ヨーロッパを分断する線が大陸に走っているとしよう。片方にはフランス、イタリア、スペインといったロマンス語系の国々が並び、他方にはドイツやスカンジナビア諸国などゲルマン語系の国々が並ぶ。このふたつの領域がぶつかり合っている場所がベルギーだ。ベルギー北部のオランダ語系フラマン語と、南部のフランス語系ワロン語はかなり異なっている他、この国ではフランスの12分の1の大きさにあたる国土を統治するのに6つの異なる行政機関が置かれている。

そんな環境と同じく、ベルギーのフェスティバルDourでも異なる要素が小さな会場スペースに詰め込まれている。1989年からベルギー西部の国境で開催されている同フェスティバル。そのミュージックポリシーはとんでもなく幅広い。日中、Wiz Khalifaの"No Sleep"の合唱が聞こえるかと思えば、その後には甲高いボーカル使いで知られるポップスターDan Deaconがオーディエンスをダンスの狂騒へと招き入れる。さらに、ラップメタルで人気を博したDog Eat Dogを見に行こうとステージを移動していると、ダンスフロアになっているテントのひとつから"Flight Of The Bumblebee"のイージーリスニング・バージョンが流れてきたり、16,000人規模のRed Bull Elektropediaが行われている貝殻型をしたステージから正確無比に跳ね回るドラム&ベースが聞こえてきたりする。

大声で「Dour！」と呼び掛けてくるフライドポテト屋台が点在する会場では、来場者たち（5日間で延べ220,000人に上った）がJupiler社のロゴが入ったカップホルダーでフリスビーをしたり、騎馬戦のような取っ組み合いをして遊んだりしていた。中には大テントによじ登った人もいて、セキュリティスタッフが怒るのを我慢しながら降りてくるように誘導していた。Jonathan Meadesがベルギーの映画を撮った際、アーティストのRené Magritteはシュールレアリスムなどではなく、単に自国の奇妙な様子を描いたリアリストだったのではないかと提唱した。Dourに行けば、彼の言っている意味が分かるだろう。

そんな混沌とした状況はJulien Fournierにとっては日常茶飯事だ。毎年、彼は仕事でこのフェスティバルを訪れている。フランス語系ベルギー人の音楽を国外へプロモーションするという政府系機関業務の一環としてだ。この業務は、Vlekの運営という彼のもうひとつの仕事と重なり合っている。Vlekは慎ましく独自な手法でベルギーの特殊性を反映するブリュッセル拠点のレーベルだ。

「マーチングバンドにいた人たちのレコードをリリースしようとしたことがあるよ」とFournierは語る。Dourのプレスエリアでステンレス製テーブルに寄りかかった彼の片手にはラガービールが握られていた。着用していた半そでシャツの派手なプリントとは対照的に、彼の声はか細かった。その日は金曜日で、彼は前日に引き続き二日酔いだったのだ。「その人たちはブリュッセル出身で、俺たちにはぴったりだった。違うタイプの音だけど同じ意識を持つ人たちだったからね」とFournierが続ける。

Vlekはフランス語系ベルギー人アーティストを交えて業務を行うという条件で国から支援を受けている。そしておそらく、Fournierの言う「意識」はベルギーの無造作に混ざり合った文化に関係している。冬を思わせるAymeric De Tapolのドローン、Sagatによるウェアハウステクノ、Ssalivaの気まぐれなエレクトロニカ、Lawrence Le Douxの気だるいシカゴハウスなど、Vlekがサインを交わしてきたアーティストたちは馴染みのある音楽スタイルに浮遊するような幻想感覚を加えている。彼らの作品を聞くと起床したばかりのときや、ちょうどDourで1日を過ごしたときと同じまどろみが誘発される。

「僕らがレーベルを始めたのは周りにいた人たちのおかげだよ」とFournierはブリュッセルの多様なシーンでVlekが誕生したことについて語る。

「国外には面白い音楽があるけど、ここにだって面白い音楽はあるんだから、他の場所ばかりに目を向けなくてもいいんじゃないの？って思ったんだ」と続けるのはDavid Maurissenだ。

MaurissenはThomas Van De VeldeとFournierと共にVlekを設立した人物だ。Vlekを始める前は00年代後半に特異なヒップホップサウンドで注目を集めたグループHerrmutt Lobbyのメンバーと一緒に住んでいたそうだ。Cupp CaveやSqueaky Lobsterといった他のブリュッセルのアーティストたちも似たようなサウンドを模索していたが、オーディエンスの獲得に苦労していたという。

「みんなは他のレーベルからもリリースしていたんだけど、それが国外のオーディエンスに届くことはなかった」とFournierは語る。「だからそこがポイントで、自分の周りにいる人たちの国外進出を助けることが大事だった。もし俺たちがベルギー国内でしか活動できないなら、とっくにレーベルを止めているだろうね」

当初、Vlekの運営アプローチは直球だった。2010年に始動したシリーズ「AMAI」四部作では各7インチにベルギー国内外のアーティストがフィーチャーされた。その組み合わせは国外アーティストの知名度にあやかろうとしてのことだったが、第三弾がリリースされたときには3人の興味はそこから消え去っていた。

「メールだけのコミュニケーションだと難しい」とMaurissenは語る。「アーティストのことを知らないと思っていたものがちゃんと仕上がらないし、しかも、それを断ってもいいのかどうかさえ分からない。シリーズ最終作のCupp Cave「Dice Pool」が生まれるまで相当時間がかかったよ。『よし、これでいこうか。7インチに収まらないからサイズを大きくしないと』って感じだったし」

LoneやActressと同系統のノスタルジックなハウスを収録した10インチ「Dice Pool」が2011年に発表されて以降、Vlekは友人や地元のアーティストに特化していくようになった。「Dice Pool」の制作者François Boulangerは国外進出の成功例となり、RampやLeaving Recordsといったレーベルからリリースを果たした。彼はCupp Caveと後のプロジェクトSsalivaにおいて、ヒップホップにフォーカスしていた初期のVlekサウンドを決定づけた。

以来、レーベルは数回の方向転換を図っている。2012年、Sagatの「Few Mysteries Solved In A Year Of Contact（英語サイト）でVlekはダンスミュージックに傾倒。同作の洞窟を思わせる表題曲はBen Klockのミックス『fabric 66』で使用された。そして、Sagat率いる3人組プロジェクトBepotelやLawrence Le Douxの作品などダンスミュージックのリリースが続いた後、レーベルのサウンドは徐々に奇妙さを増していった。

「Vlekを始めたとき、俺はパーティーで盛り上がるサウンドを出したいと思っていたけど、徐々にもっと実験的な方向へ進んでいったんだ」と説明するのはMaurissenだ。「思い切って違うことをやってみて、それまでとは違う系統のアーティストと知り合うと、『あぁ、どっちのサウンドも最高！どうしよう』ってなる」

エクスペリメンタルなサウンドを取り扱っていた時期のVlekがこれまでで最も輝いていたと言えるかもしれない。Aymeric De Tapol、Lowcommittee、Tav Exoticらのレコードにはドローンやサイケデリックに傾倒したサウンドが収録され、それぞれに完結した濃厚な世界が構築された。ノイズシーンにルーツを持つ2人組Tav Exoticはその日のDourでパフォーマンスを控えていた。ふたりは、インタビューを行っていたテーブルに何度か立ち寄り、筆者のボイスレコーダーを手に取ってマイクに近い距離で唸り声をあげ、後で聞き返したら面白いはずだと言い張っていた。

プレスエリアは盛況で、先の機関に勤める日焼けした役員たちの数が増えていた。Maurissenはブリュッセルから筆者のために持ってきてくれたVlekのバックストックを見せてくれた。するとFournierが次のように語った。「これが実物だよ。デジタルは副産物に過ぎない。ヴァイナルを購入しないと、Vlekのすべてを味わうことはできないよ」

その意味はレコードを手に取れば分かる。良質な厚紙にデザインがレタープレスされるVlekのレコードスリーヴは、収録された音楽と同じく壮麗だ。例えば、Lowcommitteeの「Race At The Neon Club」では、ミッドナイトブルーを下地にして楽譜のようなものにきらめく斜線が引かれたパターンが形成されている。また、Aymeric De Tapolの「Les Horizons」（英語サイト）のフロントカバーは今にも崩れ去りそうに亀裂の入った舗装を思わせる。バックカバーには、切れかかったインクでジャケットにプレスされたシャープな曲線に合わせてトラックリストが掲載されている。

Fournierは役員たちの機嫌をうかがいにいった（この日の彼は仕事中だった）。一方、Dimitri Runkkari名義でVlekのデザイナーを務めるMaurissenはレタープレスのデザインについて嬉しそうに語ってくれた。日中はバイク修理の仕事をしているというデザイン好きのMaurissenはVlekの初期作品数枚をスクリーンプリントし、夜間にレタープレスマシンで印刷したのだそうだ。"Dice Pool"と名付けたトラックを含むデモをCupp Caveが送ってきたとき、Maurissenはオンライン上で見つけたあるものを思い出したという。「サイコロ（dice）を使ってレタープレスしている人がいて、『俺もできるな』って思ったんだ。他の人のアイデアだったんだから決して賢いとは言えないけど、そんなの関係ないよね！」

「Dice Pool」の波打つように敷き詰められた赤いサイコロや、Ssaliva「Sync Thrills」の波形の図など、コンセプトを持たずデザインそのもので勝負するMaurissenの姿勢は、Vlekの理屈抜きの音楽性を反映したものだ。かなりの労力を要する彼の制作手法は同時に作業規模にも影響を及ぼすことになる。例えば、350枚以上のレコードにプリントする作業は恐ろしく時間がかかる。「1日4時間で2週間かけて「Les Horizons」のスリーヴを作ったんだ。終わったときはうれしかったね。仕上がりも気に入ったよ。やる価値はあったのかって？」と語る彼は、ニヤリと笑い次のように続けた。「今でも分かんないね」

「Davidとの仕事は楽しいよ。レタープレスマシンでやれることには限りがあるからね」とその日の午後にLaurent Baudouxが語ってくれた。「すごく古くてシンプルな機械だから自分たちが何をやろうとしているのか事前にしっかりと考えておかないといけないんだ」

緑色のベースボールキャップをかぶり、ラベンダー色のシャツを着ていたBaudouxは穏やかな雰囲気を放っていた。Lawrence Le Doux名義で制作する包み込むようなハウスミュージックや、3人組プロジェクトBaleine 3000による愛嬌のあるインディラップなど、彼の音楽もその雰囲気と同様に柔らかい。ヴィジュアル面にも強い興味を抱き、15年前に勉強のためにブリュッセルへ引っ越したという彼は、今ではグラフィックデザインを教えるようになっている。

「ブリュッセルは音楽をやるには結構おかしな場所じゃないかな。ものすごく多様だからさ。色んなシーンがたくさんあって、どのシーンもかなり小さい。Vlekはそういう状況を反映しているんだと思う。どのプロジェクトもまったく違うし、違う背景を持った人たちがたくさんいる」

これまでにBaudouxは何度かスタイルを変えてきた。彼のキャリアは90年代に始まる。弟のNocolasとのプロジェクトScratch Pet Landで独レーベルSonigからデビューして以降、彼は複数の名義を使い分けてきた。Le Douxという名義が誕生したのは、ブリュッセルのパーティーでハウスとテクノをかけていたDJ Fett Burgerを体験した後のことだった。その後しばらくして、結婚式でMaurissenたちと知り合うことになった彼は、そこでレコード制作を依頼されたのだった。

「つながりが大事ってことなんだよ。関係や友情がね。Davidと一緒に仕事をするのが好きなのは、うちの近所に住んでいるからだ。だからときどきDavidの家に行ったり、トラックを送ったりしているんだ。以前、Sonigではやりたいものを自由にリリースできた。Vlekは音楽の内容に意識的で、しっかりと何かを築いていこうとしている。俺は今の新しい関係を気に入っているよ。みんなは『どのトラックも素晴らしいね。これでいこう』って言うんじゃなくて、『すごくいいトラックが2曲あった』って言ってくれるからね」

筆者は同日の夕方、会場にある小さなテントのひとつで行われたVlekのミニショーケースでパフォーマンスを行ったBaudouxを見ることができた。ちょうどTav Exoticが強烈なコズミッシェテクノで200人強のオーディエンスを踊らせた後だった。Dourの喧騒の中、Baudouxのドリーミーなハウスミュージックは瞬時にして柔らかく平穏な空気をテントにもたらした。彼は自分の機材を一心に見つめながら「Terrestre」（英語サイト）やその後続作「Pollution」（英語サイト）の収録曲を演奏し、彼の妻であるSage Anneがそこへ追加するようにギターを弾きながら、合間にオーディエンスや彼の写真を撮影していた。周りを見ると、筆者の隣にMaurissenが立っていた。お互いランチタイムから飲酒していたため、ステージに向かって首を動かしながらリズムを取ることぐらいしかできなかった。

それから数週間後、彼がメールを送ってくれた。あの後、Vlekのミッションについていろいろと考えてくれたようだ。「俺たちは得意分野ではないことを積極的にやっていこうとしているんだ。そうするのが好きなんだよ。そうすればこれまでとは違う人たちに出会えるし、違うジャンルの音楽を聞いてエキサイティングな気持ちになれるからね。だからよく新参者みたいな気分になるよ。いろんなことをすばやく吸収しないといけないんだ。俺たちはレーベルを趣味だと思うようにしている。自分の時間やエネルギーの90%を音楽に費やしても、残りの10%を他のことに費やせば、それは仕事じゃなくて情熱であり続けるから。それに小規模で続けていると嬉しいこともあるんだ。ブリュッセルのお客さんに自分の自転車でレコードを届けられるからね」

Label of the month mix

Vlekの異質な世界へDavid Maurissenが誘う。

Tracklist /
Yann Leguay - Untitled - Forthcoming Vlek
Aymeric De Tapol - Temple Gauche - Vlek
Ssaliva - AVE - Vlek
Simon Hold - Maqam Bxls - Unreleased
Human Flesh - Every Ill Man - STROOM
Weird Dust - The Seed Of Proteus - Unreleased
Manu Holterbach - 318W. Baltimore St. - Outtake From Lexi Disques
Welt - 70 Eqxdual - Unreleased
Viola Klein - Untitled - Forthcoming Meakusma
Shoc Corridor - Artificial Horizon (Bepotel Remix) - Testtoon
Baleine 3000 - Bird Call - Vlek
Subject - Be Careful! - STROOM
Yves De Mey - Eight Steps Of Karplus - Entr’Acte
Lowcommittee - Diptych - Vlek
Sandoz Lab Technicians - Mandarin Bells - Knotwilg
Jean-Michel Van Schouwburg - The Glottal Allowance - Peripheral Conserve
Different Fountains - Corpse (UFO Edit) - Different Fountains Editions
Lawrence Le Doux - Garenum 2 - Unreleased
Föhn - Draft - Unreleased