- Jlinが初めて広範囲のオーディエンスに向けてリリースしたトラックを"Erotic Heat"と名付けたのは、とても都合がよかった。もしくは、非常に鋭い発想だったと言える。エロティシズム - つまり、行き場なく増幅し、沸々とくすぶる性衝動は、彼女の音楽を決定づける特徴のひとつだ。そして、もうひとつの特徴となっているのが暗闇である。『Dark Energy』のカバーデザインにはエロティシズムと暗闇というふたつの特徴が同時に表れており、まるで尋常ではない熱と圧力で大地から絞り出されたかのように、黒く生々しい石の塊が煙を発している。
この感覚はJlin自身にも非常によく当てはまる。シカゴ近隣の街インディアナ州ゲーリーを拠点に活動する彼女は、それ故に、フットワークの本拠地とは一線を画す音楽的違いを発展させてきた。違いのひとつとして挙げられるのは、彼女は荒々しいデジタルシンセシスを優先してサンプリングをあまり用いないこと。もうひとつは、彼女のリズム使いが独特であることだ。フットワークで一般的な神経質なファンクは、いくつかの異なるグルーヴが主導権を握ろうと競い合う中で生まれていることが多い。しかし、Jlinの場合、使われるのは三連符のうねりのみだ。そのうねりはトラック上を無慈悲に激しく闊歩することもあれば、モーターのような音を立てるタムやハイハットが入り組んだ状態へと崩壊していくこともあり、しばしば世界の終わりを思わせる。
"Erotic Heat"で獲得した期待をもとに構築されたJlinのデビューアルバムは大満足の仕上がりだ。この孤高のトラックは本作にも収録され、かつてなく奇妙で強力な魅力を響かせている。1曲目"Black Ballet"の厳かな雰囲気を和らげる息遣いや、恍惚感を放出するのではなく、檻に閉じ込められもがき苦しむ欲望を表現する"So High"のボーカルリフレインなど、"Erotic Heat"以外にも性への衝動が垣間見れるトラックが収録されている(Jlinは声をサンプリングすることがあるが、彼女のサンプリングは広範囲に渡って行われる)。他のトラックになると、攻撃性がより純粋かつ堅固に表れており、例えば"Ra"では、音節が細かな形にまで解体され、マシンガンのように発射されている。他にも"Expand"におけるトランスシンセは、恐ろしいスズメバチの大群が押し寄せて来ているかのようだ。
Jlinが用いる怒れる女性の声を聴いていると、そこから推測を立ててみたくなる。"Guantanamo"のオープニングでは、「You don't want to hurt anyone / 誰かを傷つけたりしたくないだろ」と説教がましく語る男に対し、「But I do... and I'm sorry / でも、私は傷つけたいの・・・ごめんなさい」と女の子が返答し、マシンによる殺戮が始まる。しばらくすると、別の女性が「Leave me alone! / ひとりにして!」と何度も叫ぶ中、凄惨で奇怪な叫びがその途中に挿入されている。アルバムを締めくくる傑作トラック"Abnormal Resriction"では、「I am not one of your FANS! Who do you think you're talking to? / 私はあなたのファンじゃないの!誰に向かって話をしていると思っているの?」と叫び声が上がる。その後、擦りつけるような雑音が続くが、そのサウンドは上から目線でバカにしてくる男たちに対し、ドリルを持って向かっていJlinの姿を表しているのかもしれない。
前述のトラックの中で彼女が発していることは、彼女のメッセージの一部に過ぎない。冷徹なトラック"Infrared (Bagua)"では、テレビゲームのサンプルを用いてダンスバトルを扇動しているが、このようにサンプルを自由に使うことについても同じようにメッセージが含まれている。他にも、狂ったようにファンキーなアレンジをコンガに施した"Black Diamond"や、人類史上最も金持ちと言われた14世紀のマリの王様から名前を取った"Mansa Musa"には、「フットワークのルーツはアフリカにある」というJlinの考え(英語サイト)がハッキリと表れている。Jlinには語るべきことがたくさんあるのだ。さらに彼女にはそれを語るための強力で突出した声が備わっている。
トラックリスト01. Black Ballet
02. Unknown Tongues
03. Guantanamo
04. Erotic Heat
05. Black Diamond
06. Mansa Musa
07. Infrared (Bagua)
08. Ra
09. Expand
10. So High
11. Abnormal Restriction