トリスタン・ナルバハ・ストリートマーケットは毎週日曜、ウルグアイの首都・モンテビデオのコルドン地区にて開催されている。皺だらけの老女が鍋やフライパン、本やハンドバッグ、ベルトなどを売り歩き、通りは賑やかに混み合っている。買い物客、そしてひやかしの客が、路上に広げられたシートの上に山と積まれた品々をまたいで歩いてゆく。移動式グリルを囲む人々、漂う煙にジュージューと焼ける音。辺り一帯はまるで迷路のようで、慣れない観光客はすぐに行き止まりにぶつかってしまうのだが、どうやらここに来ているのは現地の人がほとんどらしい。

マーケットから少し歩いたところに、もしかするといま世界で一番かも知れない小さなクラブがある。そのクラブ、Phonothequeは地下に作られたヴェニューで、収容人数は300人程度。3月から12月までの毎週日曜は、近くの屋外でサンデーモーニングパーティーを開催している。午前10時ごろになると、昨晩から遊び通しでぼんやりとした10代か20代そこそこの若者達が通りから溢れかえってきて、ポケットからサングラスを出し、何人かで集まってのんびりと話している。聞こえてくるのは昨晩聴いた曲や会った人の話、そして多くが、これからどこのアフターパーティーに行くかを相談しているようだ。

若者達はPhonothequeなどのクラブで、暗めのテクノ、ミニマル、テックハウス、エレクトロなどを聞いて一夜を過ごす。そこでプレイしているのは、ウルグアイ国外ではまるで知られていないものの、他国のローカルDJと比べてもかなりスキルの高いZ @ p, Kino、Emilio、FabricioといったローカルのDJ達だ。彼らの生活は音楽中心に回っていて、生活そのものが音楽だ。大きめのTシャツにハーフパンツという、DJというよりはスケーターに近いカジュアルな風貌で、ヨーロッパやアメリカから中古のレコードを買い集めては、プロフェッショナルな味付けで曲をプレイして聴かせる、そんな彼らが、Phonotheque（現地では「Phono」と呼ばれている）を中核として、この小さくも豊かなモンテビデオのヒプノティックでアンダーグラウンドなシーンを形作っているのだ。

DJ KooltことEdu Kooltはシーンのリーダー的存在で、ウルグアイでは単なるDJを超えた「神」として称えられている。多くの人々がDJ Kooltによって人生を変えられたと語り、自分の身体にKooltの名のタトゥーを入れている者すら少なくはない。Kooltはベテランのセレクターでヨーロッパにも何度となく行っているが、未だヨーロッパでは殆ど知られていない。現在はKooltの旧友であるDJ Christian Bonanataが一人でPhonothequeを運営しているが、当初はKooltと、同じく仲間のDJ Defectedも含めた3人が同クラブを設立した。BonanataとKooltは2004年に出会い、どちらも長年にわたるヴァイナル好きであるため、クラブはヴァイナルDJ向けに作られている。DJブースはきれいに整頓されており、備え付けのレコードケース、卓上扇風機、持ち運びできるライトが置かれている。場内をくまなくカバーするサウンドシステムからの音は、はじけるような輪郭を持ち、パンチが効いた低音部に収束し、狭い場内のどこに何時間居ようとも明快なサウンドが楽しめる。これぞパーフェクトな小規模クラブと言えるだろう。

2013年にオープンしたPhonothequeだが、ここに行くということは、楽しい夜遊びに出かけるというよりも、むしろ儀式に参加する感覚に近い。フロアの人々は殆ど話さず、携帯も触らず、その代わりにめくるめくグルーヴに没頭している。DJの長々とした音のブレンドと絶妙なペース配分が、フロアの雰囲気を忘我の境地まで誘う。クラシックハウスやディスコは殆ど流れず、無骨なテクノとエレクトロに初期のテックハウス、たまにブロークンビーツなども混ざりながらスピーカーを唸らせる。フロアで踊る人々は自分の世界に入り込み、我を忘れて延々と何時間も踊り続ける。

こんな雰囲気は世界中どんなクラブにもあるわけではない。大概は、止まらないお喋りと歓声、スマートフォンの画面の光が、エレクトロニックミュージックにどっぷりハマり込むという体験を邪魔してしまう。でもPhonothequeではそんなことはなく、うねるようなDJセットと確かなグルーヴ感が踊る人々を魔法にかけてしまうのだ。

「他の街や外国でクラブに行くと、ダンスフロアでは大体みんな喋ってばかりだよね」と、Phonothequeのレジデントの一人、Kinoが言う。「携帯をいじったり、DJの写真を撮ったりとか。でもPhonothequeではそういうことはないよ」

DJのMelina Serserと共にPhonothequeに着くと、フロアはまだ空っぽだった。カールした髪が印象的なMelinaはPhonothequeのロゴのデザイナーでもある。彼女はダウンテンポに特化したDJで、3月は彼女が月間のオープニングセットを担当していた。まだ深夜0時を少し回ったくらいの時間だ。今夜開催されるパーティーは、実は元々の開催日にオーガナイザーがCarl Craigを呼ぶことになり、日程変更されたパーティーなのだという。同日に海外DJの来るイベントが2つ開催されるなんて、人口130万人のモンテビデオではまず不可能らしい。Melinaはまるで休み明けの新学期初日に久々の再会を喜ぶ学生のように、友人とハグし合ってはフロアを元気よく跳ね回っている。そんな中、ウォームアップを務めるBonanataはクールなブロークンビーツとアンビエントをスピンしている。

-Melina Serser

「このサウンドシステム、凄いよね？」と、本日のヘッドライナーであるロンドン在住のDJ、Junki Inoueが言う。Phonothequeへの出演は今回で2度目、午前4時からのプレイだ。そして彼も他の海外ゲストと同様、少々緊張している模様だ。何せこのクラブでは1シーズンのうちに来る海外ゲストはほんの少数なため、期待値が高すぎるのだ。それだけに海外ゲストがプレイするとなると、ローカルDJより実力を発揮できない場合もある。実際、自分たちがモンテビデオを去った数日後にも、UKで今話題のとあるDJがPhonothequeでプレイしたらしいのだが、その時の事を聞いてみても皆、レジデントDJのEmilioのクロージングセットの話ばかりしていた程である。

Bonanataのセレクションの確かさで、フロアは埋まっていく。ヴィンテージなエレクトロやテクノに、ウルグアイのトッププロデューサーであるSpacetravel、Etienne、Z @ pらの新作トラックが流れる中、低い天井の下、回廊の間をハーフパンツにTシャツ姿の客たちが右へ左へ揺れ動く。以前はロック向けのヴェニューとして使用されていたこのダンスフロアは長方形型で、後方に小さいバーがあり、そこを過ぎて最後部に着席できるエリアがある。少し高く作られたDJブースの前で踊ってもいいし、10メートルほど後方のバーの辺りに居てもいい。どちらに居ても同じフィーリングが感じられるので、リラックスしたムードが醸し出されるのだ。ダンスフロアの真ん中で押し合いへし合いするより、後ろに居るほうを選んでも誰も気にしないだろう。

Junki Inoueがセットの幕開けにJus-Edの”Jusnotic”をドロップする頃には、クラブはすっかり混雑していた。先発のBonanataよりもハウシーなプレイで、スムースかつ丁寧なミキシングに、時折メロディーや独特なサウンドが差し込まれる。プレイは3時間ほどで、Phonothequeの基準では短いほうだ。いつもは一晩に出演するDJはたった3人で、深夜ごろスタートして時には朝10時過ぎごろまで続くので、スピンする時間は十二分にある。

本業はシェフだという気さくな人柄のKinoがクロージングを務める。正確なビートマッチングでエレクトロとテクノの間を行き来し、合間に迫力あるブロークンビーツとハイハットを挟み、すべてを力強くまとめる彼のセットはこの夜一番ハードなものだった。しかし本人の落ち着いた人柄とは釣り合わない焦りや気が散った雰囲気が次第に出てきてしまい、そのあとは極めて慎重なDJプレイをしていた。

「やってみたいことがあったんだけど、ちょっとそれとは違う方向になってしまった」。翌週金曜の風が強い夕方、K Feというバーの外でKinoが話してくれた。「実験的な曲を入れていくのが好きなんだけど、客がもっと楽しい感じの音を求めてる時もある。それで、まず落ち着いた感じからスタートして、フロアの客が慣れてきたら、そこから少しずつエクスペリメンタルな音に移っていくんだ。Phonothequeのいいところは、やりたいことは何でもやらせてくれること。Christianが自分たちのことを信頼してくれてるからね」

PhonothequeでDJをするなら、セットにはしっかりと流れがあるべきで、ただトラックをプレイするだけではいけない。ストーリーを伝えることが求められている。それは彼らのセレクションのスタイルやサウンドからもよくわかる。新しい曲と古い曲を混ぜ、よく練られた展開とペース。ムードと音はどんどん変わっていくが、グルーヴがぶつ切りになることはまずない。DJ達は、Phonothequeのダンスフロアが求めているものをよく理解しているのである。

「ここにゲストで来たDJの中には、観客を盛り上げるための単純なトリックを使っていた人もいたね」。Kinoが続ける。「例えば、次のレコードをかける前に、ベースの音を下げるとか。当然、そこに音が戻ってくると、客には低音が強く『ドン！』と感じられる。でも自分たちは、そういうやり方はちょっとね」

Kinoと別れてから1時間も経たないうちに、僕はモンテビデオから100km東に離れた海岸沿いのスポット、プラヤ・エルモサに向かう混雑したバスに飛び乗った。目的はビーチサイドにあるクラブSaturno。今シーズン、同クラブのクロージングでバックトゥバックのセットを披露する若手DJのFabricioとNico Etorenaと共に現地に向かった。Fabricioが席でうたた寝している間、Nicoと僕はDJの報酬について話し合っていた。ヨーロッパのハウスDJ、テクノDJの中には一回の出演で何千ユーロも稼ぐ人がいると伝えると、Nicoは到底信じられないという気持ちを隠しきれないようだった。ウルグアイでは無報酬から良くて数百ユーロ程度が相場のようだ。

南太平洋のパノラマビューが見渡せる広い木造のスペースに最小限の座席。Saturnoは夏限定のヴェニューで、12月から3月までの毎週末、モンテビデオからDJを呼んでパーティーを開催する。エントランスフリーで、もしここがロンドンやベルリンなどのヨーロッパのハウス
/ テクノの中心地にあれば、間違いなく街一番のクラブになるだろう。モンテビデオから深夜の長距離バスで90分で来られる場所なのだが、日没後に長い距離を旅してきたよそ者の自分にはまるで、どこでもない場所にいるように思えた。

FabricioとNicoは深夜0時から4時までプレイしていた。到着時にクラブのスタッフから手渡された蚊除けスプレーをかけた後、この20代中盤のDJ2人はディープハウスからミニマルまでを、6日前にPhonothequeで見たのと同様、スムースで的確な展開でプレイしていた。彼らがプレイしている曲のほとんどはDiscogを見ても判別不能で、Fabricioの場合だとヨーロッパ旅行中に買ったものだ。ウルグアイのDJ達はレコードを買うという目的だけでヨーロッパに行くことも多い。実は、Phonothequeのレジデントの一人のEmilioと僕とは、2016年のADE (Amsterdam Dance Event) の期間中に開催されたSlow Lifeのパーティーで知り合ったのだが、その際、彼はなんとレコードを買うためだけに丸3ヶ月ヨーロッパに滞在していた。

緑、青、紫と次第に移り変わる景色の中、無人だったSaturnoのダンスフロアは3時間のうちに満員になった。小さなバーも後方の角にあり、訪れた人々は地ビールをオーダーしては、ダンスフロアや塀のそばにあるソファに戻っていく。空が明るくなってくると、皆が日の出を観に外に出ていく。モンテビデオのスケートショップPlanetaのロゴの入ったTシャツを着ている人もあちこちに見える。もじゃもじゃの髪が目印のPlanetaの設立者Kike MachadoはここのDJ達の昔馴染みでもあり、Saturnoのイベントの常連客で、この日ももちろん来ていた。

バーに立っているのはSaturnoの設立者の一人、Federico Uribeだ。20代前半、6フィート超の長身の彼は、観客越しでも肩と頭が見えるほど。Saturnoから近いピリアポリス出身で、今はモンテビデオで1年の大半を過ごしている。

「モンテビデオのシーンは、夏の間はスタンバイ状態だね」とUribeが言う。「毎週末、ここにピリアポリスから沢山人が来るのが嬉しいんだ。入場無料というのも重要で、こういう音楽のことをよく知らない人がSaturnoに来て、音と出会って、これまでクオリティの高い音楽が無かった場所にどんどん広がっていくのがいいことだと思う」

クロージングパーティーの音楽はなめらかで艶やかだった。どのDJもすぐにグルーヴを作りだし、最近流行りの派手なハウストラックよりも、90年代ごろのテックハウス好みのクラウド達に曲を届けている。変則的なベースラインに珍妙なブリープ、たまに入るアシッドなライン…ベルリンのDer VisionaereやキエフのCloserなどで聴くようなサウンドだ。夜明け前、SaturnoのレジデントDJで、肩に届く長髪のFefioが、にんまりとしながらMartyné & Jacobの”Frischfisch”をドロップすると、観客がいっせいに前列に詰めかけ、笑顔で頭を振りながら踊り出した。翌日の午後、客の多くが近場のアフターパーティーに連れ立って去っていったあと、ようやくパーティーがお開きとなった。もちろん、1リットル入りのビール瓶（アフターパーティーの必需品）と、ミックスのレコード（こちらこそもっと必需品かもしれない）を持っていくのは忘れずに。

Saturunoは海沿いのクラブとしてはとてもよい立地条件にある。ここからさらに40km先にある、ウルグアイ南岸の有名な観光地プンタ・デル・エステでは、まずこうした店は見つからない。プンタ・デル・エステはピリアポリスに比べてはるかによく知られていて、パーティーの場所としても人気だ。ウルグアイのDJは毎夏、数回はそこでプレイするのだが、パーティーの入場料は高く、裕福な常客ばかりで、Saturnoで見出せるような瞑想的なビートや真摯な姿勢とはまるで異なるものだ。

「自分たちは、これまでプンタ・デル・エステに無かったものを提供できると思ったんだ」。Uribeは続ける。「あそこには本当のクラブといえるものは無くて、パーティーも大規模なイベントやフェスとか、お互い何の共通点もないDJを寄せ集めたようなイベントばかりだ。自分たちはラインナップに統一感があるようにいつも心がけているからね」

Saturnoのシーズンが終わると、モンテビデオはまた活気を帯びてくる。季節労働者や休暇を楽しむ人たちがプンタ・デル・エステに移動するため、冬の間は静かなのだ。「あっちではウイスキー1杯が20ユーロくらいするんだ」と、Martin Craciunが言う。学者肌の彼は、ウルグアイ国内でAlva NotoやMarcel Dettmannの出演するイベントを仕掛けている。「プンタ（デル・エステ）はまるでバレアリックだよ。皆なんとかあそこをイビサみたいな特別な場所にしようとしていて、アルゼンチン人の富裕層の集客を狙ってる。でもモンテビデオのシーンは、決してそういう金持ち相手のものではない」

Craciunはウルグアイの音楽シーンの最先端にいる。彼は実験的な音楽を好み、ベルリンで開催されるCTMフェスティバルでおなじみの国際的前衛エレクトロニックミュージックの組織・CTMのアンバサダーでもあるが、Phonotheque周辺のシーンももちろんフォローしている。年に一度はヨーロッパを訪れ、モンテビデオの若者達が置かれている厳しい状況…生活にかかるコストはヨーロッパの主要都市とほぼ同じくらいなのに、賃金はかなり低いという状況をよく理解している。IMF（国際通貨基金）はウルグアイを途上国と見なしているが、モンテビデオでディナーの際に払った金額は毎回、ベルリンで同様のものを食べたときよりも高い程だった。

「稼げる金額と使う金額のことを考えると、ちょっと公平だとは言えないね」。Craciunは言う。「数週間前にパリに行ったとき、スーパーに行ってみたら、物価はこっちより安かったよ」

Kinoもこう言っていた。「自分の職場には一ヶ月の稼ぎが500米ドルの人達がいる。週に6日働いてるのに家賃の分にもならない。ここでの暮らしは楽じゃないよ」

PhonothequeのDJ達と客達が好むヒプノティックなブレンドの音は、清らかなビーチと陽光で名高いこの国とは不釣合いな気もする。しかし、ここモンテビデオには陰の面があるのだ。殺風景な高層ビルが空を点々と断ち切り、どの銀行にも事件を想定してか、武装した警備員が配置されている。街を歩いても安全で、人々はフレンドリーだが、CraciunとKinoが語ってくれた言葉がふと浮かぶ。「エレクトロニックミュージックのシーンは、みんなに全てを忘れられる時間をくれるんだ」。「歌詞はいらないんだよ、ただ踊りたいだけだから」

Montevideo

PhonothequeでNo Way Backというパーティーを主催するAgustin Garcia Becoñaを訪ねた時は、とても陽気な雰囲気だった。水曜の夜にAgustinの住むフラットを訪れると、リビングルームではすでに2～3時間前からバックトゥバックのセッションの真っ最中。彼らに会うのはその週で2度目で、数日前には他のアパートでJunki Inoueのさよならディナーパーティーがあり、チョリソーやチーズ詰めの唐辛子をグリルする中で、テストプレスのレコードの交換をしていた。本日は、Agustinと友人たちがビールを注いだり、刻みタバコを巻きつつ、順番にレコードをミックスしていた。どこの宅配ピザをオーダーするかの相談の中、Trikeの"Electric Day”が流れる。こんな光景はリーズやベルリン、シドニーの学生寮でもお馴染みのものだが、違うのはそこでかけている曲を手に入れるために要した時間の長さだ。

ヨーロッパやアメリカから通販でレコードを買うと、送料だけで25米ドルはかかる（ヨーロッパ国内での売買であれば、買い手はこういった遠距離の送料の一部を負担している）。さらに商品の到着まで数週間かかるので、モンテビデオのDJ達はその間大きな不安にさいなまれる。なので、彼らがDiscogやJunoなどのサイトで買い物をする際は、まだどんなダンスミュージックのファンも聞いたことがないようなレーベルから出ている隠れた良曲を探すために、信じられない程膨大な時間を費やすのだという。先ほども述べたように送料が高いため、注文にも慎重だ。ヨーロッパのヴァイナル・ディガー達の間では、バルク盤を「ブラインド買い」する（オンラインでは視聴できないレコードを買うこと）のが人気だが、モンテビデオのDJにはとても困難だ。そんな中で、彼らは自分のレコードバッグにそういった未知の良盤をたっぷり詰め込む方法を模索している。

「レコード本体に払う代金より送料のほうが高いんだ」。Kino曰く、「4ドルか5ドルくらいのレコード1枚買うのに送料が25ドルなんてどうかしてるけど、ここでは皆、送料は止むを得ない犠牲だと考えてる。そうやって送料が高いからこそ、誰も知らない安いレコードを見つけるのに一生懸命になれるから」

モンテビデオのDJと音楽談義をしていると、必ず出てくる話題がある。Edu Kooltだ。彼の影響はモンテビデオで会ったどのDJ達にも大きく及んでいて、うち2人は彼の名前のタトゥを入れていた。誰もが彼のプレイを何十回と、もしくは百回以上見ていて、ほぼ全員がフェイバリットDJとして名前を挙げる。さらに、Kooltは5匹のペルシャ猫と暮らす自宅の1階でDJ講座を開いていて、彼からミックスの仕方を教わったDJも多い。単にミックスを教わりに行ったと思っている生徒もいなくはないだろうが、生徒達の多くにとって、それは人生を変える出来事だったようだ。ある暖かな木曜の午後、Melina Serserに通訳をお願いし、彼の自宅に向かった。Kooltはまる1日をDJ講座に費やしていたが、それでも多くのことを語ってくれた。タトゥだらけでいつも笑顔の彼は、情熱に人生を捧げた人が持つ、特有のポジティブさを放っていた。

青果店を営む家族のもと育ったKooltは、未だ知られざるベストハウス／テクノDJといえるだろう。モンテビデオのシーンの中では唯一、DJだけで生計を立てていて、28歳の時に青果店の仕事は辞めている。夏の間は毎週末ごとに5回はプレイしている（「Kooltは結婚式でも、普通のパーティーでも、ホームパーティーでもプレイするけど、いつでも最高だよ」とKinoが言っていた）。トライバルとテックハウスをルーツとし、エネルギッシュにしてスムース、太いベースラインにラテン風味のパーカッション。グルーヴマスターにして、的確なミキシング技術でどんな展開にもエネルギーを注入する。Phonothequeの若手DJよりもループの多い曲をプレイし、時には3曲同時にプレイすることもあるが、そうしてブースにいる間でも友人達とハグする時間は忘れない。Kooltのビートマッチングは流れるようで、Craig Richardsや、Circoloco時代のRaresh、RhadooやPetre Inspirescuらのピークタイムのスタイルを思い起こさせる。トラックはシンプルでドラム中心だが、Kooltはそうしたトラックをブロックのように積み上げ、鮮やかで豊かなサウンドを作り上げるのだ。

彼のサウンドには、00年代を通して多くのレジデントを経験し、磨き上げられたサイケデリックな雰囲気がある。00年代後半、Kooltの長年の友人にして仲間であるウルグアイ人DJ Nicolas Lutzはヨーロッパに活動の場を移し、世界的な知名度を得たが、DJ Kooltはローカルの隠れた名DJとして留まった。

「ウルグアイ以外でDJキャリアを積もうとは考えたことがないんだ」と彼は言った。「旅行は好きだけど、外国に住もうとは思わない。自分が生まれた時、両親はすでにいい歳だったから、自分が面倒をみようと以前から思っていたんだ。兄弟は4人いるけど、それでも自分がやろうと思っていたよ」

ウルグアイのハウス／テクノシーン自体にもKooltが留まるだけのものが沢山あった。彼なしのシーンなど想像がつかない。彼の脚にはこの街の名、モンテビデオの名がグラフィティ風にタトゥされている。Kooltは、Phonothequeと、時代を遡ればMilenioというクラブでの伝説的なセットを通して、そこで育ったDJ達の団結を手助けし、より力強いものにした（Milenioが2007年にクローズした後、Phonothequeが2013年にオープンするまで、彼らがプレイするようなクラブはなかった）。彼の存在と献身的な姿勢が、皆が目指す目標をほかでは見られない程高いレベルに押し上げたのだ。ローカルのDJが世界クラスに素晴らしければ、クラブでレコードをプレイすることにそれ以上の意義を見出せるのだ。

「トラックを選ぶときはパーカッションとベースを聴くんだ」とKooltは言う。「メロディーではない。自分では自分のことをヒプノティックなタイプのDJだとは思ってなくて、ただ皆を踊らせるのが好きなんだ。グルーヴとリズムが好きだね。踊りが一番大切な要素で、そのほかは経験からついてくるものなんだよ」

会話中、Kooltはウルグアイのシーンがいつでもハウス中心なことが気がかりなようだった。ここでは90年代初期に出来たX、La Factoría、Locomotivといったクラブと、SpokとMetropolisという2つのゲイクラブからエレクトロニックミュージックのシーンが始まった。そのどれもが90年代のうちにクローズしたが、これらが現在のシーンの基盤となっている。

「ゲイクラブで一番いい音がプレイされてたね」とKooltは続ける。「1993年に出来たMetropolisっていうクラブで初めて衝撃をうけたんだ。それがここでのエレクトロニックミュージックのブームの始まりだ。Metropolisは総石造りの建物で、とてもオープンでゲイフレンドリーだった」

Fernando PicónとMarcelo Castelliが当時の二大人気DJだった。もう一人、現在ではKooltのインパクトの影に隠れてしまっているが、1993年から2002年までウルグアイに住んでいたパリ出身のDJ、Bruno Gervaisの名も上げられるだろう。

「Brunoが初めて、これまでになかったサウンドをプレイしたんだ。当時、自分たちが知ってたサウンドとは違って、遅めのBPMで、音楽の中にストーリーがあり、旅に連れていってくれるようなサウンドだった。個人的なファンのついたDJとしても初だったね。彼がプレイするときはいつでも遊びに行ってたよ」

Nicolas Lutzは、Bruno Gervaisのことを人生を変えた人と呼んでいる。「もしBrunoがいなかったら、僕は街角でホットドックを売ってたよ」。また、PhonothequeのオーナーのBonanataとランチに行った時には、彼はスマートフォンでGoogle翻訳の画面を出し、僕に手渡してきた。そこにはこんなシンプルなメッセージが表示されていた。「Brunoがいなかったら、Phonothequeは無かった」

「当時はエレクトロニックミュージックのシーンはとても小さくて、主にイビサ風のハウスミュージックが好まれていた」と、Bruno GervaisはEメールを通して語ってくれた。「2002年にニューヨークに引っ越して、数年後にウルグアイに戻ってみたら、かつて僕のセットで踊っていた若者達がDJになり、シーンがすごく成熟していた。こういう小さい国の人々が、音楽の移り変わりについていってる事には、いつも本当に感心するよ。ここには、他の場所にはない何かがある。皆の音楽に対峙する姿勢や、自ら音楽を楽しもうとする姿勢だ」

Kooltもまた、ウルグアイが音楽の移り変わりに敏感なことを指摘していた。彼は『The Sound Of Belgium』という、ヨーロッパの初期EBMとニュービートのシーンを取材したドキュメンタリーを観ていて、ベルギーとウルグアイの共通点を発見したのだという。「1987年から88年頃のまだインターネットがなかった時期にも、ウルグアイのDJは当時ヨーロッパでプレイされてるのと同じ音楽をプレイしていた。だから、今起こってることは決して新しい現象じゃなくて、すでにそういう背景があって起こってることなんだ」

Christian Bonanata

Bruno GervaisはPhonotheque周辺のシーンが成長するにあたって、直接的な影響を及ぼした。PhonothequeのDJのスタイルは遡ればGervaisから始まり、KooltやNicolas LutzのあとにはZ @ p, Omar, Fede Lijt 、Emilioが続き、そしてFabricioやNico Etorenaらの若手につながっている。皆、自分のスタイルが上の世代のDJに影響されているのを自覚していて、誰もがフェイバリットセットとしてそうしたDJのセットを挙げている。地元のヒーローの凱旋として年に数回行われるLutzのPhonothequeでのオールナイトセットは未だ伝説として皆が語り継いでいる。

「NicoはLutzのスタイルやテイストのフリークなんだ」と、シーンの最年少DJであるFabricioが言う。「彼はいつもミニマルをテクノやエレクトロとミックスする。でもLutzがここに住んでいたころがミニマルの流行りのピークだったから、よくわからないことになるんだよ。ここでは、テクノはいつも一部のDJがプレイするだけなんだ」

Fabricioは典型的なモンテビデオのDJだ。Phonothequeのレジデントではないが、年に数回プレイする。英語も流暢だが、数分おきに語彙が少なくて申し訳ないと詫びてくる。所持金に余裕があれば全てレコードにつぎ込み、そうして買ったレコードが昨年彼がMy Own Jupiter向けに作ったミックスに収録されている。

「Kooltのプレイするテクノはもっとトライバルでソウルフルで、そこにテックハウスの雰囲気が入った感じかな」。Fabricioは続ける。「KooltとNicoはウルグアイのシーンの最重要DJだよ。当初、Nicoは革新的すぎたんだけど、一度出て戻ってきてからは彼が全てを変えていったんだ。テクノをプレイし始めるDJが増えて、シーンがより純粋にテクノ寄りになったんだ。それより前は殆どハウスで、Derrick Carter、Spencer Kincy、あとはシカゴハウスの名曲とかそんな感じだったね」

ウルグアイのDJ達は徐々に国外でも知られるようになってきた。Z @ pは今後ヨーロッパに拠点を移す事を考えていて、2016年にはドイツのレーベルMelliflowとTrafficからレコードをリリースし、キエフ、ソウル、イビサでプレイしている。ダウンテンポのDJで今回Kooltの取材で通訳をしてくれたMelina Serserは、今後ヨーロッパツアーと、XLR8Rでのポッドキャストの公開が控えている。現在ベルリン在住のOmarは、ドイツ国内、スペイン、UKで頻繁にプレイしている。

ヨーロッパの魅力はやはり強いものらしい。自分がウルグアイで出会った人々の多くがヨーロッパからの移民2世や3世で、移民元の国であるイタリアやスペインなどのパスポートを取るのは簡単だ。なので、ヨーロッパに行く人は多いが、そこに留まる者は少ない。2013年にPhonothequeのオープン記念パーティーでプレイしたFede Lijtは、2014年にモンテビデオに戻ってくるまでの2年間、ベルリンに居た。彼はレーベルEl Milagro Recordsを運営していて、2013年の設立から2枚のレコードをリリースしている。EFD（Time PassagesやCabaret Recordingsのディストリビューター）のディストリビューションを通した低いペースでのリリースだが、ヒット率に関しては驚異的だ。最初の12インチであるLijtの”Resina” は、隠れヒット曲ながらも時代を先取っていて、その少し後にSpacetravelが流行らせた重いベースにコズミックなミニマルサウンドというスタイルの先駆型と言えるものだった。続いてリリースされたウルグアイのプロデューサー2名、Luis MalonとOvachによるレコードも良盤だ。

「あの曲は2013年にベルリンで作ったんだ」街路樹の生い茂る通り沿いにある広い自宅にてLijtが語る。「その後、レーベルは休眠状態だ」

僕がLijtの家を訪れるに先立ち、彼の地元ラジオ局でのインタビューに同行した。中年の技術者達がブースの外に吊り下がった古いTVでサッカーを観戦している中、モンテビデオのウェアハウスパーティーの主催者が、Lijtが2016年に設立した楽曲制作スクールについての質問をしていた。Lijtは言葉を濁さず率直にものを言うタイプで、アパートに着く前からベルリンについての話題が山ほど出てきた。

「だめなDJもたくさんいたね」と彼は語り始める。「いいDJの割合はウルグアイのほうがよっぽど高いくらいだ。自分たちはヴァイナルでプレイするけど、ヨーロッパに行って初めて、コンピューターでDJしてるのを見てショックだった。自分たちはいくらカネがなくたってレコードを買うのに。何かしら抜きん出たいならそうするべきだよ」

しかし実際のところ、他の南米諸国と比べると、ウルグアイにレコードを個人輸入するのは簡単なことなのである。例えばブラジルやアルゼンチンでは、輸入の関税は最大70%にもなるが、ウルグアイだと関税がかからない。「本やレコード、CDなどは”文化”と見なされてるから、タックスフリーなんだ。」Kinoが教えてくれた。

この文化的なものへの関税免除なくして、Phonotheque周辺のDJコミュニティが栄えることはなかっただろう。たった一つの物事がこうした大きな渦を生む手助けとなることがあるのだ。とんでもなく才能のあるDJ達が、しっかりしたパーティーカルチャーとヴァイナルへの情熱がある国にいる。この行く末に注目してほしい。2013年にPhonothequeが出来てから、シーンは一気に爆発した。「Phonothequeは僕たちに進化の場所を与えてくれた」とKinoが言う。「僕たちのこのサウンドは、クラブとクラウドが求めたから出来上がったんだ」

Phonotheque周辺のシーンはある意味確立されているが、まだ発展する余地もある。現在Phonothequeは週に1度しかオープンしていない。モンテビデオには本当の意味でのレコードショップがまだ無く、DJ達の不満のもとでもある。また、Phonothequeの客は男女半々ずつなのに、これまでプレイした女性DJはまだ片手で数えられる位しかいない。

実験音楽のプロモーターのMartin Craciunは「ライターとフォトグラファーが必要なんだ」と言う。「このシーンはもっと成長していくはずだから、いま起こっていることを記録できる人材が要る。まずシーンの頂点には、偉大なベストDJのEduがいる。彼は経済的に相当恵まれていたっていいはずなのに、現状、そんなに大金を稼いでいるわけではない。つい先週DJを始めたばかりの人と彼を比べても、財産や収入の面ではそんなに隔たりがないんだ」

ウルグアイから世界にブレイクするネクストDJとして期待されるZ @ pは、3月11日日曜日の正午ごろ、Phonothequeのデッキの後ろで大人しくしていた。KooltからManuel Jelenへと続いたセットのクロージングを担当していたのだが、バーの近くでサッカーをしている時に足首を痛めたそうだ。クラウドの数はそんなに多いわけではないが、フロアには熱気があった。長時間に及ぶテックハウスとテクノの応酬のあと、Z @ pはよりディープで空間的なサウンドへとシフトしていた。UKのアーティストSilverliningが1998年にリリースしたテックハウストラック”Ni Cd Deluxe”がドロップされ、メロディックで感傷的な雰囲気の長いブレイクダウンののち、ハンドクラップと口笛の音が入ってくると、客の中には泣き出しそうになる人々もいた。

こうして僕は2度の週末にかけて、合計50時間近くにわたる上質なダンスミュージックを堪能した。その大半がここのローカルDJがプレイしたものである。音楽が止まると、EmilioとKinoがバックステージの壁に寄りかかって、アフターパーティーをどうするか話し合っていた。Emilioはバッグまるまる一つ分のお気に入りのレコードを自宅に置いているので、キラーチューンづくしのアフターは保証されたも同然だ。ダンスミュージックのあるべき姿を求めるなら、モンテビデオより良い場所はほかにはないだろう。