数年前、このウェブサイトのために自分が所有するテクノ12インチの大半を聴き返したあと、私は「ダンスミュージックはもはや意味を持たない存在なのでは？」と感じはじめるようになった。いや、音楽の質が悪いわけではない。そこに欠けていたのは特徴だ。かつて、ハウスはフィーリングでありテクノは未来だと言われていたし、私自身もそう読んだ覚えがある。だが、2010年代中盤にプロモ盤を受け取るとき、最も重要と思われたことはその曲がピークタイム向けか否かという点だった。

おそらくはその結果として、私は曲が作られた場所の特徴を確かに感じさせるような音楽を求めるようになった。毎日数百ものタブを開いてさまざまなリンクをたどる日々を過ごす中で私が思い起こしていのは、一体化したフロアーや自由闊達に語りあう人々、そして有意義なストーリーを持つ音楽だった。私が求めていたのは、歓喜とアートを通して逃避を求めざるをえないような苦難を知る人々によって育まれたリアルなシーンの情熱だったのだ。

結局のところ、世界にはこのような人々がさまざまな場所で存在している。ダンスミュージックにおいて、私たちはひとつの泡の中で暮らしているにすぎない。2010年代における最もエキサイティングな変化のひとつは、ダンスミュージックの中心が西欧からその他の世界各地へと移ってきたことだ。これらのサウンドや、それを支える人々はエレクトロニックなクラブミュージックに文化的・伝統的なスタイルをかけあわせ、そのいくつかは私が近年耳にしてきたものの中でも最もフレッシュなアイディアとなって結実している。

非西欧的な音楽的影響の数々について把握するには、Wikipediaを読みふける長く孤独な夜をいくつも過ごさなければならないだろう。たとえば、中国のSVBKVLTからのあるリリースにはインドネシアの打楽器合奏の一様式であるガムラン（Gamelan）が導入されているし、ウガンダのレーベルであるNyege Nyegeにはターアラブ（Taarab）やボンゴ（Bongo）などタンザニアの舞踏音楽の影響が色濃く反映されている。トライバル・グアラチェロ（Tribal Guarachero）やコスティーニョ（Costeño）などメキシコ発祥のサウンドはメキシコシティのNAAFIによって捻れた解釈がなされているいっぽう、バチーダ（Batida）/ キゾンバ（Kizomba）/ フナナー（Funaná）/ タラシーニャ（Tarraxinha）などアンゴラで発展を遂げたスタイルはリスボンのPríncipeに影響を与えている。加えてアラビア語や中国語、スペイン語、スワヒリ語などさまざまな言語で歌われる作品群をふまえれば、2020年のグローバルなクラブミュージックの現況の一端が把握できる。

2010年代最良のクラブミュージックのいくつかはリスボンのベッドルームで生まれた

注目しておくべきは、ここに挙げたすべてのスタイルは世界銀行が呼ぶところの “グローバル・サウス” から生まれてきているという点だ。これは従来の “第三世界（サード・ワールド）” を置き換える包括的なタームであり、アジア・アフリカ・カリブ諸国・ラテンアメリカなどの国々は豊かさや経済的な発展レベルに基づいて西欧や北米を中心とした “グローバル・ノース” と区別されている。見方を変えれば、この南北の分断はかつての植民地支配側と被支配の国々によって分けられるふたつのカテゴリーを表している。

このストーリーには聞き覚えがある。より多くの金・アクセス・力を持った人々が結局はシステムとナラティブを支配するのだ。しかし過去10年間、ソーシャルメディアがこの状況を変えるための道筋を加速させた。バイラルなソーシャルメディアのムーブメント、データストリーミングはスペイン語や韓国語のポップミュージックをチャートの上位に押し上げ、私たちは大衆の嗜好がかつてのような白人的・男性的・異性愛的な価値観や英語のみに縛られていないことを認識した。ほぼあらゆる業界は差し迫った多様性の問題、Twitterの普及スピードの速さに手をこまねいているままだ。

ダンスミュージックにおいては、ジェンダー・パリティと併せ、ポストコロニアリズムが最もシリアスなトピックとして急激に取り沙汰されるようになった。2015年にメキシコのコレクティブNAAFIを特集した『Label of the month: NAAFI』を執筆したMax Pearlは “マリンチズモ”（Malinchismo：もともとは自国の男たちより外国の権力者を恋愛対象とし、自国の侵略に手を貸す女性を指す言葉）について次のように説明している —「自分自身のメキシコらしさを恥じているようなメキシコ人、つまり植民地的なロジックをその圧政的な価値体系を再生産するほどまで内在化させてしまった人々に対して向けられる、おそらく最も痛烈な侮蔑の言葉がマリンチズモだ」。これは劣等感と「奪われた」という感覚と相まって、自国の外からやってきた金銭的・文化的なものを過度にありがたがる状況に繋がっている。エジプトをはじめタンザニア、ウルグアイ、テヘランなどのアーティストやクラブプロモーターたちもそれぞれの国におけるグローバル・ノース支配との関係性について同じような見解を述べてきた。

NAAFIはクラブミュージックを媒介にラテンアメリカのアイデンティティを探るメキシコの前衛集団

しかし、近年はこのような状況に抵抗する声が広がりを見せてきている。2015年、アフリカ難民としてのルーツを持つアーティストによるグローバルなコレクティブであるNONは政治的なテキスト、強烈なビジュアル、さらには混沌としたビーツによって “ダンスフロアーの脱植民地化” を標榜するミッションを開始した。また昨年、チリ出身でブラジルを拠点にするアーティストValesuchiはDekmantelにおけるラテンアメリカ系アーティストの不在を公然と批判した。過去10年現れた中でもおそらく最も人気の高い新たなダンスミュージックイベントであるDekmantelは、ニッチで親しみやすいブラジリアン・ジャズおよびファンクによってそのブランドの一部を構築し、サンパウロで2回の週末にわたるイベントを開催したが、Valesuchiは彼らの一方通行的な文化交流を指して「植民地的ロジックの蔓延」と糾弾し、「Dekmantelは僕たちがしばしばリーチできる機会のないような人々にも僕たちのシーンを知ってもらい、ブラジルに来てもらってシーン全体が活性するきっかけになるはずなのに、多くの南米のアーティストにとってDekmantelに出演できることは栄誉だってことを彼らは認識してないんじゃないか」と続けた。

このようなやりとりはソーシャルメディアでさまざまな反応を生んだ。FacebookのポストやTwitterのスレッドでも展開された議論は挑発的な投稿や自己正当化、心に響くささやかな智慧などを巻き込んで雪だるま式に膨れ上がっていった。私は、自分のこれからの残りの人生でもこのようなみっともないやりとりを見せられ続けるのかと思うようになっていった。この状況は苛立たしいが、自分たちがシステムに組み込まれていることを認識し、システムがどのように私たちを抑圧しているかを理解した時にこそ本当の変化はやってくるものだ。

2010年代に拡大を見せてきたもうひとつのトレンドである実験的なフェスティバルの隆盛は、おそらくこのような議論を育むためのヘルシーで身体的な空間をもたらした。クラクフのUnsound、ベルリンのCTM、ハーグのRewire、そしてグローバルなブランドであるMUTEKなどのフェスティバルは現代における知的な沈思のためのホットスポットとなりつつあり、アートと社会、地政学、テクノロジーの交差点としての機能にフォーカスしている。このような枠組みを踏まえれば、これらのフェスティバルの挑戦的な性格はグローバル・サウスから生まれたサウンドに負うところが大きい。

これらグローバル・サウスのアーティストたちの活きた経験は、多くの実験的なフェスティバルのテーマにとって興味のある領域であるようだ。今年のCTMにおけるテーマを例にすると “liminal（境界域）” となっており、フェスティバルのウェブサイトには「もはや有効ではない過去と形を変え続ける未来との間にある不明瞭な空間に自分自身を発見する」と記されている。この考え方はあらゆる種類の体験に適用することが可能だが、過去数年間において明らかとなった移動（回遊） / ジェンダーの流動性 / 混乱した情報流通という3つのトピックにはとりわけ適しているように思える。

グローバル・サウスのアーティストたちはこのような認識において最も深い部類の視点を有している。彼らはインターネットを通じて学び、またインターネットによってその存在を発見され、多国籍的あるいは他民族的な出自を持っている。南北分断の中で暮らしながらその両方を行き来し、北側の社会的自由と南側の拘束的な社会経済システムの両方を目のあたりにしながら個々が情報交換のための乗り物として機能しているのだ。完全に異質な世界の狭間で複雑かつ重要な意味を持つ対話を雄弁になしえるのは、多面的なアイデンティティだ。エクスペリメンタルアートの新たな側面が関わることになるのは、おそらくこの点だろう。

たとえば、Nkisiはコンゴ民主共和国で生まれ、ベルギーで育ち現在はベルリンに暮らしている。彼女の作品は自身が若くして触れたヨーロッパのハードなレイブを通じてコンゴのスピリチュアルな伝統を反映している。また、Deena Abdelwahedはカタールでチュニジア人の両親のもとに生まれ、現在ではフランスに暮らしている。彼女は2017年のRAインタビューにおいて「わたしは音楽教育を一切受けていない。だから、アラブの音楽も欧米の音楽も尊重していない。おかげであらゆるものを区別し、何も尊重せずにいられる」と語っている。いっぽう、上海の33EMYBWは、彼ら自身の音楽について「テクノロジーとインターネット、そして自分たちが住む都市」に深くインスパイアされているという。それは彼らの超現実的で未来的なディテールに表れている。

それでも、過去10年間の最もオリジナルなサウンドはかならずしも多文化的でモダンなメトロポリスばかりから生まれてきたわけではない。それどころか、これまでの各時代で最も新しかった音楽と同じく、そうしたオリジナルなサウンドは孤立した黒人の若者たちやしばしば経済的に除外されたコミュニティから生まれてきた。タンザニア最大の都市ダルエスサラームで発祥した、シンゲリ（Singeli）という新種のサウンドシステムカルチャーがある。その特徴はMCや粗暴なリズム、高速テンポ（180〜300BPM）だ。このジャンルの主要アーティストであるJay Mitta / Sisso Mohamed / Duke / MCZOらの作品はウガンダのNyege Nyegeからリリースされているが、このレーベルはまた東アフリカでは稀有なダンスミュージックフェスティバルを運営しており、素晴らしい成果を生んでいる。

共にダルエスサラームのシンゲリ・シーンにおける重要なアーティストであるDukeとMCZO

いっぽう、リスボンのゲットーエリアでは、数十年間にわたるアンゴラ内戦の中から勃興したダンスミュージックであるクドゥロ（Kuduro）の拡散をPríncipeが手助けしている。そのサウンドはかならずしも新しいものではないが、DJ MarfoxやDJ Nigga Fox、Nidia Minajをはじめとしたプロデューサーたちのおかげでフレッシュで中毒性の高いクラブサウンドへと変異してきた（シカゴ・フットワークの重鎮RP BooはDJ Marfoxらについて「俺はお前たちがどこからやってきたかも知らないし、この音楽がいったい何なのかも分からないが、クドゥロは俺がこれまでの人生で聴いてきたものの中でも最良のひとつだ」と語った）。

南アフリカ・ダーバンで生まれたゴム（Gqom）は、2010年代のグローバルなクラブミュージックにおいておそらく最も顕著な貢献を果たした。2010年代中盤のWhatsAppコミュニティから頭角を現し、ズールー語で “ドラム” あるいは “打撃” を意味するゴムは、ジャーナリストやメッセージボードが編み出した造語などではなく、ダーバンの10代のキッズたちがすべてをゼロから作り出した音楽だ。ゴムはアフロハウス / グライム / UKファンキーといったジャンルとの相関性を持ちながら、そのハードで黙示録的なサウンドの特性は独自の領域を築いている。ゴムを代表するヤングデュオのひとつであるDestruction Boyzはこのジャンルが発祥した起源を「業界が斬新かつフレッシュで、なおかつエッジーで薄められていない、本物のアフリカらしさを求めていたのさ」と簡潔に表現しているが、この見解は正しい。

ゴムはたった数年のあいだに爆発的な広まりを見せた。2016年にリリースされ、世界にダーバン産のサウンドを轟かせるきっかけとなったコンピレーション『Gqom Oh』について、Andrew Ryceは「これほどの強力さを秘めたサウンドが誰にも気づかれることなく発展を遂げてきたとは、にわかに信じられない」と記した。以降、ヨーロッパの多数のレーベル群がRudeboyz、AudioBoyz、Da Soul BoyzそしてDJ Lagらダーバンのクルーたちによるゴムの作品をリリースしている（のちに、DJ LagはあのBeyoncéをヴォーカルに迎えた『The Lion King』サウンドトラックに抜擢される）。Spotifyを見回してみても、ゴムのプレイリストは無数に存在している。ブレイク中の南アフリカ出身のラッパー、Sho MadjoziをカバーフォトにあしらったSpotify公式プレイリストは実に20,000近いフォローを集め、その数は今なお増え続けている。

しかし、おそらくそれよりも重要なのは、ゴムの優れたサウンドのスタイルがいかにして世界中のプロデューサーのボキャブラリーに取り込まれ、ダンスミュージック全体に対して新鮮な可能性をもたらしたかという点だ。オンラインプレイリストを通じて瞬時に拡散されたゴムのシンコペートしたスウィング、機能的なドラムは世界各地でハイブリッドバージョンが編み出されていった。アトランタのLeonceは「Vesper」においてゴムをクラブミュージックに組み込み、テキサスのデュオSanta Muerteは「Ritmo De Selva」においてゴムをレゲトン的な文脈にあてはめてみせた。ロンドンでは、Scratcha DVAとLady LykezがUKラップEP「Muhammad Ali」でゴムを導入し、その猛烈でファンキーなタイトルトラックはダンスフロアーで輝きを放った。

世界各地で活躍するDJたちにとっても、ゴムはクラブのフロアーに新たなエナジーを持ち込んだ。極めて冒険的なDJを除いて排除してしまう幅広いBPMとリズムを有するシンゲリとは異なり、ゴムはUKのダンススタイルにおいてすんなりと融合してみせた。Kode9とMumdanceが初めてゴムをプレイするUKのDJとなったが、ゴムの影響の広がりはこれだけにとどまらなかった。中国のTzusingからフィラデルフィアのDJ Haramにいたるまで、実験的なクラブアーティストたちはEBMや中東的なクラブエディットなどを問わず、ジャンル横断的セットにおいてゴムがフレッシュな感覚を持ち込むことを示してくれた。では、ハードテクノシーンにおいてゴムはどのように融合されているのだろう？　最近、ゴムとボールルームに触発されて制作されたZebra Katzのシングル「IN IN IN」をSPFDJがプレイする場面に出くわしたが、ここではピッチを上げ、フィルター処理されてダークでインダストリアルなループを被せてプレイされていた。

蔓延するハイブリッド化はインターネットの美点でもあり、欠点でもある。ハイブリッド化が進むことで議論が促進化され、無鉄砲でそれまでは考えられなかったようなアイディアが可能になるいっぽう、ハイブリッド化はその音楽から文脈・場所性・意味性などすべてを抜き去ってしまう（それこそが私がずっと追い求めていたはずのものではないのか？）。ある日、私は耳にこびりつくメロディーを持ったシンプルなデンボウ（Dembow：レゲトンの亜種）のトラックNA "rave slaps xtarri" をダウンロードしたかと思えば、次はNAAFIおなじみのZutzutによるよりパーカッシブなエディットを探し出し、さらにはAscetic HouseのJock Clubが手がけたパンチの効いたややラテン風に聴こえるノイズ・エディットを聴いていた。

それでも、私にとってこのようなランダムな混在状態は、全員が誠実に自分の持ち場を演じているいささか楽観的すぎる状況におけるクリエイティビティの醍醐味だ。David Guettaと故Frankie Knucklesのどちらが本当の “ハウス・ゴッドファーザー” かを主張しあう議論をふまえれば、ダンスミュージックの歴史は特に黒人が関わってきたそれに関して過去何度も抹殺されてきたことを私たちはすでに知っている。

しかし、たとえ何があろうと、歴史において確かに刻まれることがひとつある。グローバル・サウスから出てきたサウンドがアンダーグラウンドとメジャーを問わずにしっかりと根差し、これらのサウンドは世界の真実の姿 — いわゆる “少数派” が実際は多数派である多文化的な世界 — を私たちが見る助けとなっているのだ。私は現在ベルリンに住んでいるが、育ったのはアメリカだ。アメリカで社会の分断が進み、混乱を深めていく中、私が最も恋しく思うのはロサンゼルスの街中を車で流しながら数ブロックごとに変化する風景を眺めることだ — ここはペルシャ系の人たちが住み、あそこには韓国系の人たちが住む。もっと東に行くとフィリピン系の人たちが住んでいる、といった具合に。おそらく、インターネットで無心になりながら音楽を漁っていても似たような感情をもたらしてくれる。私は、自分を形成してくれたさまざまな文化が育んだ奇妙なサウンドを聴くのが好きだ。なにもかもが過剰で、それでいて切り離された世界の中で、こうした行為はちょっとしたアイデンティティの再発見ともいえる。