- James Holdenはそのファースト・アルバム『The Idiots Are Winning』をリリースしてからというもの、他の誰でもない彼自身の音楽を追究し続けてきたが、決して孤独な存在ではない。自身が運営するBorder Community(今年設立10周年を迎える)では新たなタレントを発掘しつつ、2010年にDJ-Kicksシリーズに登場した際にはその日焼けしたクラウトロックや牧歌的なエレクトロニカを織り込んだ錯綜したセレクションを披露してみせたりもした。だがそれでも、まとまったアルバムとしての作品はここ7年もの間リリースされていなかったため、この春に彼がニューアルバムの準備を進めているというニュースが流れると衆目はにわかに色めき立った。
そして、この作品は復帰作としてはこの上ない内容となっている。William Goldingの小説『The Inheritors』にちなんで名付けられたこのアルバムは一聴してすぐにHolden以外の誰でもない音響空間へと引き込んでみせる。過去の彼らしいサウンドを決定づけるものがあるとすれば、それは『The Idiots』もしくはかの有名な"A Break In The Clouds"でのネオ・トランス的なものであるというより、DJ-Kicksで横溢していた蟲惑的なアナログ・ベースだろう。モジュラー・シンセを使い、一切のオーヴァーダブを排して作り上げられたこの『The Inheritors』は80分間熱にうかされ続けているような、ブレまくった狂乱状態のごときアルバムだ。Holdenはこのアルバムのトラックのいくつかは「新種のレイヴ・ミュージックだ」と表現しており、それらは異教徒の儀式のような古代イングランドの歴史との繋がりを示唆している。このアルバムの15曲を繋ぎあわせているもののなかに、ある種の奇妙なコズミック・スピリチュアリズムが潜んでいるのは確かだ。
Holdenには長らくトランスと結びつけられてきたし、彼自身もそれは否定していないのだが、そのアプローチは明らかに異なる。このアルバムは広大なスペクトラムで呻吟するサウンドをアナログ機材を通して発露した集合体であり、それらはHoldenによって縫い合わされてすばらしい調和を成している。"The Caterpillar's Intervention"の終盤におけるEtienne Jaumetのサックスが如何にフリークアウトした効果をもたらしているか、そしてそれが"Sky Burial"での神聖なトーンと硬質なサウンドにどう繋がっているかを聴けばすぐに分かるはずだ。もしくは、"Illuminations"でのアンビエント的な渦が"Inter-City 125"での半ば沈みかけたクラック・ノイズへと減衰していくさまを聴くとよい。いっぽう、"Seven Stars"は初期のNathan Fakeを思わせるような午前3時のカタトニアが感じられるものの、ここではそのメロディが消え去るまで焼き焦がしたかのようなサウンドに仕立てられている。タイトルトラックでは歪んだ衝撃音が落とし込まれ、ほとんどFuck Buttonsさえ思い起こさせるような灼けついたテクノに展開されている。
すべてのトラックは、結果的に"Blackpool Late Eighties"でのカタルシス的な銀河の渦に向かっていく。8分30秒にもおよぶこのトラックは、レングスという点でもこのアルバム最大のスケールで、"A Break in the Clouds"のファンであれば、そのサウンドをHoldenが2013年ヴァージョンに仕立て直せばまさにこういうものになると思うはずだ。ピースフルで遠くまで澄み渡っているが、そのエッジでは不協和音がちらついて表面を撫でている。このテクスチャーのコントラストこそ、『The Inheritors』を今年最も明確で興味深いアルバムにしているその理由のひとつであろう。
トラックリスト01. Rannoch Dawn
02. A Circle Inside A Circle
03. Renata
04. The Caterpillar's Intervention
05. Sky Burial
06. The Illuminations
07. Inter-City 125
08. Delabole
09. Seven Stars
10. Gone Feral
11. The Inheritors
12. Circle Of Fifths
13. Some Respite
14. Blackpool Late Eighties
15. Self-Playing Schmaltz