WeTransferはBreaking Throughシリーズをサポート中。Tzusing曰く「まず、L.I.E.S.からリリースした僕のデビューLPの収録曲が1曲、上海のレーベルSvbkvltからリリースされたOsheyackの曲のリミックスが1曲。あとはCititraxから出るコンピレーション盤に収録された曲と、Bedouin Recordsから出る僕の次回作EPの収録曲だ」。

「あのセットが気に入った？本当に？」と、Tzusingは怪訝な顔で僕のほうを見ていた。ロサンゼルス市内のメキシカンレストランで一緒にランチを食べながらの事である。数日前、LAのダウンタウンで行われたPrivate Selectionというゲリラパーティーのヘッドライナーを務めた彼は、いつものハードエッジなブロークンテクノに加え、ラップ、トラップ、それにポップスなどをプレイした。このチョイスを一部の人々は歓迎したものの、興冷めだと捉えた人もいたようだ。これまで直球のテクノパーティーとしてやってきた同パーティーとしては変化球的な内容だったとはいえ、僕自身にとっては、これまで見てきたDJセットの中でも特に思い出深いものの1つとなった。

いちテクノファンである僕に、先日のセットを心から楽しんだと告げられた事が、Tzusingには少々ショックだったようだ。これまでの人生を中国と台湾を行き来して過ごしてきた彼は、シーンの中でも、異なるコミュニティ、異なるサウンドを繋ぎ合わせるという特異な立ち位置にいる。そうしたスタイルはもしかするとテクノ純粋主義な人の一部を苛立たせるかもしれないが、それでも彼のレコードには熱心なファンがついている。Tzusing本人としては、自身の音楽的姿勢は、ベルリンやロンドンからの影響からは程遠い、オープンマインドな上海のクラブシーンの中で鍛えられたものなのだと考えている。

「中国のキッズのおかげで本当にDJスキルが磨かれた」と彼は言う。「彼らにとっては、どんな音も全部聴きなれないものなんだ。そんな中で彼らの興味を惹き続けなきゃいけないから、タイムスパンは早くなって、ゆっくりしたビルドアップはできない。まあ、僕はADD（注意欠如症）気味なところがあるから、もともと早めではあったけどね。『これがDJだぞ、僕の美学を見てくれ』って気持ちを持ちつつも、ダンスフロアには常に気を配らきゃいけない。クラウドとちゃんと繋がれてないと、あいつはダメだということになる」。

Tzusingはすでに15年ものDJキャリアを持つが、名が知られるようになったのはつい最近である。L.I.E.S.、Public Possession、Born Freeからの立てつづけのリリースが功を奏したといえるだろう。ハウスやテクノ系アクトのツアー先として知られ、上海で最も有名だったクラブShelterでも、昨年の同店クローズまでレジデントを務めていた。いま最も華やかで活気溢れる街のひとつである上海にダンスミュージックカルチャーをもたらしたシーンの立役者であり、もともとは在住外国人向けだったこの文化がローカルの客をも魅了するようになった。Tzusingは音楽のキャリアを続けるために自転車パーツの会社を経営していて、上海と台北を行き来する日々だが、そこに北米とアジアのDJツアーもあり、ますます多忙を極めている。非常に西洋的な音楽の中にアジアの楽器の音をとり入れてアレンジしているが、その様はごく自然で、ギミック的な使い方ではなく、あくまで彼の人間性の延長のように感じ取れるのだ。

Tzusingはいつもある種のアウトサイダー、反逆者として過ごしてきた。マレーシアに生まれ、幼少期をシンガポールで過ごしたあと台湾に移住し、同級生のギターを壊して高校を退学になるまで同国で過ごした。「今もそういうところはある。母親はよく支えてくれたと思うよ」。

その後、Tzusingは父親と共に上海に移住したが、問題行動は改まらず、とうとうアメリカのサンディエゴに住む非常に信心深い叔父のもとに託された。10代の若者にとっては退屈なサンディエゴであったが、これはある意味幸運だったともいえるだろう。高校を卒業するとシカゴに引っ越し、いよいよDJとしてのセンスを磨くことになる。

2002年頃、Tzusingはsmartbarで木曜の夜を担当していた。Titonton DuvantéらDJのオープニングを務め、Theo Parrish, Traxx 、JTC（彼の一番好きなアーティストだという）らのセットに魅了された。やがて音楽を本業にしたいと思い始めたが、これは彼の両親にとって全く喜ばしい選択ではなかった。

「父親から電話が来て『お前はアメリカまで行って、一体何をやらかしているんだ？中国人の息子らしく真面目になれ』と言われて。それで上海に戻って、自転車パーツのビジネスを始めたんだ」

Tzusingは上海からおよそ1時間ほど離れた工業地域に拠点を構えたが、彼曰く「どうしようもなく孤独だった」。音楽キャリアは一度脇に置き、すぐに自転車ビジネスで成功したが、30歳になる頃には飽きてしまい、何か自分のためのことがしたいと思い上海に戻った。（「まあ、いわゆるYOLO、人生は一度きりってやつだ」）。その後、Shelterのオーナーが主催するオーナーズナイトSubcultureにブッキングされ、ブレイクを果たすことになる。Subcultureはヒップホップやブロークンビート中心のパーティーだったため、Immortal TechniqueやDead Prezなど、Tzusingが好む政治的な内容のラップをプレイしたが、フロアから人がいなくなってしまった。しかしオーナーは彼のプレイをとても気に入ったのだという。「オーナーは、『あんな奴らはどうでもいい、君は最高だ』と言ってくれて、その場でレジデンシーが決まったんだ。フロアから人がいなくなったのが理由でね」。

Shelterでのショーをスタートしたことで、またTzusingの音楽キャリアに転換期が訪れた。彼はDoug LeeことAn-Iをブッキングしようとしたが、他のプロモーターがすでについていたため、そのプロモーターの計らいで両者は上海でディナーを共にすることになった。そこでLeeはTzusingの音楽に興味を持ったようだ。

「Clandestineから出たコンピレーション盤『Dark Acid』に僕のトラックが収録されていたので、それをLeeに渡したんだ。彼がベルリンに戻ってからまた連絡があって、もっと曲を送ってほしいと言われた。そうしたら『Ronに渡しておいたよ』って言うから、『Ron Morelliと知り合い?！』って驚いたよ」。

MorelliはTzusingとEP3部作『A Name Out Of Place』を契約し、同シリーズはL.I.E.S.から2014年から2016年にかけてリリースされた。最初のEPは高いプロダクション能力と、EBMとインダストリアルミュージックへの明確な言及で、このニューヨークのレーベルの中でも飛び抜けた出来の作品となった。Tzusingの楽曲は当初から、チューンドパーカッション（訳者註：スチールドラムやマリンバなどに代表される、音程がチューニングされている打楽器）と、ヘビーなベースラインが際立っており、初期のインダストリアルミュージックの特徴でもあるサンプルのリピートをうまくコントロールする才能の持ち主だった。さらにその後はアジアの楽器の音を取り入れるようになり、曲に彼独自のテクスチャーが加わるようになった。

このスタイルは前述のEP三部作の中で徐々に現れ、デビューアルバム『東方不敗』でついに表面化した。このアルバム名は、武侠小説『秘曲笑傲江湖』の登場人物の名前にちなんでつけられたものだ。拳法を極めるために自ら去勢したという東方不敗は、極度に女性性を強調して描かれたり、もしくはトランスジェンダーの女性として描かれることが多い。この背景により、現代中国のポップカルチャーの中でも不朽の知名度を誇るキャラクターとして長年知られており、さまざまな解釈をされ続けている。

「子供の頃から、東方不敗はすごく印象的なキャラクターだった」とTzusingは語る。「東方不敗は半端じゃない悪党だからね。それが、僕が自転車が好きな理由にもつながってる。混雑した街の中で、例えばポルシェに乗ったいけ好かない奴がいたとしても、信号が”止まれ”になったら自転車で近づいていって、せっかく高級車に乗ってるのに渋滞にはまって動けない奴らの間をどんどんすり抜けていくんだ」

全く別の方向から作り出されたテクノというのが、アルバム『東方不敗』の中に感じ取れる主要なアイデアだ。ドラムも、典型的なテクノのドラムに比べるとよりダイナミックで速く、特にNine Inch Nails風のオープニングトラックではその傾向を感じられる。"Esther”の巧妙なドラミングはインダストリアルテクノをより繊細でしなやかなものに変え、一方で"Post-Soviet Models”は堅苦しい軍隊の行進を思わせる。 
東洋的な弦楽器、サンプル、アレンジメントに満ちたこのアルバムでは、Tzusingが自身の持つ中国のルーツに向き合おうと表明しているようにも感じられるが、実は本人もそれ程まだしっくりとは来ていないようだ。"King Of Hosts”では中国語の方言でTzusing自身がラップをしているが、どんな内容なのかは教えてくれなかった。

「僕が中国の文化を引用するのは、もちろん僕は中国人なわけだし、OKだろう。でも、それをやっていると、自分の文化を文化的に盗用しているように感じるんだ。正直、僕は中国の文化をそこまで知らないから」と彼は続ける。「確かに、僕のバックグラウンドだ。でも、これ（ラップの内容）は月並みな香港映画からの引用だし、僕は香港育ちでもないし、まして中国の伝統音楽を聴いて育ったわけでもないんだ。今、やっと興味が出てきたところだよ」

「中東の楽器も使ってるけど、誰もそこを指摘しない」彼は付け加えるように言う。「Disco HalalとかAcid Arabが好きなんだ。それにL.I.E.S.から出した最後のEPは、実はインドネシアの音楽から作った。あとは、道教の儀式音楽にも興味があって、すごく影響を受けている。一種のチャンティング（詠唱）で、精霊に憑依されるような感じにまで、精神を持っていかれるよ」

Tzusingはとても慎重にアジア的アイデンティティを取り入れようとしている。しかし、文化的にも音楽的にも、そうしたアジア的なサウンドパレットや影響が、彼の音楽の魅力に大きく貢献しているのは確かだ。テクノといえば一般に硬質な音がするが、『東方不敗』の弦楽器のセットはそうした他のテクノから大きくかけ離れたものであり、Tzusingの音楽は優雅で柔軟だ。「このアルバムは本当に気に入ってるし、カバーアートも気に入ってる。でも、みんながこうやってアイデンティティを大々的に利用し出したらどうなるんだろう、という気持ちが大きくて…」彼は一度言葉を止め、また、こう続けた。「自分も同じく、アイデンティティを利用してる人間の一人だと思われるかもしれない。けど、実際そうなるまでは考えないようにするよ」

「とはいえ、今は西洋人のほうが…」と、Tzusingはにやりと笑って言う。「西洋人のほうが、アジアのものを探してる。まあ、しょうもない感じのやつだけどね」

Tzusingは徐々に、非常に白人的と見られてきたカルチャー現象の中に、アジアとの関わりをもっと持ち込もうとしている。それは、例えごく一部にしか影響しなかったとしても、カルチャーの発展につながることなのだ。彼と似た境遇の人、同じようなバックグラウンドを持った人が、世界中のテクノやその他のダンスミュージックシーンに関わろうとする時、Tzusingのような突出した存在がいることは大きな励みになるだろう。

「今はFacebookの”いいね”をアジアからもヨーロッパからももらうよ」と彼は言う。「アジア人がテクノにはまるなんて思いもしなかった。シカゴに居た時は、僕ともう一人のアジア人しかいなかったんだ。いわゆるアジアンアメリカンのカルチャーの中は、みんな本当に”良い子”ばかりだったからね。でも去年サンフランシスコでプレイしたときは、まずブッキングしてくれた人がAaron Jenっていう名前で『アジア人だ！』って驚いたし、ギグにもたくさんアジア人が来ていたんだ。正直びっくりしたけど、本当に嬉しかったよ」

長々と2時間にも及んだランチの果てに、少しとっつきにくい印象もあったTzusingがようやく大きな笑顔を見せてくれた。音楽を作りツアーをし、テクノの多様性を後押しし、シーンに新たなオーディエンスを引き込む…彼はこれをアジアのホームで鍛えられたスタイルで、自分自身のやり方でやってのけたのだ。かつては彼に疎外感を感じさせたシーン自体が、今では彼を世界中から求められるDJとして成立させている。