10数年前のモジュラーシンセと言えば、DoepferやAnalogue Solutions、Analogue Systemsといった限られたメーカーが生産するもので、海外でも時折アーティストのスタジオで見かけるような代物で、Max LoderbauerやSteevioのような一部の“マスター”を除き、プロダクションのメインで使用されるものではなかったような印象がある。しかしここ5年ほどで状況は一変した。RAの特集記事を振り返ってみても、Karenn （Blawan & Pariah）やVoices From the Lake（Donato Dozzy & Neel）がスタジオのみならずライブアクトにおいてもメイン機材としてモジュラーを使用している様をフィーチャーしており、その拡張性・偶発性の魅力を存分に語っている。上記のアーティストに限らず、海外のエレクトロニックミュージックのプロデューサーのスタジオ写真を見れば、モジュラーシンセが写っているのは全く珍しいことではなくなっている。

主にどのような変化が起こったかと言えば、やはりアメリカを中心とした小規模経営のブランド、いわゆるガレージメーカーが、ユーロラック（Doepfer社が提唱するモジュラーシンセサイザーの規格）のフォーマットに則り、ここ10年で各々の独自色を打ち出したモジュールを多数発表し始めたのが大きな転換点になっているはずだ。実際、その影響力は中堅・大手シンセブランドにも波及しており、日本でもKorgがMS-20を過去の形そのままではなく、パッチケーブルのプラグを標準プラグから一般的なモジュラーのケーブル規格に合わせたミニプラグへと変更して復刻。廉価なシーケンサーSQ-1もモジュラーシンセの隆盛に対する回答と言えるだろう。RolandもAIRAシリーズの一環として多数のモジュールを発表している。この他にもArturia社のBeat Stepなど、CV信号に対応しモジュラーとの接続が念頭に置かれたプロダクトは枚挙にいとまがない。その結果モジュラーシンセの元祖と言えるMoogが新たな世代に向けて操作性・価格ともに手軽なセミモジュラーシンセMother-32を新たに発表し、Buchlaまでもが幻の名機Music Easelの復刻版をリリースしたのである。

このようにモジュラーシンセを取り巻く流れは留まることのない勢いだが、あくまで欧州・米国が中心のシーンであり、ここ日本では波及しているのだろうか？という疑問もある。Doepfer社といったモジュラー再興の先鞭を切ったメーカーの商品をいち早く輸入してきた福産起業（Five G）や、その他の大手楽器店ですら代表的なガレージメーカーのモジュールを取り扱うようになった今、実際のところ国内におけるモジュラーシンセの存在感はどれほどのものだろうか。その答えを知るであろう人物として、国内では唯一といえるインディペンデントなモジュラーシンセサイザーショップClockface Modularを運営するRintaro氏のもとを訪問した。「模様替えしたばかり」という見事なモジュラーセットが並ぶ東京・幡ヶ谷の事務所にて、ショップ開設のいきさつから今後の取り組みについてまで、リラックスしながら話を伺うことが出来た。

Clockface Modularのウェブショップがオープンした2013年は、Make NoiseやMutable Instruments、Intellijel Designsといった現在人気のガレージメーカーの商品ラインナップが揃ってきた頃…言わばモジュラーシンセ隆盛の口火を切った時期と一致している。しかし店主のRintaro氏曰く、開設に至ったのはその流れとは関係なく「単純に、個人的にモジュラーにハマったのがきっかけ」と語る。「最初に手に入れたのはシーケンサーモジュールだったけど、次に手に入れたMake NoiseのMathsでこれまでの既成概念が飛ばされて…もっと繋げてみたいと思ったし、操作感のダイレクトさや、自由度が比べ物になりませんでした。まだその頃は日本で流通しているメーカーもかなり少なかったし、モジュラーは海外の店舗やメーカーから購入していたんですが、やりとりするうちに輸入がてら自分でお店を始められるかなと思ったんですよね。他のシンセよりも『どう組み合わせるか』のオープンさがあるから、お店で仕入れたり、組み合わせを提案するのも楽しいだろうなって。最初は前職の企業に勤めながら平行してやっていたけど、1年目ぐらいでなんとかやれそうになったから専業にする決断をしました。」

半ば勢いで始めたようないきさつだが、ウェブサイトのページ内には彼の経験則から導き出されたユーザーフレンドリーな工夫がちりばめられている。例えば、商品ページの各ノブやスイッチ、インプットにカーソルを合わせると各機能の詳細が表示される。それは所謂“シンセ用語”だけでなく、ツマミを回した際にどのような変化が起こるかのイメージまで、彼自身の言葉で簡潔にわかりやすく記されている。また、モジュラーには興味があるけど知識不足や複雑さであと一歩踏み込めないユーザー候補に向けて、“モジュラーシンセ”や“CV”、“パッチング”とは何かを理解できるよう、動画を交えたページまで用意しているほどだ。

「UIは意識しました。自分のお店がきっかけでユーザーが増えて、モジュラーシンセのシーンが拡大したら…って考えなかったわけではないし、小さいお店なので他との差別化・付加価値がなければと思ってページの内容を充実させています。モジュールって同じような形にツマミとジャックがついているだけで一目見ただけじゃわからないから、単体機のシンセよりも丁寧に説明しないととっつきにくいですよね。変わった機能のモノも多いし、英語のページを見ても難しいから、日本だと注釈をつけるのが重要でした。海外だとユーザーがネット上の掲示板を通じて頻繁に情報交換をしているし、サイト内に情報があふれている。なのでベルリンのSchneidersやニューヨークのControlといったモジュラーショップも解説ページを作る必要はほぼ無い。しかし日本にはそういった説明はほぼないので、うちのお店が日本語のモジュールデータベースとして少しはお役に立てているかもしれません。ちなみにコメントやページ上のモジュールの並びはレコード屋のウェブサイトもヒントになりました。」

Clockface Modularの強みは親切さだけではない。定番のメーカーによる商品をいち早く取り揃えているのに加え、国内では独自で扱っているメーカーも約20を超える。日本では“ここでしか手に入らないモノ”を多く扱っているが、「本当に小さい新興メーカーは仕入れても正直最初は全く利益にならないってことも良くあります。けどそういうメーカーでも数少ない誰かにとっては素晴らしいモジュールだったりするし、さらに自分達がそのモジュールの良さを分かってそれを説明したり実演できればだんだんお客さんにも伝わって売れ出すってこともあるので、そうやってマーケットを作っていければ健全に広がると思ってます」と話す。下記で挙げられているブランドはいずれも、近年のモジュラー界隈では必携と言えるほど勢いのあるメーカーだ。

「4msとWMDはもともとギター用エフェクターのメーカーだったけど、今はモジュラーの方が主軸になっています。少ないラインナップの時から面白いものを作ってて、自分が店をやっていくうちに更に一回り大きくなったイメージがあります。10年前からインダストリアル系のサウンドを指向したデジタルオシレーターやサンプラーを作ってたIndustrial Music Electronics (旧the Harvestman) や、ビンテージBuchlaのクローンとかを手がけてた人が立ち上げたメーカーSputnik、Verbosも国内だと扱ってるのはウチだけですね。」

上記に加えて、知名度を獲得するには至らずとも高いクオリティを実現しているメーカーが多数ラインナップに並んでいる。中でもRintaro氏のお薦めするメーカーはどれだろうか。「かなり個人的な好みですが…ToppobrilloはSergeモジュラーの影響を感じつつもオリジナリティもあって、ウェーブフォルダーやフィルターはかなり音が良いと思います。あと西海岸的なCVジェネレーターでSport Modulatorっていうのがあって、Make NoiseのMathsとかとは全く違う面白さがある。あとCG Products。ベルリンに住んでるパーカッショニストの人がもともと自分の為に作っていたモジュラーメーカーなんですが、渋めのアナログパーカッションサウンドを作るのに役立ちそうな音源や、外部の生のパーカッションでモジュラーをトリガーしたり変調するのに便利なモジュールなんかを作っています」。国内のガレージメーカー製品も扱っているが、やはり海外と比べるとその数はごく僅かと言える。「今はRolandを除けばユーロラックモジュールを作って流通してる国内メーカーはHikari InstrumentsやM.A.S.Fと…その他にもいくつかあるけど、今後もっと増えて欲しいですね」

上記の中でも頻出していたように「西海岸・東海岸」というサウンドの違いは、モジュラーシンセを深く理解するうえでは欠かせない知識。ここで改めてRintaro氏に説明いただいた。「Moogと同じ60年代に、それとは全く別の発想でシンセサイザーを開発していたBuchlaなどで使われた音色合成・操作方式は『西海岸方式』と呼ばれています。Buchlaがカリフォルニアを拠点としていたのが由来ですね。音色合成に関してはウェイブシェイパーによる倍音付加やFM変調、最終段にローパスゲートを用いた音の色付けなどを利用する。またランダムに動く電圧や上昇下降する電圧を変形・組み合わせることで通常のADSRエンベロープや単純なLFOを超えた多様な動きのコントロール電圧を作り出すことができ、音色変化や音量変化のレンジが東海岸シンセよりも広い。その為実験的、非音楽的と捉えられることもある。コントロールに関しても、Moogが鍵盤奏者に扱えるシンセサイザーを目指したのとは対照的に、シーケンサーやタッチコントローラーなどを採用し、電子楽器の本来持つポテンシャルを解放するようなデザインです。」

「そういう意味で西海岸系はより生楽器に近い音色が出る。Max Loderbauerのアルバムに入ってる、尺八やチューバのように聞こえる音がそれです。ちなみにRolandやKorgとかArpとかDave Smithとか、これまで多く用いられてきた馴染み深いシンセはほぼ全て東海岸ものです。歴史的にはMoogがMinimoogを生み出し、モジュラーの形から鍵盤のついた形のシンセに移行して、みんなそっちを真似したので…西海岸方式のシンセサイズに再び光が当たったのはユーロラックのモジュラーが盛り上がってきた近年からですね。今はデジタルのモジュールもあるし、東・西の定義自体がもはや曖昧になっているのも面白いです。」

オーダーを受ける先は都内が多いとのことだが、大阪にもユーザーはかなりいるそうで、九州や他の地方、さらには中国やオーストラリアからも注文があるという。「ヨーロッパやアメリカと比べるとこっちの方が対応が早いケースもあるから。でもまだまだユーザーがいなさそうな地域はありますね。お客さんにメールで『試奏できますか？』と聞かれることも多くて、その場合、時間さえ合えばここに来てもらってます。おおよそ週1～2日はこの事務所にお客さんが来てるかな。ミュージシャンの人もかなり来るけど、大学の先生とか、完全に家で楽しむ用に買う人もいますよ。家でギターやピアノを弾くのと同じ感じで買ってるかも。かなりニッチだけど（笑）」

実際にユーザーの中にはエレクトロニックミュージック界で実績を持つアーティストも多い。異質なスタイルのミニマルテクノで世界的に評価され、近年は自らのレーベルKebko Musicからより独創的な音楽を発信するAkiko Kiyamaもその一人。導入を決めたのも「Clockfaceに伺って音を直接聴いた時」だと話す。「Rintaroさんはモジュラーのメカニズム的な部分への理解と音楽的な理解の両方をお持ちなので、心強いサポートが身近にいるなら安心して始められるかな思ったんです。最初は興味の対象も定まっていない状態でオフィスにお邪魔したのですが、Rintaroさんがパッチングや原理についても一からレクチャーをしてくれて、そこから自分がどういう方向にまず何から始めようかという相談もできました。最終的にはコンパクトながら一通り遊べて即戦力のあるチョイスができたかなと思ってます。」

「特にMake Noise MathとMake Noise Pressure Pointsが強力で、Pressure Pointsは楽器を弾いている感覚でモジュラーを操作できて、セッティング次第でパネルに触れている面積や位置を変えることで音を大きく変えることができるのがとても気に入ってます。私の場合は音を聴きつつ、面白いと思った瞬間を掻い摘んで繋げながら製作をしていくため、アクシデントがあるのがモジュラーの面白いところ。有機的な音の変化やタイミングを生成できるため、大きなインスピレーションを得られます。知識が浅い段階でライブに使用するのはかなりリスキーでしたが、先日のRDCではどうしても使ってみたくなり初めて使用しています。」

さらに海外にも、Clockfaceとの出会いをきっかけに本格的にモジュラーシンセの興味を持ったアーティストがいる。Hardwax流通の謎めいたテストプレス盤やレーベル(312)からのリリースで知られるシカゴのアシッドテクノプロデューサーTB Arthurは「Clockface Modularのワークショップで、僕はいい”先生”に出会えた」と話す。「昨年東京を訪れた際、友人に『明日Clockface Modularのワークショップがあるから行ってみたら？』と言われたんだ。それで行ってみたら…本当に良い経験になったよ！もともとMake Noiseに創造性があることは知っていたけど、ワークショップで触れたことがきっかけでモジュラーシンセにのめり込みはじめたんだ。Rintaroはそこにあった”全て”のモジュラーを触らせてくれて、使い方も教えてくれた。彼はスキルがあるし、喜んでその知識を共有してくれるから、これまで想像もできなかったサウンドを作るための、それぞれに合ったケーブルの繋ぎ方を見つけることができるんだ。ミュージシャンである以上、僕にとって楽器を生で“プレイ”することはとても重要で、モジュラーはそれが可能だし、創造する上でとても多くの可能性を秘めている。”リアルタイム”でオーディエンスとコミュニケーションする上で重要な即興性に加えて、知識や、音や探求への情熱をシェアできるコミュニティがある、そこがモジュラーの好きなところだね。今はメキシコシティでレコーディングをしているんだけど、あの時のワークショップで興味を持って、後日Clockfaceで購入したモジュールを持ってきているよ。」

モジュラーシンセにのめりこんだ“同好の士”は、やはり互いの情報や知識を持ち寄り、交流できる場を求めるもの。Clockfaceも各種イベントへの出展やワークショップを定期的に行っているが、店舗を開いてからの4年間でユーザーの数や拡がりを実感しているだろうか。「日本で、特に東京に居る自分の周りに限って言えばだけど…Tokyo Festival of Modular / TFoM、Space Orbitで開催されているModular Cafe、Forestlimitで開催してたこの店の1日ショールームには、規模の違いはあれやっぱり限られたモジュラー好きが集まって来る感じで、絶対数がすごく増えた感じではないし、似たようなイベントの数も目立って増えてはいないと思います。ただ、そういうモジュラー専門の現場的なところから離れればモジュラーを導入しているライブアクトやトラックメイカーは間違いなく増えているし、僕のところで扱っているモジュラーに限らず、DoepferやMoog、Korgのセミモジュラーシンセを導入しているアーティストは数えきれないぐらいいますよね。Rolandもモジュールを出してるし、興味を持つ人は増えてるし、もっと増える可能性があると思う。そういう人がよりディープな世界に入っていく手助けも、この店の役目だと思います」

実際にモジュラーシンセの世界に“ハマる”まで、Rintaro氏は自身の経験もあって「1年でだいぶ行っちゃうと思う」と笑いながら話していた。先述したようにショップを始めたのも通常のシンセとは違う拡張性や、アイディアや技術に自信のあるガレージメーカーが少ない予算で参入できるオープン性に魅了されたが故であり、同様に触発され、モジュラーシンセに携わっている人は各国にいるという。「鍵盤のシンセとかグルーヴボックスも持っていたし、DAWも趣味で触ってはいる程度の下地はあったんだけど、それにしても最初のモジュールを買ってから1年でClockfaceを開いてるんですよね。その1年はとりつかれたようにモジュラーについて調べたりしていました。Mutable Instrumentsのオーナーも最初は単体機のDIYシンセを作っていたんですが、テスト機のような感じでとりあえずモジュラーを買ったらはまってしまい1年後にはモジュラーメーカーになりました。あとこの業界で好きなところは、商業的なギミックや大がかりなプロモーションがあまり通用しなくて、ユーザーの希望に答えるものや、それを超えて面白いものを作るメーカーがちゃんと人気が出るところ。バイヤーとしてはそれが嬉しいし、そういうところは守っていきたいです。」

現在は自らのモジュラーシンセを用いたライブセットを時折手がけているものの、もともとは渋谷Koaraのレギュラーパーティー“探心音”をはじめ都内各地でDJとして活動し、さらに辿ると大学と大学院で物理学を専攻していたというRintaro氏。特異に見えるバックグラウンドだが、彼自身の中で繋がっている部分もあるという。「僕はシンセ一辺倒でやってきたわけじゃ全くなくて、実際いきなりシンセの世界に入った感じですね。そもそも一つの箱に好きなモジュールを詰め込んでいくところもDJっぽくて、鍵盤つきのシンセより親しみやすかった。あと大学で物理を勉強していたおかげで信号や波動を直感的に説明しやすいってのはあるかもしれません。ユークリッドの互除法とか、デカルト座標とか、数学的なモチーフを利用したモジュールも多いし。そういうのをできるだけ分かりやすく説明したりするのは自分の仕事の一つ。ただ直感で弄るからこそ生まれるものもあるし、電気系とかの知識は必須ではないです。モジュラーって自由な分、ひとり一人のバックグラウンドを投影しやすいのかもしれないですね。」

どんな楽器でも、優れたライブ演奏や録音が“ハマるきっかけ”となることは多い。ギターヒーローがいるように、21世紀のモジュラーシンセにも指標となりえるスターはいるのだろうか。「さっき言った通り、モジュラーを使っているアーティストって挙げるとキリがないけど…ダンスミュージックの範疇ではSteevioはモダンな使い方でモジュラーをライブやトラックメイクに導入した先駆者の一人だと思います。モジュラーならではの独自の演奏方法を編み出して、しかもメロディアスな要素もふんだんに含まれてて。最近だとVilod（Ricardo Villalobos and Max Loderbauer）とかBlawanとか。モジュラーってノイズやパルス音とかのイメージが強くて実験的な演奏のイメージがあるけど『こう使うべき』というのはホントになくて、しかもダイナミックレンジが広いから生音とも合わせやすいと思います。」

既成概念にとらわれず、セッティング次第で様々な場面の演奏に取り入れられるというモジュラーシンセ。Rintaro氏曰く、近年のリリースはよりユーザビリティの向上に焦点が当てられており、これまで以上に導入がしやすいだろうと語る。「最近は各メーカーがコードを鳴らせるモジュールや、使いやすいサンプラー、エフェクターやミキサーのモジュールを出していて、ますます幅広いジャンルの制作やライブに取り入れやすくなりました。でも、個人的にはやっぱり何に使うか考えさせられるモジュールがワクワクします。あえてローファイに作られたデジタルのモジュールならではのエイリアスノイズとか、特徴的なサウンドのものが“らしい”というか。ドラムのモジュールも面白いけど、ほぼ決まった音しか鳴らせないし『使い出のあるサンプル音源』という感じかな」

各メーカーのリリースはこれまでにないペースで増加している現在。ショップとしてそれを追う中で見えてくる “新しい音”はあるのだろうか。その質問に対し、Rintaro氏は「そう簡単には出てこない」と答えている。「画期的なアイデアがあっても、それをモジュールに組み込んで音楽的になるかはわからない。そういう意味では革新的な発想のモジュールは最近だと多くはないかもしれないですね。同じ感じでメーカーの新規参入も落ち着き目で、所謂“定番メーカー”が使い出のあるモジュールをリリースしつつ力をつけている時期かなと。その中だと既存のアナログシンセ寄りな音のものより、デジタルのモジュールが新鮮さもあって割と売れています。高度な技術や経験の蓄積が要るアナログ回路に比べて、デジタルはソフトさえ入れ替えればいろいろ試せるし安価だから、ガレージメーカー向けなのかも」

しかしモジュラーシンセがエレクトロニックミュージックの制作・演奏、作品のサウンドにおいて中核となりうる“メイン楽器”となりつつあるのは、世界各国の楽器展示会…特に2016年からベルリンにて開催されている電子楽器の祭典Superboothにて大小さまざまなメーカーがモジュラーを発表している様子を見ると確信に近い実感がある。Clockface Modularも業務の拡大と新たなアイデアの実現に向け、強力なスタッフが新たに参入している。「まず一人、Tokyo Black Starのメンバーでもあってミュージシャン、アレンジャー、サウンドデザイナーでもある高木さん。2004年にモジュラーシンセの自作から始めてて、修理もお願いしてます。もう一人のKuroさんは先述のModular Cafeを主催していたり、ruralでライブしたり。2人とも最近はBuchlaクローンのDIYキットを組み立てて一緒に演奏してたりして、スタッフというより先生に近いです。」

とは言えこの事務所にあるモジュラーシンセのセッティングも複雑かつユースフル。アイデアの一つとして、これからは事務所を予約制のショールームとしても使用し、モジュラーシンセに触れる機会を増やしていく計画があるようだ。「モジュラーは柔軟なセッティングができると言うけど、やっぱり音楽として形にするまでが難しい。だから買う前だけじゃなく買った後でも相談に乗るケースが多くて、それはもちろん大歓迎なんだけど…もっとお客さんが気軽かつじっくり試奏出来て、理想に近いモジュールに出会える機会をつくりたいって考えてます。良い意味で実験的な機材だから、鍵盤みたいにさっと鳴らしてもわからない。進んで連絡をもらえれば触ってもらっているけど、もう少し多くの人に来てもらえるように体制を整えたら、この店ももっと使いやすくなるかな。試奏もやっぱり1時間じゃ足りない（笑）」

モジュラーシンセ愛好家にとってはこの上ない時間を体験する機会となるだろう。しかしまだまだモジュラーには「難解」「アナログ」といったイメージが付きまとっているのも事実。しかし時代を経て、モジュラーはよりフィジカルで豊かな創造性を得ているようだ。「Moog III-CやBuchlaもそうだけど、最初期のシンセサイザーってモジュラーだし、そういう意味では原理はプリミティブなものですよね。でも今はアナログだけじゃなく、新しいデジタルの技術を取り入れたモジュールもあるし、その組み合わせで新たな音も創って鳴らせる。あと、単体機のシンセだとモノとポリって境界線が引かれているけど、モジュラーだとその間も曖昧です。例えば、一つのコントロール電圧でたくさんの音を一斉に動かしたり、”一つの音がたくさん鳴るともう一つの音があまり鳴らない”という条件を課すようなパッチングをすると、リズム自体は変化しつつも常に音同士が会話しているようなグルーヴになったり。一つ一つのトラックを順番に作っていくような感覚ではなく、もっと有機的に音が混じり合うような音楽の作り方を、頭でっかちになりすぎずに実際にケーブルを持ってフィジカルにやれる。一般的なシンセのオシレーター、ADSR、フィルター…って信号の順番も、まったく違った形でコントロールできるのが面白いと思う」

Rintaro氏が推奨するセッティングは最小でもケース横1列分、出来れば2列分が理想のようだ。「電源枠含めて1列で20〜30万くらい」と話すように、気軽に始められるものではないかもしれないが、そこからはまさに無限の可能性が拡がる。「単体機の新品シンセでもそれより高いものも沢山あるし、音楽的な可能性の拡がりは保証できる。イメージや目的を伝えてもらえれば、どういう組み合わせのセットがいいかも積極的にアドバイスしたい」とのことだ。「ここ1～2年で廉価のケース・モジュールが増えたし、自作する分値段が抑え目な“DIYキット”を出すメーカーもどんどん増えていて、ここでも扱う数を増やすつもりです。まずは取り組みとして、とにかく間口を広げていきたいですね。モジュラーをまだ持ってない人でも、興味があればショールームでがっつり触りに来れるようにしたい。そこからモジュラーにのめり込んでくれる人が現れてくれたら、何よりだと思います。」

Akiko Kiyamaもモジュラーを音楽制作に用いるにあたっては「巨大なシステムを導入する必要は無い」と話していた。「壁一面の大きなシステムと、それにかかる膨大な費用のイメージが先行しがちですが、実際は小さなシステムでも十分面白い音や自分がやりたいことに特化したものを構築できます。最近の製品だとUSBでサンプルを読み込めたり、パソコンやMIDIとの連携も十分にあるので、全てをモジュラーで完結させなくとも、一つの音や楽器として、今現在の自分のシステムにadd-onしていく形で気軽に導入できるんじゃないかなと思っています」。一方で、TB Arthurは「身近ではない」こともモジュラーの魅力であると話す。非日常的で、未知の領域があるツールであるからこそ、芸術を生み出す原動力になるという意見は私も同感だ。「個人的な意見では、アートとは日々の生活とは違った衝動をもたらすものだと思う。ラップトップやタブレットやスマートフォンでも素晴らしいことはできるけど、もはや当たり前のツールだよね。テクノロジーに囲まれた世界では、芸術的な刺激を受ける機会は少なくなってきている。しかしモジュラーシンセは日々の生活とは別の“クリエイティブな領域にあるツール”であり、刺激的で、トラディショナルでありながら現代的。それと同時にまったくもってシュールな（非常に奇妙で理解し難い）ものなんだ。」

最後に、Rintaro氏がClockface Modularの起点にもなった、彼にとってのモジュラーの最たる魅力を話してくれた。「モジュラーシンセが他のシンセや楽器と決定的に違うのは、エレクトロニックミュージックの枠を超えて、どの音楽ジャンルの人も取り入れられる可能性があるところだと思ったんです。しかも同じモジュールを全く違う形で使用するとかも珍しくない。こんなに多態的な働きができる音楽の道具って、人間の身体とコンピュータ以外にはあんまり無い気がします。」