2011年、僕がCorey KikosとMaryos Syawishの2人のことを初めて知った際、彼らはまだ17歳の高校生であった。2人はSoundcloud経由でSleep D名義のディープハウスの曲を2曲送ってきたのだが、僕は彼らのクラブミュージックへの理解の深さと成熟されたサウンドに一瞬で打ちのめされてしまった。その上、アンダーグラウンドのクラブミュージックとはおよそ無縁といえる、メルボルン郊外の静かな海岸地帯であるフランクストンに住んでいるという事にも驚かされた。まだ市内のクラブで遊んだこともなければ、アルコールを飲める年齢にも達していない郊外住まいの少年2人が、一体どうやってアンダーグラウンドのエレクトロニックミュージックの音楽言語をここまで巧みに操ることになったというのだろう？

決して恵まれた環境ではなかったにもかかわらず、2人はわずか数年でメルボルンのハウス／テクノシーンの重要人物としての地位を築き上げた。それは彼らが設立したレーベルButter Sessionsの成功と、レーベルアーティスト達との強い絆が奏功したといえるだろう。

レーベルをスタートする以前、学校での友人同士だったKikosとSyawishは、地元フランクストンでの18歳以下の少年向けクラブイベントで初めてエレクトロニックミュージックの洗礼を受け（15歳の頃から熱心に通っていたという）、さらにオンラインフォーラムや、メジャー系のダンス曲をプレイするメルボルンのラジオ局を通して音楽への熱を深めていった。「あれもまた一つのシーンだったと思うんだ」と、メルボルン市内のカールトンのはずれにある、ハードウェア機材に埋め尽くされたスタジオでKikosが語り出した。「誰もが、自分はクラバーだっていうふりをしたがってる感じだった。そんな風にして僕らもこのカルチャーにのめり込んでいったんだ」

次第に楽曲製作やパフォーマンスにも目が向くようになった2人は、コンピューターとMIDIキーボードでエディット曲を作ったり、友人宅でDJを披露するようにもなった。「そうやってDJをするようになり、いろんなホームパーティーでプレイしたことで、人に聴かせる音選びのセンスが磨かれたよ」

17歳で初めてのシンセサイザーを入手した2人は、オリジナルのトラックも作り始めた。その頃、メルボルンの市内中心部ではTornado Wallace、Francis Inferno Orchestra、Fantastic Man、Andy Hartといったアーティストが活躍しており、深い陰影のあるハウスとディスコを行き来するような独特なサウンドを確立していた。KikosとSyawishは新たに設立したブログ”Butter Sessions”を通して前述のアーティスト達と交流を深める中で、彼らの音の雰囲気も自分たちのサウンドの中にどんどん吸収していった。後にFacebook グループになった同ブログでは、注目のローカルアクトの曲を幅広く多数紹介し、Butter Mixというミックスシリーズもスタートした。シリーズは今では60回を超え、多くのオーストラリアのトップDJ達のミックスはもちろん、Kenji Takimi、Brian Not Brian、FIT Siegelら海外のDJもミックスを提供している。

「やっと夜遊びできる歳になったので、シーンにいる人たちとどうしてもコミュニケーションをとりたかった。なんせ若すぎてシーンには誰も知り合いがいなかったし、それもあってブログを始めた。僕らはまだフランクストンに住んでたので、ブログは、基本的にはメルボルン市内にいる人達と交流するためのものだったんだ。会ってみたい人のミックスを依頼するようにしていて、ミックスの第2回目ではLouis McCoy （人気フェスティバルInner Varnikaの設立者でありDJ）にインタビューしたんだけど、彼の話からはとても多くを学んだよ」とKikosは言う。

高校卒業後、KikosとSyawishはサウンドエンジニアリングについて学び始めた。現在は閉鎖してしまったが、メルボルンで最も愛されていたクラブのひとつであり、Animals Dancingなど多くのクルーの本拠地でもあったMercat Basementにて、Butter Sessionsの初のパーティーを開催した。彼らが市内で過ごす時間も次第に長くなり、似た志を持つアーティスト達と親密に交流するようになった。楽曲製作にも没頭し、2012年にリリースした初の12インチ2枚はメルボルンのディープなサウンドにぴったりな作品となったが、彼らの意欲はここでは収まらなかった。「まずはこれが始まりで、次は自分たちのギグを市内でやろうと思った」とSyawishが言う。「シーンに食い込むには、自分でしっかりと何かをやらないといけない。まして僕らは郊外出身の若手で、まだ誰からもよく知られてなかったから」

2人がレーベルを設立したのも、それと同じ考えからだ。「Mercatでパーティーをやったのは、僕らがMercatによく行ってたからだ。Mercatのような場所でプレイするための曲を作っていたんだ」とKikosは続ける。「曲はずっと作ってたけど、リリースしたいという話が来ることはなかったし、僕ら自身も誰に曲を送ればいいのかわかっていなかった」

これといった見通しもない状態だったが、2013年の後半にはSleep Dとしてのトラックを3曲収録した初のレコード「The Jackal」をリリースした。これまで作ってきた温かみのあるディープハウスから、よりタフで生々しい雰囲気のあるこのEPは、2人の大きな飛躍のきっかけとなった。畳み掛けるようなずっしりとしたキックに、Daft Punkの"Rollin' & Scratchin' “を思わせるシンセの入った収録曲”Frankston Jackal”については、やはり"Rollin' & Scratchin' “が大きなインスピレーション源になったそうで、加えて「クラブで音楽を聴くようになったことで、キックドラムが曲に及ぼす影響に気づいたんだ」とKikosは語ってくれた。

2014年のButter SessionsからのリリースはEP1枚だけであったが、レーベルのアイデンティティを確立する点では躍進の年となった。このEPには、メルボルンのアーティストであるBooshank、Dan White（本名Rory McPike、別名義のRings Around Saturnでも活動中）、Tuff Sherm、シドニーのエクスペリメンタル系アーティストDro Careyの楽曲と並び、Sleep Dの楽曲”The Magic Arpet Ride”が収録されている。より生っぽく、ハードウェア主体のアプローチが押し出された”The Magic Arpet Ride”は、Sleep Dの代表曲となった。新年早々、Animals Dancingが毎年主催するNYDパーティーに出演し、初の本格的なライブセットを披露。続いて2014年3月にはBoiler Roomのパーティーにも出演した。さらに、Inner Varnika、Golden Plains、Strawberry Fieldsなど、オーストラリアの人気フェスティバルの数々で際立ったパフォーマンスを行った。

同年、彼らは活動を強化するためフランクストンからメルボルン市内に引っ越した。市内のクラブLoungeにてローンチした毎週土曜開催のパーティー”Mania”は、Butter SessionsのレーベルファミリーであるDJやライブアクトの育成機関としても機能している。「その頃になってようやく初めて、自分たちと同年代で同じような経験をしてきた人たちと会えるようになった」とKikosは言う。「僕らは、どんな音楽でも自由にプレイできる場所で、もっと音楽をプレイしていきたいだけなんだ」

2013年に僅かチケット500枚という規模で始まったイースター休暇のフェスティバルInner Varnikaも、Sleep Dの活躍を語る上では欠かせないものだ。Inner VarnikaはLabyrinthと同様、規格外といえるシングルステージ型フェスティバルだが、Labyrinthよりも幅広い音楽を扱っており、Sleep Dのセットに、Sex Tagsの兄弟アーティストDJ SotofettとDJ Fett Burgerによるクロージングマラソンセットが毎年恒例となっている。KikosとSyawishはInner Varnikaでの共演より前にFett Burgerの来豪時に彼と対面していたが（Syawishの話では「彼がどうしてもグラフィティをやりたいというので、一緒に出かけることになって、それ以来の付き合いなんだ」）、2015年のInner Varnikaでの共演をきっかけに、より親密な付き合いをするようになった。

オーストラリアのアーティストによる3枚のリリースに続き、Butter Sessionsの4作目ではFett BurgerとSleep D、そしてSex TagsのアーティストJayda G（彼女の初リリースでもある）という遠距離のコラボレーションが実現。メンバーの顔ぶれからも予想できる通り、ハッピーなダブから溌剌としたパーカッシブなハウスまでを網羅する出色のリリースとなった。その後もFett BurgerはButter Sessionsの9作目リリースにもDJ Dogg名義で再登場し、ロウキーな作風で知られるアデレードのアーティストFurious Frankとのコラボレーションを行った。

コンピレーションEP「Sounds Of The Suburbs」は、レーベルの中心的アーティストが一堂に会する作品となった。「当時、グループの中心にいた皆を、レーベルの主要メンバーとして位置付けようとした」とSyawishは言う。「今後の展開がどうなるか、ちょっと先取りで公開した感じの作品だった」。地元メルボルンの才能あるライブアーティストCale Sextonは、レーベルのパーティーManiaやButter Sessionsのショーへの参加をきっかけにレーベルメイトとなった。Sleep DやDan Whiteがクラブでジャムをやる際のメンバーとして参加しているほか（Shawish曰く「ライブをチェックしに行ったとき、もし彼が参加したらとんでもなくすごいライブセットができると思ったんだ」）、Tornado WallaceのTina Wantirna名義でのプロジェクトにもカメオ参加している。「この頃から、クルーの皆でやるショーケースライブをするようになった。ほぼバンドだけどクラブの雰囲気もあるような感じのものをね」とKikosは語る。Maniaの開催を重ねるにつれ、Butter Sessionsのパーティーは独自のアイデンティティを確立し、ライブ志向の観客もより多く取り込むことで、出演者のラインナップもまたパフォーマンス重視で選ばれるようになった。

Dan Whiteの「Off Bluff」、Cale Sextonの「East Link」という、傑作リリース2作についても触れなければいけないだろう。レーベルの音楽的地平を大きく切り開く作品となった「Off Bluff」は"生い茂るジャングルのようなサウンドスケープと唸るようなドラムマシーンの躍動、そしてコズミックハウス"として評され、一方「East Link」は、アナログの魅力溢れる逸脱ぶりで、Sextonをレーベルに欠かせないアーティストという地位に押し上げた。この2作のカバーアートはタイプこそ全く違うものの、どちらも印象的なもので、このレーベルがヴィジュアルの面でも幅広いアイデンティティを持っていることを示す良い例といえるだろう。目をひく”Off Bluff”のカバーアートはカートゥーン風のタッチで描かれた抽象的な形が陽気な色合いで散りばめられたもので、一方”East Link”のカバーアートは90年代ハウスの雰囲気をなぞったアプローチで、親しみやすく素朴な印象を醸し出している。もともとグラフィティをやっていたSyawishは、Butter SessionsのDIY的なヴィジュアルの要でもある。「アートワークの見た目が音の雰囲気と合うようにいつも気をつけてるよ」

その後、レーベルメイトの中でもすでに評価を確立していたTornado WallaceやFrancis Inferno Orchestraは、キャリアを積むために北半球に移住したが、Sleep Dの2人は、メルボルンのシーンをより深め、レーベルとしての精度を高めていくことに注力している。「Rory（Dan White）は自分のサウンドを高めていこうとしていて、僕らはレーベルをより良くしていこうとしている。これは同時進行でやるべきことで、僕らのほうでレーベルの音のイメージを固めすぎて、皆に『こういう音を作ってほしい』となるのは良くない。何か1つだけに決めるようなことはしたくないよ。もちろん、オーストラリア人だけでやっていくつもりもなくて、たまたまそうなっていた時期があっただけなんだ。僕らは、よく知っている人や、何かしら関係がある人と一緒にやっていきたいと思っている」とSyawishが語る。そこにKikosが「相手がどういう人で、どんなことをやっているか理解してる時、より良い判断ができるはずだよね」と付け加えた。

昔からのお決まりのパターンである、メルボルンからヨーロッパへの移住についてどう思うか尋ねると、Syawishは「それは、いい加減やめたほうがいいものだと思っている」と答えた。「僕らは、参加することでアーティストにとって道が開けるようなレーベルにしていこうと頑張っている。どこか別のレーベルから出すためとか、もしくはヨーロッパに行くための踏み台にするためのレーベルじゃない。それよりも、メルボルンやオーストラリアをもっと皆が求めているような場所、居たくなるような場所にするために頑張るほうがいいと思わないか？僕らはいつでも、自分たちは何ていいところに住んでいるんだろうと話してる位だ。ちょっとヨーロッパに行ってくるのはもちろん楽しいけど、そのうちメルボルンも、メルボルンにあるものも全てが恋しくなる。ヨーロッパに住むのはあまり自分たちらしくない事だと思う」

Butter Sessionsは、メルボルンを拠点とするレーベルNoise In My Headとのコラボレーションによるコンピレーション盤『Domestic Documents』によって、若きオーストラリアの才能という評価をさらに高めることになった。このリリースはChiara KickdrumやBen Keynesら、オーストラリア国内のアンダーグラウンド系アーティスト総勢11組のショーケース的作品で、参加アーティストの多くにとって初のヴァイナルリリースとなった。「Maniaの開催を通してシーンに多くの貢献ができて、僕らも夢中になれるアーティストがたくさんいたけど、中には異色すぎてButter Sessionsの雰囲気に合わない人たちもいたんだ」とKikosは語る。「それでNoise In My HeadのMichael Kucykにかけあって、一緒にV.A.の作品を作らないかと相談して出来たのが『Domestic Documents』なんだ。11月の頭には『Domestic Documents』の第二弾が出る予定で、いま盛り上がってるパースのシーンで活躍中のアーティストも含めた、新しいアーティスト達が大勢参加しているよ」

2017年はButter Sessionsにとって大きな意味のある年になった。まず、Sleep Dと、同じくメルボルンでアンビエント寄りのディープハウスをやっているデュオAlbrecht La'Brooyとのコラボレーションでは、KikosとSyawishのクラブ寄りのサウンドとAlbrecht La'Brooyのサウンドが絶妙なブレンドを見せた。続いてパース在住のEwan Jansen（Red Ember Records）、SwedenのVilla Åbo（Börft Records）と、近年カムバックし第二のキャリアとして楽曲製作を再開した90年代のヴェテラン勢の2人のトラックをButter Sessionsからリリース。さらにSleep DはBerghainにもデビュー出演を果たし、この夏の後半、同クラブのガーデンエリアでプレイした（Kiko曰く「あれはヤバかったね」）。

だがやはり、今年一番の出来事といえば、Sleep Dの7インチ第二弾がリリースされたことだろう。楽曲自体はもちろんのこと、KikosとSyawishのローカル目線のDIY的アプローチの象徴とも言える作品だ。「曲はこのスタジオで製作し、マスタリングして、ここから3km離れたあたりでプレスしたんだ」とKikoが説明する。宇宙的なアートワークの施されたスリーブはスタジオのガレージで手作業で作られ、メルボルン市内のレコードショップに手渡しで納品しに行ったという。これぞまさにローカルメイドの作品の典型例であり、レーベルがその本拠地との強い繋がりを持つ良い例を示したといえるだろう。

この約5年間で、Sleep Dと彼らのレーベルはオーストラリアのシーンに大きなインパクトをもたらした。あらゆるフェスティバルやイベントに欠かせないアクトとして1年を通して活躍し、Butter Sessionsのショーケースでライブ派とDJ派のファン達をつなぎ、才能あるレーベルのファミリー達と共にコミュニティに貢献した。そしてこの成功にもかかわらず、ヨーロッパへの移住はまだ考えの中にはない。実際のところ、Kikosは故郷のフランクストンに戻って暮らし、スタジオで製作をしようともしているのだ。「いろんな人に揉まれて煙に巻かれているよりも、フランクストンのような場所に居るほうが自分自身のアイデアをしっかり見つめられる。それこそが僕らのバックグラウンドで、ずっとそうやって育ってきたから、そこに戻るのも僕らには自然なことなんだ」

Label of the month mix

Sleep DがButter Sessionsのサウンドをぎゅっと凝縮して紹介。

Tracklist /
Ewan Jansen - Motif Of A Fish - Domestic Documents Vol.2
Ben Keynes - Flug - Butter Sessions 2018
Low Flung - Quietreakin Outly - Domestic Documents Vol.1
Fia Fiell - Cemalim - Domestic Documents Vol.2
Cale Sexton & Sleep D - SD & CS - Domestic Documents Vol.2
Simon B - Bare With Me - Butter Sessions 2018
Booshank - Bully (Deep Mix) - Domestic Documents Vol.2
Furious Frank - Flaming Galah - BSR009
Dunes - Turner Street Sound (Oceanic Mix) - BSR015
Ewan Jansen - On The Beach - BSR013
Sleep D - Streetcleaner - BSR001
Simon B - Sex And Acid - Butter Sessions 2018
Villa Abo - Mission Just Pam Pom - BSR012
Sleep D - Confusion - BSR10.5
Furious Frank & DJ Dogg - Space Call - BSR009
Tina Wantirna - Untitled - BSR005
Sleep D - Sandman - BSR014
Consumer Watchdawgz - Track 1 - BSR010
Mosam Howieson - Untitled - BSR016
Sleep D - Bush Snake - BSR007
Norachi - C376 - Domestic Documents Vol.2
Albrecht La'Brooy & Sleep D - Banksia - BSR011