Mika Vainioは世界的な人気を博すことなく、エレクトロニック・ミュージック界に多大な影響を及ぼした人物であった。先日、53歳で惜しくも他界してしまった彼の音楽を、訃報を知るまで聴いたことがなかった人も、Shifted、Objekt、Modeselektor、Optimoといった彼を敬愛するアーティストたちの音楽は普段から耳にしていたはずだ。Mika Vainioは、何十年にも渡ってエクスペリメンタルな音楽を制作し続け、電子音楽のよりノイジーで、ときに耳障りなほどに過激な在り方を研究した偉大な存在であった。

ソロ名義、あるいは長年のパートナーIlpo VäisänenとのPan Sonic名義を通じて、彼は人間の根本的な本能に働きかけ、強烈な印象を植え付け、恐怖すら与えてしまう音楽を、新旧のテクノロジーを活用して生み出した。Pan Sonicは、改造、あるいは手作りした電子楽器を用いて、斬新で奇異な音を生成することに情熱を注いだことで知られるユニットである。彼らの音楽は発売当時も現在も、類を見ないほどに独特であり、リズムやメロディーといった従来の音楽的要素よりも音そのものの造形、そしてその音がリスナーをどういった気持ちにさせるかを意識した作品づくりを行った。

Pan Sonicはインダストリアル、IDM、テクノやダブといった、すでに周りに存在していたアイディアを独自の解釈で捉え、ミニマルで獰猛な音響彫刻を発表した。なかには、まるで機材を動かしている電力そのものを聴いているのではないかと思ってしまうくらい特異な輝きを放つ曲もある。デュオ名義の作品はリリースを重ねるごとにアグレッシヴになっていったが、VainioはØ名義で美しいアンビエント作品も発表しており、本名を冠した作品ではメタルにインスピレーションを受けたエレクトロニック・ミュージックも展開した。

90年代から亡くなるまでコンスタントにリリースを続けていたVainioは、とても多作なアーティストであったため、彼の大ファンであっても彼が手がけた作品全てを聴いた、あるいは知っているという人は多くないかもしれない。Pan SonicとØ名義に加え、80年代初期のノイズ作品を集めたGagarin Kombinaatiiプロジェクトや、EBMに傾倒したCorporate 09、ダンスミュージックを独自解釈したKentoleviやPhilusといった短命な名義もあれば、SuicideのAlan Vegaとのユニット、Vainio / Väisänen / Vegaもあり、そしてAutechreのSean Boothや、日本ノイズ界の巨星、灰野敬二といったアーティストとのコラボ作品もあった。彼の作品をひとつひとつ聴こうとしたら、数ヶ月では済まないだろう。

彼の作品には一貫したテーマやモチーフが見受けられる。まずは、重厚な音への偏愛。それはメタルやノイズといったジャンルへの傾倒に現れたが、そういったジャンルにつきものである好戦的な虚勢を彼は自身の音楽で一切排除していた。そして、鼓膜を破りかねない高音や、身体の芯までゆさぶる低音など、極限の周波数の多用も彼の音楽の特徴だ。また、特にアンビエントな作品で際立っていた、繊細かつ不気味なメロディーを生み出す彼のセンス。そして忘れてはいけないのが、彼（とVäisänen）にしか作り出せない、津波のように押し寄せるノイズ。そのノイズこそが、聴けばすぐに彼の作品だとわかる、とてつもない個性になっていた。

この特集では、個人的に気に入っているVainioの音楽を紹介する。彼のベストワークをリストアップしたわけではなく、彼のキャリアを綺麗に総括したものでもない。この作品リストは、Vainioの才能と、彼が起こした革命がどんなものであったのかを明確にすることが目的だ。彼が先陣を切ったムーヴメントは、現在のエレクトロニック・ミュージック界の様々な方面のアーティストの作品にその影響が見受けられるほど、大きなうねりを起こしたのだから。

Gagarin Kombinaatti
Survos
2015

2年前にTommi GrönlundとVainioのSähkö Recordingsのサブレーベル、Puuからリリースされた『83-85』は、彼が80年代に所属していたGagarin Kombinaattiという3人組のインダストリアル・グループによる楽曲を集めたものであった。音質は粗く、内容は散乱しているが、波打つ音の洪水、過激なダイナミクス、そして不安感と憤慨が漂う"Survos"の世界観には、90年代以降に花開く彼の音楽性の片鱗が垣間見える。Throbbing Gristleと、その何年もあとに発明されるパワー・エレクトロニクスとの狭間の何かに聴こえるGagarin Kombinaattiの音楽は、いかにVainioらが誰よりも早く激しい電子音楽の可能性を探っていたかを物語っている。

Ø
Twin Bleebs
1994

『Metri』は、Vainioの最初の重要作だと言えるかもしれない。この2枚組アルバムは、90年代初期のIDMとテクノのぼんやりとした枠組みに収まってはいながらも、ありえないくらいの想像力と革新性に富む。このアルバムから1曲を選ぶのは難しいが、"Twin Bleebs"はハイライトと言える名曲だ。テクノの四つ打ちビートが基盤になっているが、毅然と鳴り続ける大胆な音たちが無感情に反復するその様は、ダンスフロアというよりは無機質な機械運動を連想させる。曲の展開の仕方にも同じことが言え、メロディーというよりはただの振動している音と呼ぶべきシンセリードが印象深い。

Panasonic
Teurastamo
1996

電機製品会社からクレームを受けて変更を余儀なくされるまで、VainioとVäisänenはPanasonic名義で活動していた（同社にスポンサーになってもらうことを目的にVäisänenがその名をつけたという噂がある）。電子機器のノイズと電波の混信から成る音の荒波のような初期Panasonicの楽曲は、脳髄を直撃する激しさと静謐さが共存する世界であった。彼らのセカンド・アルバム『Kulma』に収録されていた"Teurastamo"(曲名の由来は食肉加工工場の名前)は、その後、爆発性を孕むパワー・エレクトロニクスへと進化していく彼らの音楽の行方を予言するかのような楽曲であった。

Kentolevi
Keimola
1996

1996年は、ソロ活動においてもPanasonic名義においても、Vainioがクリエイティビティを大いに発揮した年であった。彼が同年にリリースしたKentolevi名義の作品は、同名義の唯一の作品であり、Vainioマニアの間で愛されている1枚だ。同作には90年代の彼のパンキッシュな一面が最大限に現れており、ぼんやりとした音をかき集め、中音域を鋭利的に尖らせた音像になっている。収録された4曲はどれもテクノを腐敗させたような音楽性を探求しているが、特に異彩を放っているのが表題曲。脈打つベースラインが小節の最後でぶつかりあい、勢いよく畳み掛けてくるその様はまるでスピードアップさせたPanasonicのようだ。

Björk
Headphones (Ø Remix)
1996

Vainioは、リミキサーとしては多作だとは言えないが、彼が手がけるリミックスにはどれも彼にしかわからない論理があった（同じことがPan Sonicの手作り楽器にも言える）。彼のリミックス仕事のなかでも最も独自性が高いのは、Björkの"Headphones"ではないだろうか。チカチカと点滅する電気信号の躍動のみが土台となっている同曲には、ギリギリ聴こえたり、もはや聴こえない周波数のうなるような音が蜘蛛の巣のごとく絡み合う。Björkの歌声はまず、電波の悪い場所で受話器の向こうから聴こえているかのごとく、歪んだ囁き声として現れる。その後、彼女の声ははっきりとした輪郭を持つが、それでも楽曲の主役は彼女ではないと言い切ってしまえるところが、Vainioの作る音楽の力強さを物語っている。"Headphones"には、聴くというよりも感じると言ったほうが適切な音が詰まっている。良質なスピーカーで聴けば、きっと想像もしていなかった世界に居る気分にさせてくれるだろう。隅から隅まで作り込まれ、耳ではなく全身で体験するべき音楽を作ることができたことも、Vainioの才能のひとつだったのだ。

Philus
Ionit
1998

Philus名義の作品は1996年の時点ですでに登場していたが、この名義の重要作と呼べるものが発表されたのはその2年後であった。この名義を用いて彼は、ダンス・ミュージック・ファンにとって聴きやすい比較的ストレートなものを制作しており、初期ミニマル・テクノとも呼べる内容になっている。このEPの有名な曲は、ドクドクと流れるアシッドを注入した"Acidophilus"だが、最も注目すべき1曲は"Ionit"。今テクノと聞いたら思い浮かべるような空間処理や、明るいFMシンセ・サウンドなどをこの時点ですでに取り入れていた、ストレートなテクノ・トラックである。

Vainio / Väisänen / Vega
Red Lights Down
1998

Vainioが手がけたリミックス曲は少ないが、ヴォーカリストとの仕事は更に稀であった。しかしPan Sonicが多大な影響を受けた存在であるSuicideのAlan Vegaとのコラボレーションをする話が来たときは、そのチャンスに飛び乗ったようであり、伝説的なこのシンガーと2枚のアルバムを発表している。中でも優れているのが1998年の『Endless』であり、オススメには、Suicideの曲を解体して、VainioとVäisänenの世界観で再度組み立てられたように聴こえる"Red Lights Down"を挙げたい。Vegaは回路を駆け抜ける電子のように、跳ねるシンセ・ラインを上手く乗りこなしており、彼のナーバスな吠えはこの曲のPan Sonicっぽいムードと絶妙にマッチしている。

Pan Sonic
Liuos
2000

2000年にアルバム『Aaltopiiri』を出したころ、VainioとVäisänenはPan Sonicに改名しており、音楽性はより幅広くなっていた。Björkのリミックスで見出した可聴周波数以下の音を用いることのポテンシャルをさらに追究しており、ダイナミクスとクリアな音像で作り上げた傑作に仕上がっている。テクノの一歩手前の"Liuos"などが、良き例だろう。重苦しいベース、捻じれたリズム、そして鋭いほどに鮮明なチャイムのメロディーが揃ったこのトラックには、Vainioの音楽性を象徴する鮮やかなコントラストが集まっている。サウンドは不安になるほど穏やかだが、振動のなかに悪意が身を潜めているのがじわりじわりと感じ取れる。Vainioの音楽はどれほど美しくても、どこか邪悪な顔を持っていたのだ。

Ø
Monneista Viimeinen / Last Of Catfishes
2005

アンビエントを作りたいという衝動にかられたVainioは、2005年にØ名義を復活させアルバム『Kantamoinen』を発表した。同作はVainioの音楽のなかでも突出して哀愁感に溢れており、悲しげなメロディーが多く登場する。ブロークンなドラムパターンがゆっくりと這うなか、マイナーキーのシンセ・リードが不穏な景色を描く"Monneista Viimeinen / Last Of Catfishes"がまさに良き例。『Kantamoinen』は、Vainioの才能はサウンド・デザインだけではないことを証明している。彼は、どんなエレクトロニック・アーティストとも肩を並べられるほどのメロディー・センスの持ち主だったのだ。

Ø
Set The Controls To The Heart Of The Sun
2008

ノイズの偏愛から、彼のキャリア後半のソロアルバムにおいて登場したギター・ディストーションまで、Vainioの音楽の様々な側面でロックやメタルの影響が見え隠れしたが、2008年に発表したこのPink Floydのカバーほどはっきりと形になったことはそれまでなかった。もちろん、これを「カバー」と言い切っていいのかどうかは別の話。彼のバージョンは原曲のサイケデリックな湿っぽい空気感や、メインリフをぼんやりとしたスケッチとして取り入れてはいるものの、そこを除くと完全にVainioのオリジナルと言えてしまう。薄気味悪いベースライン、異次元的チャイム音、そして心を揺さぶりながら、同時に広大な世界観を連想させるアレンジメントが、彼にしか出せない味になっている。

Pan Sonic
Pan Finale
2010

『Gravitoni』は最後のPan Sonicと言えるアルバムであった（その後はライブ盤やサントラが出ている）。ユニットを結成して20年近く経ってから完成させたアルバムで、VainioとVäisänenは過去の自分たちを抹殺し、これまでにないほどに強靭で破壊的な作品を生み落とした。そしてそんな怒涛のアルバムのクライマックスを飾るのが、"Pan Finale"。同作の核心に存在するパラドックスを見事に体現している1曲だ。ノイズがまるで大津波のように押し寄せるが、満ち干きするその様はどこか抑制されている。そういう部分にダブ・ミュージックの影響が現れており、Väisänenはそういった方向性を自身のソロ作品で更に掘り下げている。彼らは多様な音楽的要素を常に注入しては引き抜いていた。まるで、ひとつひとつの要素が灼熱の温度で、長くは手にしていられなかったかのように。

Mika Vainio
Open Up And Bleed
2011

2011年、Vainioはほぼヘヴィー・メタルと言えそうなアルバムを本名名義でリリースした。Mick HarrisのScornを彷彿させるような、大きく生感のあるドラムを土台に、Vainioは激しいディストーション、容赦ない反響の渦、そして攻撃的なドラミングによって構成された地獄の音世界を構築した。Vainioの楽曲群のなかでも群を抜いて不安感を煽る13分間の"In Silence A Scream Takes A Heart"も名曲だが、個人的にオススメしたいのは"Open Up And Bleed"。Vainioのシグニチャー・サウンドであるよろめきのリズムをポスト・ロックな枠組みに収めたトラックであり、Pan Sonicの楽曲にあった奥行き、緊迫感、過激さを、さらに獰猛で、ダイレクトなものに磨きあげている。

Mika Vainio
Load
2013

Vainioは2011年に『Life』を発表したあと、2013年により一層重厚感を増したアルバム『Kilo』をリリースしたが、比較的最近にファンになった人の多くがお気に入りにあげるのはこの1枚だろう。同作収録の"Load"は、Vainioの音楽の力強さの別の側面を見せてくれる1曲だ。この曲は、彼の他の曲と同様にダビーなペースで、威嚇しながら進んでいくが、音そのものの音圧があまりに高く、あまりに凶暴なため、ヘッドフォンやスピーカーで聴いたときの存在感が桁外れだ。"Load"の中盤でVainioが周波数を木っ端微塵にするその様は、まるで腕利きのギタリストが激しいソロを披露しているかのよう。

Mika Vainio & Joachim Nordwall
Praseodymium
2013

Vainioの作品群のなかで見落とされがちなのが、彼のドローン作品。アンビエントだけではなくドローンであり、長い時間音が反復することで生まれる陶酔的なパワーは、彼がよくわかっていたことなのである。これは、彼が機械音や電子ノイズを愛した理由とも繋がる。彼のドローン・キャリアのなかでもハイライトなのが、後期に行ったJoachim Nordwallとのコラボレーション。地鳴りを起こしながら展開する物語のような広大な世界観がSunn O)))を彷彿させ、その実験性はMille Plateauxライク。"Praseodymium"では、Vainioのトゲトゲとした質感がNordwallの美しい叙情的なメロディーに包まれており、喩えるなら、Ø名義の作品が気を緩めて隙を見せているかのような、そんな空気感を放っていた。

Ø
Otava
2013

Vainioのキャリア後期の重要なソロ作のひとつである『Konstellaatio』は、Øの最終章となった。Vainioの子供時代をインスピレーションとした同作には、珍しく彼の人間的な一面が現れており、琴線に触れるメロディーが収められている。"Otava"はこの世界への入り口となるオープニング・トラックであり、水のように流れるシンセ音に、もたついたビートが組み合わさった同曲は、Vainioが手がけたトラックのなかでも特に耳にこびりつく1曲。そして彼の亡き今、改めて聞き返してみると、絶えず前進していた彼はこのとき新しい道を探索し始めていたのではないかと思わせてくれる。『Atomin Paluu』や『Mannerlaatta』などのサウンドトラック作品でも、彼は周波数、反響、ノイズの実験といった彼らしいことをしていたが、彼の辞世の句とも言える『Konstellaatio』で見せた彼の姿は、ひとつのアイディア、サウンドやテクニックに落ち着く自分を許さなかったアーティスト像そのものであった。Vainioの傑作はどれもそうなのだが、同作は、まるで異世界から来たかのような斬新さと、どこか馴染みのある親近感が同居していた。どんなにその音楽が技術的で抽象的であっても、彼が生み出す音楽には常に、奇妙で、いつまでも色褪せない彼らしい個性が宿っていたのだ。

この記事にはBrian Koladaも寄稿しています。