シンセやサンプラー、DAW、オーディオ・インターフェース…これらは音楽制作者にとって必要不可欠な制作機材だが、それに加えて重要なのが、自分が作ったサウンドを正確にモニターする環境だ。ピアノや管楽器、弦楽器などのアコースティック・インストゥルメントは、楽器自体に“生の音”がある。だが、シンセサイザーやリズムマシンなどの電子楽器は、スピーカーやヘッドフォンを通して増幅された音を聴く。そのためエレクトロニック・ミュージックの制作にとって、モニタリングの環境は音の善し悪しを決めるため、より一層に重要な役割を担う。近年、オーディオのデジタル化や再生機器のポーダブル化が進み、ヘッドフォンで音楽を聴く機会が増えているが、ヘッドフォンだけに頼って音楽を制作すると、定位や左右のバランスなどの全体像が掴みにくい。そこで必要になるのが、信頼できるニアフィールド・モニタースピーカーだ。

1980年代〜90年代はニアフィールド・モニター＝YAMAHA NS-10Mという定石があったが、DAWが浸透し、作曲家たちが各々のプライべートな作業環境で音楽制作をするスタイルが一般的になった現在、各社から、低域再生力を謳ったモデル、バランスの良さを売りにしたものなど、さまざまな個性を持ったパワード・タイプ（アンプ内蔵型）のニアフィールド・モニターが発売されている。モニタースピーカーに求められるのは、フラットで正確にモニターできる特性だが、各メーカーが提唱している“フラット”には差があり、加えて価格帯もピンキリ。数多くのモデルから自分に合ったスピーカーを見つけるのは骨の折れる作業でもある。ここではエレクトロニック・ミュージックにマッチするパワード・タイプのニアフィールド・モニターというコンセプトのもと、プロデューサー／エンジニアにチェックしてもらう4機種のモデルを、価格帯を限定して用意した。これらのモニタースピーカーはどれも10万円を切る価格帯。このクラスのスピーカーを選んだのは、アマチュアのプロデューサーでも比較的入手しやすい値段のため人気のモデルが生まれやすく、各社ともに技術力を集結させたモデルが多いのがその理由だ。

これら4機種のスピーカーのテスターは、Gonno、Sauce81、Sapphire Slows、Wata Igarashiというプロデューサーに加えて、エンジニアの奥田泰次氏の計5名。Gonnoはアシッドかつメロディックで、ダイナミズムに富んだハウス／テクノをクリエイトし、敏腕DJでもある。ブラックなフィールを持ったダンスミュージック制作を得意とするSauce81と、幽玄でエクスペリメンタルな電子音楽で注目を集めるSapphire Slowsは、ともに自身のボーカルを作品やライブに取り入れることもあるパフォーマー。Wata IgarashiはThe Bunker New Yorkなどからもリリース経験のある、緻密な音作りに定評のあるテクノ・プロデューサー／DJだ。多種多様な個性を持つ彼らも、普段からプライベート・スペースでニアフィールド・モニターを用いて音楽制作を行っている。エンジニアの奥田泰次氏は今回のリスニング・テストを行ったstudio MSRで活躍し、エレクトロニック・ミュージックはもちろん、音響機材に対する深い知識を持つ。今回の試聴テストでは、各自が持ち寄ったリファレンス音源だけでなく、リズムマシンを鳴らしたり、DAWでEQの効き具合をモニターしたり、DJの目線でレコードを試聴したりと、音楽制作者ならではの観点からレビューしてもらった。

Genelec 8010A

フィンランド発のスピーカー・メーカー、Genelecはパワード・タイプのスタジオ・モニタースピーカーとしては老舗の部類に入る。商用スタジオはもちろんのこと、エレクトロニック・ミュージックのプロデューサーにも愛用者が多い。8010Aは同社のクラシック・シリーズの最小モデルで、アルミダイキャストの筐体に3インチのウーファー、3/4インチのメタルドーム・ツイーターを配するほか、スピーカー背面に設置されたルーム・レスポンス機能により設置環境に合わせたチューニングも可能だ。

テストを終えたプロデューサーたちがまず口にした「このサイズでこれだけクリアな音は驚き。持ち運べるモニターとして使いたい」という言葉にあるよう、8010Aは1本で1.5kgという、今回テストしたなかで最軽量のモデルでありながら、キメの細かいサウンドを出力していた。Gonnoは「自宅ではGenelec 8040BPMを使っていますが、このモデルも全体的に同じ印象です」と語る。また自作のテクノトラックに加えて、リズムマシンのテストも行ったWata Igarashiは、その印象をこう説明した。「中域～高域にかけての分離の良さが際立って良いですね。リバーヴの奥行きも見えやすいし、濁った感じがないです。ただ、僕が作るようなテクノのトラックの制作には低域が足りないので、その辺はヘッドフォンなどを併用した方がいい」
　
低域の不足に関してはSauce81に加えて他のプロデューサーも同意見だったが、Sapphire Slows、Gonnoが興味深いコメントを残していた。「例えば自宅のステレオだったりイヤフォンだったり、さまざまなシステムで聴いたときに一番聴こえてくる部分を、このスピーカーだと綺麗に作り込めると思う」（Sapphire Slows）。「ダンスミュージックのクリエーターにとって低域の再生力があまりに高いモニターを使って音を作ると、低音にフォーカスしがちになってしまうこともある。なので、こういったスピーカーを使って音楽を作り始めると、自然と中域に耳がいくと思う。そういう発想を持ってこのスピーカーで音作りをするのも面白いと思います」（Gonno）

Gonnoの意見を補足する意味でも、奥田氏の発言はスピーカー選びのポイントとして役立つはずだ。普段からさまざまなタイプのスピーカーを用いるエンジニアの目線で、8010Aの役割についてこう説明する。「スピーカーを選ぶ際は、まず“聴きどころを考える”ことだと思います。僕が普段ミックスするときは、大きいスピーカーで作って、徐々に小さいスピーカーでチェックしていく作業をしますが、8010Aはパッと聴いたときの印象や、中域～高域のアタック感を判断するスピーカーとして優れたモデルですね。Genelecらしい輪郭のハッキリしたキャラクターがあって、小音量時のバランスも良いです」
　

Specifications
音圧レベル／96dB
出力／LF：25W、HF：25W
周波数特性／74Hz～20kHz（±2.5dB）
スピーカー／76mm（ウーファー）、19mm（ツイーター）
外形寸法／195（H）×121（W）×116mm（D）
重量／1.5kg

PreSonus R65

DAWのStudio Oneをはじめ、ミキサーやスピーカーといった音響機器の総合メーカーであるPreSonusは、コストパフォーマンスに優れた製品作りで評価されている。Rシリーズは超高音域に対応するカスタムAMTツイーターを採用したモデルで、R65はMDFビニールをラミネイトした筐体に6.5インチの低域ドライバーと先述のAMTツイーターを搭載し、150W出力を持つハイパワー・モデル。Acoustic Tunning機能はルーム・アコースティック調整にも対応する。
　
R65は今回のラインナップのなかでもっとも大口径のドライバーを備えたモデルということもあり、先ほどテストしたGenelecとは異なる特性にプロデューサーたちが頷く瞬間もあった。Sauce81やGonnoが低域の再生力をこう評価する。「しっかりとローが出るから、気持ち良く聴けました。もっと分離の良さを求める人もいるかもしれないけど、僕が作っている音楽には合うスピーカーですね」（Sauce81）。「さすがにローエンドまでは出ないけど、そのあたりを音楽的に上手くまとめている印象です。TR-808のキックのようなローエンドのあるディケイは見えにくいけど、ダンスミュージックの制作にも対応できると思います。あと、リボンタイプのツイーターは高域のレスポンスが良いですね」（Gonno）

Sapphire Slowsが作るアブストラクトなサウンドや、繊細なサウンド・プロダクションを見せるWata Igarashiには、Genelecのキャラクターがマッチしていたようだが、それとは違うR65の一面に魅力を感じたと言う。「私が作るサウンドは中域～高域に寄っていることもあり、R65をテストした時はこのあたりの帯域がクリアに見えるGenelecの方がいいなと思いましたが、他のプロデューサーさんの音やレコードを聴いたら、気持ち良く聴こえる瞬間もあって、逆にこのスピーカーだと全然違う音作りができると思いました。私としてはプロダクション向けというより、リスニングにも適した印象がありました」（Sapphire Slows）。「ハイが力強いのと、中域が少し滲む感じがあるので、パキっとEQをかけたり、細部を詰めるタイプの音作りには向かないけど、ボーカル入りのトラックなどで、大きく音楽を作っていくタイプなら、楽しく制作できると思います」（Wata Igarashi）

このあたりの印象の違いは、プロデューサーが作る音楽性によって分かれるのも興味深い。奥田氏がR65のキャラクターを総じてこう説明する。「Genelecの少しリミッターがかかったような音と比べると、R65はスタジオ・モニターらしい音。ミックスした音に近い自然な印象です。レコードで聴いたときの印象が良かったのは、ダイナミクスが感じ取りやすいからでしょう。コンプの効き具合などが分かりやすいキャラクターだと思います。あとは背面のAcoustic Tunningを使うと、低域もかなり追い込めそうな（自分が求めているバランスに合わせられる）印象ですね」

Specifications
音圧レベル／104dB
出力／LF：100W、HF：50W
周波数特性／45Hz～22kHz
スピーカー／165mm（ウーファー）、4,400m㎡（AMTツイーター）
外形寸法／328（H）×203（W）×261mm（D）
重量／6.6kg

Eve Audio SC205

エレクトロニック・ミュージックのメッカ、ベルリンを拠点としたEve Audioは、スタジオモニター・ブランドAdamのCEO、Roland Stenz氏が新たに設立したスピーカー・メーカーだ。フルレンジ・モニターであるSCシリーズには、エア・モーション・トランスフォーマーと呼ばれるリボン型ツイーターと、独自のSilverConeウーファーを内蔵し、DSPを搭載することでユーザー環境に合わせて精細なチューニングを実現。SC205は2ウェイ・モデルで5インチのウーファーを備える。
　
リボン型ツイーターとSilver Coneウーファーの組み合わせが生む、タイト過ぎずにバランスの取れた特性を持ったSC205。そのポテンシャルの高さからか、各プロデューサーが入念にチェックしていたのが印象に残った。Wata IgarashiとSapphire Slows、Sauce81が同モデルのバランスの良さを評する。「ちょうどGenelecとPresonusの中間のようなキャラクター。分離の良さもあって中域～高域が見えやすいし、リヴァーブの質感も分かりやすいので、プロデューサーに向いたモデルだと思います。あと、低音量時のバランスはかなり良いので、大きな音が出しづらい環境の人には良いスピーカーですね」（Wata Igarashi）。「バランスが良くて、これまで聞いたGenelec、PreSonus、Eve Audioの中では一番使いやすそうなキャラクター。ニアフィールド・モニターとしての欠点がなくて優等生なイメージ。EQの効きも分かりやすいです」（Sapphire Slows）。「ヘッドフォンを併用しなくても、このスピーカーなら音作りできると思いました。モニタースピーカーを持っていない人のエントリー・モデルにも向くと思います」（Sauce81）
　
それに加えてGonnoはアマチュアのプロデューサーにとって、SC205のDSPによるチューニング機能のメリットを説明してくれた。「例えば壁の薄い木造やコンクリートの壁の部屋など、音響的に悪い環境で音を作らなければいけない人にとって、このスピーカーのようにDSPで音質を細かく補正できるのはかなり重宝すると思います」
　
SC205は音楽性が異なるプロデューサーたちからも一定してバランスの良さにおいて評価を受け、平均力の高さを伺い知ることができたが、エンジニアの奥田氏の耳にはどう聞こえたのだろう？「Adamっぽい流れのキャラクターなのかと思ったら、そこまで押し（パワフルさ）は強くないですね。パッシブ・スピーカーのような自然な特性と、アクティブらしい補正感や輪郭の見えやすさが同居しているので、音楽制作に適したモデルだと思います」

Specifications
音圧レベル／101dB
出力／LF：50W、HF：50W
周波数特性／53Hz～21kHz
スピーカー／130mm（ウーファー）、AMT R31リボン・ツイーター
外形寸法／275（H）×175（W）×233mm（D）
重量／5kg

Focal Shape40

フランス発のスピーカー・メーカー、Focalが手掛けるスタジオ・ニアフィールドのニューライン。バスレフポートを廃したクローズドの筐体は、側面にパッシブ・ラジエーターを設置することで、狭い空間でもルーム・アコースティックの影響を受けにくくなっている。またM型のドーム・ツイーターは緩やかな指向性を持つなど、小さい空間でのニアフィールド・モニターに特化した設計となっている。ここで紹介するShape40は、同シリーズのなかで最もコンパクトなモデルだ。

テストした4機種のスピーカーは異なる個性を持っているため、プロデューサーによって意見が分かれるのは承知していた。その点でもShape40のテストを終え、プロデューサー、エンジニア全員が高く評価したのは興味深い。まず、Shape40の特性をGonnoが説明する。「僕にとってモニタースピーカーの理想は、リスニングしても楽しくて、モニタリングとしても正しい。このふたつは矛盾した要素でもありますが、Shape40はそれを兼ね備えている印象です。例えば音質の悪い録音物を聴いても、Yamaha NS-10Mのようにただ粗探しをするようにはならない音ですね」
　
この点についてはWata Igarashiも同じ意見のようだ。「綺麗に聴こえるわりには、盛り上がっても聴こえてくれるから、音を作るのが楽しいと思います」。奥田氏は全体のバランス感、パッシブ・ラジエーターを搭載したことによる低域の再生力について「アクティブ・タイプですが、とても整頓された清い音という印象があります。箱鳴りとユニットのバランスだけで勝負している感じもあり、低音のキレもよくてベースの音程感も分かりやすい。EQもコンプの掛かり具合も見えやすいから、ミックスで使ってみたいです」と指摘。Gonnoも「このサイズでよくここまで低域を出せている」と、驚きを隠せない様子だ。

Sapphire Slowsは低域に加え、Shape40のキャラクターに魅力を感じたよう。「Wataさんのテクノトラックでもベースラインが見えましたし、あとスピーカーのキャラクターが絶妙だと思いました。Gonnoさんと似た意見ですが、音楽を聴いたときの気持ち良さと、モニターとしての正確さが、近いバランスで共存している。色付けもそんなに感じないので、音も作りやすそうです」。Sauce81は普段の制作環境を一変できるほどの完成度を指摘する。「僕は普段、聴いて盛り上がれるスピーカーとヘッドフォンを併用しながら制作していますが、このスピーカーならこれ一台で制作ができそうな気がしました」

Specifications
音圧レベル／102dB
出力／LF：25W、HF：25W
周波数特性／60Hz～35kHz
スピーカー／100mm（ウーファー）、25mm（ツイーター）
外形寸法／257（H）×161（W）×200mm（D）
重量／5kg

テストを振り返って

ここまで4機種のスピーカーのテスト評価をお届けしたが、モニタースピーカーと言えど、さまざまな個性があり、エレクトロニック・ミュージックにおいても作ろうとするサウンドによって一長一短があることが分かってもらえたと思う。テストを終え、改めて今回の4機種についての所感を座談会形式で取材した。エレクトロニック・ミュージックの制作に必要なモニタースピーカーの特性、さらには現在のダンスミュージックのトレンドに影響するさまざまな要素、スタイルに合ったスピーカーを選ぶための条件など、プロデューサーやエンジニアならではの視点で、多岐にわたって語ってもらった。これからスピーカー選びをしようと思う読者の方々も、ぜひ参考にしてもらいたい。

今回はモニターらしい正確さを持ったモデルから、パッシブ・スピーカー的な自然なバランスを伴ったもの、その中間を行くようなモデルまで、さまざまなキャラクターがありました。

Sapphire Slows：そのなかでバランスが一番取れていたのがFocal Shape40だと思います。もし、私がPresonus R65を使うとしたら、ちょっと音の作り方を変えないといけないけど、Shape40なら私のようなスタイルの音楽じゃなくても、どんな音楽でも作れる感じがありました。

奥田：Shape 40はいろんな要素において、レベルが高かったですね。

Sauce81：僕もバランスの良さならShape40。個人的にはPresonus R65も好きでしたね。小さめの音量でバランスを取りながら音を作るならEve Audio SC205もアリです。

Gonno：僕はPresonus R65の音のカラーはけっこう好きでしたね。リスニング向けとしても楽しい。

Wata Igarashi：確かに、PresonusはGenelecと真逆ですよね。

Gonno：そう、だから欲しいって感じました。僕は普段の制作でGenelecを使っているから、キャラクターが違うスピーカーR65も併用して、両方でよく鳴る音を作りたいなって。

Sauce81：Genelecは細部まで聴こえるので、自分のミックスの粗が気になって、いろいろ直したくなるような音でしたね。

今回のテストを経て、改めて必要だと思った点は何でしたか？

Sauce81：やっぱり、ローをちゃんとモニターしたいっていうことですよね。

Wata Igarashi：それはみんな最初に口にしたことでしたね。やっぱり作ったトラックがクラブのような音響で鳴るっていうのを、想像で作るのか、実際に音を聴きながら作るのかでは大きな違いになると思います。Genelec 8010Aだと中域～高域は綺麗に作り込めるけど、低域に関してはヘッドフォンやサブウーファーがないと難しい。その点、Presonus R65は一番低域が充実していました。

Sapphire Slows：私は普段からベッドルーム・スタジオ的な制作環境で音楽を作っているから、どうしてもそういった低音は出せない。だから今、Wataさんが言ったように、低域の部分に関してはEQなどを見ながら想像で作り込んで、リハーサルなどで調節したりしています。でも、低域がある程度見えるスピーカーがあれば低域のコントロールもしやすくなるから、リハーサルで鳴らしたときに、自分がイメージしていた低音と全然違うってことも少なくなると思います。

低域の再生力以外に必要な部分はあったりしますか？

Gonno：音の立ち上がりは早い方がいいですね。

Presonus R65やEve Audio SC205に搭載されるリボンタイプのツイーターは高域のレスポンスに優れています。こういった特性はどんなメリットがあると思いますか？

Wata Igarashi：僕の経験上、海外のエンジニアやプロデューサーと比べると日本人って、高域が大人しい音を好む傾向があるように感じていて。僕がこういった音に慣れていないっていうのもあるけど、リボン・ツイーターが出すような主張のある高域を苦手に感じる人もいると思います。

奥田：確かに国による音のキャラクターの違いはあります。ドイツの音はマジメだし、英国はちょっとウェットで、アメリカは中域に寄っている。そういう意味でも、アタックの立ち上がりが僕は重要だと思っています。

Gonno：今回テストして思ったのは、ニア・フィールドのモニターはスタジオのラージ・モニターが再生できる20Hzのような超低音域はもちろん出ないけど、そのぶん音のまとまりが良いメリットを感じました。だからこういうタイプのスピーカーはひとつ持っておくとよいですね。

エレクトロニック・ミュージックとバンド・サウンドを比較すると、楽器の音数も違えば、ピークの帯域も変わってきます。そういった意味でもエレクトロニック・ミュージックの制作に適したスピーカーの特性というのも、ある程度見えてきそうな気がします。例えば、最近ではより、音の質感の表現力が求められたり。

Gonno：そういった流れは、クラブのサウンドシステムの高音質化が関係していると思います。それによってエレクトロニック・ミュージックも楽曲のアレンジよりミックスしたものの質感を重視しているものが増えている。あと、楽曲のミックスにDAWが使われていることで、デジタルの関係上、アナログのミキサーやテープのように音が滲まないのも、そういった表現方法がしやすくなっている理由だと思います。逆にその均質化の反動で、最近はわざとカセットに落としたりアナログ機材で音を滲ませる、歪ませる音楽もとても増えてきてますね。

Wata Igarashi：テクノに関してはレコードをかける人が減って、デジタルでプレイするDJが増えている。そういうシチュエーションのなかで、どうやってクラブで一番良い鳴りがする音源を作れるかを考えたときに…あくまで僕の主体的な考えだけど、綺麗に聴こえる音がいいと思っていて。

Gonno：そういったクリアなサウンドを嗜好するカウンターとして、ロウ・ハウスのようなわざとロウファイな質感にさせた音楽がダンスミュージックでも沢山出てきている。いずれにせよ、Bluetoothのスピーカーのような民生機の音質も以前と比べて上がっているから、これまで以上にリスナーのみんなも細かな音の質感やミックスバランスを聴き分けやすくなっている。だから、音楽を作る上でミックスバランスも大事ですが、まず個性となる「質感」の重要性は感じていますね。

奥田：僕もエンジニアとして、音のバランスはもちろんですが、質感ってすごく大事だと思っていて。だからスピーカーから出ている質感と、自分が思い描いているサウンドの質感がマッチしているかどうかは、制作者にとっても重要だと思います。

PAシステムや民声機の高音質化が、音楽制作において質感を重視するというカタチで影響を与えているのは、興味深いトピックだと思います。今、みなさんが重視している“音の質感”も、同じダンスミュージックと言えど、そのなかの音楽性によって解釈も変わると思います。

Sauce81：僕は普段からアナログ寄りの音作りを意識しているので、例えば自分がライブをやる現場で、会場に設置されたPA卓がデジタル・コンソールで、他の共演者も高いビットレートで作ったデジタルの音源を鳴らされると、音の聴こえ方や広がり方の方向性がまったく変わってくるし、アナログチックな音とデジタルの差が歴然としてしまうので、悩みどころではあります。

Sapphire Slows：でも、今日テストしたスピーカーはすべて、レコードの音源が良く聴こえたのも、面白かったですね。

Gonno：その点で言うと、僕はDJしているときに面白い実験をしたことがあって。あまり展開のない淡白な音楽をCDJとレコードで用意しておいて、どちらの音源のほうがフロアの滞在時間が多いかを試してみたんです。そうしたら、同じ曲でもCDJよりもレコードでかけたほうが、フロアの滞在時間が長いという結果になったんです。

奥田：その辺はレコードならではの倍音の鳴り方も関係していますよね。音が分離し過ぎていなくて、いい塩梅にくっついているっていうのも、レコードが良く聴こえる一因だと思います。

確かにデジタル的なクリアさを追求した質感と、アナログらしい質感というのは正反対のキャラクターです。いずれにしても、“音の質感”を捉えることが制作者には必要で、それをモニターできるスピーカーが重要のようですね。

Wata Igarashi：それと同時に、制作においては確認という意味でもヘッドフォンを併用したほうがいいです。

Sapphire Slows：でも、ヘッドフォンだけモニターしながらの制作は難しくて。例えばヘッドフォンだけで作ると、ボーカルの音量バランスがとりづらかったりもします。だからやっぱりモニタースピーカーは必要です。

奥田：まずは自分が良いと感じる音の質感、音の基準を持つことが大事ですね。そこからつながりの良いモニター・デバイスを見つけていけば、モニターするものがスピーカーからヘッドフォンと変わっても、整合性が取りやすくなります。例えば、自分が所有しているヘッドフォンとモニターで聴き比べて、ボーカルの音量が全然変わって聴こえるようでは、何が正しいのか分からなくなってしまう。もし、すでに自分の音の基準となるヘッドフォンを持っているなら、その質感に近いスピーカーを探していけば良いものに出会えると思います。