Kiko Navarroはヨーロッパ有数の観光地出身で、地元スペイン・マヨルカ島のPachaを拠点にキャリアを積み重ねてきた。レジェンドでもスーパースターでもない、普段着の装いでフロアとコミュニケーションが出来るスキルは、おそらくレジデントDJとして毎週地元のブースに立った経験の賜物であろう。アンダーグラウンドなハウス・ダンサーからも支持される彼のサウンドからはアメリカからの影響を強く感じるが、シカゴやニュージャージーなどの独特な湿気とは対照的で、風通しがいい。地元でレーベルFlamingo Discosを設立し、同じ地元出身のシンガーConcha Buikaとスペイン語のハウスを世界中でヒットさせ、そうやって作り上げられた音は彼の生まれ育った環境を思わせるが、彼は自身のサウンドをバレアリックとは称さない。「僕は、『自分はHOUSEをプレイする』って大文字で書くんだ」。Kiko Navarroは、とても自然に、ハウス・ミュージックを表現する。そして、その風を起こしているのは、彼自身の音楽とDJに対する揺るぎない信念である。

まず、あなたの生い立ちを伺いながら、育った音楽的な環境を教えてもらえたらと思っています。あなたはスペインのマヨルカ島という観光地に生まれました。

僕には12歳年上の兄貴がいて、子供の頃は兄貴がBettor Dualのターンテーブルでかける音楽を聴いてたんだよね。いろんなUK/USポップのアーティストとか、ソウル、ファンクをかけていた。兄貴は一時期毎日のように新しいレコードを持ち帰ってきていて、今日はどんな音楽が聴けるのかなってとても楽しみにしていたのをよく覚えている。彼のおかげでThe Style Council、The Blue Nile、Aztec Camera、Level 42なんかのバンドに出会った。12歳頃から、僕はお小遣いをためてSoul II Soulみたいなバンドとか、Run DMCとかのヒップホップのレコードを集め始めた。その頃僕はUKやUSのリリースに興味があって、DJ Magazineを買い、MTVで”Party Zone”とかの番組を見ていた。1988年に生まれて初めてアシッド・ハウスを聴いたときはぶっ飛ばされて、いつかDJになってあんなサウンドをプレイしようって決めたんだ。

幼少の頃、どんな音楽に囲まれて育っていましたか？マヨルカ島特有の音楽環境というのはあったのでしょうか？

世界中の音楽を島で聴けたわけでもないけど、民謡以外に独自の音楽スタイルがあるわけでもない。観光の島だから、ラジオやバー、クラブではあらゆるタイプの音楽がかかっていた。

その当時、ディスコやハウス・ミュージックは、あなたの育ったスペインでは当時どの位の人気があったのでしょうか？

人気だったけど、ラジオでかかっている音楽の方が人気だったよ。でも当時ラジオでかかっていたのが良い音楽ばかりで助かった。島のDJは輸入ものの12インチを買うのにあまり選択肢がなかったんだ。なんせレコードを売っている店が2軒しかなかったし、そこがメインの供給者だったから。スペシャルなレコードや他の人が持っていないようなものが欲しかったら、本島かロンドンに行くしかなかったね。基本的には他の場所と同じでヒット曲はいつも聴けていたし、マヨルカのクラブに行けばヨーロッパの他の街でかかっているのと同じようなレコードが聴けたかな。

プロフェッショナルとしてDJを始めたのはいつで、どんな場所でしたか？また、DJを始めた頃は、どんな音楽を掛けていましたか？

それはよく覚えている。1990年8月24日、15歳の誕生日の時にLunaっていうクラブで初めてプレイした。最初の1時間だけプレイして、その後は照明係をやった。そんなことを数ヶ月間やったかな。当時はウォーミングアップセットでSoul II Soul、Mica Paris、Sybil、Mantronix、Beats Internationalなんかをかけていた。105BPM前後のそういうスタイルをどうやったらきちんとミックスできるのかを学んだよ。

マヨルカ島のPachaで10年間レジデントDJとして在籍していたとのことですが、あなたにとってこのクラブはどんな場所でしょうか？ここでは自分の好きな音楽が表現できていましたか？

若い頃の僕は、どうにかしてお客さん達に喜んでもらおうといろんなスタイルをプレイしていた。でも1996年にPacha Mallorcaのレジデントになった頃、僕は自分の音楽はハウスだと確信した。自分を表現する為、自分のセットを楽しむ為に、僕はハウスを選んだ。年間を通して、日曜の18時半からのスペシャルセッションを担当していたけど、その時本当に自分のスタイルを確立し、DJとして成長することができたと思う。4年間毎週素晴らしい日曜日だったし、オーディエンスはハウス・ミュージックが好きな16歳くらいの若い子から、アフターアワーズから来るような大人まで、様々だった。皆ただ音楽が好きというだけでそこに集っていたんだ。素晴らしい交流が生まれていたと思うよ。

80年代後期から90年代は、ハウスやテクノだけでなく、アシッド・ジャズ、ドラムン・ベースなど、様々なダンス・ミュージックが生まれました。そんななかで、あなたがハウスを自分の音楽と決めた理由は何ですか？

このスタイルが一番しっくりきたんだ。ハウスをかけ始めたのは1990年だった。そこから1996年までに、テンポの遅いもの（ヒップホップ、ソウル、アシッド・ジャズ）から速いもの（テクノ、ドラムン・ベース）まで、ほぼ全てのダンス・ミュージックのジャンルをかけてみた。その全部のスタイルの知識をつけた上で、僕の一番のお気に入りはハウスだと確信した。理由は、僕がトラックに求める、ソウル、グルーヴ、そしてエネルギーという3つの要素がハウスにはあったから。他のジャンルでもこの3つの要素のうちのいくつかを感じることはできるけど、全部あるのはハウスだけ。ちなみに僕にとっては、ディープ・ハウスもテクノも全部ハウス。ソウルフルなハウスや1つのタイプのハウスだけじゃなくて全部。それと僕の好きなハウスのビートとのフュージョンとかも全部ひっくるめて、僕は、自分はHOUSEをプレイする、って大文字で書くんだ。

2000年にFlamingo Discosというレーベルをマヨルカ島で設立しましたが、それはどのような経緯で始まったのでしょうか？

その年に初めて本格的に曲を完成させた。”Ritmo Para Você”っていうタイトルで、高校の友達と一緒に、Concha Buika（マヨルカ出身のシンガー）の声をサンプリングして作ったよ。でもどこからリリースしたらいいか分からなかった。ある日マヨルカに移住してきたドイツ人DJに出会って、彼がレコードレーベルを立ち上げる予定だという話を聞いた。彼はPeppermint JamとのコネクションがあったからP&D契約を結ぶことができた。そんな彼からレーベルに加わりたいかと聞かれたのが始まりで、僕の初めてのプロダクションとリミックスを自分たちのレーベルから出すことになったんだ。当時僕はよくラテンハウスをかけていて、Nick HolderやM.A.W、Joe Claussellみたいなプロデューサーから影響を受けていた。

いつ頃から曲作りを始めたのかも教えてください。

16歳の時。CommodoreのコンピューターAmigaと、YamahaのサンプラーTX-16W、あとはYamahaのシンセDJ-21 FMを使っていた。曲作りの知識が何もなかった僕は、ひたすらサンプリングしてトラックを作っていた。でもそれだと、1つのトラックが3、4曲のメガミックスみたいに聴こえてしまうこともあった。1997年に初めてヴァイナルを出すまで時間がかかったね。でもきちんとした作品は、2000年に自分のレーベルFlamingo Discosから出したのが初めてだった。

ダンス・ミュージックで歌われる言語は圧倒的に英語が多いですが、あなたの作品にはスペイン語やポルトガル語などもありますね。貴方のヒット曲“Soñando Contigo”は、英語とスペイン語、両方のバージョンが収録されていたと思います。英語圏の聴衆が集まる環境でこの曲をプレイした時、スペイン語と、英語、どちらの方が良いリアクションを得られましたか？　

正直言うと、“Soñando Contigo”の英語バージョンを出したのは間違いだったと思っている。今は後悔しているんだけど、当時はPacha Recordingsのレーベルマネージャーに影響されていたから、彼のアドバイスに従ったんだ。でもオリジナルのConcha Buikaの声はとてもユニークで、彼女以上に良く歌える人なんていなかった。だからこの質問の答えは、間違いなくスペイン語バージョンだ。

日本でクラブ・ミュージックを作るときに、英語の歌詞が歌える歌手を捜すことが多いです。理由としては、英語でないと世界に通用しない、という意識を持っている人が多いからだと思います。けれども、私達は日本人で、島国に住んでいるので、英語圏の人々が実際には日本語のハウスをどう感じるのかを、正確に知ることは出来ません。日本語で歌を作るか、英語で作るか、は、日本でハウスを作るときには大切な問題です。そこで、改めて“Soñando Contigo”についてお訊きしますが、Pacha Recordingsのレーベルマネージャーが英語のバージョンを作ることを薦めたとしたなら、その理由は何だったのでしょうか？　また、あなたは、“Soñando Contigo”の英語のバージョンを作ったことを間違いだったと言いましたが、何故そう思ったのでしょうか？英語と、英語ではない言語でのハウス・ミュージックについて、日本のハウス・クリエイターに何らかのヒントを頂けたら嬉しいです。

まず言いたいのは、“Soñando Contigo”がスペイン語の歌詞なのは、歌詞を書いたシンガーのConcha Buika本人がスペイン語にしようと言ったから。最初その話を聞いたときはあまりピンとこなかったんだけど、彼女の歌声を聴いた瞬間に僕は泣きそうになって、よし、これでいこうってことになった。レーベルマネージャーとの件なんだけど、この曲のオリジナルバージョンをリリースした時、シンガーはメジャーレーベルと契約していたんだ。そのレーベルはコラボレーションには同意してくれたけどいくつか制約があった。その制約の1つが、シングルでのリリースは禁止、アルバムにのみ収録可能というものだった。そこでレーベルマネージャーが、他のシンガーに歌ってもらえばシングルでリリースできると提案してくれた。Conchaは唯一無二の存在だからそんなことしたくなかったよ。Nina Simoneの歌を歌えと他のアーティストに言うようなもんだ。その人なりの解釈で、まあアリかもしれないけど、Ninaほど素晴らしい歌にはならない。でもマネージャーはゴリ押しで、英語バージョンを作ろうと言われた。彼自身がイギリス人だったのと、もっと多くの人にリーチできると思ったらしい。

結局やったことを正直後悔しているけど、人生の教訓になったね。あんなに素晴らしいシンガーは他の人には変えられないし、変えるべきじゃなかった。オリジナルバージョンと英語バージョンを聴き比べると違いが分かるはずだ。申し訳ないけど僕は英語バージョンを聴けない、心が痛むんだ。（英語バージョンを歌った）シンガーに対するリスペクトはもちろんあるけど、あれはやるべきじゃなかったね。僕からのアドバイスは、自分の心の中で決めたことは、周りがなんと言おうが気にせず、そこに愛情を注げってことかな。だって、その先ずっと残る音楽に対して作った自分が自信を持てなかったら、数年後に絶対後悔するから。あのバージョンを作った僕みたいにね。

あたなはイビザのPachaやSpaceでもレギュラーでDJをしていましたね。PachaやSpaceというクラブを想像するとき、派手にバカンスを楽しむ場所、というイメージが強いのですが、実際にあなたのDJを聴くと、華やかでは有るけれども、もっと暖かく、フレンドリーな空気を感じます。イビザのイメージに染まっていない、というか…。もし、それらの箱が、私が想像するように派手で享楽的な音楽を求められる場所だとするならば、あなたはどうやって自分らしい音楽表現を保ってきたのでしょうか？

クラブで音楽をプレイするようになってからずっと、僕は音楽に対する自分の主義に正直でいよう、トレンドに左右されないようにしようとしてきた。イビサでプレイする時も世界の他の場所でやる時と同じ。僕は色んな音楽をかけるのが好きだから、オーディエンスに合わせることはもちろんできるけど、自分にとってハウス・ミュージックとは何なのかっていうところはずっと変わらない。

日本からベルリンに移住したり長期滞在するDJがいますが、あなたは、マヨルカ島を離れて、より自分の目指す音楽の盛んな場所、例えばNYとかに移住して、音楽活動をしたいと思ったことは有りましたか？

それはないかな。僕はマヨルカ島で生まれて、ここにずっといたいと思っている。この場所をとても愛しているし、自分の音楽キャリアの為だけに他の場所に住むなんて考えられないね。現代のテクノロジーの進化があれば、物理的にホットスポットにいる必要はないんじゃないかと思う。例えそういう街から離れたところに住んでいても、良い音楽さえ作れば、良いレーベルが興味を持ってくれるはずだし、良いDJがプレイしてくれるはずだ。

あなたを、バレアリック・ハウスという表現で説明する人がいますし、わたしも良い意味でそう思うことがあります。あなたは、バレアリック・ハウス、という言葉にどのようなイメージを持ちますか？

ちょっと曖昧な質問だね。って言うのも、それは1人1人によって違うから。バレアリックっていう言葉は’80年代にイギリス人が作ったんだと思う。当時イビサにDJを聴きに行けば、いろんなジャンルがかかっていたし、彼らがそれまでクラブで聴いたことがなかったような音楽で踊れた。だから色んな音楽をミックスするスタイルをバレアリックと呼んだんだ。ちなみに僕にとってのバレアリックとは、パッと思い浮かぶのがElectribe 101の“Talking With Myself”（チルアウト・ミュージックの聖地とも称されたイビザのCafe Del Marのコンピレーションにも収録されている。当時のDJ、CDの選曲はJosé Padilla）。もしかしたらあなたにとっては僕のスタイルがバレアリック・ハウスなのかもしれない。実際のところ、僕はセットをUSハウスで始めて、アフロ、テクノ、それからソウルフルなもので締めたりする。でも僕は自分のスタイルをバレアリックとは言わないよ。僕にとってはハウス・ミュージックだから。

BBEから新しいアルバム『Everything Happens For A Reason』がリリースされました。あなたの作品が、アメリカで生まれたハウス・ミュージックの影響を受けているという点においては、初期の頃から一貫していると思います。今回のアルバムはこれまでの作品の集大成のような素晴らしい内容ですが、90年にキャリアを始めてから現在までにあなたが目指していた表現は、全部実現出来てしまったのでは？とも思いました。

この新しいアルバムは、間違いなくDJとして、プロデューサーとしての俺を定義づける作品だよ。今はアルバムとプロモーション、シングルやリミックスの制作に力を入れていて、それが丸1年くらいかかりそう。だから次のリリースは来年になるかな。最近地元のレーベルSub-Urbanにいくつかリミックスを提供したけど、夏の前にもう2つ終わらせなきゃならない。その後はスタジオから少し離れて、ギグをこなしながら家族と夏を楽しむよ。9月になったらまた制作を始めようと思っている。

アーティストによっては、「もうこのスタイルの音楽で自分がやりたいことはやりつくした」とか、もしくは「いまはテクノが流行っているから」とか、「もっと売れる音楽を」といった理由で、自分の音楽を方向転換するひとがいます。あなた自身は今後はどのような音楽を表現していこうと考えていますか？チャレンジしてみたいことなどはありますか？

今までと変わらずやっていくかな。新しいことにもチャレンジするかもしれないけど、自分の信念、そして僕が過去にやってきたことに忠実であり続けたい。トレンドを追ったり、売れる為、ブッキングを増やす為にスタイルを変えることはないよ。これが僕だし、僕は変わらない。