モルモン宣教師から人類学者に転身したKilton Stewartという人物が、マレー半島の山頂にひっそりと暮らす小人民族のセノイ族と出会ったのは、1934年のことだった。彼がのちに出版した著書『Pygmies And Dream Giants』によると、Stewart は「universal man（普遍人）」を求めて世界を旅していたようだ。そして旅先で先住民と出会うと、彼はグッドイナフのDAP（人物画）テストなどといった、当時の知能テストを用いて分析を行った。セノイ族と数週間過ごしたStewartは、彼らを平和的な部族だと判断した。彼によると、その穏やかさの根底には、この部族の「夢」に対する考え方、解釈の仕方があったのだという。

「空を飛ぶ夢や性愛の夢など、喜びを感じさせる夢は、目が覚めた際に、夢を見た人が幸せな気持ちになっていたり、あるいは集団全体にとって価値のある何かが得られるまで、見続けるべきものなのだと、セノイ族の人々は信じている」と、Stewartは綴っている。「例えば空を飛ぶ夢なら、どこかに到着するまで飛び続け、辿り着いた地に住む人々と交流し、彼らの音楽を聴き、彼らのデザインを鑑賞し、彼らのダンスを踊り、ためになることを何か学ぶべきだと、セノイ族の間では言い伝えられているのだ」。Stewartが発表したセノイ族の夢理論は、西洋における夢の在り方に変革をもたらし、それ以来、自分の見た夢について語り合うドリーム・ディスカッション・グループが各地で行われるようになった。

アメリカ人のトランペッター／作曲家のJon Hassellも、セノイ族の夢理論に感銘を受けたひとりだ。1981年のアルバム『Dream Theory In Malaya』を制作するにあたって、彼はインスピレーションを求めてマレー半島に足を運んでいる。しかし彼が訪ねたのはセノイ族ではなく、同じくマレー半島の湿地帯に生活するセメライ族の集落であった。そこで彼はフィールド・レコーディングを行っており、水しぶきの音などが同作の楽曲に組み込まれている。Hassellは自身が書いたライナーノーツにて、「彼らの喜びに満ち溢れた水遊びの音のリズムが、アルバム全体の指針となった」と明かしている。

同作には『Fourth World Volume Two』という副題が添えられたが、これはその一年前にBrian Enoとのコラボレーションで発表した『Fourth World Vol. 1 - Possible Musics』というアルバムの続編という位置づけであり、彼が提唱した「Fourth World（第四世界）」というコンセプトの一部であることを示していた。ミニマリズム、エレクトロニクス、民族誌、そして自身のルーツをインスピレーションとした同作は、民族音楽と電子音楽を混合した刺激的な音のコラージュであり、Hassellが70年代の後半から探求し続けた古代と未来の革新的な融合の一環であった。Hassell自身はこのアルバムを「未知なる空想世界」の音楽だと説明している。

「当時、冷戦の時代、第一世界と呼ばれる国があって、そして、主にソ連などを第二世界と呼んでいた」と、Hassellは以前インタビューで答えている。「そしてそのどちらにも当てはまらない国が第三世界だった。つまり、発展途上国だ。そういった発展途上国の多くには古くから続く伝統がまだ残っていて、そういった土地で鳴る音楽にはスピリチュアリティが内在する。そして第四世界とは、つまり3+1ということだ。第三世界の伝統や精神性と、第一世界のテクノロジーの融合、という発想なんだ。ハーモナイザーを使うだとか、そういったことだ」

2012年にTruantsでHassellしばりのミックスを公開した、Beautiful SwimmersのMaxmillion DunbarことAndrew Field-Pickeringは、同サイトに掲載されたインタビューで「Hassellのアイディアはとても斬新だった」と語っている。「グローバル化が進んで、様々なものが国境を越えてお互いを影響し合っている今、ネット上で聞いたちょっとしたリズムにすぐにインスパイアされることもある。彼は、そのうちそうやって世界中の音楽がどんどん混ざり合っていくことを予見して、先にやってしまおうと考えたのかもしれない」

Hassellのデビュー・アルバム『Vernal Equinox』が世に登場してから40年の月日が流れた現在、彼が提唱したFourth Worldの世界観はエレクトロニック・ミュージック界の隅々まで深く浸透している。Ricardo Villalobosのジメジメとした反復音、Call Superの蒸し暑い湿地帯のような質感、Oneohtrix Point NeverやArcaの変幻自在の電子音、あるいはJan Jelinekの奇異な音の鳴りなど、ありとあらゆるところでHassellの描いた音世界の欠片を見つけることができる。ここ1年ほどに絞っても、Visible Cloaks、Don't DJ、Andrew Pekler、Wah Wah Winoクルー、NYCのGeorgia、モントリオールのRAMZiといったニューカマーたちの音楽にHassellらしさが見受けられた。また、RVNG Intl.、Music From Memory、Palto Flats、Emotional Rescueといったリイシュー・レーベルからも、電子音楽と民族音楽の交差を追究する作品のリリースが続いており、K. LeimerやRoberto Musci、Mariahの『Utakata No Hibi』、Sons Of Arqaの作品などが注目を集めた。今年4月、Optimoから『Miracle Steps: Music From The Fourth World 1983-2017』というコンピレーションが登場しているが、これはメキシコのニュー・エイジ賢者Jorge Reyesに始まり、RapoonやO Yuki Conjugateといった80sポスト・パンクス、フリージャズ作曲家のLarry Chernicoff、そしてIona Fortune、X.Y.R.といったベッドルーム・プロデューサーたちの音楽までを、Fourth Worldの観点で再解釈した意欲作である。耳をすませば、第四世界のスピリットが現代の至る所に宿っていることが解るはずだ。

「もう数年前から徐々に構想を練っていたんだけど、急に物事が進んで一気に完成したんだ」と、『Miracle Steps』についてOptimoのJD Twitchが語る。彼は同作を同じくFourth World好きのDJ、Fergus Clarkと共に監修している。「時代を超越していて、いつの時代に作られたのか解らないというのが、こういった音楽の魅力のひとつだと思う。どこか原始的で、かつ未来的でもあって、異世界を想像させる。あと、夢のような音楽世界に逃避したいと思ってしまうほど、めちゃくちゃな時代に生きているからこそ、この音楽に惹かれるのかもしれない」

Hassell以前にも、この世界に足を踏み入れていた者たちはいた。彼が師と仰ぐKarlheinz Stockhausenは、1966年の『Telemusik』や、代表作『Hymnen』といった作品で既に同様の実験を行っている。後者は世界中の国歌を電子的に処理し、素材として組み合わせた音響コラージュであった。ジャズの世界にも、故郷を離れ地球の反対側で新しい音を求める者たちがいた。ジャズ・クラリネット奏者のTony Scottは、『Music For Zen Meditation』にてシタールや尺八の演奏を取り入れた。Alice Coltraneは名盤『Journey In Satchidananda』にてインドの音色を混ぜたジャズを展開し、その後にはインドの賛美歌バジャンをアフリカン・アメリカン・ゴスペルに置き換えて歌い上げた幻のカセット・テープ音源を遺している。トランペッターのDon Cherryは、50年代後半にOrnette Colemanのカルテットの一員としてジャズ界を革新したが、60年代末には世界を旅し、70年代にはジャワのガムラン、アラビアのリード、インドのタンブーラやタブラといった様々な民族楽器の演奏を収めたアルバムをリリースしている。

「Don Cherryは私がとても尊敬している師匠だ」と、作曲家のLarry Chernicoffはメールでのインタビューで答えてくれた。彼の師匠と同様に、Chernicoffの音楽もフリージャズとガムランを融合しており、1983年に発表した『Gallery Of Air』は、その作風を象徴する忘れられた名盤と言える。このアルバムに収録された"Woodstock, New York"（『Miracle Steps』に収録）という楽曲は、アフリカの弓形ハープのフレーズとフリージャズ・ホーンの音色が同居する、同作品の最もスリリングな一曲であった。

「Cherryは音楽活動を通じて様々なことを果たしたが、西アフリカの弦楽器であるdoussin gouniという大きな楽器を演奏したことも印象深い」と、Chernicoffが言う。「友人のTom Schmidtと私は、同じ楽器のもう少し小さなものを購入したんだが、その楽器を演奏すると瞑想している気分になるんだ。アフリカの弦楽器にはそういったトランス状態をもたらす効果がある。“Woodstock, New York”でやったように、長い時間同じフレーズを延々と演奏し続けて、一定のリズムを保ちながら細かいバリエーションを加えていくようなセッションは、一種のトランス状態に入らないとできないんだ」

Chernicoffは、自身の音楽はFourth Worldのコンセプトに当てはまるとは思っていないそうだ。むしろ、彼はHassellの音楽を聴いたことがないらしい。しかし、『Miracle Steps』に自身の曲が収録されたことは光栄だと語る。「私の曲をコンピに入れたいとFergusとKeithに言われたときは、正直驚いたよ。アルバムをレコーディングしてリリースしていたときは、まさかこういったタイミングでこうやって人に聴いてもらえるとは思ってもいなかったね」。発表から35年経った今、"Woodstock, New York"はまったく色あせておらず、そのスピリチュアル・ジャズとミニマリズムとアフリカン・ミュージックの絶妙な調和は、特定の時代に属さない。

「自分の音楽に関しては、“ありえるけど、ありえない”っていう状態を目指して制作しているんだ」と、Andrew Peklerは去年リリースしたアルバム『Tristes Tropiques』の制作プロセスについて語る。Hassellに影響を受けたかどうか訊くと、彼はレコード店で働いていた頃、Hassellの『Dream Theory In Malaya』を聴いて衝撃を受けたと教えてくれた。ジャズ、ニューエイジ、エレクトロニック、アコースティック演奏、そしてFolkwaysやOcoraといった名門ワールド・ミュージック・レーベルで聴けるようなフィールド・レコーディングがごちゃ混ぜになったその作品を、彼は店のどの棚に置けばいいか悩んだという。

「どういった音楽要素を混ぜ合わせているのか、解らなくすることなく、彼は全ての音素材を同じに扱う」と、Peklerは言う。「加工された元の音が何だったのか聴けば解るし、原形を留めないほどに処理してしまうことは、彼はしないんだ」

これは一歩間違えると、キッチュになってしまったり、1950年代に蔓延したエキゾチカの明らかな乱用（なぜか90年代にリバイバルが起きたトレンド）、あるいはただトライバルなサウンドがふりかけられただけのアンビエント・ミュージックに陥ってしまいかねないが、Hassellの音楽には未知の世界に踏み込む気持ちにさせてくれる何かがあった。それは、最初に彼の音楽が国境を越えて世界へと漂っていったときから同じであり、1982年にイギリスのノッティンガムで結成されたインダストリアル・グループ、O Yuki Conjugateの心を掴んだのも、そんな何かであった。

「俺たちはCabs（Cabaret Voltaire）とJon Hassellを同時期に聴いて、両方に影響を受けたんだ」と、メンバーのAndrew Hulmeが思い出す。「EnoとHassellの音楽は衝撃的で、完全に世界の見方が変わったよ。彼らは音楽で異世界を垣間見ることができるってことを証明したし、音楽にじっくり入り込んで、深く聴くことを教えてくれたんだ」

メンバーのRoger Horberryは、バンドの初期の音楽はHassellの音世界の模倣の失敗だったと感じているそうだが、そういった失敗を通じて、彼らなりのインダストリアル／ポスト・パンク／民族音楽の融合を見出すことができたとも言った。「ミュージシャンじゃなかった俺らは、周りにあるもので勝負しようと思ったんだ」と、Horberryは言う。「ギターとかベースを演奏しようとは思わなかった。でもHassellのトランペットの演奏を聴いていたから、当時付き合っていた彼女のClareを、フルートが吹けるからという理由でグループに入れた。そしてビール樽と、犬の餌皿をパーカッション代わりにしたよ」

パンクの先の何かを求めていたポスト・パンクスであり、トランス状態をもたらすパーカッションに関心のあったインダストリアル・アーティストであった彼らは、土着音楽に魅せられ、アフリカの楽器ムビラや手作りの打楽器を用いて音楽を奏でた。「Fourth Worldには、他の音楽に欠けていたものがあったと感じたんだ」と、Hulmeが言う。「ニューエイジのような、薄っぺらくて爽やかなだけの瞑想音楽じゃないし、エキゾチカみたいにキッチュじゃない。ダークな一面があるんだよ。Fourth Worldは空想の世界を想像することで、精神の奥深くに潜入することができる音楽だと思うんだ」

Fourth Worldのコンセプトが誕生してからしばらく経つが、今でも、ポートランドのユニットVisible Cloaksなどの現行アーティストが、この世界を探索する価値を見出している。彼らの最新作『Reassemblage』では、日本のDip In The Poolのサンプリングや、「アカ・ピグミー族の多声音楽のデジタル解析」を行い、透明感のある新しい音の造形を試みている。「文化的記号を曖昧にしたとき、何が生まれるのかを確かめたいんだ。全世界そのものであり、同時に、どこでもないこの空間で、どんな意味が残されるのか、そんなことを考えるための研究なんだ」と、バンドメンバーのSpencer Doranが説明した。

Doranも、こういった文化のサンプリングにはダークな一面が伴うと感じる。「この空想世界の人工的な部分に、惹かれると同時に困惑するんだ」と彼は言う。「文化の融合はそもそもやっかいなトピックなんだ。90年代以降にポップ・カルチャーの一部になってからは、均質化、搾取、そして異物扱いの標的になることが多かった。そこには一種の距離感が置かれていて、その根底にはそもそも覆すことが目的だったはずの植民地主義的思想があるように思えた。グローバル化が進むなかで、自分たちのアイデンティティがどのように変化しているかが問われている今は、意図的に曖昧にされているような気がしてならないんだ」

現在のポップ・ミュージック界では、ローカルな音が国境を越え、まるでウイルスの感染のように、急速に世界へと飛び火することが日常茶飯事になっている。新しいサウンドが誕生したら、全世界が飛びつく。欧米でオートチューンが流行れば、数週間後にはアフリカのトップアーティストたちの定番サウンドと化す。ソカやダンスホールのカリビアン・リディムは、スカンディナヴィアのトロピカル・ハウス・プロデューサーたちのトラックを彩る。Ed Sheeranでさえナイジェリアのアフロビートを取り入れる時代だ。Jon Hassellがもたらしたものとは、いったい何なのか？

数年前、溶けてしまいそうなほどに暑い日のこと。私はロサンゼルスに暮らすJon Hassellのもとを訪ねた。街の西側、もう数マイル先に行くと太平洋に出るという場所に建つ、控え目な見た目の家が彼の自宅であった。裏庭に座り、私と会話をする間、Hassellはずっとホースの水を出しっぱなしにし、庭に水をやっていた。ペットの2匹の犬が水たまりで遊び、LAの乾いた空気が蒸し暑く感じられた。まるで、Hassellがそこにいるだけで、郊外の裏庭がちょっとだけジャングルっぽくなっていたかのようだった。

彼の音楽が近年再評価されていることについて、私たちは話した。雷鳴のごとくドラムが鳴り響くHassellの同名曲を収録したOptimoのコンピ『Miracle Steps』に加え、Hassellの曲は最近Tresorから出た『Dreamy Harbor』というコンピレーションにも収録されており、Terrence Dixon、Donato Dozzy、Juan Atkins、Moritz Von Oswaldといったアーティストと共にこの80歳を迎えた大ベテランの名がある。今年、彼は『Pentimento』と題されたニューアルバムを、彼が監修するWarp RecordsのサブレーベルNdeyaのリリース第一弾として発売する予定だ。

私がHassellに電話をしたとき、彼は1962年のGuy Debordのポートレートを自宅のスタジオに飾っているところだった。彼はこのフランスのシチュアシオニストと、有名なアース・アーティストであるWalter De Maria（Velvet Undergroundの前身グループPrimitivesのドラマーでもあった）がいかに似ているかということを、熱心に語った。彼は、Debordについて「“スペクタクル社会”に対して警鐘を鳴らした最初の人物だ。今では、トランプ大統領がその社会の王座についているがな」と話した。壁にはコラージュ作品が飾られているが、それはニューアルバムのアートワークの一部になる予定だと彼は言った。

Hassellは、20世紀の音楽史における重要なパラダイムシフトをいくつも目の当たりにしてきた人物だ。メンフィスで生まれ育った彼は、人種隔離政策が廃止され、ゆっくりと黒人と白人の交流が盛んになり、名門ソウルレーベルのStaxなど、音楽のるつぼがこの街で興隆していた時代に、ジュークジョイント（註：黒人向け音楽バー）などに通い音楽に浸った。60年代には、ケルンでKarlheinz Stockhausenのもとで学んだが、彼のクラスメイトには後のCanのメンバー、Holger CzukayとIrmin Schmidtなどがいた。米国に帰国後、彼はTerry Rileyのアンサンブルで演奏するようになり、ミニマリズムの大傑作『In C』のレコーディングに参加した。70年代には、Arthur RussellやRhys Chathamといった人物たちと共にThe Kitchenにて革新的な作品の数々を披露した。

「Hassellの音楽は、私が探し求めていたものだったんだ」と、70年代後半にHassellの音楽と出会ったBrian Enoは言った。Hassellとの出会いが、グラムロック以降のEnoの音楽的進化の行方をどれほど左右したか、聴けば明確だ。HassellはTalking Headsの『Remain In Light』の制作にも関わっており、80年代にPeter GabrielとDavid Sylvianがワールド・ミュージックに傾倒したのも彼の影響だ。彼はさらにBrian EnoとDavid Byrneのコラボアルバム『My Life In The Bush Of Ghosts』の制作にも誘われたのだが、こちらは結局関わらずに終わった（Hassell曰く、このアルバムはHassellのスタイルを「明らかに真似ている」そうだ）。

以降、Hassellの音楽はどんどんと陶酔感を増し、民族音楽を積極的に取り入れていったが、それだけではなく、かなり早い時期からサンプリングという技法を用いたことも特筆に値する。「Hassellのレコードは、どんな曲のあとでもかけることができるから、流れを変えたいときに丁度良い橋渡しになるんだ」と、NTSのラジオ番組Future TimesにてHassellの楽曲をよくプレイする、Field-Pickeringは話した。「とてもオープンな音楽だと思うんだ」

Jon Hassel

「一見、上手く調和しそうな２つの現実を、明らかに釣り合わない面の上で組み合わせること」。シュルレアリストMax Ernstは、コラージュという創作技法における自身のアプローチを、そういった言葉で表したことがある。Hassellのアプローチも同様だ。「前回のアルバム（2009年の『Last Night the Moon Came Dropping Its Clothes In The Street』）を制作していたとき、“I want surreal, not earnest（誠実じゃなくていい、シュールが欲しい）”という大きな文字を壁に飾っていたんだ」と、Hassellは笑いながら言う。「普通のものを奇妙な空間に置く、あるいは奇妙なものを普通の空間に置くこと。ああ、シュルレアリスムには間違いなく影響されたね」

エレクトリック期のMiles Davisや、Antonio Carlos JobimとJoão Gilbertoのサンバの話になると、Hassellの声に熱意が宿る。「ブラジルの音楽ってどこかとてもセクシーなんだ。彼らの音楽の最も重要な部分はそこなのだろう」と彼は言う。「Fourth Worldだとか、私が提唱したアイディアには全てひとつの考えが根底にあって、それは女性の優位性なんだ」

話は原始時代の女性崇拝に渡り、彼は現在の男性中心の社会について言及する。かと思えば、話題はコンゴのイトゥリの森に住むピグミーが作る音楽にシフト。20世紀半ばのフィールド・レコーディング音源が、彼らの音楽を世界へと広めたと彼は語る。Hassellにとっては、彼らの音楽は地球上最も陽気で、理想的とも言える社会音楽だそうだ。「社会の鑑だと思ったんだ」と彼は言う。「老人も子供も一緒に踊って、歌って、素晴らしい音楽を奏でていた。これは完璧な社会の姿なんじゃないかと思ったよ。音楽は喜びに満ち溢れており、とても独創的だった」

「そんな音楽が…すごく遠いというわけではないけど…そこそこの距離から響いてくるのが聴こえるんだ」と、イトゥリの森のフィールド・レコーディング音源を聴いた時のことを彼は話す。「音素材を切り取ってデジタル処理して、別の音楽に変えてしまうことに関しては…様々なタイルを並べてモザイクを作るのに似ていると思う。我々が暮らすメディア化した世界の新しい地平において、こういったメディア化以前のカルチャーは化学における元素と同じ役割を果たし、新しい化合物を生み出すことを可能にする純粋な要素となるんだ」

民族文化に魅了された西洋人作曲家にとって、非西洋音楽への傾倒は問題となった。「しかし私に何ができる？インド人になることなんてできやしない。チベット人もだ。じゃあ私は何をすればいいのか？」

Hassellは、音楽の新しい聴き方、捉え方をミニマリズムの父、La Monte Youngに教わったと語る。「現代の99.9％の音楽は、水平方向に進む音楽だ」と彼は言う。大麻入りミルクセーキを飲みながら、YoungとMarian Zazeelaと共にドローン音楽に浸ったHassellは、垂直方向の音楽の聴き方を身につけたそうだ。「音の上で鳴ってる倍音なんかがだんだん聴こえてきて、違った世界が見えてくるんだ」。その考え方は、カリフォルニアの伝説的ビジュアル・アーティスト、Robert Irwinの作品づくりに近いと彼は語る。何を見ているのか解らなくなるくらいに簡素な絵画やインスタレーションで知られているIrwinは、「見ている自分を見ること」自体がアートだと言った。YoungとZazeelaと演奏をすることで、彼は「聴いている自分を聴く」ようになったのだ。

そしてHassellは水平方向と垂直方向の間をとり、斜めに聴く音楽を目指した。つまり、水平方向に浮遊しながらも、より深い音の領域へと潜ることが可能な音楽。リズムは無重力に跳ね、メロディーはなめらかに展開するよりも、どんどんときつく螺旋を描いていく。彼の音楽を聴いていると、トランペットの音色が変幻自在にうねり、言語を超越した何かへと昇華していくのが解る。聴いたことのない、しかしなぜか聴き覚えのある何かに。それは、ときには、南国の鳥のさえずりであったり、異国の女性の嘆声であったり。または虫の羽音、砂丘の向こうから届くベドウィンの角笛、あるいは遠くに鳴る列車の汽笛。もしくは金星で聴くチェット・ベイカーの演奏。ここ地球に降り立った宇宙人が喉を鳴らす音。

現代のアーティストたちがFourth Worldの世界観に魅せられ続けていることは、この先駆的音楽家の目にどう写っているのか？「とても光栄なことだよ」と、Hassellは言う。が、彼が与えた影響は、今の世の中においてどういう意味を持つのか、彼は疑問視した。「今や私たちはデジタル・ラ・ラ・ランドに住んでいる。デジタル化された音のミリ秒を切り取って、別の何かを生み出すという行為には、もはやオリジナルが存在しない。コピーのコピーのコピーをとっているだけなんだ」

「音楽的に何か新しい発明をしたというよりは、彼はまだ初期段階にあった新しい技術を組み合わせて、時代の先を行くことをやっていたんだ」と、Field-Pickeringが言った。「Hassellの音楽には、博物館化された音楽史に対抗するような精神が感じられて、そういった部分に俺みたいな人は惹かれたんだ。Hassellの音楽のほうが断然イカれてる。そしてそれはインターネットのおかけで急速に拡大したと思う」

ネットの普及とともに様々な文化が融合され、吸収されていく昨今、Hassellが生み出した作品が、ジャンル別けを拒む新世代の音楽家たちの意思と共鳴するのは、当然のことなのだろう。電子音楽家であっても、ハウスかテクノかニューエイジかアンビエントのどれかに属すのが嫌な人にとって、Fourth Worldはカテゴライゼーションに対抗する手段なのだ。「Fourth Worldとは、観点なんだ」とHassellは言う。「そしてその観点は、蓄積された知識と、新しいテクノロジーによって創り出された状態のバランスを上手く保つ指針となる」

古代と未来の絶妙なバランスを保つFourth Worldは、現代において依然として影響力を放ち、現実を逃れて空想世界に潜り込むことも、消え行く過去の知恵に少しでも長く触れることも、可能にしてくれる。そして、先達も後進も含め、この世界を探検する者たちが、これから登場する新しいテクノロジーに支えられ、これからも、まだ見ぬ夢幻の世界を切り拓いてくれるのだということは、疑う余地もない。