東アジアのダンスミュージック・コミュニティでは、海外アーティストが出演する日の方が通常のクラブナイトよりも集客が良いのは周知の事実だ。イベントオーガナイザーは海外アーティストとローカルアーティストのバランスを取ろうと努力しているが、平均的なクラバーはヨーロッパあるいはアメリカの人気アクトが出演する時にチケットを購入することが多い。だが、COVID-19がこの原動力を変える可能性がある。

新型コロナウイルス危機の後、この地域のナイトライフは徐々に再開し始めた。現在、中国、台湾、香港、ベトナム、日本と韓国の一部のクラブが営業しており、体温チェックなどの衛生面での対策も実施されている。今のところ、これらの国のヴェニューの集客は順調に回復しているという。ほとんどの外国からの入国を禁止する複雑な渡航条件のため、プロモーターやブッカーは規制が緩和されるまでローカルのラインナップにフォーカスせざるを得ない。しかし、海外アクトがいない今は、クラウドが現地のアクトをより良く知るチャンスでもあると期待されている。グローバルなブッキングが再開し競争の場が均等化された時に、国内のタレントへの需要が高まっている可能性もある。

アジアのアンダーグラウンドDJクルーには、近年着実に増加している忠実なフォロワーたちがついているが、いつもの夜にフロアが満員になることを、彼らの多くは期待していない。アジアのプロデューサーをサポートするバンコク拠点のMore Rice Recordsの共同設立者であるタイ人アーティストDOTTは、「ローカルイベントがどのくらいうまくいくかは見当もつきません」と説明する。「プロモーター同士のコラボレーションのような特別な内容であれば集客も良いのですが、そうでない時は毎回ギャンブルです」

香港では、あからさまな“ローカルクラウドの関心の無さ”が見られると、2年前にオープンしたクラブ宀（“ミン”と発音）のチームは語る。「信じられないかもしれませんが、人口700万人の都市でキャパシティ100人のクラブを週2回満員にするのが今だに難しいんです」

宀 Club / 香港

ミュージック・ラバーやパーティー・アニマルのような従来の客層を超えた新しいオーディエンスを獲得することは、世界中のアンダーグラウンド・プレイヤーに共通する課題だ。ロンドンだろうがシンガポールだろうが、多くのダンサーたちはこじんまりとした空間であまり知られていないアーティストを見るよりも、有名アーティストとのビッグな体験を好む。アジアの多くの国では、文化的な要因が状況を悪化させている。

「西洋で知られているようなダンスは、ここでは文化の一部ではありません」と、香港の宀クルーは指摘する。「中国人は結婚式ですら踊らず、カラオケの方がずっと人気があります。」一方、マレーシアのような国では実際にパーティーする人はごく少数だと、DJ JonnyVicious名義で活動し、クアラルンプールのPisco Barでミュージック・プログラマーを務めるJonathan Charlesは語る。

夜に出かけるアジア人の大多数は、バーやライヴ、カラオケを行き先に選択する傾向にある。エレクトロニックミュージックを選ぶ人たちは、レフトフィールドなプログラミングのクラブよりもボトルサービスのあるEDMヴェニューを好むのが一般的だ。頻繁にクラビングする数少ないマレーシア人でも、大抵は「彼らが世界の最前線だと思っている、ビッグルームのヘヴィーヒッターやTomorrowlandに出ているようなDJを優先します」と、Charlesは明かした。

この競争の激しいマーケットで集客を最大化するため、業界関係者は従来のミュージック・ラバー以外のクラウドを惹きつけるのに十分なスター力を誇る、世界的なビックネームのブッキングに注力することが多い。

フェスティバルの人気者を続々と招聘することでその街のシーンの評判が高まる一方で、国内のパフォーマーを弱体化させているとの見方もある。「過度な海外アーティストのブッキングは、ローカルミュージシャンが評価されず、時には見過ごされることに繋がります。彼らがビッグネームと同じステージに立っているのにですよ」と説明するのは、中国の古都、西安で10ヶ月前にオープンしたクラブJARの共同設立者であるGunknownとRVEだ。

パンデミック以前、日本のようなより大きなマーケットでは、消費者は著名DJのためにエネルギーとお金をセーブする傾向があったため、ローカルと海外アクトの間にある格差はより多く見られた。それとは対照的に、ベトナムのような小規模な地域ではコンテンポラリーなクラブカルチャーが比較的目新しいことから、もっとバランスが取れていた。エレクトロニックシーンの台頭はハノイではまだ新しい現象だと、Savageのミュージック・ディレクターSamy Stoukyは説明する。同クラブは、このベトナムの首都が音楽サーキットに加わるのに一翼を担った。「クラウドは好奇心旺盛なので、海外からゲストを呼んだ日よりローカルだけの夜の方が繁盛しても、驚きはありません」とStoukyは語り、Savageの常連の半数は、コミュニティのサポートに意欲的な若いベトナム人であることも付け加えた。新しい土地に移転したばかりのSavageは、今月初めにソフトローンチを行い、間もなく新しいレコードショップ、カフェ、さらにはオンラインラジオ局もオープンさせる。

規模の大小に関わらず、どんなローカルシーンにとってもオール・ローカルのラインナップはメリットがあるはずだ。過去にHowie LeeやNKCを迎えてきた西安のコレクティヴBoring Roomも運営する、前述のGunknownとRVEは、ロックダウン期間中は中国人アーティストにより多くの注目が集まっていることに気付いたという。そしてパーティーが再開された今、その成果が出ているようだ。「クラウドは国内のアーティストにもシーンを成功させる力があると気付き始めている」と、彼らは語る。

Savage / ベトナム、ハノイ

中国の伝統楽器、二胡をライヴ・テクノセットに取り入れる上海拠点のプロデューサーTemple RatことMei Yuxiによると、エピデミック中のライヴストリーミングの流入とパーティークルーのオンライン上での存在感の高まりが、新たなファンを獲得したようだ。「アングラ箱では、今までにないほどたくさんのダンサーを目にするようになった」と、彼女は話す。「かつては商業的なEDMヴェニューに行っていたであろう新しい世代が、今ではテクノ、テックハウス、ミニマル、エクスペリメンタル・エレクトロニックミュージックに目を向けるようになっています」

宀クルーもそれと同じ見解を示している。「みんなもう次のビッグネームが来るのを待てないですし、以前はあまり興味を示さなかったローカルタレントを発掘せざるを得なくなっています。」それに呼応するように、宀はアーティストを、ローカル、特定の地域、そしてインターナショナルという3つのカテゴリーに分類した。その目的は、「地元や、その他の地域の才能の持ち主たちにも役は務まるのだと立論することです」

これからの数ヶ月間は、若いDJたちにとってスキルを磨き、通常はヘッドライナーのために用意されているメインルームの重要スロットでプレイする大きなチャンスとなる。Zwi名義でDJ活動をし、ハノイの人気パーティーMetroを共同設立したDuy Anh Leは、最近ホーチミンのクラブThe Observatoryに初出演を果たした。それもピークタイム・セットでだ。「もっと時間がかかっていたかもしれない」招聘だったと、彼は話す。

アジアで最も成熟したダンスマーケットである日本でも、同じようなことが起こり得る。「日本はヒエラルキー文化が根深いので、年上のDJたちのほうが若者よりもチャンスが多いんです」と語るのは、東京を拠点にSobriety名義でDJ活動をし、Manifoldというパーティーを主催するChloé Juliette。「若手はいつもオープン担当で、今まではキャリアのない人がピークタイムにプレイするのはとても難しかった。外国人アクトがいないので、今後はそれが変わっていくことを願っています」

JAR Club / 中国、西安

一方でDOTTは、エピデミック以前から新しいタイ人DJたちが出てきていることに気付いていたと言い、空きスロットが増えた今、プレイする機会も増えているはずだとコメントする。

台北では、半年前にオープンしたクラブPawnshopがパンデミック後のこの時期を活用し、レイヴァーたちとの繋がりを強化しようとしている。現在は閉店したクラブKornerと同じチームが運営するPawnshopは、ディスカッショングループやセミナーを通じてローカルDJがよりアクティブになることを望んでいると、ブッカーのJosh Yangは説明する。これまでに、同ヴェニューはクィアカルチャーやサウンドリスニング、ライヴ機材に関するトーク、さらにはアートドローイング・セッションを開催してきた。「より強力なローカルプログラミングを推進し、コミュニティの構築にフォーカスするのにちょうどいいタイミングです」と、Yangは語る。アジア拠点の才能あるアーティストにフォーカスしたレーベルJINの創設者であり、DJとしても活動するYoshi Noriによると、台北のローカルクラブナイトは常に集客は良かったものの、やや不安定な状況にあったという。現在では、土曜日の集客はパンデミック以前の水準よりも良くなっていると、彼は指摘する。

観光客に向けて国境が再開された時、アジア各国の政府は近隣諸国からの医療従事者や出張者を優先すると予想されるため、クラブが他の地域や海外からのブッキングを計画し始められる時期については定かではない。

香港のフェスティバルShi Fu Mizは10月末に開催予定だ。2020年のラインナップは、Jamie Tiller、Identified Patient、D.Tiffanyのようなグローバルなタレントと、Mr. HoやJeremy Cheungといった香港のヒーローとの間で均等な割合となっている。「パンデミックの前からラインナップを練っていた」と、共同設立者のFlorian Melinetteは話す。全アーティストの出演はコンファームされており、どんな問題が起きても対応する準備はできているという。また、屋外農場の敷地内にあるShi Fu Mizの会場は、世界保健機関（WHO）の安全規則に従うための十分なスペースを確保していると彼は説明する。マスクの着用と体温チェックは必須だ。

12月末にベトナムのフーコック島で開催される、12日間に及ぶハウスとテクノのマラソンフェスティバルEpizodeもまた、2020年の開催に向けて柔軟なアプローチを取っている。「アーティストたちにはその時の対策によって出演するかどうかを判断し、リコンファームしてもらう」と、ディレクターのRoustam Mirzoevはコメントする。

当面の間、アジアのクラブには、再調整とリセットのための貴重な時間がある。現在の勢いが次世代のためにより強固な基盤を築き続けることができるかどうかは、時が経てば分かるだろう。

Pawnshop / 台湾、台北