Jane Fitzの新居は「おばあちゃんが住んでいそう」であり、「ロンドンの中でも誰も知らないようなマイナーな場所」にあるという。インタビューのために筆者が彼女の新居に訪れたのは、彼女が引っ越しを終えたほんの数日後のことであったが、本棚には本が並び、壁には額縁に入った写真が飾られ、ダンボール箱がひとつも見当たらない、ファミリーホームとして完成していた彼女の家を見て驚いてしまった。「私たち、とことんやりきるほうなんだよね」というのが彼女の説明だった。「私の妻に会ったことがあるかわからないけど、彼女はすぐに全部やらないと気がすまない人なの。でも実際、私たちはふたりとも忙しかったから、後回しにできないことはわかってた」

引っ越しの荷物のなかでも特にかさばったのが、もちろん彼女のレコードコレクションであった。Fitzは自身がレコードを何枚所有しているか把握していないそうだが（8000枚前後だというのが彼女の予想）、筆者がお邪魔したときにはすでに裏庭にある小屋の壁一面に綺麗に収納されていた。そばの棚には古いミックスCDと、『DJ Mag』や『Jockey Slut』といった雑誌が並んでいる。それらに思い出が詰まっていることはもちろん、今でもそういった雑誌のレビューを読むとヒントを得ることができるらしく、なかなか捨てられないでいるとFitzは話した。

この部屋に収納されているモノは全て、Fitzの人生の1ページを物語っている。ここ30年ほど、彼女は常になんらかの形で、音楽、あるいはレコードを通じて人生の道を切り開いてきた。これまでロンドンや香港、そして（短期的にだが）セルビアに暮らしながら、彼女は音楽ジャーナリスト、プロモーター、または「臨時雇いDJ」（奥のブースで、ノーギャラや低いギャラでプレイする無名のDJを彼女はそう呼ぶ）として働いてきた。しかし今は違う。今や彼女は世界を渡り、並外れた音楽遍歴を体現する膨大な音楽コレクションと、長年かけて磨いてきたミックス技術を活用して、彼女のことを知らない人もファンも関係なく、ダンスフロア全体を異世界に連れて行くDJとして注目を集めているのだ。

Fitzはディープでコズミックなサウンドと選曲センスで知られているが、彼女のスタイルは変化を続けている。10代のころから、彼女はソウルからトリップ・ホップ、テクノからアンビエントまでなんでも聴き、なんでもかけてきた。彼女の現在のスタイルは、長年聴いてきた音楽の影響が積み重なった集大成であると彼女自身が分析する。それに加えて、ニューヨークでのBody & Soulパーティー、ジャカルタのサイトランス・レイヴ、そしてレギュラー出演している日本のruralやウェールズのFreerotationといったフェスなど、これまで体験した現場のひとつひとつが、彼女のDJを形づくっている。キッチンの天窓の下に座り、紅茶とビスケットを楽しみながら、彼女は大好きな話題である「DJ道」について、3時間ほどとことん語り尽くしてくれた。

レコードは何枚所有していると思いますか？

考えてみたけど、わからない。たぶんあそこには6,500枚くらいあると思うんだけど、トータルで8,500枚くらいじゃないかな。買いすぎないようにしているんだけど、色々好きな音楽がありすぎて。

若いときは毎週必ずJunoでレコードを買ってたね。毎週、毎週、毎週、60とか70ポンドくらい使ってた。今はそんなにレコードを聴く時間がない。当時は毎週ちゃんと音楽を聴く時間があった。あと、今ほど新譜が大量に出ていなかったからね。90年代後半とか2000年代前半ぐらいのこと。Junoがスタートしたばかりのころで、まだ知る人ぞ知るサイトだった。でももう時が経って、状況が変わってしまった。昔は、仕事している間に音楽をずっと聴くことができたの。

編集の仕事をしていたとき、ライティングはあまりやってなくて、ライターに仕事を振ったり、編集作業をずっとしていた。印刷物に間違いがないかひたすら探していたから、誰とも会話せず黙々と作業することができたんだよね。だからずっとヘッドフォンをして、新作を片っ端から聴いていた。そして好きなやつがあったらリストに追加して。その後、ちょっと静かな場所に行ってリストに入れた曲を聴き直して、欲しいやつを購入してた。それを当時は一日中、毎日、毎週ずっとやることができたから、ネットでレコードショッピングしまくってたね。

今は一日8時間ずっとパソコンを見ているわけではないし、そんな時間がないから同じことができない。通知が600件くらい溜まってて、昨日ようやく片付けてたんだけど、「Oh... god!」って感じだった。

通知ウザいですよね...

興味のあるレーベルとか、動向を追いたいプロデューサーたちの新作リリースの情報とかの通知なんだけど、2ヶ月くらい放置していて。毎回見るたびに「毎週ちゃんとチェックしなきゃ」って思うんだけど、結局やらない（笑）。でも可能なかぎりアンテナは張っておこうと思ってる。新しい曲と出会うのは大好きなの。古いレコードをディグするのが好きな人はたくさんいるし、私も好きなんだけど、古いものに固執するつもりはない。新しいものに惹かれるんだよ。それに、古いレコードはもうたくさん持ってるからね。

最近、あなたがやった回のRAポッドキャストを聴いていたんですが、1曲目がすごく印象的でした。トラックリストもないし、あなたのことなので、きっとマニアックなプログレッシヴ・ハウスの曲だろうと思ってたんですが、別のときにMixcloudで聴いたら自動的に1曲目の曲名が出てきて、それが比較的最近にリリースされた、自分も持っているOstgut Tonのトラックだったことに気がついてビックリしました。ディグもいいけど、意外と目の前に良い曲はあるんだって改めて思いましたね。

そうそう。前から思ってた。世の中には常に新しい音楽が生まれているけど、その曲の存在価値は出会うまでわからないし、曲を作った張本人でさえ、その曲の良さに気づいてないかもしれない。昔よくJunoのブロークンビートのページとか、別のジャンルのページの新作を聴いてた。ごくたまに、B面にすごくディープでダビーなハウスとか、ヘンテコなパーカッションの曲とかが収録されてたりするの。ハウスとかテクノのリリースしか聴いてなかったら絶対に見つけてなかった。だから昔から、なんでも聴くべきだと思ってる。そういったトラックが隠し味になって、DJセットを味わい深いものにするからね。だからどんなジャンルでも見落とさないようにしてる。スカウス・ハウスとかは避けるけど。

Junoはあなたにとって重要な存在みたいですね。

Junoにはホントお世話になってる。香港にいたときにこのサイトでレコードを買い始めたの。たしか最初はDance Music Resource Pagesっていう名前のサイトで、96年ぐらいにオープンしたと思うんだけど、もともとはただ新譜のリストが載ってるサイトで、ショッピングサイトですらなかった。ウェブサイトアドレスがたまたまJunoだったんだけど、リンクすら貼ってないただのリストで、その後リニューアルしてリストと一緒に音源サンプルが聴けるようになった。でも私がこのサイトを見始めたころはまだ音源サンプルはなくて、私はたしか香港のHMVでレコードを買ってたと思う。良い店だった。まだハウスをDJでかけ始めたばっかりのころ。それ以前はソウルやレアグルーヴしかかけてなくて、いっさいミックスをしてなかった。

熱心な25、26歳の若者だったころだね。イギリスの雑誌を色々買ってレビューを片っ端から読んでた。ハウスは出てきた当初から存在は知ってたけど、そこまで詳しくなかった。その10年、12年くらい前、私が14、15歳ぐらいだったころにハウスがチャートインしてて、そのときは聴いてたんだけど、その後90年代前半くらいのころはレイヴが流行ってて、レイヴとかハードコアの高速ヴォーカルとかが大っ嫌いで聴かなくなった。レイヴのせいで敬遠してた音楽で、今になって買ってる音楽はたくさんあるよ。レイヴに嫌気が差して私はソウルとかトリップホップとか、そっち系に傾倒した。

ダンスミュージックに戻ったきっかけはトランスだった。私の友人がトランス・レーベルのPlatipusを運営していたの。彼らに誘われてパーティーに行くようになった。それは私がロンドンにいた95年か96年くらいのこと。それがきっかけでクラブにもっと行くようになり、また四つ打ちに興味を持つようになった。Portisheadが出たあと、ぼやけて濁った感じの質感が流行ってそんな曲ばかりになったせいで飽きてて、私は違うものを聴きたいと思ってたところだった。それで、Platipusのやるパーティーとか、ウェアハウス・パーティー、サイトランス・パーティーとかイベントに行くようになって。それでまた聴きだしたんだよね。

香港に引っ越す前、ちょっとだけシンガポールに住んでいたことがあって。そのとき仲良くなったクルーがレコード屋をやってて、彼らが主催するサイトランス・パーティーにとても良いDJが出てた。2、3年くらいそのシーンで遊んだ私は、この音楽が好きだけどなんかちょっと物足りないな、って思うようになっちゃった。それからハウスをちゃんと聴き始めて。香港に移ってからは私もDJでハウスをかけるようになった。

香港に住んでいたときに親知らずを抜かなきゃいけなくなって、一旦イギリスに帰国したんだけど、ヨーロッパに到着すると「やっぱアメリカに行きたい。行ったことないし。ニューヨークに行こう」って思い立った。それでとつぜんニューヨークで2週間の休暇を過ごすことにしたんだけど、お金がかかったよ！今ほどではないけど、とにかく金がかかった。98年の前半くらいのこと。Dance Tracksに行って大量に買い物をして。初期のBody & Soulパーティーに行って、新曲をたくさん聴いた。ソウル・シーンでよく聴いていた曲もかかったし、初めて聴く曲もたくさんあった。ニューヨークでたくさんの良い音楽と出会ったはいいけど、香港に戻ると今度は「どこであれを聴けるの？」って思った。それで雑誌を見たり、Dance Music Resource Pagesとかのリストを見て、知識をつけてった。

ハウスのミックスの仕方も香港で独学で学んだ。何をしなければいけないのか事前に頭の中で考えていたから、最初にDJするってなったときにすぐにミックスができたよ。難しいと感じることはなかった。誰かにきいたりもせず、ただ自分の頭の中でこうすればいいんだろうって考えた。もちろん最初は荒削りだったけど、練習に練習を重ねた。でもハウスのレコードがあまり手に入らなくて、ルームシェアしていた人に「このサイトを見るべきだよ」って言われて、それからJunoで買うようになった。

その頃Junoは全然有名じゃなかったけど、私は熱心な常連客になった。Junoが有名になったのは2003年とか2004年くらいじゃないかな。私はレコード店に行ってレコードを買うのは好きだったんだけど、オンラインだと邪魔されないし、店員に勧められたりもしないから買い物しやすかったんだよね。だからレコードをネットで買うのが私のなかでは当たり前になった。「これを聴くべき」って店員に勧められるのが好きな人もいるけど、私は買わないと悪い気がするから嫌だったんだよね。Junoでは自分で判断できるから良かった。ネットで買うのが私に合ってる買い方で、今でもそれが理由でJunoで買ってる。

2004年から2005年まで、私はRecord And Tape Exchange, the Music & Video Exchangeというレコード店で働いた。このときもたくさんレコードを買ったよ。以前聴き逃してたやつを買ったり。2004年〜2005年はハウスが流行ってなくて、誰もチェックしてなかったからすごく安かった。Prescriptionのレコードが4ポンドとかで買えちゃう時代だよ。そこで音楽に詳しい人達と仕事して、お客さんたちともたくさん話して、レコードの値下げとかつまらない作業もあったけどそれも含めて、いろいろ貴重な体験ができた。香港時代、そしてレコードショップで働いていた時期は、本当に多くのことを学ぶことができて、私にとってとても重要な時期だった。レコードショップで働くことで、これを一生やっていきたくはないと気づくこともできたしね。

レコードショップで働くことをですか？

そう（笑）。その仕事に人生を捧げる人たちがいるからね。私の友人にもいるし、そういう人が嫌いなわけじゃないんだけど、歯車になってしまってる人たちがいるの。しかも競争意識が強すぎるような。それが音楽業界の嫌いな一面。競争意識の激しい男たちが、紅茶を飲みながらレコードの折り目について愚痴を言ってるみたいな光景が。

DJを始めたきっかけは何だったのですか？

子供のときに友達のパーティーでプレイしたこと。ホント、まだ子供だったよ。13歳とか。レコードを持ってたからね。10歳ぐらいからすでにレコードを集めだしてた。

私は子供のときに酷いいじめを受けていた。すごいちっちゃいときではなくて学生のときね。学校の子たちとは仲良くなれなくて、居場所がなかった。音楽は子供のときから私のそばにいてくれて、私を裏切らない親友だった。もっと社交的になって友達を作りたかったけど、周りの子たちを見ると「馬鹿ばっかり！」って思ってた。大変だったね。だから、13歳、14歳の私にとって唯一社交の場にいる方法が、レコードをかける人になることだった。誰とも話さなくても、パーティーにいることはできる。そしてそこにいる目的があることで、ちょっと自分に自信がついた。誰かが私を踊りに誘ってくれるかどうかを心配する必要がないからね。私はレコードをかける人だから。

そうやってDJを始めて、そのまま10代はずっと友達のパーティーでDJをしていた。でもただ、レコードをたくさん持ってたからやっていたことだった。友人たちのためにテープもよく作ってたよ。大切なのはどんなレコードを持ってるか、どんな選曲をするのか、そして曲をどうやって組み合わせるか。学生のころ、DingwallsとかBass Clefとかのイベントに行っていたけど、そういうところのDJはぜんぜんミックスをしていなくて、フェードイン、フェードアウトだった。Gilles Petersonはミックスができない、なんて言われてたけど、彼の持ってる曲が素晴らしかったからそんなこと関係なかった。

ミックスを意識するようになったきっかけはいくつかある。20代前半のころ、私が最初に就職したのは業界系の雑誌の会社だった。アジア版の『Billboard』誌みたいな。そのときに行ったフランスのMIDEMというコンファレンスで、色々ショーケースが行われていた。皆スーツを着た人たちばかりで若い人は全然いない。Palais Des FestivalではJeff Millsがショーケースをしていた。変な話でしょ？カンヌの巨大な会場でJeff MillsがガンガンDJしているの。当時、彼のことは知らなくて、「何これ？」って衝撃を受けたのを覚えてる。すごく印象的だった。DJがちゃんと仕事しているのを見たのはあれが初めてだった。

トランス・シーンで遊んでた時期、私と違ってソウルを通ってないDJたちと友達だったんだけど、彼らはちゃんとミックスしていた。あるときハウス・パーティーでベロンベロンに酔ったDJがすごいキラーミックスを連発していたのを見て、私は「そんだけ酔っ払って、なんでそんなことできるの？」って思った。それがすごく面白くて。Northern ExposureツアーでSasha & Digweedを見たときは、曲と曲の境目がわからなかったのを覚えてる。彼らは曲と曲を重ねることに凝ってたからね。それがかなり衝撃的で、それをどうやるのか私も覚えないと、って思った。

どうやって覚えたんですか？

変なやり方だと思うんだけど、他の人のDJを観察することはあまりしてなかったんだよね。手元を見るとかしないで、ひたすら聴いていた。彼らがレコードをどう使うのか、レコードで何をするのか、のほうが興味があった。「レコードで何を作り上げられるだろう？コード進行でどうやってヴァイブスを生み出せるだろう？ふたつのブレイクをどうやってミックスできるだろう？アウトロとかイントロをどうやって別の曲みたいに聴かせられるだろう？」そんなことを考えてた。延々とじっくり考えていたというよりは、ひたすら他のDJのプレイを吸収していたね。

アジアに住んでいたとき、シンガポール時代に知り合ったクルーがやってるジャカルタのパーティーに遊びに行った。サイトランスのイベントだったんだけど、そのときもやっぱり、「レコードで彼らは何をしているんだろう？何をやっているのか理解できない」って思ってたのを覚えてる。

90年代に見たDerrick Carterとかのプレイにも衝撃を受けたね。彼のプレイを聴いていると、「何枚のレコードをかけてるんだろう？ブースにドラムマシンでも置いてるの？」って思っちゃうんだよね。そういう、別の曲に変わったことがすぐにはわからないようなプレイってすごく惹かれる。あるいは、曲が変わっていることはわかるんだけど、「どうやってやってるの？」って思っちゃうような。

DJをしているときは、自分でもそういったプレイをすることを意識していますか？

本当のことを言うと、たいていの場合、私はただ勢いに任せてやっていて、意図的じゃなかったりする。私は車を運転しないんだけど、たぶん運転と同じで、運転してるときはいちいち考えないで無意識にミラーを見ているよね？DJも同じで、慣れると何も考えないでできる。DJ中、ヘッドフォンをとってブースのモニターを聴きながらミックスしていて、「やば、これが上手くいってるのが信じられない！」みたいなときあるよ。そんなときはフロアの客と同じくらい私も興奮してる。でもそれがなぜ上手くいってたかは覚えていないから、同じことは再現できない。

超ロングミックスをやってやろう、って意図的にやることはないけど、結果的にやっちゃってる。そういったミックスの先にどんな可能性があるのか冒険してみるのが好きだから。それに、私は楽器を演奏できるわけでもないんだし、こういったことで自分らしさを表現してみてもいいじゃん？って思う。曲を選んで、それをかける順番を選ぶだけじゃなくて、何かそれ以外のところでも個性ってのは出していくべきだと思う。

あと、私にとってもレコードを大音量で聴ける良いチャンスなんだよね。DJしているとき、もちろん皆のことは考えるけど、単純に自分が音楽を聴きたいって思ってやってたりする。家ではリスニング用の1台のターンテーブルしか持ってないから、現場で初めてその曲をミックスするときって私にとっても新鮮なの。「ワオ、この2曲超相性良いじゃん！」みたいな。この曲の後はこれ、っていうレパートリーを持ってるDJっているけど、私はそれができない。新しい可能性に挑戦するほうがスリリングだもん。あと、わざと自分を追い込むことって好きだったりする。そういうときこそ面白いことが起こるから。自分を驚かせることができたら最高な気分だよ。

自分を追い込んでしまったことを後悔することはありますか？

10秒くらい後悔することはあるかも？「やばい、次何かけよう？！」って焦ってレコードバッグの中を探してるときはあるけど、そういうときは自分に「Jane、5時間かけてこのレコードバッグにいれるレコードを選んできたじゃん。時間かけて厳選したレコードを持ってきてるんだから、自分を信じて」って言い聞かせてる。だからそう、事前に準備はするけど、その瞬間とか、その場の空気とかにも身を任せる。それで上手くいったときは嬉しいね。

流れに身を任せつつも、入念な準備は怠っていませんね。

流れに身を任せるときに気をつけないといけないことがふたつある。ひとつは、かける曲を事前にしっかり聴いておくこと。曲の展開を知っておけば、それを使ってどんなことだってできる。ふたつ目は、ちゃんと集中すること。フロアの空気に敏感に反応したり、次にかけるべき曲をしっかり選べないと、流れに身を任せても意味がない。気を張っていないとせっかくのチャンスを逃しちゃう。

そして、失敗しても大丈夫だと考えていないといけないと思う。人前で醜態を晒すかもしれないけど、それでもいいやって思えるようになれば、もう怖いものはない。起こりうる最悪の事態を受け入れることができればいいわけで、そもそもそんなたいしたことなんて起きない。自分の役目は人を踊らせることであって、ドラムが鳴っていれば人は踊るわけだから、そこには無限の可能性が広がっている。私がもしスコットランドの伝統的な音楽とかかけたら、さすがにそれはアウトかもしれないけど、たまにミックスしている最中にミスするくらいじゃ、ね。私がよくやったミスは、レコードのかけようと思ってた曲じゃないやつをプレイしちゃうとか。でもそうなったときは無理に曲を変えたりしないで、そのまま様子を見たりするね。

「ただレコードをかけていたDJ」から、「自分のDJを聴きに来る人たちがいるDJ」になったときは、どんな気持ちでしたか？

本音を言うと、なかなか慣れなかったね。私は以前から顔が広い人としてパーティーに来る人たちに知られていた。ライターをやっていたし、ネットの掲示板も使っていたし、イベント主催もしたし、クラブ・シーンに知り合いがたくさんいる人だった。だからDJとしての知名度が変わったときも、他の人に指摘されるまで気づいていなかった。それを知ったとき、どうしていいかわかんなかったね。どっかのフェスで、まったく知らない人にあいさつされたりしてね。「え、何が起きてんの？」みたいな。数年前のFreerotationでは特に、友達だけじゃなくて面識のない人たちに話しかけられることが多くなっていることに気がついた。あそこは比較的小さな環境だからいいんだけど、でも内心戸惑ってた。

さっきも言ったように、そもそもDJを始めた理由が、私は人があまり好きじゃないからだったんだよね。でも社交的になるべきだと思ったから、人と会話しなくても社交の場にいられるDJを選んだ。何年もクラブ遊びをして、社交的な性格になることができたんだけど、まだ自分の一部はあのときのままで、むしろ以前のように誰にも注目されないDJにまた戻ろうとしてる。部屋の隅の暗いところでプレイするのが好きで、ステージでDJとかしたくないの。注目を浴びてると落ち着かない。そんなこと望んでなかったしね。少なくとも私は。

DJをやるときはどうですか？知らないDJのプレイを聴くのと、知ってるDJのプレイを聴くのでは、お客さんの期待の仕方が違いますよね。

それに関しては、やりやすくて良いんだよね。私がどういうDJなのか知ってくれてるし、セットを全部聴こうとしてくれる。私はセットによって内容が全然違うことが多いし、そんなことは通常しないけど、もし複数のギグにまったく同じレコードを持っていったとしても、結構雰囲気の違ったプレイになると思う。だから私のDJを聴きに来てくれる人が以前と同じものを聴くということはない。

私のことをディープハウスのJaneだと思ってる友達もいて、「最近どうしたの？昔のJaneはどこいっちゃった？」なんて言う人もいるけど、そんなの一時的な私だったのに！って感じ。そのときの私がたまたまそうだっただけ。

それから3回は変貌を遂げてますよね。

そう、3、4回。そのときに面白いと思ってるものに応じて、私は常に変化していくと思う。今年の頭にマンチェスターのSoup Kitchenでギグをしたとき、他所でやったのとは全然違う感じのプレイをしちゃって、楽しかったけど自分でも驚いたんだよね。トランスっぽくなくて、サイケデリックでディープというか・・・私っぽい感じとは違ってた。そのとき「私っぽくない！」って思ったんだけど、そんな風に思ったのは初めてだった。たいてい「これは私っぽいな」って思うことが多いから。でも、自分っぽさに縛られるのもよくないと思う。

私がこれまでかけてきた曲はすべて、私の好みという共通点で繋がっている。私は私にしかなれないし、これまでもずっとそうだった。なぜその曲を選んだのか、なぜそのレコードを買ったのか。私が聴いている音楽を、フロアの皆も聴いていて、そこに答えがある。特定のサウンドとか、スタイルとかではなくて、「ああ、Janeがレコードを買う時に求めているのはこういうことか」っていうのが伝わるだけ。そういうことだと思う。

これだけ長いことDJをやっていると、今でも「上手くなっている」と実感することはありますか？例えば2、3年前にはDJでできなかったことができるようになっている、など。

良い質問だね。たぶん・・・ないかな。むしろ私の場合、ちょっとネガティブだけど、昔からずっと同じことを心配している。「上手くいくかな」って心配しながらブースに立つ感じ。自信の問題だね。未だに完全に自分を信じていないから。

ギグのあと、「もっと挑戦しても良かった。もっと変化球とか、別の方向に持っていくこともできた」って反省することもある。もったいない気持ちになるんだよね。ずっと引きずったりはしないけど、機会を逃したような気持ちにはなる。機材トラブルみたいなことは一切気にならないけど、そういうことは結構苛立ったりする。音が飛ぶとか、サウンドシステムがひどいとか、そんなことはむしろ起こるって思ってやってるからね。私のせいじゃないしね。でも「もっと驚かせても良かった。もっと堂々と、もっとディープに、もっと変なことをしても良かった」って思うときは悔しい。「客の反応も良かったし、もっと試してみても良かった。もっとクレイジーなことカマしちゃえば良かった」ってね。そういうことに後悔するけど、ミスをすることなんてなんとも思わない。

友達がこれを読んだら「嘘つけ」って言うだろうけどね。私がそんな心配してるなんて思ってもいないだろうから。

仕事に対して本気だからこその心配だと思いますよ。

あと、こういった見方もできる。私はクラブに行って踊るのが大好きなの。暗い部屋で大きな音量の音楽で踊ることが。クラブにまだ入れなかった子供のときからずっと好きで、今も好き。でも昔ほどはもうそういった遊びができない。時間がないし、連続で何日も深夜のギグをこなしたあと、週末にまたクラブに遊びに行くなんてする気は起きない。だから、私にとってはDJをしているときが夜遊びの時間でもある。フロアで遊んでるわけじゃなくても、流れに身を任せて、予想以上にミックスが良い感じになって、家で聴いたときよりも全然良い感じで曲が聴こえてるときは、それが私にとっての夜遊び。だからDJをしているときって、結局自分にとって楽しい時間を作ってることだったりする。皆とは違った形で、パーティーの人々とコミュニケーションをとっている感じだね。

今でも、やっぱり曲の何かの要素にすごく興奮しちゃうことってある。ドラムブレイクかもしれないし、シンセとかARPの音かもしれないし、曲の中の「間」かもしれない。何かに反応して「Yesss!!!」って言っちゃう瞬間がある。そしてそんなとき、全く同じ反応をしている人を見ると、すごく嬉しいんだよね。人と繋がりを持つことができたというか、その人の考えていることがわかって、その人も自分の考えていることがわかって・・・。ハイになっちゃうね。曲のちょっとした何かに誰かと一緒に反応するっていうのが、そもそもこれをやっている動力なの。「私と同じものが聴こえているなんて最高。同じものに興奮できるのが嬉しい」って思う。そういうときは、自分の使命を果たすことができた気がするね。私が聴いているものと同じものを聴かせることができたから。