サンフランシスコのテンダーロイン地区、ラーキン・ストリートでは、洒落た手作りベーカリーにランチを買いに行くIT系企業社員と、路上生活の人々が行き交う。いつもどおりの朝の光景だ。古い靴や中古の電化製品を並べた路上の仮設店舗が並ぶ場所から2ブロックも歩けば、ヴィンテージ品を売るこじんまりとしたブティックがある。ポルノ映画のシアター、ホステル、SRO（風呂・キッチン共有のワンルームタイプのアパート）が立ち並ぶ中に、ストリートファッションブランドのアウトレット店や、バインミーの屋台もある。サンフランシスコのシティホールから歩いてすぐのエリアだ。Josh Cheonはロードバイクでレコードストア兼コーヒーショップのRS94109に近づいていき、電話で話しながら店先でバイクを施錠した。

その日は火曜日で、前の週末にはCheonが関わっているHoney SoundsystemとDark Entriesの両方にとって記念碑的なイベントが行われたばかりだった。Honeyは10周年記念として、Danny DazeとKim Ann Foxmanを招聘し、Cheon本人、Bézier、Jackie House (Jacob Sperber)、Jason KendigらHoneyレジデント4名と共にPublic Worksにて1000人超の規模のパーティーを開催し、続いて行われた歴史的なゲイバーThe Studでのアフターパーティーは翌日午後遅くまで続いた。

Cheonにとっては、Honey Soundsystemの一員として最後となる週末だった。すでに火曜日であり、RS94109の中にある彼のバックオフィスには膨大な仕事の山が積み重なっている。彼はスコットランドのディストリビューターRubadubに送るレコードボックスにテープを貼りながら「Patrick Cowley関連の品のことで時間がかかってたから、ずっと催促されていて。週末は10周年でパーティーに没頭してたから、もう2日も遅れてるんだ」と言った。

鍛えた身体に、眼鏡をかけ、整った顎髭のCheonは、今や世界で最も忙しい小規模ヴァイナルプレスレーベルの運営者としての仕事振りも実に整然として落ち着いていた。彼の運営するレーベルDark Entriesは2009年からすでに200作近くのリリースを重ね、近年は月に平均3～4作をリリースしている。Cheon自身の好みに沿ったこのレーベルは、Eleven PondやNagamatzuなど、ほとんど知られていないグループによる、ベッドルームシンセポップやポストパンクの宝のような作品をリリースするところからスタートし、今ではBig Ben Tribeの "Tarzan Loves The Summer Nights”など、イタロのヒット曲の新バージョンや、Implogの”Harlem Tunnel Drive”などノーウェーブの奇作、またBill Converse、Mystic Bill、Group Rhoda、The Hacker、Beau Wanzerらの新曲をもリリースしている。

だが、Dark Entriesで最もインパクトのあるプロジェクトといえば、サンフランシスコの歴史的なゲイエリアの顔役であり、先見性に溢れたディスコやハイエナジーのプロデューサーであったPatrick Cowleyに関するものである。週末に行われたHoneyの10周年記念パーティーに先立った木曜には、最近新たに発見された、Cowleyがゲイポルノ用に作ったサウンドトラックのリリースを記念するパーティーをHoneyとDark Entriesとの共同で開催した。これは、Dark Entriesが過去と現在をエモーショナルにつなぐ架け橋としての立ち位置にあることを表明するパーティーだった。

Patrick Cowleyが手がけたポルノ用サウンドトラックのコンピレーション第三弾『Afternooners』のリスニングパーティーは、RS94109から角を曲がってターク・ストリートに下ったところにある、Cheonが借りているアパートメントで行われた。「Jacob Sperberが『Afternooners』のリリースパーティーをやろうと提案してくれた。Jacobは映画のほうも上映したがっていたんだけど、僕は『Jacob、さすがに誰もポルノは見たくないだろう。みな、音楽に関心があるから来るのに』と言ったんだ」。Patrick Cowleyのポルノ用サウンドトラックは、2013年にリリースしたコンピレーション盤『School Daze』に初めて収録されたが、音だけでしっかりとした作品として成立している。何時間にも及ぶ、宇宙的なアンビエンスを喚起するサウンドで、『Afternooners』のレコーディングも先週まで行われていたそうだ。

もちろん、Cheonはチャレンジから逃げ出すような人間ではない。Cheonはオリジナルの16mmフィルムを復元しようとしたが、これは全くもって無益な試みだった。そこで、リマスターした音源のWAVを、元のフィルムからDVDに収録された映像とシンクロさせ、Cowleyの関係者や熱心なファンにも声を掛け、協力を仰いで復元したのだ。以前にCheonが音源をリイシューしたこともあるフィラデルフィアのミニマルシンセバンドCrash Course In ScienceのメンバーMichael Zodoroznyは、『Afternooners』に収録されたインスト曲にあわせてヴォーカルを入れた。また、Cowleyの大親友であり、サンフランシスコでの最初のルームメイトだったTheresa McGinleyもリリースに協力している。

「Theresaは快く協力を申し出てくれたけど、はじめは何をしたらいいか、本人も解りかねてたようだった。そんな中で彼女から『Patrickが私に残してくれた日記があるんだけど、これを私が読み上げたら良さそうじゃない？』と連絡があったんだ。『Theresa、あなたとは2009年から知り合いなのに、その話は今初めて聞きましたよ』と答えたら『そうね、でも今がその時だと思ったの』と言われたよ。その日記には詩が書かれていて、人生に対する思索や、公園で見かけた男性達についてなどが書かれていた。ほとんどはセックスについて書いてあるように装っているけど、ただそれだけではない。描写が細かく、頭韻法のパッセージが続いて、とても素晴らしいものだった」

その時はCheonも知らなかった事だが、その日記には2015年にHoney Soundsystem Recordsからリリースされた成人向け指定の12インチのB面に収録されたトラック”Kickin' In”の歌詞の基本的なアイデアまで書かれていた。そして、日記に書かれていたのはCowleyの扇情的な空想だけではない。

「日記はほぼ1977年のあたりで終わっている。Patrickはすごく忙しくなってしまったからね。Sylvesterに会って、ステージで一緒にパフォーマンスしたことが書いてあって以降、日記を書く間隔がどんどん空くようになってきた。1978年はあまり書いてなくて、1979年、80年はもう書かれてない。サンフランシスコにもほとんどいなかったし、日記を書く暇がなかったんだ。病気になったことももちろん書いてあって、一体どういうことかわからなかったようで、この辺りは読んでいて本当に辛かった」

1982年、32歳でAIDSで亡くなったCowleyの日記帳は、CheonとHoney Soundsystemが懸命に推し進めたCowleyの作品の再評価の中でも最も新しい発見である。「ここに至る経緯を話すと、まず自分たちは未発表のディスコの12インチを探している、というところから始まっている。それが自分たちがやってることの全てなんだ。Honeyのはじまりは、ディスコを偏愛するキッズの集まりで、その過程でCowleyの素晴らしいディスココレクションを手渡され、そこでKen Woodard（Honeyの共同設立者）が、ポルノ映画のサウンドトラックが収録されたオープンリールの価値に気づいた。実はその時はそもそも、オープンリール自体のことすらよく分かってなかった位だ。確か”I Feel Love”の別ミックスか何かを探してる時に見つけたんだ」。CheonはCowleyの古い友人達からポルノ映画のサウンドトラックについての噂は聞いていたのだが、実はすでに自分たちの手元にそのオリジナルがあったのだ。

Cheonはまさにベストなタイミングでリイシューするという偶然の幸運にも恵まれている。2013年にHoney SoundsystemのSunday weeklyパーティーにゲスト出演したJuan MendezことSilent ServantがSumerian Fleetのトラックをプレイした時、CheonはDJデッキに駆け寄り『この曲は何？もしかしてBauhausの曲？』って聞いたんだ。それで翌日にはSumerian Fleetからメールが来て、『もし良かったら自分たちのアルバムを（Cheonのレーベルから）出さないか？』という話になった。僕は24時間前には彼らの事すら知らなかったし、彼らのほうもJuanが僕のパーティーに出ることは知らなかったんだ」。Cheonはその後、2014年に『Just Pressure』、今年初めには『Pendulum』と、Sumerian Fleetのアルバムを2枚リリースしている。

しかし、このような幸運は事前の準備とチャンスが交差した時にやってくるもので、Cheonはこれまでの人生を賭してこうした発見への基盤固めをしてきた。彼はRS94109の裏手の部屋で、彼のレーベルの背景にある美学のバックボーンになっている、ダークでロマンティックな80年代の音楽への尽きる事なき愛を語ってくれた。

「十代の頃の日々はそんなに幸せなものじゃなかった。太っていて、からかわれていたし、ゲイなのも隠していた。ゴシックミュージックやThe Cureが好きなガールフレンドと付き合っていたことがあって、The Cureは確か15歳のときに聴いたと思う。The Cureの音楽にある苦悩、悲しみ、感傷、僕自身がまさにそういう人間だった。Robert Smithが“Disintegration”や”Pornography”で唄ってる内容、それに”how it doesn't matter if we all die（もし僕たちがみんな死んだとしても、それがどう問題なんだ？）”という歌詞を聞いていると『これは自分の頭の中で起こってることへのスローガンだ』って気がしていた」

その後彼は、同じような思いを心に抱えて育った仲間達を見つけることになる。まずはラトガース大学のラジオ局のDJ兼局長として、その後は、James MurphyとJonathan Galkinによるdance-not-danceなレーベル、DFAのインターンとしてだ。CheonにDFAとはどのようにして繋がったのかを尋ねると、「CMJに広告が載ってたんだ。その時は夏をペンシルベニア州で過ごそうと思ってて、父にも『仕事を見つけないとな』と言われていた。それで『ニューヨークでインターンがある』と言ってDFAの事を説明したら、『それでは意味がないだろう！』と言われたよ。僕は生物学を専攻していたから、本当は研究機関でインターンをやるべきだったんだ」（Cheonは現在も研究所での仕事を続けており、ギグに向かう途中にタクシーのwifiを使ってデータを送ったりしているそうだ）。

DFAでの仕事を通して、Cheonは音楽的な素養を深め、ニューヨークの音楽シーンへの足掛かりも掴んだ。そんなダウンタウンでの日々が、彼がまだ体験していなかったものを埋めていく形成期となった。「DFAで初めてTerry Rileyの曲を聴いたんだ。みんなクラウトロックが好きだったから『じゃあ、Ash Ra Tempelも知らないだろ？』なんて言って聴かせてくれたりした。DFAではMike Simonetti、Dan Selzer、Tim Sweeneyに会ったし、Justine Dと一緒にMotherfuckerのパーティーに行ったり、2001年のESGのライブにも行って観ることができたんだ」と言ってCheonは笑った。「とにかく貪欲だったので、StereolabやGodspeed! You Black Emperorはもちろん、Siouxsie And The Bansheesの再結成ツアーまで観にいった」。十代から探り続けていたポストパンクからのニューウェーブのサウンドへの興味を十分に満たしたところで、今度はSoul Jazzのコンピレーション盤『New York Noise』や、Jeffrey SfireのDJセットを通して、無限に続くレコードディギングのワームホールへと誘われた。

サンフランシスコに惹かれたのも、大学でのラジオDJの仕事を通してのことであった。「ラトガース大学のラジオ局をやってる間に、LAでプロモーション会社に勤めてる人たちと沢山友達になったんだけど、今はみんな辞めてしまったね」と前置きをしつつ、続ける。「その時、ある女の子ととても仲良くなった。彼女は僕をLAに呼んでくれて、KXLU（ロヨラ・メリーマウント大学のラジオ局）で彼女がホストしてるショーでプレイした。それで彼女はどうも僕のことを好きになってしまったらしくて『あまり他の人にも言ったことがないんだけど、ゲイなんだ』と告白した。すると彼女も『ゲイなの？だったらサンフランシスコに行かなきゃ！もう今から車で行かないと！』って」

彼女からのアドバイス通り、Cheonはレンタカーを借り、風光明媚なパシフィックコースとハイウェイ1をカリフォルニアでの通過儀礼のように走り抜けていった。「確か8月のことだったと思う。誰も知り合いはいなかったけど、アーティストを一人知ってて、BART駅の24thストリートでパフォーマンスアートをやってるのを思い出したから、そこに賭けてみることにした。それでその付近を回ってみたけど、実はどういうパフォーマンスをやってるかは全然知らなかったんだ」

サンフランシスコでの1週間の休暇中には、The Studでの Trannyshack、Aunt Charlie's Loungeでの Tubesteak Connection、音楽的にもセクシャルな意味でもアンダーグラウンドな秘密に満ちたDecoのパーティーThe Rodなど、あちこちのパーティーに通った。「ディスコのことは知らなくて、正直、何これ？と思った。確かDivineの曲なんかがかかってたな。毎晩のように通って、そこでやっと『これって、楽しいゲイパーティータウンなんだ！』って気づいたよ。自宅に戻ってから2週間の休暇届けを仕事先に出して、サンフランシスコへの片道切符を買った。スーツケース二つでここに引っ越してきて、ミッション地区のSROを借りた。そのままスーツケースを壁際に置いて、地域のリサイクルショップでレコードを買ってはebayで売り、当面のお金を稼いだ。仕事もないし、何をやろうかも考えてなかった。とりあえず少し貯金はあったので、ドロレス・パークでのんびりしたり、パーティーに行ったりして過ごしてた」

CheonはMaurice Fulton、Trevor Jackson、Morgan Geistら、DFAと関係の深いDJ達のギグに出入りするうちに、クラブや公園でも顔が知られるようになってきた。ある日Bodegaにいると、ダンスフロアで顔見知りになったRobert Yangがやって来て、自己紹介し、一緒に公園で飲むことになった。このRobertからの歓迎こそがCheonのキャリアを形作ることになる。「水曜の夜にやっていたRobertのパーティーでDJをすることになって、彼の友人ともどんどん知り合いになっていって、JasonとJacobとも知り合った。これがHoney Soundsystemの始まりだったんだ」

取るに足りないウィークリーパーティーから、今や一躍有名になったHoney Soundsystemについては「本当に何となく始まったんだ。おおまかなテーマを決めて、ゲストDJを呼んでという感じだった。最初の数週間は自分たち5人しかいなかったけど（当時はKen Woodardもメンバーだった）、やがてDiscodromoのようなDJも呼べるようになった。ウィークリーパーティーは楽しかったし、ワンオフのパーティーもやっていて、サンデーナイトにTodd Terjeを呼んだこともあるよ」

時折の盛況ぶりや、DJ SprinklesやProsumerら人気アクトのブッキングによってHoneyの評価が高まると同時に、Cheonはマイナーな80’sのポストパンクへの追求に邁進し、Goat Bloodという店でベイエリアパンクを扱った古いジンを読みふけったり、ちょうど全盛期にあった音楽ブログで情報を集めていた。そうしているうちに、Dark Entriesの最初のリリースとなる楽曲、Eleven Pondの”Bas • Relief”を発見した。これはA Viable Commercialという音楽ブログで見つけたもので、偶然にもサンフランシスコのヴァイナルディガーPhil Maierが運営しているブログだった。

「ドイツのAnalog RecordsやGenetic Recordsからは以前から相当な枚数のレコードを買っていたし、Mannequinはすでに話題になっていて、Minimal Waveもそうだった。それでこの人たち全員と話してみたいと思ったんだ」とCheonは言う。「今言ったレーベルのオーナー全員と話して、友人関係を築いていくうちに、自分もレコードレーベルを始めて、絶版になっている80年代のレコードをリイシューしてみたいと思った。リイシューすべきものは本当にいっぱいあるんだ。それをPhilに言ったら『それだったら、Eleven Pondをリイシューしてみたらいい。本人も僕のブログにコメントを残してくれて、テープも持ってるし、今はLAに住んでるって言ってたし、連絡が来るのを楽しみにしてるよ。これが彼のメールアドレスだ』と話が進んだ。Eleven Pondにメールしたら返事が来て、『自分もサンフランシスコに行くからそこで話そう』ということになり、話してすっかり意気投合したんだ。レーベルのスタートにあたって、こんなにいい始まり方はないよね。オリジナルのアートワークも全部持ってきてくれて、シルクスクリーンのやり方も教えてもらった。彼もアートスクールに通ってた頃を思い出して、こうして自分のアパートで小規模でレコードを作るために本当に実践的で有用な情報がたくさんあったよ」。Dark Entries 001には正真正銘のアンセム曲”Watching Trees”も収録されている。

仕事が始まるきっかけが思いの外シンプルなところから始まっていく様子は、ある意味では素人探偵の推理にも似ているかもしれない。Cheonは、Liasons DangereuxのサイドプロジェクトMetro PaktについてJorge Guberと何年にもわたりメールをしていたが返信がなく、とうとうバルセロナにある本人の家にも行ったものの、あきらめて、次の目的地として、大量のブートレッグ盤があることでも知られるカルト的存在のイギリスのアクトSolid Spaceの元に向かおうとする時にようやく返事が来たという。

「こういうレーベルをやっていると、様々なタイプの人間性や心理というものに必ず向き合うことになるんだ」とCheonは言う。「これまでも色んな人に言ってきたけど、大学で心理学を学んだことはこの仕事をする上ですごく役立っているよ。でもそれ以上に必要なのは、思いやりの心だ。ミュージシャン達にとって、その作品が本人達の精神面に深く関わっている場合があるのを認識しなければいけない。これまでの年月の中で、当時仲間だったミュージシャンや、恋人や、バンドメイトとの別離を経験している人もいる。だから、一緒にテーブルについてコーヒーを飲んで、これまでの話を聞くのが本当に大切だ。こういう体験をすると自分の心はもちろん、相手の心まで豊かにすることができるんだ」

Cheonがリイシューを試みているジャンルでは、多くのアーティストがすでに別なキャリアに移って生計を立てている。Cheonが送るメールや電話、またドアをノックする音というのは、まるで過去生からやって来たもののように思えるだろう。「Solid Spaceがまさにそうだけど、昔リリースしたカセットが今や全ジャンルの中でも最も貴重なカセットになっているんだ」と、Cheonは続ける。「だけど、本人達にしてみると、自分たちがやったことが何故そんなに特別扱いされているのかわからない。当時は賞賛も受けず、憧れの対象でもなかったからね。『30年も経ってから、レコード契約やら、ツアーをしようというのか？』という感じだろうし、こういう話は本当にわけがわからないだろうなと思う」

Dark Entriesの核心となっているものは、ベッドルームから生まれるアマチュアイズムへの尊敬だ。しかしこれが、急成長中の”Honey帝国”の中で、ちょっとした不調和を引き起こした。「正直なところ、Honeyではツアーに出るのは難しいというのには前から気づいていた。4人もブッキングしたら資金がなくなってしまう。実際、Robertと僕は今もフルタイムの仕事があるから、まるごと2週間もヨーロッパツアーをするなんて出来なかった。その辺の事情が、フルタイムDJのJacobとJasonにはひっかかっていたんだ」

Jason KendigとJacob Sperberによる”カストロ（訳者註：サンフランシスコ市内の地名で、LGBTコミュニティのシンボル的な地区）経由のデトロイトサウンド”という独自のミックスは、今やHoneyのサウンドとして世界的に認知が進んでいるが、ここにCheonとRobert Yangが出てくると時折ミスマッチを起こしていた。「Honeyをやる時はもちろんディスコパーティーだけど、Robertと僕はもうディスコはプレイしていない。ここ3回くらいのギグでは、僕だけ離れてソロでDark Entry系の音をプレイした。『やっと息ができる、自分でかけたい音を何でもかけていいんだ』って気分だったし、すごく楽しかった」

CheonがHoney Soundsystemから離れるにあたっては、彼自身の野心とパンク的な平等主義が矛盾しながらも存在しているようだった。「他のメンバーとは、たまに入場料のことで衝突することがあった。理想主義というか、ヒッピー的な気持ちもあって、僕としては入場料を無料のままにしたかったんだ。多分、自分は職を持ってるから余計そう思ったんだろう」。Cheonはさらに続ける。「強い気持ちでというよりは、単に常識的に考えてのことだね。今後ほかのクラブでプレイするときは無料でやろうと思ってる。Patrick Cowleyのパーティーも、10周年記念パーティーも本当に素晴らしかった。一番いいところでお仕舞いにできたんだ」

2年前、RS94109がKickstarterで改装資金を集めていた頃のある晩、Cheonから僕にメッセージが送られてきた事がある。彼は怒り爆発寸前で、店のオーナーのSohrab HarooniとSkander HarooniがKickstarterで設定したゴールの金額まで届かなかった事を嘆いていた。そこでCheonはオーナー2人に会いに行ったのだった。現在のRS94109は、レコードおたくが溢れかえり、地域の人々もフレンドリーなスタッフ達に会いに来るというコミュニティスペースとしての役割をも果たしている。

「テンダーロイン地区は以前からずっと、社会から疎外されている人々のための場所だったんだ」とCheonは言う。もとはクィア（性的少数者の人々）の地区で、最初期のトランスバー（トランスジェンダーの人々向けのバー）は、タークとコンプトンのカフェテリアの襲撃事件で全て閉店した。まさにここで起こったことなんだよ。ストーンウォールの反乱が起こる2年前の話だ。ここの地名のテンダーロインというのも、この地域をパトロールしてる警察に賄賂としてテンダーロインステーキを食べさせていたことからついた名前なんだ。この名前からも、この地域がいかに危なかったか分かると思う」

クィアの人々が社会的認知に向けての闘う中に絶え間ない危険があるということは、最近起こった殺害事件でもはっきりと浮き彫りになった。この地域では良く知られた顔であったLGBTQのDJのBubblesが、とある店先で深夜に殺された事件のことである。現場となった店舗はすぐに追悼の場所、そして地域在住の識者に相談ができる場所として作り変えられた。

Cheonは、FACTに提供した未発表音源のみのエクスクルーシブなミックスを制作する際、Bubblesから機材を借りたと教えてくれた。「彼のFacebookページを見たら、ブロックパーティーの時に僕が作ったミックスにあわせてリップシンクで唄ってるビデオがいくつもあった。全部見たし、最高だったよ。ほとんどの曲に歌詞がないから、Bubblesは自分の言葉を歌詞にして唄っていた」

RS94109の店長兼オーナーのCheonは、テンダーロインの住民達が店に入りやすいように気を遣っている。「コーヒーを出して、話して、相手の話を聞く。もしレコードを売りたい人がいれば買い取っているよ」。Bubblesにもよくレコードをプレゼントしたり、Dark EntriesのTシャツをプレゼントしていた。「彼がストリートにいて、いわばレーベルの公式マスコット的な存在でいてくれた事を本当に誇りに思っているんだ」

店舗兼オフィスであるRS94109では現在、ノイズショーや小規模パーティー、政治的な集会などが行われているほか、月に一度、警察と一緒にコーヒーを飲むイベントが開かれている。「この店は60年代にはゲイストアだった。2階に黒い部屋があって、そこでポルノやポッパーズ（吸引タイプのドラッグ）を売っていた」。Cheonに、Dark Entriesはクィアのレーベルだと思うかどうか尋ねると、「もちろんレーベルのアーティストがクィアだとわかった時は嬉しいけど、それに関しては僕がこの近所一帯をどう思っているかと同じだと思う。アンダーグラウンドの代表として出ている存在でありたいと思うし、他のレーベルではまずその声を取り上げられないような、隅に追いやられているコミュニティ全てを包括するレーベルでいたいと思っている」

僕は、Crash Course In ScienceのMichael ZodoroznyがPatrick Cowleyの『Afternooners』のインスト曲で唄っている書き下ろしの歌詞や、Bubblesがラーキン・ストリートのレコードショップの前でSno cone（かき氷）を売りながら、Dark Entriesの未発表音源にのせて唄った言葉、また、Cheonがまだ真新しいものだったシンセポップの”ゲイ”なサウンドに如何にして魅せられ、車の中でDead Or Aliveの曲にあわせて唄っていたという思い出について思いを巡らせていた。あわよくば、この文章を読んでいる若者の中にも、Dark Entriesの奇妙な世界に自分の安息の場所を見つけ、ベッドルームでSevered HeadsやLena Platonosの曲にあわせて唄う人がいればと願っている。

Label of the month mix

Josh CheonがDark Entriesのサウンドをミックス。

Tracklist /
Cyrnai - To Subtle-Drive
Group Rhoda - Agua de Florida
Sumerian Fleet -Wasteland
DsorDNE - È Un Sole
Metropakt - Neue Strassen
Fokewulf 190 - Body Heat
Pink Industry - Empty Beach
Raw - Sand Drip
Bill Converse - Dorje Ngodup
Cardopusher -Sewer Escape
Umo Vogue - Just My Love (Demo)
Tony Moore D.J. - Tonight
Patrick Cowley - Furlough
Glamorcult - Forever Strangers
Rich La Bonté - White Magician
Trisomie 21 - La Fête Triste