サウスロンドンにあるWill Bankheadの自宅を訪ねたのは、Mark E Smithの訃報を聞いた翌日だった。Smithのバンド、The FallのLPが黒い革張りのカウチの上に積み重なり、ターンテーブルでは『Hip Priest And Kamerads』（The Fallの85年リリースコンピレーション盤）がプレイされていた。Bankheadとしては、これが彼なりの故人に対する賛辞のつもりらしい。Bankheadは折りたたみの椅子を出してきて座りながら「あと、The Fallの7インチも出してきたんだ」と、地下のほうを指して言った。

彼の地下室は、音楽オタクにとっては金の出る鉱山のようなものだろう。レコード、テープ、CD、本や雑誌が天井に届くほど積み重なっている。1950年代の日付が入ったNational Geographic、東京の喫茶ライオンのフライヤー、ステッカーやスケートボードのギア、段ボール箱、そして”とにかく大量”のレコードが目に入った。このアフターパーティー用の場所として最適すぎる場所こそが、この10年間、Will Bankheadが自分の自由時間を費やして運営してきたレーベルThe Trilogy Tapesのヘッドクォーターである。

2008年にブログとしてスタートし、続いてテープ作品をリリース、2010年には初のヴァイナルをリリースしたThe Trilogy Tapesは、エレクトロニックミュージック、エクスペリメンタルミュージックの世界で尊敬を集めるアーティスト達が集う密かなロースター（育成機関）として10年間活躍してきた。Bee Mask、Accident Du Travail、Ben UFO、Kassem Mosse、Sassy J、Beatrice Dillon、DJ Nobu、Dean Blunt、Madteo、Blawan、Theo Parrish、A Made Up Sound、Aaron Dilloway、Beautiful Swimmers、Omar Souleymanをはじめ、多くのアーティスト達がBankheadと共に仕事してきた。

しかし、これでもまだストーリーの一部でしかない。Blawan、Theo、Nobuのリリースの前には、Preggy Peggy & The Lazy Babymakers、Field Of Hats、Boron & The Grebesといった、奇妙なノイズやドローンミュージックの限定カセットをリリースする、あまり知られていないアクトの作品もあった。

The Trilogy Tapesの舞台裏的な出来事は、ほぼBankheadの地下室で行われている。彼は、楽曲がレコードになるまでのプロセスについて話してくれた。まず、これだという曲が届いたら、すぐにドイツにあるレコードプレス会社にデジタルファイルを送付する。ここでプレスされたレコードはスリーブなしでサウスロンドンにあるBankheadの自宅に届き、ドライバーは玄関先にパズルのように荷物を積み上げる（「運送屋は荷物を路上に置いていくから、自分で室内に入れるんだ」）。一方、レコードスリーブはBankhead自身がデザインを手がけ、イギリスのローチェスターという小さな町で印刷される。こうしてレコードとスリーブが揃ったところで、Bankhead自身がレコードをスリーブに入れる。Bankheadのディストリビューターを務めるHonest Jon'sに送ったあとの残りは、Bankhead本人が手元で保管し、オンラインショップで販売する。

The Trilogy Tapesは、Bankheadがあくまで趣味として運営している。Bankhead自身、収入はHonest Jon’sと、スケートボードブランドPalaceのグラフィックデザインから得ているのだ。しかし、これはなかなか骨の折れる趣味だ。「量の多さが苦労の多さだ」と彼は話し始めた。「郵便局に行くのとかね。毎度郵便局のカウンターに行くたびに、局員は『あなた、また来ましたね』という感じで」。彼は局員から面倒がられるのを覚悟している。「郵便局の局員が、僕の自宅までレコードを集荷しに行くこともできると教えてくれるけど、どうもそこまで手が回らなくて、そのうち10年も経っていた。いくら面倒でも、自分で持っていくのがいい。梱包し終わったレコードを持って家を出るとき、これで全てが完了したぞという気分になるんだ」。こうして発送しているのはThe Trilogy Tapesの分だけではなく、BankheadがJoy Orbisonと共に2012年から運営しているレーベルHinge Fingerの分も同様だ。

その日は、テクノデュオのRezzettのアルバムが出るという告知があってから数日後だった。Bankheadは立ち上がってデスクに行き、予約注文のメールでいっぱいの受信ボックスを見せてくれた。当日の分だけでも150通以上届いていたが、どのリリースでもこのような状況になるわけではないという。レコードが人気になるかどうかを予想するのは大変難しいことだ。

「たまに、とんでもなく素晴らしいと思える曲をもらうこともあって」と彼は続ける。「『この曲は何千枚も売れる』と内心でつぶやく。それで、いざプレス工場から届いたレコードをターンテーブルに乗せて、ようやく『しまった、この曲はずいぶん変だぞ』と気づいたりする」。Bankheadはそう言って大笑いした。「全て直感でやっていて、自分自身の直感ではあるけど、たまに自分でも何をやってるのかわからなくなるよ」。しかし、彼のレーベルのカタログを見る限り、その直感での判断は断固として正解だと言えるだろう。

The Trilogy Tapesは、Bankheadが音楽、フライヤー、スケートボード、雑誌からのスキャン、ビデオ、インターネットの話題などを非常にうまくキュレーションしたブログとしてスタートした（現在もブログは運営中）。一例を挙げると、2008年8月19日の投稿は「Newcastle Speedway（訳者註：イギリス・ニューカッスルのバイクレースチーム）のことは全然知らない」というタイトルで、10年以上前のNewcastle Speedwayのプログラムの写真を4枚載せていたり、2009年にPlastic PeopleでMark Ernestus、Sleeparchive、DJ Peteが出演したHonest Jon’sのパーティーのフライヤーが歴史の断片として載せられた投稿などもある。同時期に始まったブログはほとんど、00年代後半の時点で消えたり、放置されたままになっているが、The Trilogy Tapesは今も続いている。

ロンドン南西部のウィンブルドン出身のBankheadは、スケートボードのカルチャーが新鮮で活気のあった1990年代に成人した。彼は才能あるスケーターで、スポンサーが付く程の腕前であった。「お金をもらっていたわけじゃないけど、いいものは貰ってたよ」。彼はノッティングヒルにあるRough Tradeの地下にあるSlam City Skatesにも顔を出していて、階段を降りる時、壁に飾られたレコードを見ていたそうだ。

Bankheadは次第に音楽に傾倒していき、90年代には暴力的で危うい雰囲気のあったラドブロークグローブにあるHonest Jon'sやクラパムジャンクションのDub Vendorで、レゲエやダンスホールのレコードを買うようになった。「カウンターで他の人が何の話をしているのか聞いて、その時の反応を見て色々学んでいく。そうやって一日中店にいれば、レコードが一山揃う。レゲエショップはすごく混んでいて、僕はただ後ろのほうでつっ立ってる間抜けな若者だった」

Bankheadはこの時期に重要な友人関係を築いている。彼はDJとして活動を始め、Mark Ainley（Honest Jon'sの共同オーナー）と共にスピタルフィールズにあるHanbury Streetで月曜の夜を担当し、片手で間に合う程の少数の客を相手にダンスホールやハウスをプレイしていた。やがて彼はHonest Jon'sのストーリーの中でも重要な役割を担うようになり、Ainleyと一緒にロウキーでダブにフォーカスしたレーベルPKを運営、さらにHonest Jon'sのリリースの中でも印象に残るスリーブデザインを担当した。

BankheadはHonest Jon'sと繋がりを持つよりも前に、James Lavelleとも出会っている。Ben Drury、Swifty、Futura 2000らと共に、彼はMo'Waxの初期リリースのスリーブデザインを手がけた。カリフォルニアに旅行した際には、BankheadとLavelleはDJ Shadowと共にレコードをディグした。ほかの2人がファンク・ブレイクスのレコードを購入している中、Bankheadはレコードショップの1ドル箱探しに没頭し、そこで由緒あるFolkways Recordsの作品が大量に安売りされているのを発見した。Folkwaysのビジュアル面での美学や、世界中で録音された珍しい音楽を網羅している様などがBankheadの創造力を喚起したのだ。現在では、このレコードコレクションがレーベルにも貢献している（The Trilogy TapesはFolkwaysの音源を使ったミックステープを2本リリースしていて、ひとつはBankhead本人、もう一本はBeatrice Dillonが手がけている）。

Bankheadは「こういう品物には目がないんだ」と言いながら、1958年にリリースされた、Tony Schwartzという人物の名がクレジットされたLP『An Actual Story In Sound Of A Dog's Life』を出してきた。どういうレコードなのかを尋ねると、「これはただ犬の声を録音したレコードだ。まず犬がキャンキャン吠え始め、男が語り始める。『この子犬がニューヨークのアッパーイーストサイドにあるアニマルシェルターに連れてこられたのは、およそ1年ほど前のことだった』。その語りが入ってる間、犬はずっと後ろで吠えている。誰かがこういうレコードを作ろうとして頑張ったわけだよ」。レコードを聴きながら、Bankheadはそう言った。このシンプルながらも核心をついたプロセスがBankheadの気持ちを捉え、変わった音楽を魅力的なアートワークでリリースしようという意欲をも強めている。「The Trilogy Tapesのスリーブは、見た瞬間に『何これ？』と思うようなものにしようとしているんだ」

彼は多くのデモを受け取るそうだが、基本的には自分の知り合いを巡回するような形でリリースすることを好んでいる。「これまでに、それまで全く知らなかった人のレコードをリリースしたのは2、3枚くらいだ。もし『自分はハードウェアを使ってヤバいテクノを製作しているので、きっとあなたも気に入ってくれると思います』とか書いてあるeメールでデモを受け取っても、絶対に聴くことはないと思う。その中には本当にいい曲もあるかもしれないけど、そういうのがとにかく多すぎるんだ」

The Trilogy Tapesの10年間のカタログの中には、ランドマーク的な作品がある。2010年、レーベルにとっての初のヴァイナルリリースとなった、オーストラリアのプロデューサーDro CareyのEP「Venus Knock」は、BankheadがYoutubeで音を掘っていた時に見つけた作品だ。2012年から2013年にかけては、エクスペリメンタルなダンスミュージックのレコードで成功を収め、いわゆる”アウトサイダーハウス”についての議論の中心的な存在となった。レーベルで一番売れたレコードは、4年前にリリースされたTheo Parrishの12インチ『71st & Exchange Used To Be』で、これはPalaceとのコラボレーションリリースだ。同作品にはParrishの作品の中でも真の宝石といえる楽曲（スモーキーな”Blueskies Surprise”など）が収録されている。Palaceとのコラボ作品では、RezzettがシリアのフォークシンガーOmar Souleymanの曲をリミックスした作品など、まさにThe Trilogy Tapesでしか有り得ない組み合わせのものもある。

The Trilogy Tapesは、実験的なことをしたいアーティストや、別名義でリリースしたいアーティストにとっての安全な避難場所のようなレーベルでもある。Call Super名義でよく知られるJR Seatonは、The Trilogy TapesでElmo CrumbとOndo Fuddという2つの名義を使い、2016年には記憶に残るゴージャスなEP「Blue Dot」をリリースした。また、BlawanはBored Young Adults名義での現状唯一のレコードを、The Trilogy Tapesからリリースしている。最近ではシーンの辺境的なところからブレイクしたアーティスト（Buttechno, John FM）にとってのリリース元になったり、Kassem MosseとBeatrice Dillon、DJ NobuとNHK yx Koyxenなど、魅力的なコラボレーションを初披露する場ともなっている。

Bankheadの音楽の趣味は、高価なレコードやレアな音楽といった方向とは違うものだ。「新しい音楽が好きなんだ。レアだとか高価だという理由でレコードを買うことはないし、実際、レアなレコードはそれほど持っていない。中には結果としてレアになったものもある。昔はMetroplex、Transmat、Retroactiveあたりのテクノのレコードを大量に買っていていたからね。高価なレコードを買ったのは、これまでせいぜい2度ほどあったかどうかだ。新しい音楽や、安く売られてるものを発見するのにハマってるんだ。何か1つ買うのに100ポンドも出したりしない。そういうのは、レア作品として扱われるようになったから、もしくはすでにレア作品として知られているものだから、100ポンドもするんだ。それなら、新しいレコードを10枚は買えるよ」

レアなレコードに散財せずにとっておいたお金は、そのかわりに本や雑誌のコレクションに費やされているのかもしれない。彼は『Imponderable: The Archives Of Tony Oursler』という本を見せてくれた。ブロードウェイマーケットにあるDonlon Booksで買ったのだという。「この本のレイアウトが気に入ってるんだ。よくできているし、しっかりしている。それに紙も上質だ。本の全てが”ソリッド”だね」と彼は言う。「こういう本からはあまり引用しない。この作者がもう全て完結してしまってるからだ。そう思わないか？だから、また別の本を探すんだ」

Bankheadは東京に行くときは毎回、「日本の写真集から漫画、奇妙な人形まで何でも揃う」ショッピングモール、中野ブロードウェイを訪れるという。日本の骨董品についての雑誌をパラパラとめくった後、彼は『Japanese Folk Art And Design』という名の本を見せてくれ、続いて、日本の子供雑誌やゲームについての要覧を見せてくれた。この本は最初に東京のバーで見つけ、その後オンラインオークションで手にいれたものだという。「どのページも、めくる毎にカバーアートのインスピレーションになる」

書籍コレクションの横には、スライド式のキャビネットがある。ある引き出しにはパスポート写真がばらばらに集められていて、また別の引き出しには、彼がHanbury Streetでダンスホールとハウスのパーティーをしていた頃の古いフライヤー、3つめの引き出しには雑誌からの切り抜きが入っていて、一番上に置いてあったのは1993年のTouchマガジンでBankheadが撮影したSnoop Doggの写真だった。

キャビネットに続いては、地下室の中でThe Trilogy Tapesの今後のリリースが置いてある場所にやって来た。Bankheadは大きなカスタムメイドのスタンプを見せると、それをレコードカバーに押しはじめた。「常連客にはサービスするよ」と1つのスリーブに数回スタンプしている。今後のリリースについて尋ねると、Lil Mofo、No Go Zones、Dolo Percussion、DJ Residue、J. Albert、Mix Mupの作品を予定しているとのことだった。僕がAccident Du Travailの『Très Précieux Sang』が置いてあったのを見つけると、Bankheadが、同作品はこれまでリリースした中でも特にお気に入りのリリースだと話してくれた。「唯一無二で、こんなことができるのは他にいない。ライブの時、（メンバーの）Julie Normalはとても壊れやすいオンド・マルトノを車のトランクに載せて来るんだ」

たびたび自らも疑念にかられることがあるとはいえ、Bankheadは確実に、方々から寄せられる期待に応えることを楽しんでいるようだ。「まず自分自身が楽しんでやっていけるようにしているし、皆に『彼は今何をしているんだ？』と気にかけてもらいたいと思っている」と彼は言う。「僕は、Baba Stiltzのストレートなハウスのレコードもリリースしているし、かと思えば、ノイズのレコードもリリースしている。Baba Stiltzが好きな人は『こんなノイズなんか聴けないよ』と思うだろうけど、それもまた面白い。それが自分のやりたいことでもあるんだ」

『Très Précieux Sang』の横には、昨年リリースされたBullionのレコード「Blue Pedro」が置かれていた。RAでは”かつて聴いたことがない程、この上なくキャッチーなスペースディスコの海の家”と評した作品だが、他のレビューではそれほどでもなく、とあるDiscogsのコメンターは、Rednex、2 Cowboys、Scatman Johnのレコードと共に「Blue Pedro」をリストアップし、皮肉な調子で「自分のレコードバッグに入れたい珍品レコード」と書いていた程だ。

「誰もこんなのは予想してなかったと思う」とBankheadは微笑んだ。「こうやって時々、テクノオタクに一泡吹かせるのもいいものだよ」

Label of the month mix

Will Bankheadの地下室で録音された、奇妙なビートレスサウンドによる90分のミックス。