ロサンゼルスのダウンタウンにあるSilent Servantのロフトは、皆の予想を裏切らない雰囲気を醸し出していた。フェイクのトナカイの横に置かれたヴィンテージ品のファイルキャビネット、その上に置かれたレプリカの頭骸骨。ミッキーマウスがマスター役になりボンデージの女性とSMプレイをしているカートゥーンのプリント、背の高い壁2面にわたって並べられたレコード。グルームポップの名盤Gareth Williams & Mary Currieの『Flaming Tunes』はジャケットが見えるように置いてある。ハードウェアの山の中でDoepferのシーケンサーが一際目立っている。

「訳があって、持ち物は全部ここに置いてるんだ」とSilent Servantこと、本名Juan Mendezは建物の中をざっと一瞥してから言った。「置いてあるといろいろと助けになるからね」。この20年間、MendezはSilent Servantとして、聴けばすぐに彼だとわかる程に自身の音のアイデンティティを研鑽し続けてきた。そしてDownwards、Sandwell District、Jealous Godでのデザインワークを通し、テクノをどう視覚的に表現するかという課題に大きく貢献してきた。

南カリフォルニアでラティーノとして育つということは、Morrisseyに大いに憧れて育ったというのとほぼ同じ意味だ。Mendezは取材の冒頭から、Morrisseyが在籍していたバンドThe Smithsの伝説的ともいえるアルバムカバーに影響を受けたと語り、刹那的でロマンチックな若さの表現だけではなく、バンドメンバー達が心酔していた映画からの隠喩が含まれていることも説明してくれた。

「このカバー（『Ask』の12インチ盤）はサブリミナル的にエロティックなことで知られてる『Leather Boys』という古い映画からの引用だね」。続けて、Smithsの1984年のデビュー作のカバーに写るシャツを脱いだ男を指す。「これは（Morrisseyと同じ名字の）Paul Morrisseyが写ってるスチル（映画フィルムから抜粋した写真）で、彼はAndy Warholと仕事をしていた映画監督だ」。『Heaven Knows I'm Miserable Now』のカバーには、イギリスの労働者階級俳優としてアイコン的な存在であるViv Nicholsonが映画『Spend Spend Spend』に出演した際の写真を使用している。さらに『Shoplifters Of The World Unite』を出してきて、「ここに写ってるのはもちろんElvis Presleyだけど、こっち（『This Charming Man』）のカバーは、実はJean Cocteauの映画『Orpheus』に出演した時のJean Maraisの写真なんだ」。（訳者註：『Shoplifters Of The World Unite』も『This Charming Man』も、一見どちらもElvis Presleyの写真を使っているように見える。）

Mendezは00年代中盤から今年まで、フルタイムのアートディレクターとして働いていたのだが、実は当初は必要にかられてデザインワークを始めたそうだ。「どのレーベルもデザイン費にお金を費やしてるのがわかった」。この合理的な発想がレコードスリーブにまで及んだのだ。「昔、ロングビーチで友人のMikeと一緒に店をやっていたんだけど、とにかくかっこいいTシャツを売りたくて、自分達でスクリーンプリントで作ってたんだ」。

必要にかられてのデザインから始まったにも関わらず、Jealous Godのカバーアートは、レコード屋の中でも特に眼を引くものであることは周知の通りである。スタンプで手押しされたような白盤のレコードのカバーよりも、60年代の高級品の広告や、現代アーティストのMaurizio Cattelanが刊行している風刺的なフォトマガジン『Toilet Paper』との共通点のほうがはるかに多い位だ。しかし、Sandwell Districtのデザインについては、Mendezは今やテクノレーベル全体の共通項となった一貫したミニマリズム表現のパイオニアであり、その後に手がけたJealous Godのパステルカラーの幻想的作風とは異なっている。

ロフトに戻ると、Mendezはさらに自身のアーカイブを探り始めた。僕が、筆記体とプレーンなテキストが折り重なったりするなど、フォントを崩して使うことが多いのではと指摘したからだ。彼はそれを聞いてうなづくと、複雑に重なったシングル盤の中から、80年代のレーベルSordide Sentimentalのシングルを数枚出してきた。その中にあったシンセポップバンドLudusの7インチ盤のブックレットをフォントの使い方の例として見せてくれた。次に同盤のアートワークに移り、クジャクのような羽根飾りをつけた女性が従順そうな男性の首を絞めているドローイング(線画)を見せてくれた。こうした参考例はまだまだ沢山あるようだ。

彼はまた、自分にとって欠くことのできない人物として、デザイナー2名の名前を挙げた。そのうちの1人が、Downwardsの前任デザイナーでTresorのデザイナーでもあるClaudia Edenである。Mendezは彼女から大きな影響を受けたということで、Downwardsから2000年にリリースされたDiversion Groupの『A Man Has Responsibilities』を持ってきた。カバーアートは、トイレに座った女性のネガ写真だ。「こういうアートワークのレコードがテクノレーベルから出てるのは予想外だと思うんだ」とMendezは言う。「少なくても当時はそうじゃなかった。でもClaudia EdenはTresorの作品も多く手がけていて…とにかく潜在意識への刷り込みというのはすごいものだと思う。彼女は知られざるヒーローだよ。僕にとって最重要人物だし、もし僕自身がそこに気づいてなかったとしても、そう言えると思う」

Downwardsの設立者であるRegisとFemaleは、Claudia Edenをレーベルのチーフデザイナーとして一時的に雇っていた。その後は、MendezがRegis、Female、Functionと共にSandwell Districtを結成したこともあり、彼がチーフデザイナーの座を引き継いだ。インダストリアルとループテクノを融合した音のパレットによるパワフルなミニマルサウンドと、Mendezの一目でわかるデザインワークも手伝い、Sandwell Districtは間違いなく00年代最も影響力のあるテクノコレクティブだった。

Mendezは、昼の仕事が終わったあとの自由な時間を使って、Sandwell Districtの美学を形にしていた。彼がSilent Servantとしての活動を開始し、12インチを数枚出してから間もなく、ミネアポリスの広告会社でアートディレクターの職に就くことになったのだ。「誰もがいつも忙しいものだけど、本当に”いつも”忙しいわけではないと思う」とMendezは言う。「広告会社で働いてた時は、Sandwell Districtのブログもやっていた頃だ。当時は毎日、ちょっと自由な時間があれば何かしら作っていた。作るものはなんでも良いけど、とにかく何かを作ってたんだ。仕事が終わって2時間空き時間があったら、何をやる？という話だね」

Mendezは気まぐれなSandwell Districtのメンバー達に対して、日々の暮らしからのスナップショット写真を送るように頼んだ。「Karl（Karl O'ConnorことRegis）は、テディボーイズとか、カフェレーサーとか、レザーカルチャーのような、昔のイギリスの若者文化に関する本をよく送ってくれた。それを見ていたら、これをひとまとめにして、ホラームービーを作ったらどうかなと思いついたんだ」。こうした試みは、現在はオンラインから消えているSandwell Districtのブログ”Where Next?”の上で行われたものだ。Mendezはブログを消した理由についても手短に説明してくれた。「みんなブログに夢中になりすぎたんだ」。

Sandwell Districtはしばしば、グループ内のコアメンバー同士の関係性をニュートラルにするために、他のアーティストを参加させていた。もちろん参加アーティストも、このコレクティブの持つ厳密な美学やコンセプトに従わなければいけなかった。Mendezは、Sandwell DistrictからリリースされたRroseのデビュー盤のカバーのスケッチを見せてくれた。「ニューヨークでギグをやったとき、Rroseはスキー用のマスクを被ってきた。それを見て『もし（現代アーティストの）Marcel Duchampのオマージュをやるとしたら、しかもRroseの作品でやるとしたら、間違いなくいいものになる』って思ったんだ。それから1週間後か1ヶ月後か忘れたけど、RroseからDuchampの写真が『これはどう？』ってメッセージ付きで送られてきて、やっぱり間違いないと思ったし、彼もその後もずっと続けてやっていたね」

Sandwell Districtの解散に伴い、Karl O'Connor、James Ruskin、そしてMendezの3人は、2013年にJealous Godを発足した。それまでSandwell DistrictはMendezにとっては最優先のプラットフォームであったが、Jealous God発足後はMendezがプロデューサーとなり、アートディレクターのCorinne Schiavone、写真家のRita Minissi、ロサンゼルスの実験映画製作者Jenny Nonoらと共に仕事をしている。「こういうキュレーションの立場にいられて嬉しいよ。おかげでラジオショーもできて、ある意味では、だんだん流れ作業的になってきている」

Sandwell Districtのヴィジュアル的なアイデンティティが机の上のモニター画面の中で作られたものである一方、Jealous Godのそれは、手で触れられる現実の世界と格闘しながら作られたものと言えるだろう。Jealous Godの12インチには、短剣、紙マッチ、しおり、布の切れ端など、いろいろなものが同封されている。アルバムカバーも、ただの日用品の写真をコンテクストによって一瞬にして大きな意味合いを持たせるという、Marcel Duchampの”レディメイド（既製品を再解釈させるアート）”のアイデアを引用したものである。

Oliver HoがBroken English Club名義でリリースした12インチも、Jealous Godのレーベルのポテンシャルを具体化したものとなった。Broken English Clubの12インチ第一弾『Jealous God 04』には、ボーカル入りの無骨なポストパンクのトラックが2曲収録されているが、これがRaudiveとして変則的なテクノも作っているHoのクリエイティビティを刺激したのだ。このEPにはTropic Of CancerのメンバーTaylor Burchによるミックスが収録されており、そこにはMendezも影響を受けたThrobbing GristleやPortion Controlのトラックも含まれている。レコードのアートワークには、大理石製の祈りの手、リップスティック、ブラスナックルが、鮮やかな青の背景に配置されている。これらは信心深いカトリック信者が止むを得ぬ理由で犯罪の道に走ったことを表した聖遺物であり、Mendezが言うところの「神聖さと不道徳さ」を並列させたものである。

今年Jealous Godからリリースされた、Broken English Clubのリリース第二弾『N° Sixteen』では、Mendezはさらにクリエイティビティを加速させ、今度はHoが心酔する小説家J.G. Ballardへのこだわりをアイデアの起点とした。「OliverはJ.G. Ballardの『クラッシュ』が大好きなんだ。そこに、例えばホラー映画『顔のない眼（Eyes Without Face）』みたいな要素なども混ぜて、うまく形にできないかと考えた。『顔のない眼』ミーツ『クラッシュ』という感じだね。友人のDorianがAlfa RomeoやPorsche等のクラシックカーのレストアをしていて、色合いも完璧で素晴らしいAlfa Romeoを持ってるのでぴったりだと思った。そのAlfa Romeoから感じるアンドロジナス的な、性別のない雰囲気を活かしたかったので、薄手のボディスーツと医療用の装具を使ってみた。自分のアイデアを何とか机上のものから一歩飛躍させようとしたんだ」

昨年、ベルリンで開催されたAtonal 2016では、MendezはJealous Godのレーベルショーケースの一環として、レーベルのヴィジュアルコンセプトを用いてKraftwerkに言及した。予算は限られていたが、会場を花々で埋めつくし、ライブヴィジュアル担当としてJenny Nonoを起用し、いかめしい元発電所の建物を、Mendezの言葉を借りれば「美しくも陰惨な」空間に変容させた。

Mendezがどういう人物なのかを、Jealous GodとSandwell Districtのアートワークからざっくりと推測すると「すごくダークで憂鬱な人、都市の衰退と孤立化の預言者」というような結論になるのではないだろうか。この言葉は映画『24アワー・パーティ・ピープル』でTony WilsonがIan Curtisについて語った言葉の引用だが、こうした解釈では、彼の作品に一貫しているユーモアのセンスを見落とすことになる。

「こういうのはほとんど、自分のことを笑い飛ばすような気持ちから来ているんだ」とMendezは言う。「Sandwell Districtでは頭に王冠をかぶってみたり、色々くだらないことをしてたけど、殆どはただ面白いと思ってやってたんだ。よく一種シリアスなものとして捉えられてたけど、それと同時に笑えるものでもあったんだ」。この笑いというコンセプトについては、また再度The Smithsについて考えてみなければいけない。「そういう面で僕はMorrisseyが大好きだ。彼の古いインタビューを見ると、自虐的なユーモアが感じられる。例えば”Vicar In A Tutu”とか”Death Of A Disco Dancer”の歌詞を見てみてほしい。どちらもコンセプト的にヘビーなものではあるけど、そこには常にユーモアがある。僕もそこに救われてるんだ。あまりにもヘビーすぎると、憂鬱になってしまうからね」

もちろんJealous Godはクラブ向けの音にフォーカスしていて、Alexey Volkovの”Ruins”や、Vargの”Skrrt (Music Made To Listen To In A RS6)”といった削ぎ落とされた盛り上げ系トラックもあるが、そこからこうしたポストパンク秘儀へのワームホール的楽曲群にはなかなかたどりつかないだろう。実際のところはMendezが好きでやっているものなのだ。「この12インチのカバーを見て、これは『Orpheus』のJean Maraisだなと知ったなら、まずはその映画を観てほしい。もちろん、人は観たいものを観るわけだから、観ない人は観ないで結構だ。例えば僕は『そうだ、来て楽しんでいって、OKだよ！』みたいな大衆向けの標語を見るのが好きだった。別に難しいものでなくても良いけど、見かた次第では、そういう面白いものも見つけられるんだ。別に賢いDJではないけど、少なくとも、そういう”物の見かた”を具体化しようとしている。それで喜んでくれる人がいれば嬉しいし、作品の背景に何かがあるのか、深くても浅くても構わないからちょっと考えてみてほしいんだ」

Mendezは会話の間に何度か、DJとデザインは等しいものだと語っていた。彼がClaudia Edenと共に名前を挙げたデザイナーはJulian Houseである。ウェールズ出身のHouseは、自身の設立したレーベルGhost Boxのジャケットで破茶滅茶なサイケデリックワールドを展開していた一方、Primal ScreamやStereolabといった人気アーティストのアルバムカバーも手がけていた。「彼がPrimal Screamの『XTRMNTR』のデザインを、あのQuarkXPressというごく基礎的なデザイン用ソフトで作っていたという話を今も覚えてる。何か制限を設ける程、より集中力が高まるもので、それはDJプレイでも一緒だと思う。この話はZak KhutoretskyことDVS1ともしたことがあるんだ。もし曲を沢山用意し過ぎたら、DJ中に素早く反応することが難しくなる。選択肢が多いのも、時には考えものだ。そうだろ？」

Mendezは現在、Jealous Godの活動を徐々に終息させている最中だ。レーベル仕舞いまでのもうひと騒ぎとして、Alessandro Adriani、Beau Wanzer、Esteban Adame、そして待望のSilent ServantとPye Corner Audioとのスプリット盤といったリリースが予定されている。20年に及ぶ彼の音楽キャリアにおいて、Mendezはプロデューサー、レーベルオーナー、DJの役割を全てフルタイムでこなしてきた。この着実な歩みは、彼のデザインワークにも見受けられる謙虚さを反映したものといえるだろう。「僕は、別に自分をすごくレベルの高いアーティストだとか、そういう風に考えたことはない。実用的という観点から作品を作り上げてきたし、Jealous Godも結局のところKarl（Regis）のアイデアだからね」。そう言うと、Mendezは手をパンパンと叩いた。「今こそ旅立ちの時だ。以前はまだ実力不足だとか、経験が足りてないと思っていたけど、これからはもう自分一人でやっていけるはずだ」