2017年6月8日、英国総選挙が実施される。あるひとつの問題が与党保守党に支持者拡大を画策させることになったのだ。英国は2年以内にEUからの離脱交渉を開始しなければならない。英国のEUからの離脱、通称ブレグジット（Brexit：Britain + Exit）はヨーロッパ及びUKの数多くの団体や個人に影響を及ぼすことが予想されているが、今回はあるひとつの団体が受ける影響について考察していく。その団体とは、レコードショップ、ヴェニュー、インディーレーベル、プロモーター、エージェント、プロデューサー、フェスティバル、DJ、クラバー、音楽ファンで構成されるダンスミュージックコミュニティだ。

ブレグジットが最終的にどのような影響を及ぼすのかは、離脱交渉がどのような結果に終わるのかによって左右されるが、その交渉にどのようなアプローチで臨むべきなのかについては政党によって意見が異なる。しかし、ミュージックコミュニティにとって喜ばしい結果を期待するのはほとんど不可能に近い。なぜなら、英国におけるEUの影響力を弱め、英国とEU圏外の国々との経済的連携を強めていくというブレグジットの2大指針は、我々のシーンにこれまで一度も問題をもたらさなかった部分に影響を及ぼすからだ。これまではその真逆に近かった。EUは英国のダンスミュージックコミュニティがヨーロッパ圏内で流動的に活動することを許し、フェスティバル、プロモーター、レーベル、クラバーなどが国境を越えて関係を構築して、ヨーロッパ大陸内で様々な経験を楽しむことを許していた。

現時点ではヨーロッパでパフォーマンスをする英国のアーティスト、そして英国でパフォーマンスをするヨーロッパのアーティストに関する部分がどのような交渉結果になるのかは分からないが、自由な移動が難しくなるのであれば、ある種のビザ申請が必要になってくるだろう。通常、ビザの申請料金はクラブが負担し、クラブは入場料でその分をリクープしている。知名度の高いアーティストは、米国ツアー時と同じく、自己負担で長期のビザを申請することができるかもしれないが、まだ知名度の低いこれからのアーティストたちをブッキングしている小規模なプロモーターにとってはヨーロッパのDJを英国に連れてくる際のリスクが大きくなり、おそらくは英国の新人アーティストがヨーロッパでパフォーマンスする機会も減るだろう。そして、そのような新人アーティストたちがその代わりとして米国やロシアをはじめとする他のエリアからのオファーを受けることもないだろう。なぜなら、ヨーロッパと同レベルのシーンを抱えている大陸は他に存在しないからだ。

単一市場（シングルマーケット）は、人・物・サービスが何の障害もなくEU内の任意の国へ移動することを許可する様々な条約や契約によって成り立っている。たとえば、VAT（付加価値税）もそのような条約によって相殺される仕組みになっており、通常はアーティストとプロモーターには課税されないようになっている。また、時として現地の税務署によって徴収されることがあるアーティストの報酬に対する源泉も、アーティストが自国での所得税申告時に申請すれば、その分を取り戻すことができる（徴収の重複を回避できる）。そして自国外の社会保障税に関しても、通常はアーティストが自国でそれに相当する税金を支払っていることを証明できれば課税されない。これらの取り決めがブレクジット後にどのような形に変わるのかは誰も分からないが、課税システムを簡略化するために施行されている現行法がより複雑なものになり、その結果、ヨーロッパをツアーしているUKのミュージシャンの生活が法令遵守（書類申請作業が増加する可能性があるため）と税率（収入低下の可能性があるため）を原因に苦しくなる可能性は高いと言って良いだろう。

アーティストの収入が減れば、翻ってプロモーターが負担するコストが増す可能性もあり、そうなれば、プロモーターはリスクを負うのが更に難しくなる。またこれは、パーティやフェスティバルのラインアップが似通ってくる可能性も生み出す。知名度が高く集客が見込めるアーティストが更に重用されるというわけだ。そして通常の場合、そのようなアーティストは金銭的余裕があるビッグアーティストたち－ビザの申請料金をカバーしたり、様々な障壁を乗り越えたりできるアーティスト－のことだ。

輸送費と制作費をできる限り抑える必要があるレコードショップやレーベルは、スリーブやレコードをUKとEU間で動かす際に輸入 / 輸出税（いわゆる関税）や各種障害が発生しない単一市場に頼っている。ブレグジットによってUKのレーベルやディストリビューター、レコードショップが負担する制作費、輸送費、関税が高くなれば、UK盤、またはUKのディストリビューターが扱っているレコードを購入しているUKとEUのカスタマーにとって、レコード代がかなり高くつくことになる。

UKの音楽業界を代表する団体UK Musicは、このような部分におけるある程度の適用除外を求めて抗議する予定だが、このような適用除外が認められるのは離脱交渉で寛大な貿易協定が結ばれた時のみだ。ちなみにこの寛大な貿易協定を結んで離脱することを “ソフトブレグジット（Soft Brexit）” と呼ばれることがある。そして、それ以外の形、つまり最低条件の貿易協定で終わる、もしくは何の合意も得られないまま交渉終了という最悪の形での離脱が、“ハードブレグジット（Hard Brexit）” だ。では、どの政党がどのブレグジットを求めているのだろうか？

現時点（2017年5月17日）では保守党（Tories）がかなり有利と見られているため、基本的に今回の総選挙は離脱交渉とその後の展開について、野党の意見をどの程度を取り入れる必要があるのか、また、どの程度彼らと協調しなければならないかを測るために実施される。つまり、大多数の議席を獲れれば、保守党にとって問題になるのは党内で反対を唱える議員だけになる。しかし、僅差での勝利になれば、保守党内のそのような “反逆者” たちと野党が手を組んで、EUとの離脱交渉の条約締結に影響を及ぼす可能性が出てくる。

首相テレーザ・メイを中心にまとまっている保守党内の強硬派は、自由な移動の禁止と単一市場からの離脱を狙いながら、同時に自動車や金融など、特定の業界に有利な貿易条約の締結も狙っているが、保守党内にはそのような貿易条約が締結できない場合は、いかなる条約も結ばずに離脱すべき、つまり最もハードなブレグジット（Hardest Brexit）にするべきだと考えている議員もいる。

一方、最大野党の労働党（Labour）は人や物の移動と単一市場からの離脱に関しては柔軟に対応すべきだという考えを提示している。労働党内には、最終条約締結後に再度国民の意思を問うべきだと唱えている議員もおり、労働党党首のジェレミー・コービンもその可能性を否定していない。EU出身の人間がUK内に留まれる権利を考慮するという彼らの公約からは、彼らがよりソフトなブレグジット、つまり、EUとUKの貿易協定をより緩和したものを望んでいることが窺える。

離脱交渉の合意内容を国民投票にかけるべきだという考えを公約の中心に据えているのが自由民主党（Lib Dem）だ。自由民主党は自由な移動と現在の課税協定は維持されるべきで、そうすることがUKに繁栄とチャンスをもたらすだろうと考えている。緑の党（及びスコットランド民族党）と共に、自由民主党はアンチ・ブレグジット政党に含めることができるだろう。

スコットランド住民は、スコットランドの独立とEU加盟を掲げるスコットランド民族党に投票することが可能だ。スコットランド民族党は、離脱交渉がUKに不利な形で終われば、スコットランド独立を問う国民投票を実施するとしている。

UKの保守党の右翼部門として考えられているイギリス独立党（UKIP）は自由な移動の完全撤廃を求めている。現在、イギリス独立党はヨーロッパやその他の国からの移民に関して「one in, one out（ひとり入国したら、ひとりが出国する）」というアプローチを取るべきだとしている。このような政策に対するEUからの回答は、英国民のEU内における移動と仕事に厳しく制限をかけるものになるだろう。

では、自分も政治に積極的に関わりたいという人は何をすべきなのだろうか？　一番簡単なのは、登録作業を済ませて投票することだ。こちらから登録すれば、あとは6月8日に最寄りの投票所で投票すれば良い。国民保険番号さえあれば、5分で登録作業は終わるはずだ（編注：5月22日に登録は締め切られている）。尚、6月8日に18歳を迎えている必要があるが、6月8日までに誕生日を迎えるのであれば、17歳でも登録は行える。

次のステップは家族や友人と会話を重ねることだ。これは投票と同じくらい重要だ。多くの人たちはEU残留・離脱について感情的な意見を持っており、感情的になってしまえば、自分の選択が実際の生活にどのようなインパクトをもたらすのかを判断するのが難しくなる。今回の記事は、我々が愛するカルチャーに起きる可能性があるいくつかの変化をまとめるために用意したものだが、上記のような可能性が心配だという人は、自分の考えを周囲に話し、その考えが他人にも理解できるものなのか確認してみよう。

ソフトブレグジットに向けて積極的に活動したい、もしくは離脱交渉の合意内容について国民投票を実施すべきだと考えている人は、Open Britainに参加することが可能だ。この団体はハードブレグジットに反対する下院議員と選挙区のリストを提供しており、最寄りの選挙区の議員に手を貸して、彼らの政治活動の認知度を高めることができる。