- 18年前、ノルウェーでスペースディスコを制作することは突飛な考えでしかなく、冗談だとしか思われなかった。しかし、それを変えたのがBjørn Torskeだ。彼の奇妙かつダビーなサウンド使いは新世代のノルウェー人プロデューサーに大きな影響を与えており、例えばTodd Terjeの『It's Album Time』とTorskeの初期作品を並べて聴けば、壮大なメロディとサイケデリックなアレンジに共通点を見い出せるだろう。当時レフトフィールドなハウス/テクノを聞いていた人でなければ、Torskeの初期のアルバムを見逃しているかもしれないが、幸いなことに、Smalltown Supersoundがその内『Nedi Myra』と『Trøbbel』を再発することになった。この2枚のLPは再発により新たなファンを獲得するに違いない。
90年代後半の実験的なハウスシーンの中でTorskeのデビューアルバム『Nedi Myra』はそれほど大きく逸脱した作品ではなく、聴いているとPépé Bradock、Idjut Boys、Daniel Wangからの影響がうかがえる。1曲目の"Expresso"はシンプルで分かりやすいトラックで、フィルターをかけた品のあるハウスに仕上がっているし、"Station To Station"や"Fresh From The Bakery"など他曲も変態感満載ではあるが、それでもハウスミュージックとして認識可能なトラックだ。
しかし、その中にもおかしな一面が表れている。アルバムのカバーデザインで言えば、DJの作品というより怪しいサイケロックみたいなスリーブで、当時のダンスミュージックのそれとは違う路線だ。音楽で言えば、ぶくぶくと泡立つスローモーなシンセセッショントラック"Smoke Detector Song"は、トリップホップ、ダブ、プログレッシブロックフュージョン、そしてダウンテンポにしたようなUnderground Resistanceと、非常に雑多な要素が加わっている。スウィングするグルーヴとサイファイシンセがFloating Pointsを彷彿とさせる"Beautiful Thing"も同じく奇妙だ。そして、別次元からやってきたようなエレクトロニックボサノバトラック"Ode To A Duck"はアルバムで最もぶっ飛んでいる。
『Nedi Myra』のビートを崩したハウストラックはある意味とてもノルウェーらしさがある。この国にはユニークなダンスミュージックの文化があるからだ。Torskeはノルウェーテクノの首都として知られる街トロムソの出身だ。アルバムのタイトルから北欧神話のValhallaの壮大なイメージを思い起こすかもしれないが、実際のトロムソのシーンは驚くほど小さい。このシーンからはMental OverdriveやRöyksoppといったアーティストが生まれているものの、ダンスミュージックと言えば、巨大なクラブではなくラジオやバーでプレイされるものだった。したがって、Torskeの音楽は誰かをダンスさせる必要がある状況から少し離れた場所にあったということにある(とは言え、彼の音楽は人を踊させるものであることが多い)。
2001年、Torskeはセカンドアルバム『Trøbbel』でさらに奇抜な方向に突き進む。『Nedi Myra』のような聞いた瞬間に好きになるタイプの作品ではなかったが、独自のフリーキーな魅力があった。1曲目の""Knekkerbrød"では伝統的なベースラインとコードを使われているものの、モノトーンなシンセサイザーと身の毛もよだつサウンドがビート代わりとなっている。"Knekkerbrød" はノルウェー語でカリカリのパンという意味だ。それがこのトラックとどう関係があるのかはみなさんのご想像にお任せしたい。
『Trøbbel』の大部分はダンスミュージックの要素を解体して再構築している印象だ。その好例なのが"Oppi Ura"で、クラブヒットで使われる類の要素(ファンキーなブレイクビーツ、ディスコクラシックDan Hartman"Relight My Fire"のサンプリング、ループするシンセのメロディ)を全て含んでいるが、そうした要素の組み合わせ方が全く従来とは異なっている。同様に"Manurenes Mars"ではビートダウンのトラックを骨格だけに削ぎ落とし、そこへ眩暈を起こしそうになるシンセサウンドを加えている。『Trøbbel』の収録曲の多くは、00年代前半に新たに生まれつつあったマイクロハウスとそれほど異なってはいないが、このアルバムのトラックはカテゴライズするには混沌とし過ぎているものばかりだ。南アメリカの擦れたリズム、ダブレゲエのコード、そしてBBCライブラリーミュージックからサンプリングしたようなオルガンを混ぜ合わせた"Bobla"は、人生で一番キマッた時に聴くのにちょうどいいかもしれない。こうしたトラックの折衷的な姿勢は単にTorske作品だけのテーマとして終わることはなかった。この作品以後の現在に至る10年以上もの間、それはノルウェーのダンスミュージックにおいて、様々な作品のモチーフとなったのだ。
トラックリスト01. Expresso
02. Station To Station
03. Eight Years
04. Fresh From The Bakery
05. Smoke Detector Song
06. Beautiful Thing
07. Limb Fu feat. Are Mundal
08. Ode To A Duck