現代のシーンにおいて若いレーベルが存在感を示すためには、大抵の場合派手に目立つための方法をとるしかない。たしかに、ビッグ・チューンや派手なサウンド、壮大なアイディアを押し出せば新しいレーベルであっても知名度を獲得することはできるだろう。だが、Cabaret Recordingsはそれらと全く異なる繊細なアプローチによって確固たる存在感を示すことは可能なのだという事実を証明している。現在ベルリンを拠点に活動するDJ Masda、そして東京で活動するSo Inagawaの2人によって立ち上げられたCabaret Recordingsはハウス／テクノそしてエレクトロを基盤にし、クラシックなルーツを持つモダン・サウンドを展開している。パワフルでありながらも控えめな美学に裏打ちされた彼らのリリース群は、豊かで機能的なトラックを好むDJたちの間にしっかりと定着している。

そもそも、Cabaret Recordingsは同名のパーティCabaretから派生したレーベルである。パーティとしてのCabaretは2002年に名古屋のClub JB'SでSo Inagawaと彼の友人たち — Keisuke KondoそしてSackrai — によってスタートし、2008年に東京へ拠点を移す頃にはDJ Masdaが合流している。過去数年の間、CabaretではDaniel BellをはじめVera、CassyそしてBinhといったゲストたちを招きながら日本で最も愛されるハウス／テクノ・パーティとして成長してきた。東京では主に代官山Unitをヴェニューとして開催してきたCabaretのブッキング・ポリシーは、その後彼らが展開するレーベルの方向性にもそのまま引き継がれている。つまり、大袈裟なブレイクやあからさまなメロディなどを一切排した、ストリップダウンされたモダンなサウンドだ。そうしたトラックは、優れたDJの手によってプレイされた時にこそダンスフロアーでの輝きを放つ。ただ勢いに任せたボムだらけのセットではこうしたトラックのインパクトは失われてしまうが、抑制されたセットにおいて正しいタイミングでプレイされればその夜のハイライトともなり得るのだ。

すでに数多くのリリースを重ねてきたCabaret Recordingsだが、それぞれの作品は驚くほどの多様性に満ちている。2013年8月にレーベル1作目としてリリースされたSo Inagawaによる3曲入り12インチ「Logo Queen」は、モダン・ディープハウスの完ぺきなお手本というべき1枚であった。クリスピーでクリーンな質感を持ち合わせながら依然としてグルーヴィなそのサウンドは、きわめてストリップダウンされた構成においても一定の暖かさを内包していた。丁寧に選び抜かれたジャジーなコードのサンプルは、この曲において明らかなエモーショナル性を演出しており、この曲が過去数年の間に最も多くプレイされたディープハウス・レコードとなった理由も頷けるというものだ。

「あのEPに収録されたトラックを作ったのはずいぶん昔なので、あまり多くは思い出せないんだよね」と、So InagawaはEメールでのインタビューに答えている。「「Logo Queen」でのコードはサンプルだよ。ベースラインについてもあまりはっきりとは覚えていないんだけど、適当に頑張って弾いたんだと思う」

DJ Masda, So Inagawa

So InagawaとDJ Masdaの2人とって、Cabaret初期のころの出来事はすでに記憶の彼方にあるようだ。彼らはお互いが初めて出会った時すらも思い出せないようだ — DJ Masdaも「いずれにしても、かなり前だよね」としか言えない。DJ Masdaは、レーベルの方向性についても言葉を慎重に選びながら語る。「僕らがリリースする音楽それ自体がすでに僕らのやりたいことを語ってくれていると思う」と、彼はEメールのやり取りの中で語る。しかし、レーベルを立ち上げるという元々のアイディアはある動乱の時期の中から生まれたことを明かしてくれた。「レーベルを立ち上げるというアイディアが最初に浮かんだのは、あの3.11の大地震の直後だった」とDJ Masdaは語り、「本当に過酷な時期だった。僕はパーティとしてのCabaretをストップさせて、人生の新しい章に進んだほうがいいんじゃないかと考えていたんだ。そんな時に、レーベルを始めるというアイディアが浮かんだんだよね。当時はまだ誰にも打ち明けていなかったけど」と続ける。いっぽう、So Inagawaは当時すでにいくつかのレーベルで12インチ・リリースを重ねていたが、偶然にも彼もまた自分自身でレーベルを立ち上げることを考えはじめていた。奇妙なまでのタイミングの合致を経て、この2人の友人同士は力を合わせることにしたというわけだ。

Cabaret Recordingsからリリースしているアーティストたちは、それぞれ固有の「引き算の美学」を有している。このレーベルからリリースされた10枚の作品群はスタイルこそディープハウスからエレクトロまでと幅広いが、それらを通底しているのはあくまでもミニマリズムという美的感覚である（レーベル立ち上げ以前の時期にごく少数が出回った超限定のミニ・コンピレーションも入れると全11作）。そうした審美眼の効果は明確なものだ。「僕らは、こういうヒプノティックにはめられた状態が好きなんだよね」とDJ Masdaは語る。「日本語で言うと『ハメ』って言うんだけど。もし僕らがリリースしている音楽に共通している特徴を挙げろって言われたら、そういう『ハメ』の感覚ってことになるんじゃないかな」

もちろん、このアイディア自体は目新しいものではない。ミニマルというスタイルが確立された90年代終盤以降、クラバーたちをヒプノタイズさせた状態に持ち込むことはこのストリップダウンされたダンスミュージックが最も重要視する機能のひとつでありつづけてきた。とはいえ、こうしたヒプノティックさを主眼に置いたレーベルもしくはDJは依然としてそう多くはない。Cabaret Recordingsからリリースされる作品は、たとえそれがパーティをロックするためのチューンであったとしても、そこには常に繊細なテクスチャーへの視点が注がれている。それでいて、Cabaret Recordingsが打ち出す「ハメ」という感覚の内面には、「Logo Queen」を魅惑的なほどの名曲に仕立てたものと同種の暖かみがある。それはTC80「Phrase」のようなムーディなエレクトロの中にも表れているし、またEvan Baggs「Blossom」の沸き立つようなミニマル・グルーヴの中にも見出すことができる。どちらも、So Inagawaが手掛ける抑制されたハウスグルーヴとはかなりかけ離れたサウンドではあるが、そこには入念で優れた感性を注ぎ込んだプロダクションならではのフィーリングが通底している。

「僕が「Phrase」を完成させたのは約2年ほど前なんだ」と語るのは現在ベルリン在住のフランス人プロデューサー、TC80。彼はすでにCabaret Recordingsから2枚の作品をリリースしており、7月には自身初のフルアルバムとなる『Vestiges Of Fools 』を同レーベルから発表したばかりだ。「最初は、生命感のあるエモーショナルなトラックを作りたかったんだけど、同時にあくまでもダンスフロアーに向けられたものにしたかった。背後に滑り込ませたパッドや奇妙なヴォーカル素材がトラックをミステリアスな雰囲気にしてくれていると思う。なおかつ、ビートやベース、ギターがファンクっぽさを醸し出しているかな」

こうしたエモーショナルなファンク性こそCabaret Recordingsにおけるすべてのトラックの中心となっているものだが、とりわけEvan Baggs「Blossom」におけるその特徴は顕著に表れている。ベースをたっぷりと含んだこのミニマル・トラックはCabaret Recordingsからリリースされたあらゆる楽曲の中でも最も独特な魅力を放っている。「実は、「Blossom」で使ったビーツは以前から完成していたものだったんだ」と語るのは、最近になって自身の名義でのトラックを発表しはじめたばかりの才能豊かなDJ、Evan Baggsだ。「そのビーツを下敷きに、Yamahaのシンセの音色を手弾きで重ねてみた。このベースラインが持つ生々しさがトラックに生命感やエモーショナルさを吹き込んでいるんじゃないかな」

ミニマルで音数の少ない構成の中に、ある一定のフィーリングを落とし込むことは簡単な作業ではない。ミニマルなトラックにおいては、大抵の場合ごく短いメロディのみが使われることが多い — もちろん、そこには「少ない量で多くを語る」というミニマリズムの原則に裏付けられている。ミニマルなダンスミュージックにおいて達人と呼ばれるプロデューサーたちは、おしなべて皆この技術に優れている。もちろん、So Inagawaにとって長年にわたりフェイバリットである続けているThomas Melchiorもその1人だ。Melchiorと同様、So Inagawaもまたこうした抑制された感覚と巧妙なサンプリングを見事に表現しつづけてきており、それは「Logo Queen」や「Sensibilia」はもちろん、昨年リリースされた6トラック入りアルバム『Integritithm 』においても一貫している。「べつにジャズのコードやサンプルを盛り込んでやろうっていう意図はまったくなかったんだけどね。曲がかっこ良くなるんだったら手段は選ばないっていうだけ」と彼は語る。

Cabaret Recordingsは新たなサウンドに対しオープンな姿勢を一貫して崩していないが、特に最近のリリースにおいてそれはより明確に提示されつつある。このレーベルが始まった当初、周囲はDJ MasdaとSo Inagawaはスムーズでジャジーなディープハウスに限定した作品群を展開していくものとばかり想像していたが、現在ではTC80やEkbox（Evan BaggsとKatsuya Sanoによるコラボレーション・プロジェクト）といったアーティストたちのおかげでエレクトロという新しい側面がレーベルに加わった。なおかつ、Binh「Downtown」や「Buyout」といったスペーシーなテクスチャーを持ち合わせた作品群は本格的なミニマル・レーベルとしてのCabaret Recordingsの側面を打ち出すことにも成功している。ともあれ、Cabaret Recordingsというレーベルはどの側面を切り取ってみても、そこには確固たる何かが存在している。ことクラブ・ミュージックにおいては、繊細なタッチを持ったものこそが長く残りつづけるものだ。DJ MasdaとSo Inagawaという2人の「ハメ」の達人たちと共鳴する感性を持ったアーティストやオーディエンスたちにとって、このレーベルはかけがえのない存在となっていくだろう。