- ひとりのアーティストとして、また、ひとりの人間として、Kyle Hallは急成長した。彼が12インチを初めてリリースしたのは16歳のときで、Theo ParrishやOmar-Sといった地元のアイコン的存在に認められ、すぐさま"次に来る"デトロイトのハウスプロデューサーと称されるようになった。2009年にHallの特集を組むまでに(英語サイト)、彼は数多くのトラックをプロデュースし、自身のレーベルWild Oatsを立ち上げ、世界中でブッキングされていた。それから数年後、彼は自身が関わるようになったダンスミュージックカルチャーに対して慎重な見方をするようになった。2013年にリリースしたアルバム『The Boat Party』(英語サイト)について、彼は「特別感が失われ、ヨーロッパ式の高級クラブカルチャーと船上パーティーが乱立する街から生まれたブラックミュージックを流用するものだ」と語っている。
Hallのセカンドアルバム『From Joy』では環境がもっとシンプルだった時代に回帰している。同アルバムにまとめられた8曲がレコーディングされたのは2010年以前のことで、当時、20歳になる前だった彼は父親の家で暮らし、地下室で何時間でも好きなだけトラックを制作していた。その家はデトロイトのJoy Streetという通りにあったが、アルバム名の"Joy"が指しているのはそれだけではない。先日、The Faderに対し彼は次のように語っている(英語サイト)。「多くの人はこのアルバムを若いときに回帰した作品だと思うかも。制約が無いことで継続して創造的でいられる一種の身軽さが生まれるよね」。
『From Joy』が落ち着いた精神状態から生まれているのは明らかだ。メロディは高らかに、リズムは朗らかに、そして、全体のムードは極めて楽観的に、アルバムを通じて澱んだ様子は一切ない。Hallの別作品では、影響元になった要素を奇妙で認識不可能とさえ言えるサウンドに切り刻むことが多い。今回の彼はそうした要素にもっと忠実になっており、屈託のない感覚に加えてファンクやジャズ、そして、ソウルの要素をハッキリと感じさせる。
いつものHallらしく、収録曲はロウで彼がMPCから叩き出しながら制作している光景を思わせる。各パート同士はバンドの演奏者のようにざっくりとしていながらどっしりとまとまっている。どこかいびつなループによってきらめく舞台が形成され、豊かなピアノとべたつくシンセを主とした即興が展開される。本作ではジャズを意識していないとHallは語っているものの、リズムには陽気なフロウがある。"Damn! I'm Feelin Real Close"では、決してダウンビートに陥ることなく、つんのめるキックがスネアの連打に続く。"Wake Up And Dip"ではストリングス、ピアノ、アップライトベースが軽やかに旋回し、取り立ててキックは使われていない。ほとんどの収録曲はスウィングするハウスグルーヴを土台にしているが、"Able To"や"Inverse Algebraic"のグルーヴはゆっくりとしていてシンコペーションが増えている。他にも、本作中で比較的音数が少なく効率的なトラック"Dervernen"には、階段を急いで駆け下りているような忙しなさがある。
文字通りに受け取れば『From Joy』は前向きなバイブスを数多く含んでいる。しかし同時にそこにはメランコリーな一面もある。Hallにとって今回の収録曲は二度と味わうことのない日々と精神状況を、つまり、大人というプレッシャーが押し寄せる前に彼が感じていた若さという身軽さを捉えたものだ。アーティストになってから、父親の家の地下室で制作していた日々を切望する日が訪れるなど、当時の彼は思いもしなかったはずだ。ところが本作の彼はどうだ。若かりし頃の自分がレコーディングしたトラックを掘り返し、愛情を込めてアルバムにまとめ上げている。ハウスアルバムとして『From Joy』はカバーデザインの絵のように輝かしく色彩豊かだが、どこかほろ苦くもある。本作は儚く過ぎ去ってしまった日々に捧げる讃歌なのだ。
トラックリストA1 Damn! I'm Feelin Real Close
A2 Inverse Algebraic
B1 Dervenen
C1 Able To
C2 Wake Up And Dip
D1 Strut Garden
E1 Mysterious Lake
F1 Feel Us More