2013年、Izabel Caligioreはメルボルンのコミュニティラジオ曲PBSにて、自身のショー”Lullabies For Insomniacs”をホストし始めたが、割り当てられたのは隔週ごとの午前2時から6時までという深夜の時間帯だった。PBSのスタジオはコリンウッドにある赤いレンガの建物で、彼女はそこに真夜中にレコードとラップトップを持参して通っていた。彼女が着く時間にはスタッフは皆帰っているため、自分の鍵でスタジオに入る。たまに局内の電話が鳴ることもあったが、彼女はがらんとして薄暗いスタジオで一人、自分がプレイする音の中に浸っていたのである。

「スタジオに一人で座って、誰が、どこでこれを聴いてるんだろうと考えていた。この顔が見えない感じというのが、自分の選曲の中でも大切な要素だった」

このPBSでのショーは18ヶ月ほど続き、2016年にはこのショーが基盤となり、レコードレーベル Lullabies For Insomniacs record が発足した。まだこのレーベルを聴きなれない人に説明すると、Lullabies For Insomniacs（「不眠症の人への子守唄」）という名前がそのまま、レーベル自体の説明にもなっている。「この名前は時間帯のことも表してるけど、音の聴き方や雰囲気も表してると思う」とCaligioreは語る。レーベルの楽曲は広い意味でエクスペリメンタルと呼ばれているものだが、それ以上に、Caligioreの精緻な感覚がそれぞれのリリースをひとつにまとめ上げているのが感じられる。その感覚は、彼女が音楽とサウンドアートを学んできたことにも由来しているようだ。

PBSでショーを始めたとき、Caligioreはまだ22歳だったが、すでにエクスペリメンタルミュージックに対する造詣は十分に深めていた。「他と違うことをしようとか、一番わかりにくそうなものを選ぼうとか、そういう気持ちはなくて。単に、自分がまだ聴いた事がない音って何だろう？と考えて、自分の耳に新鮮に聴こえる音楽を探していた結果がこうなった」。ラジオショーをやることで、プレイする曲をより深く理解しようという意欲が生まれ、また、曲をリスナーに紹介するときの話題として、曲の背景なども調べるようになった。オンラインの音楽プラットフォームや音楽関連の出版物、またレコードショップで何時間も音を探し回り、アーティストやレーベルにも直接声をかけ、楽曲を提供してもらうことも多くなった。

Caligioreがニュージャージー州在住のミュージシャンRoger Berkowitzと連絡をとるようになったのも、そんな日々の中の活動の中である。そしてここでの2人の対話が、BerkowitzがUnearth Noise名義でレコーディングした丸3年間の音楽的実験の集大成『Prayer And Resonance』の発表へとつながり、同盤はLullabies For Insomniacsから2016年8月にリリースされた。Berkowitzの説明によると、この音楽は彼が幻覚性物質を摂った際に（収録曲の中には"Ayahuasca”という曲もある）、彼の意識が”この世界を超えたもうひとつの現実、もしくはより深層にある現実”に開かれた時に受け取った音の断片を基にして作られたという。そうした過程を経た結果が、鐘の音や弦楽器の音、手製の電子機器にタブラ風のパーカッションというカオスさの詰め合わせである。

Lullabies For Insomniacsの2作目となった『Prayer And Resonance』に先行して発表された同レーベルの1作目は、日本のアーティストSugai Kenのアルバム『鯰上 - On The Quakefish』である。日本の伝統音楽とモダンエレクトロニクスの魔術的融合といえる同アルバムは、Caligioreがメルボルンを発ち、Amsterdamに拠点を移してからスタートしたSoundcloudのミックスシリーズがきっかけとなってリリースされた。「Sugaiは、前にChee Shimizuが提供してくれたミックスを聴いて連絡をくれたんだけど、送ってくれたデモがとても新鮮で、意識がとばされるような音だった」

このディープなミックスシリーズはすでに60回分近く発表されていて、これまでにChee Shimizu、Jamie Tiller、Tako、Dubbyをはじめとした名うてのヴァイナルディガー達が参加している。これまでに最も聴かれている回はDonato Dozzyによるものだが、Laura Notや、Red Light RadioのレギュラーであるJoséphineなど、まだあまり名の知れていないアーティストによる回もとても聴き応えがある内容だ。「これは誰の作ったミックスなのかということが気になりすぎて、そこに気をとられたりしないで、暗闇で横たわっているような気分で聴ける」とCaligioreは話す。

聴き手にアーティストのことを一旦知らせつつも、過剰に感じさせないというアプローチは、レーベル自体にも取り入れられている。「誰のことも気にしなくていい環境というのが、音楽を作るのに最適な環境だと思う。できるだけ他からの影響を少なくするのが重要で、そうすることで、一種独特な、自分の内面を自分で見つめる体験が生まれてくる。私のやるべきことは、このレーベルの音楽について再解釈したり、これはこのレーベルの音楽なんだと主張したりすることではなくて、とにかく世に出していくことが重要なんだと思ってる」

Sugar KenとUnearth Noise records のリリース以降も、Lullabies For Insomniacsには幅広い範囲のアーティストが参加している。アリゾナ州フェニックスで80年代後半に結成されたバンドLife Gardenは、今年発表したアルバム『Songs From The Other Side Of Emptiness』で、轢音響く遅めのインダストリアルサウンドを表現した。ベルリンで結成されたヴォーカルマニュピレーションとDIYの電子楽器を操るライブアクトAir Cushion Finishが、Lullabies For Insomniacsからリリースしたアルバム『Flink』は、Caligioreの言葉を借りると”ささやき声、ブリープ音、リズムとハーモニーのスローモーションなノイズ”だ。

Caligioreは新しく録音された作品に注目していきたいという意向だが、レーベルのリリースの中には2つほどアーカイブ的作品もある。まず、”インダストリアル・サウンドの彫刻家”を自称するイギリスのミュージシャンGP Hallが1994年から1999年までに録音した楽曲コレクション。そして、杉林恭雄（Yasuo Sugibayashi）による80年代初頭のループの実験音楽コンピレーションだ。こちらは元々杉林自身が短期間運営していたMimic Recordsからリリースされたものである。GP Hallの楽曲はエレクトリックギターとアコースティックギター、そして6弦ベースで作られ、フラメンコやブルース、ジャズ、ロック、フォーク、クラシックが幽かにエコーする。一方、杉林の楽曲は、古代の音楽や彼の東京での日常生活からインスパイアされた無題の曲で、まるで無限の彼方まで続いていくように感じられる。この2つのリリースのどちらも、Caligioreがこのレーベル名と共に推奨している”音の聴き方”で、音の中にどっぷりと没入していく体験ができるものだ。

また、Lullabies For Insomniacsでは、このレーベルにまだ馴染みがない人の為の導入編としても最適なコンピレーションシリーズ第一弾『Turn On, Tune In』をリリースしている。同コンピレーションにはSugai Ken、GP Hall、Unearth Noiseら、レーベルの関連ミュージシャン達の楽曲に加え、新たなミュージシャン達も参加している。2人組アーティストのMagic Carpathians、Gayle BroganとJohn CavanaghによるプロジェクトElectroscope、ニューヨークのペアGeorgia、ベネズエラ出身のBear Bones, Lay Lowだ。

また、『Turn On, Tune In』には、ポートランドのミュージシャンGrant CorumとSuzanne Stoneが結成したMillion Braziliansも参加している。Caligioreがこの2人を知ったのは、ブリュッセルのレコード店で彼らが自身のレーベルPsychic Soundsからリリースした楽曲に偶然出会ったことからだという。Million Braziliansのアルバム『Red Rose And Obsidian』は近日、Lullabies For Insomniacsからリリース予定だ。Caligioreは、このリリースが、より多くの人がMillion Brazilians周辺のポートランドの豊かなアンダーグラウンドシーンに注目し、掘り下げていくためのきっかけになってほしいと願っている。

レーベルはまだ駆け出しで、CaligioreはLullabies For Insomniacsの宇宙を作り上げている途中であり、今後はまだ彼女自身もわからない方向にまで成長していくかもしれない。確かなことは、Caligioreがこれからも他の人が注目していない音をディグし続けていくことと、この唯一無二のレコードレーベルを確立し、PBSのスタジオの深夜のラジオショーからスタートしたこの旅路を続けていくことであろう。

Label of the month mix

Izabelがレーベル内外からのトラックを交え、真夜中のための音楽をミックス。

Tracklist /
László Hortobágyi - Reptile Temple (forthcoming on Lullabies For Insomniacs)
Dreaming Together - The Light Of Iaii (excerpt)
Rah / Sound Cosmodel / Automind
O Yuki Conjugate - Kyrie
Kon - Dark Town
Red Weather / Sleepless Dreams / Sound Voice
Tod Dockstader - Pond Dance
Michel Redolfi - Immersion (excerpt)
Der Zyklus - Optical Distortion
CoH - II-II Vittorioso Calando
Slum Goddesses / Ultra Paste
Pascal Comelade - Pluie Japonaise
Dreamies - Program Ten (excerpt)
Der Reigen (excerpt)
Unearth Noise - Offering Bowl (forthcoming on Lullabies For Insomniacs)
Mikhail Chekalin - Erotic Fish Marouani
Current 93 - Hourglass For Rosy Abelisk
Waiting to be / Sound Cosmodel
Benjamin Lew & Steven Brown - L'Ile, L’Hôtel
Raffaele Serra ‎- Window Water Baby Moving
Demdike Stare - Hashshashin Chant
Mike Cooper - Electricity
Fizzarum - Izoterica
Geoffrey Landers - Minored Birds
Sugai Ken - Genkyo
FFWD - Klangtest
Piotr Kurek - Untitled 5 (forthcoming on Lullabies For Insomniacs)
Garland - Break ColSe6 V KS (forthcoming on Lullabies For Insomniacs)
Tarot Plane - 258 Oblique (forthcoming on Lullabies For Insomniacs)
Tarot Plane - For D (forthcoming on Lullabies For Insomniacs)

今年のADEに参加するなら、IzabelがBen UFO、DJ Nobu、Jayda Gらと共演する10月21日のRADIONでのパーティーは必見だ。