彼から「リリースしないか？」って言われたんだ。僕の中ではただのジャムセッション程度にしか思っていなかったトラックだったから、リリースのオファーはちょっとクレイジーに思えたね。

Emptysetはセンドやコンプレッサーを使ったフィードバックループを得意としていますが、そこに影響を受けましたか？

彼らのトレードマークだよね。あのテクニックは僕も頂戴したよ。ミキシングデスクのセンドを駆使するとかなり奇妙なサウンドが生み出せるんだ。

このミキシングデスクで行っているのでしょうか？

これは1980年代のノルウェー製の放送用ミキシングデスクなんだ。Tore Seemという名前で、スウェーデンのラジオ局で多用されていた。プリアンプのパンチ力は素晴らしいものがあるよ。

Paul Purgeはあなたの制作方法をどのように変えたのでしょう？

大きく変えたよ。自分のEPがリリースされて、他人が僕の音楽を楽しんでいることを初めて理解できたし、「こういうトラックなら1日に20曲は作れるぞ」って思うことができた。なにしろ、何も考えずに作っていたトラック群だったからね。技術的な部分は一切忘れて、ひたすらレコーディングしただけだった。昔は15分ほどの長尺のトラックを作ろうとしていたけど、ヴォーカルのコンピングを思い出して、そういう長尺のアイディアをもっと簡単なものにエディットしていくようになった。音数を削り落として、尺を短くする－これが今の僕の制作方法さ。

2012年に入ると、『The Swedish Congo Record』に元になるトラック群の制作をスタートさせた。これらが僕の最近の作品に繋がっていった。元々は1週間から2週間程度で終わらせるちょっとしたプロジェクトとしてスタートさせたんだ。

『The Swedish Congo Record』は、コンゴ中央州の古いSPレコードを自分なりに作り直そうとした、ある種の習作だったわけですが、何を学ぼうとしていたのでしょう？

まずはリズムパターンだね。こういうレコードは沢山持っているんだけど、音質が一番粗かったし、何回も聴いているうちに、数多くのニュアンスが含まれていることにも気付けたからこのレコードを選んだんだ。

欧米のアーティストの多くは、サハラ以南のアフリカのリズムパターンの再現にアルゴリズムを用いています。

僕はあらゆる方法を試した。確かにユークリッド幾何学はトラックらしいサウンドを作り出せるけど、フレームとして他の音楽の上に重ねることはできない。他の音楽、つまりアフリカ土着の民族音楽に当てはめることはできないんだ。土着の民族音楽っていうのは、生活と文化の一部として演奏される。彼らにとって極めて自然な行為なんだ。こういう音楽を面白くしているのは人間的な部分であって、数学じゃないのさ。

あなたは『The Swedish Congo Record』が正当な批判をほとんど受けなかったことに驚いたと発言していましたが、確かに批判の対象になりやすい作品ですよね。

そうだよ。だからリリースするのを躊躇していたんだ。批判されると思っていたし、議論ももっと盛り上がって欲しかった。今でも、これがただの盗作なのか、それとは違うものなのか、僕には判断ができない。極論を言ってしまえば、これは北ヨーロッパの裕福な白人青年が既存の音楽を盗んで、自分の名前をつけてリリースしたものだ。でも、僕はサンプリングをする代わりに、イチから自分で作って再現しようとしたんだ。ある意味、再現はできなかったけど、逆に言えば、だからこそ独自の作品になったと感じている。いずれにせよ、この作品についてはオープンに議論を重ねるのがベストだと思う。僕は白黒はっきりつけようとするタイプじゃないし、ネット上だとそういう極端な発言は更に控えるタイプだけど、僕たちが前に進むためには、このような議題についてちゃんと話し合う必要があると思う。

昔はテクノを作ろうとすると音数が多過ぎて落ち着きがないトラックになってしまったと発言していましたが、音数が少ない、ストリップダウンされたトラックを作るのは非常に難しいと思います。自信があれば実現可能ということなのでしょうか？

そうだと思うよ。たとえば、初期シカゴハウスには自信が溢れ出ているよね。もちろん、まだ世界を知らない若者が作っていたというのがその理由のひとつなのかもしれないけどさ。一方で、ある程度の時間を費やさなければ何かに秀でることはできないという考え方がある。実際、僕もかなりの時間を費やしてきた。でも、 “最初の1時間” もそのような努力と同様にパワフルなものになりえるんだ。最初の1時間は特に決まったアイディアもないし、何も考えていない。自分が何をやっているのかさえも分からない状態なんだ。でも、自己表現はできる。テクノはかなり定型化されているし、言ってしまえば、作るのはかなり簡単だ。キックとハットの枠組みさえ用意すればそこに何を加えても構わないし、最初の頃はそれゆえに解放的で自由な制作ができる。でも、数をこなしていくうちに、自分の作品に立ち返っては分析をするようになるのさ。それで長時間をかけて、初期衝動を感じていた頃に戻ろうと四苦八苦することになる。自分の中の経験則を捨てる必要があるんだ。

『The Swedish Congo Record』以外で、何かをコピーしようとした怪我の功名で自分の望むような音楽が生み出せたことはありますか？

よくあるよ。ある意味、誰もがやっていることだと思う。オリジナリティという言葉は過大評価されているし、その言葉の持つ純粋さを求めるのは不可能に近い。僕は自分の好きなトラックや楽曲をコピーしたり、再現したりするのは素晴らしい勉強方法だと思うし、最後はそこから横道に逸れて、自分だけの作品が生み出せるんだ。

『Controlling Body』と『The Swedish Congo Record』の制作方法の違いは？

『The Swedish Congo Record』はサンプルを使わないことと、ヴォーカルのシンセシスがテーマだったけど、『Controlling Body』は逆にほとんどサンプルだけで制作したアルバムなんだ。自分のコレクションの中からあらゆるアカペラを抜き出して、膨大なヴォーカルサンプルバンクを用意した。それから、2014年の夏頃にCameron Mesirow（aka Glasser）と話をして、彼女にヴォーカル用のガイドラインを送った。ガイドラインと言っても、「オー」や「アー」の抑揚を矢印で指示した程度のものだったけどね。とにかく、彼女はその指示を元にヴォーカルをレコーディングしてくれたから、それもアルバムのサンプルバンクとして使用したんだ。アルバムの半分に彼女の声が使われているよ。ラストトラックは彼女の声だけだね。

あなたのスタジオの中でメインと呼べる機材はありますか？

EMS Synthiだね。5～6年前に手に入れたんだ。eBayで安価で手に入れたのさ。クリスマスあとで、ちょうど税金も還付された頃だったから、ベッドに寝転がりながらeBayをチェックして、EMSに入札をしているうちに落札できたんだ。もちろん、高額だったけど、それでも今の価格の半分だった。EMSは魔法のような不思議な機材さ。僕はライブで使っているよ。

ライブで使う理由は？

サウンドが素晴らしいからさ。PAを通してオシレーターをシンプルに鳴らすだけで、圧倒的な体験ができる。この機材はすべてが揃っている。完ぺきなんだ。EMSはElectronic Music Studioの略だけど、まさにその通りだね。EMSとテープレコーダーだけでスタジオは完成するよ。あとはマニュアルも素晴らしいんだ。この機材はブリープ音を鳴らすだけのボックスだって思われているし、確かにそうだけど、ブラスやバイオリン、ギターを通しても素晴らしいよ。

EMS Synthiにはそのような外部入力のエンベロープを取り出せるエンベロープフォロワーが備わっているのでしょうか？

ある意味ね。あくまで独自のものだよ。これは何でもできる機材さ。1970年代のAbletonみたいなものだね。入力音源と出力先の機材の間に接続して信号を通せば、すべてがフィードバックを生み出すようになる。最初は苛立つかも知れないけど、かなりクレイジーなサウンドが生み出せるようになるんだ。非常に音楽的だし、スイートスポットも多い。ライブではかなり楽しめるね。僕はこれとAbletonをライブで使っている。みんなはシンセをコンピュータでコントロールしようとしているけど、僕は逆で、シンセでコンピュータをコントロールしようとしているんだ。

CVをMIDIに変換してAbletonに送っているということですか？

その通り。

ニューアルバムの『Controlling Body』はヴォーカルに焦点を当てています。また、このアルバムに影響を与えた楽曲をまとめたプレイリストには"Mr Smith in Rhodesia"が含まれていますね。これはコンクリート・ポエトリー（具体詩）とサウンドアート、そして政治を組み合わせた作品で、15年間発禁になっていたものです。スウェーデンはこの分野に豊かな歴史がありますが、あなたもそこに注目しているのでしょうか？

素晴らしい作品だし、『The Swedish Congo Record』が盗作かどうかっていう議論に繋がっていくよね。どこまでが自分の作品で、どこまでが他人の作品で、どこまでが使えるのかについて考えさせる作品さ。この作品は1960年代の終わりにストックホルムで作られたもので、僕たちの音楽的遺産だと思えるから、気兼ねなく引用できるね。

"Mr Smith in Rhodesia"のようなサウンドには、特定のストーリーや情景をリスナーに想起させる “設定” 機能が備わっています。『Controlling Body』でもそれを狙っていたのでしょうか？

もちろん。

ストーリーを想起させる上で役に立った特定のサウンドはありますか？

あったよ。あとは異なったテンポと異なった攻撃性を用意することもストーリーの想起には役に立った。でも、サウンドをリスナーに想起してもらいたいストーリーと結びつかせるために、設定をあらかじめ用意しておくのも自分の役に立つね。これはRoll The Diceで良くやった手法なんだけど、音楽を制作する前の段階で設定を用意しておけば、音楽を制作する際に助けになるのさ。インストゥルメンタル作品では特にね。たとえば、1930年代の鉄道旅行を設定として用意しておくと、その設定をピアノで再現しようとする際に「お、これは列車のベル音みたいだ」と思える。こういうサウンドをベタなものにする必要はないけど、制作全体の助けになるんだ。自分の中で車や会話のサウンドとして思えるだけで良いんだよ。リスナーは同じように捉えないしね。

『Controlling Body』でも、「コントロール」に関するラフな設定を用意していた。世の中のほとんどすべてはコントロールされているという点についてあえて触れる必要はないと思ったから、他の視点から「コントロール」を考えてみることにしたんだ。概念的な視点じゃなくて、より個人的な視点から考えてみることにしたのさ。だから「I Love You」というタイトルのトラックが収録されているんだよ。これはガールフレンドへのラブソングにもなりえるし、愛を究極のコントロールメカニズムとして捉えたトラックにもなりえる。僕は制作に取り掛かる前に、こういうラフな設定を用意しておきたいんだ。誰にでも分かるような理路整然としたものである必要はない。制作を上手く進めるための自分なりのルールみたいなものさ。